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人の家で鰻を焼く土用

    嗜まないワイン

    なんとかして、土用に鰻を食べることができないだろうか。
    そう考えてからは完全に口が鰻の口になってしまった。

    最近は牛丼チェーンでも鰻丼を売っている。
    回転ずしでも、寿司ではあるが鰻は食べられる。

    だが、私は正真正銘の鰻が食べたい。
    期間限定でもなく、サイドメニューでもない。
    直球の鰻が食べたい。

    いや、スーパーに行けばどこにでも売っているし、なんならチラシには一番でかでかと載っている。

    そりゃ、安いのもある。
    でも、できれば国産がいい。
    天然物までは望まない。
    養殖でもいい。
    だが国産だけは譲れない。

    1尾で2980円……
    2尾なら4980円……

    娘と妻と私だ。
    2尾はいらん。

    だが、2尾のほうが安い……
    ぐぬぬ……

    ただ、私は足元をみてくる鮮魚コーナーの担当者の戦略に乗るほど安い男ではない。
    何か他の方法を考えなければ。

    ……そうだ。
    2尾買えばいいのか。

    そして私は天才的な作戦を思いついてしまった。
    実家の庭で鰻を焼こう。
    2尾の鰻を持って訪問した息子を悪く思う親などいないはずだ。
    そして、日ごろの感謝も込めて5人で仲良く土用の丑の日に鰻を囲む食卓にすればいい。

    それにこんな炎天下の中、家族のために鰻を甲斐甲斐しく焼く息子の姿を見たら、もしかしたら…もしかしたら、鰻代をいくらか出してもらえるかもしれない。

    私は早速実家に連絡をした。

    「今日、鰻を食べようと思うんだけど、実家の七輪借りていい?」

    すぐに返信が来た。

    「いいけど、あんた、こんな暑いのに外で焼くん?」

    当たり前だ。
    私の執念は鮮魚コーナーの担当者にも夏の暑さにも屈しない。

    「もう鰻は買ってあるの?」

    おっと…。
    これは、鰻を買ってくれる流れかもしれない。

    だがしかし。

    おいそれとこの手をつかんだとして、それが私に国産の鰻をもたらすかどうかはわからない。

    かといって、買ってもらう約束をしておきながら、国産の鰻しか食べぬと言うのも、さすがにそれは人としてどうなのかという気がする。

    「狙ってる鰻があるから、それを買っていくね!粉山椒はある?」

    とだけ返信した。

    この粉山椒の確認は一見意味がないようで、ちゃんとした狙いがある。
    私は、鰻にこだわりがある。しっかりとした目的を持って鰻を焼きに行くという意思表示ができるのだ。

    「粉山椒あるよ!トマトとキュウリもたくさんなってます。〇〇ちゃん(娘)のために採らずに置いとくね🍅」

    よし、これで、少なくとも野菜のお土産は確定した。

    「それと、ついでにシジミも買ってきて😊鰻代少し出すよ」

    「まじか!ありがとう!!」

    ここではあえて「いいの?」などとは聞かない。
    善意は素直に受け取るべきだ。
    あとは私の炭仕事で還元しよう。

    私たちは最低限スーパーに行っても浮かない格好に着替え、灼熱の車内に乗り込んだ。

    娘は、突然決まった祖父母宅訪問に喜んでいる。
    そしてリュックには当然のように、汗と炭まみれになるであろう私の着替えと、娘の行水セットを忍ばせておいた。

    スーパーについてからは早かった。
    エスカレーターをあがり、特売になった野菜たちの隣をすり抜けると鮮魚コーナーだ。
    鮮魚コーナーには黄色いポップと『土用の鰻』の文字がそこかしこに並んでいる。
    私は、躊躇なく2尾入りの長細いパックを手に取り、勝ち誇ったように買い物かごに入れる。
    そして、シジミの場所を担当者に聞く。
    上手な買い物をされたせいか、品出し途中の担当者の顔からは悔しさが滲んでいるように見える。

