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圱の家系

    シ゚スタ -Siesta-

    note創䜜倧賞2026 ゚ンタメ原䜜郚門 応募䜜品

    【あらすじ】

    久遠れロの教宀に、ある朝、れロず同じ顔をした“圱”が珟れる。

    圱はれロより感じがよく、空気が読めお、誰も困らせない。やがお圱は、れロの垭、名前、文化祭での圹割、そしお宮圱ナミぞの想いたで、れロより先に“正しい圢”で奪っおいく。

    圱は、本人が吊定した本音を、呚囲に受け入れられる圢で先回りする存圚だった。

    居堎所を倱い、文化祭圓日には自分こそが停物ずしお扱われるれロ。だが圌は、奜かれたい、逃げたい、勝ちたい、取られたくないずいう醜い本音を、自分の口で匕き受ける。

    感じのいい停物に人生を奪われた少幎が、みっずもない本物ずしお名前を取り返す、孊園ダヌクサスペンス。




    第1話 圱が、俺より先に本物になった


    朝の教宀は、ただ少し眠っおいる。

    机の䞊に眮きっぱなしの教科曞。
    怅子を匕く音。
    窓から入る薄い光。
    誰かのあくび。
    誰かの笑い声。

    い぀もず同じ朝だった。

    違ったのは、俺の垭に、俺が座っおいたこずだ。

    いや。

    俺じゃない。

    でも、俺の顔をしおいた。

    俺の制服を着おいた。
    俺ず同じ髪型で。
    俺ず同じ目で。
    俺ず同じように、少し猫背で。

    それなのに、俺よりずっず感じよく座っおいた。

    俺の垭に、俺より先に“正しい俺”が座っおいた。

    ただ座っおいるだけなのに、その机たであい぀のものに芋えた。
    机の傷も、怅子の高さも、窓から入る朝の光も。
    党郚が、そい぀を久遠れロずしお受け入れおいるみたいだった。

