メインコンテンツへスキップ
見出し画像

学校の連絡、のはずだった|最終話(第22話) 名前をつけない、のはずだった

     結局、私はしばらく翔君の家にいることになった。

     圭介も、かなり心配していた。

     この形がおかしいことくらい、わかっている。

     でも。

     やっぱり、放っておくことはできなかった。

     圭介も。

     私も。

     翔君を一人にするのが不安だった。


     そして数日後。

     晴樹さんは、だいぶ起きられるようになっていた。

     昼間。

     翔君が学校へ行っている間、私は晴樹さんと二人で過ごしていた。

    「あの……すみません」
    「迷惑かけてます」

    「いいですよ」
    「そんなこと心配しないで、元気になってください」

     そう返すと、晴樹さんが少し笑った。

    「私……どこの主婦なんでしょうかね」

     思わず、私も笑ってしまう。

    「嬉しいけどね」

     晴樹さんが、小さな声で言った。

     その言い方が、ずるかった。

     こんなに良くしてもらっているのに。

     俺は、口説いてしまう。

     そんな空気が、言葉の端に滲んでいる。

    「あの……これからも……メッセージとかしていいですか?」

    「はい」

    「やっぱり、やめられなくて」

    「私もです」

     少しだけ沈黙が落ちた。


    「あの……わかってるんです」
    「わかってますから。駄目なことは」

    「でも……すみません」
    「踏み込んじゃ駄目なのに」

     晴樹さんが、困ったみたいに笑う。

    「学校の連絡の……はずだったんですけど」
    「俺……やっぱり好きみたいです」

     晴樹さんが、静かに言った。

    「言っちゃいけないって、わかってます」
    「聞かなかったことにしてください」

    「学校の連絡……ってことで」

     困ったみたいに笑う。

     その顔を見ているだけで、胸が苦しくなる。

    「私も……好きみたいです」

     気づけば、口にしていた。

    「聞かなかったことにしてください」
    「学校の連絡ってことにしましょう」

    「はい」

     晴樹さんが、小さく頷く。

     少しだけ沈黙が落ちた。

    「駄目ですね」

    「駄目です」

     二人で、同じことを言った。

     なのに。

     どちらも、止める気はなかった。


    「俺、圭介さんと友達なんですよ」

     晴樹さんが、苦笑しながら言った。

    「あの人、いい人で」

    「はい」
    「私の夫で、いい人です」

    「優奈ちゃんも、いい子だし」

    「翔君も、いい子です」

     言葉にするたび、胸が痛くなる。

    「私達、最低ですね」

    「俺達、最低ですよ」

    「ああ……」

     二人で、小さく息を吐く。

     わかっている。

     ちゃんと。

     何が正しくて。

     何が間違っているのか。

     全部。

    「圭介が、もう少し嫌な人だったら良かったのに」

     思わず、本音が漏れた。

     晴樹さんが、少しだけ笑う。

    「本当に困るんです」
    「優しくされるたびに、余計駄目になるから」

     その言葉が、痛いほどわかってしまった。

    「俺と結婚してくれって、言えたらいいんですけど」

     晴樹さんが、静かに言った。

    「圭介さんと優奈ちゃんがいるから、言えません」

     胸が、ぎゅっと苦しくなる。

    「ただ……ずるいんです。俺」
    「離れたくない」

    「私もです」

     言葉が、止まらなかった。

    「でも、私も圭介と優奈がいます」
    「どうすればいいか、わからない」
    「離れたくないんです」

     晴樹さんが、小さく笑う。

    「学校の連絡ってことでしょうか」

    「学校の連絡ってことですね」

     二人で、そんなことを言い合う。

     本当は。

     そんな言葉では、もう誤魔化せないところまで来ているのに。

     それでも。

     その名前をつけていないと、壊れてしまいそうだった。


     私達は、どうなっていくのだろう。

     ――学校の連絡、のはずだったのに。

     私たちは、それぞれの家庭で笑い合う。

     圭介と。

     優奈と。

     晴樹さんは、翔君と。

     そして。

     また二人で会って、笑い合う。

     皆で集まって、笑い合う。

     そんな時間が、少しずつ増えていく。

     ああ……。

     どこまで行くんだろう。

     この関係は。


     どこからともなく、声が聞こえた。

     ああ……やっぱり、まだわからないんだ。

     これから、どうなるんだろうね。

     ――楽しみだね。

     
     
    桐原悠真です。 小説を書いています。 物語になる前の、まだ名前のない感覚から 文章が立ち上がることがあります。 ここには、その記録を置いています。

    あなたへのおすすめ