メインコンテンツへスキップ
見出し画像

雲のち晴るる

    嗜まないワイン

    今日はまとまった時間ができたので、少し文学的活動をしてみました。

    note面白いですね。
    いろいろな文学コミュニティーがあって、すごく刺激になります✨
    その中でも、すごく気になるものがありまして、(勝手に)参加させてもらうことにしました!

    #私の二十四節気

    太陽の動きを基に一年を24等分した古代中国発祥の暦法、二十四節気。
    それに沿って感じたことをnoteに記すというこの試み。

    季節を生活に落とし込む感じがいいですね!

    ワインについては、ふわっと触れてるだけなので、私のアカウントとは少し趣旨がズレますが、せっかくの創作なので、成仏させてやりたいと思います。

    お時間があればのぞいてやってください。


    古代中国で作られた、二十四節気のひとつ「小暑」は七月七日頃にあたる。太陽の進み具合で決まるこの季節の境目は、日本ではちょうど七夕の季節だ。

    葡萄畑では、結実を終え、次第に房を太らせる時期であろうか。

    ただ、葡萄農家にとっては、ようやく実をつけたからといっても、まだ油断できない季節でもある。七夕の葡萄は、まだまだ青い。

    七夕の背景には、中国の牛郎織女《ぎゅうろうしょくじょ》伝説や乞巧奠《きこうでん》、そして日本の棚機《たなばた》信仰があると言われている。

    面白いことに、乞巧奠における織姫は、天上で機を織る、手芸や技芸の象徴のような存在であった。人々は織女星に向かって、機織りや裁縫の上達を願ったという。

    一方で、現在よく知られる七夕伝説では、織姫と彦星は天の川によって引き裂かれた恋人たちとして語られる。二人は夫婦となった後、愛に夢中になるあまり、織姫は機織りを、彦星は牛飼いの仕事を怠るようになった。その罰として二人は引き離され、年に一度、七月七日の夜だけ会うことを許されたのだという。

    奇しくも、その七月七日頃は小暑である。暑さが本格化し始めるころ、葡萄畑でもまた、手仕事がひとつの山場を迎える。

    織姫と彦星の物語は、恋の切なさを語る一方で、役目を忘れることへの戒めでもある。人は苦しみの中だけでなく、幸福の中でも油断する。ようやく実をつけた葡萄も同じだ。実ったからといって、まだ安心はできない。

    ようやく実をつけた葡萄は、勢いよく膨らんでいくが、色づきは少し先の話だ。房は青く、粒は硬く、私たちがグラスの中で出会うあの香り高い液体とは、まだずいぶん遠い姿をしている。

    雨が続けば病気が忍び寄り、葉が茂りすぎれば風は通らなくなる。房を残しすぎれば、ひと粒ひと粒に力が行き渡らない。
    つまり、この時期は、枝を整え、葉を取り、房を見極める地味な作業の連続だ。しかし、その手仕事の積み重ねが、未来のワインを支えることになる。

    葡萄農家は、織姫が機を織るように繊細に枝や房を整え、彦星が牛を追うように、日々の役目を淡々とこなしていく。

    七夕の日、人は空を見上げて願いをかける。だが、小暑のこの日、手を動かし続ける人たちがいる。

    やがて季節は廻り、小暑は大暑へ、そして秋へと向かっていく。

    七夕の夜、雲に隠れて星が見えなくても、空の向こうで織姫と彦星が消えたわけではない。

    葡萄もまた同じだ。

    まだ青く、まだ硬く、まだワインには遠い。だが、その小さな房の中では、見えない季節が少しずつ進んでいる。

    曇りのち晴るる。

    そう信じて、葡萄農家は今日も手を動かす。



    お粗末様でした。

    創作大賞参加中ですよろしければ応援してください!↓↓↓


     
     
     
    J.S.A.ワインエキスパート ワインエッセイストを自称していたら、気づけば童話も作っていた。 大人の飲み物を嗜みながら、子どもの読み物を書いている人🍷 ワイン、食、暮らし、哲学のエッセイとコラム。 ときどき童話と小説。 なんでも面白がって文章にしています。 瀬戸内で何か企み中。

    あなたへのおすすめ