    そして我々は、ここにはもう用はないと言わんばかりにレジで会計を済ませ、足早に実家に向かった。

    実家には夕方に着いた。

    父が首を長くして待っており、庭のいたるところに蚊取り線香が設置され、真っ赤に実ったトマトが早く収穫してくれと言わんばかりに鈴なりになっている。

    私たちは仏壇に手を合わせた後、素早くそれぞれのフォーメーションに着いた。
    妻は、母の料理補助兼、話し相手に、娘は野菜の収穫兼、父の孫パワー補充要員に、私は炭おこし兼、鰻担当に。
    家族の力を束ね、最高の土用の鰻を食べるべく、各々の場所で、各々の役割を果たすのだ。

    私にとって炭おこしなど容易いことだ。
    大学生の盆休みには親も呆れるほど、庭でバーベキューをした。
    ホストである私は毎回火付けを担当するものだから、自然と熟練度も上がった。
    着火剤など使う必要もない。
    割りばし数本とライター。
    それだけあれば十分だ。

    手際よく火をつけて冷房の効いたリビングに行くと、そこは惨状だった。
    収穫直後の野菜たちは氷水に入れられ、それを娘が乱暴にかき回している。
    塩を持って後ろに待機しているじいじはいったい何がしたいのだろうか。

    母と妻は、最初に見た時からほとんど立ち位置が変わっていない。
    食卓に置かれた麦茶がびっしり汗をかいている。
    母が麦茶を勧めながら喋り続けるものだから、妻は席に着くことなく、冷蔵庫と食卓の間を申し訳程度に往復することになったのだろう。

    とりあえず、妻と母を着席させ、今にも氷水に手を突っ込みそうな娘を落ち着かせる。塩を持ったじいじは嬉しそうなので放っておいた。

    炊飯器を見ると、残り32分の表記がある。

    一応米は炊き始めているようだ。

    私は、鰻に鉄の串をうつ。

    そして、暇そうなじいじを連れ立って、焼きの作業に入る。

    ここからは男の戦場だ。

    なぜなら、調理済みの鰻はすぐに焦げる。
    いや、店で焼かれてるんだから温めて食べればいいと思ったそこのあなた。
    全然わかっていない。
    炭で香ばしく焼き直した鰻と、ただ温めなおした鰻では雲泥の差がある。
    せっかく国産の鰻を買ったのだ。それなりの礼節を持って調理せねば私の気がすまない。
    つまりは、なんというか、気分的にアガるのだ。

    ほら、そんな余計なことを考えているうちに鰻が少し焦げてしまった。
    じいじが網をあげ、私はいそいそと焦げ付いた皮目をつついてはがす。

    これで完成だ。

    見た目の完成度は、買ってきた時より間違いなく下がっている。
    だが、これでいい。
    七輪に落ちた脂と、焦げたタレの香ばしい匂いが充満し、匂いだけでも白飯が食べられそうだ。

    ひとしきり野菜を食べてきたと思われる女性陣がカーテンを開け、こちらの様子をうかがっている。

    私は完成した鰻を皿にあげ、リビングの食卓へ置いた。

    実はこの鰻を焼くという行為は、我が実家の夏の風物詩だった。
    忙しい父だったが、なぜかこの日ばかりは張り切り、鰻を買って早く帰ってきた。

    そして、同じように七輪を使い、家族の鰻を焼いていたのだった。
    父は鰻を食べながら、覚えているかと聞いてくる。

    「覚えてないとわざわざスーパーの鰻を焼きにこないでしょ」

    照れ隠しにそう答えると、父は満足そうに鰻を頬張っている。

    やはり、鰻は実家で食べるに限る。

    予想外に鰻をせがむ娘の椀に、妻の鰻がさらわれていく。

    私は、手に持った山椒を鰻にまんべんなくかけ、シジミ汁をすする。

    私が求めていた正真正銘の鰻は食べることができた。

    後は娘と実家の風呂に入って帰って寝るだけだ。

    結局、今年の丑の日はほとんど実家がもってくれた。
    野菜のおまけまでついてくるのだから、最高だ。

    次は、盆休みにバーベキューをしにくるか。
    なかなか、実家に帰る機会は少ないが、飯のためなら寄るのも悪くない。


     
     
     
    J.S.A.ワインエキスパート ワインエッセイストを自称していたら、気づけば童話も作っていた。 大人の飲み物を嗜みながら、子どもの読み物を書いている人🍷 ワイン、食、暮らし、哲学のエッセイとコラム。 ときどき童話と小説。 なんでも面白がって文章にしています。 瀬戸内で何か企み中。

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