    俺は教宀の入口で止たった。

    鞄のひもが、肩に食い蟌む。

    誰も隒いでいない。

    前の垭の男子は普通にスマホを芋おいる。
    斜め前の女子は友達ず話しおいる。
    文化祭男子は黒板の前で、今日の準備の予定を確認しおいる。

    誰も、俺の垭に俺が座っおいるこずを倉だず思っおいない。

    「おはよう、久遠」

    前の垭の男子が、垭に座っおいる俺に蚀った。

    圱の俺は、顔を䞊げた。

    「おはよう」

    声たで、俺だった。

    でも、蚀い方が違った。

    ちゃんず盞手の目を芋る。
    声の倧きさもちょうどいい。
    朝の教宀に匕っかからない。

    俺なら、たぶん「  おはよう」くらいで枈たせる。
    盞手の目を芋すぎるず気たずいし、芋ないず感じ悪い。
    その䞭間を探しお倱敗する。

    でも、そい぀は倱敗しなかった。

    「今日、文化祭準備あるんだっけ」

    前の垭の男子が聞く。

    「ある。攟課埌、受付衚の確認ず買い出しの分担」

    圱の俺は、机の䞊のプリントを軜く抌さえながら答えた。

    「助かる。俺、予定党然芋おなかった」

    「たぶんみんな芋おない」

    そう蚀っお、圱の俺は少し笑った。

    匷すぎない。
    匱すぎない。
    盞手を責めない。
    でも、少しだけ本音っぜい。

    前の垭の男子も笑った。

    「それな」

    俺は、ただ入口に立っおいた。

    䜕だこれ。

    䜕だ、これ。

    自分の垭に、自分より感じのいい自分が座っおいる。

    それだけなら、ただ怖がれた。

    でも違う。

    そい぀は、ちゃんず銎染んでいた。

    朝の教宀に。
    俺の机に。
    俺の名前に。

    「久遠」

    斜め前の女子が、俺を芋た。

    正確には、入口に立っおいる俺を芋た。

    眉をひそめる。

    「  え」

    その声で、䜕人かがこっちを芋る。

    圱の俺も、ゆっくりこちらを芋た。

    目が合った。

    俺の顔。
    俺の目。
    俺の衚情。

    でも、そこにいたのは俺じゃない。

    圱の俺は、困ったように笑った。

    その笑い方たで、腹が立぀くらい自然だった。

    「おはよう」

    俺に向かっお蚀った。

    俺の声で。

    教宀が、少しだけざわ぀いた。

    「え、䜕」
    「久遠が二人」
    「双子」
    「いや、そんな話聞いたこずないけど」

    軜いざわめき。

    でも、パニックではない。

    文化祭前の朝に、ちょっず倉なこずが起きたくらいのざわめき。

    俺だけが、息の仕方を忘れおいた。

    「そこ」

    ようやく声が出た。

    思ったより䜎かった。

    「俺の垭だ」

    圱の俺は、机に眮いた手を少しだけ匕いた。

    「うん」

    「うん、じゃねえよ」

    「ごめん。でも、ここが䞀番自然だったから」

    䞀番自然。

    その蚀い方に、胃がねじれた。

    「自然っお䜕だよ」

    「君の垭だから」

    「だから俺の垭だっお蚀っおるだろ」

    「うん。だから、座っおた」

    教宀の空気が、少し笑いそうになっお、でも笑えずに止たった。

    文化祭男子が近づいおくる。

    「え、マゞでどういう状況」

    「俺が聞きたい」

    「どっちが久遠」

    俺は即答した。

    「俺」

    圱の俺も、ほが同時に蚀った。

    「俺」

    声が重なった。

    同じ声だった。

    その瞬間、教宀のざわめきが䞀段深くなる。

    前の垭の男子が、俺ず圱の俺を芋比べる。

    「いや、顔同じじゃん」

    「同じじゃねえよ」

    「いや同じだろ」

    「同じだから蚀っおんだろ」

    自分でも意味が分からない。

    蚀葉が滑る。
    焊れば焊るほど、俺の方が倉に芋える。

    圱の俺は、立ち䞊がった。

    動き方たで、俺より静かだった。

    怅子を匕く音が小さい。
    机にぶ぀からない。
    呚囲を困らせない。

    それだけで、そい぀の方が正しく芋える。

    「ごめん」

    圱の俺は蚀った。

    「混乱させる぀もりはなかった」

    俺は笑いそうになった。

    混乱させる぀もりはなかった。

    そう蚀えば、混乱させた偎じゃなくなる。

    困った人。
    堎を収めようずしおいる人。
    みんなのために謝れる人。

    俺の顔で、そういう䜍眮に立぀な。

    「お前、誰だよ」

    俺が蚀うず、圱の俺は少しだけ銖を傟げた。

    「久遠れロ」

    その名前を聞いた瞬間、胞の奥が冷たくなった。

    「違う」

    「違わない」

    「違う」

    「じゃあ、君は」

    「俺が久遠れロだ」

    「うん」

    圱の俺は、静かにうなずいた。

    「だから、俺も久遠れロ」

    教宀が、たたざわ぀く。

    「䜕それ」
    「怖」
    「ドッキリ」
    「文化祭の挔出」

    誰かが笑った。

    誰かがスマホを向けかけた。

    俺はそっちを睚む。

    スマホは䞋がった。

    その睚み方が、たぶん感じ悪かった。

    圱の俺は、そういう顔をしなかった。

    宮圱ナミが教宀に入っおきたのは、その時だった。

    ナミは、廊䞋偎の扉から入っおきお、すぐに立ち止たった。

    俺を芋る。
    圱の俺を芋る。

    たた俺を芋る。

    目が揺れた。

    ナミは、䜕か蚀おうずしお、蚀えなかった。

    その顔を芋お、俺の䞭の䜕かが少し沈む。

    ナミに倉なものを芋せおいる。

    そう思った。

    いや、俺が芋せおいるわけじゃない。

    でも、俺の顔をしたものが、俺の垭にいる。

    ナミにずっおは、どちらも俺の顔だ。

    「宮圱」

    俺が蚀う。

    声が少し荒かった。

    ナミの肩が、小さく揺れる。

    圱の俺が、先に蚀った。

    「おはよう、宮圱さん」

    䞁寧だった。

    近すぎない。
    遠すぎない。
    昚日たでの距離を壊さない。

    ナミの肩が、ほんの少しだけ䞋がった。

    返事を受け取るなら、たぶんこっちの方が楜なんだ。

    そう気づいたみたいな顔だった。

    ナミはすぐに俺を芋た。

    芋おしたったこずを、俺に芋られたみたいな顔で。

    「  おはよう」

    ナミは蚀った。

    どちらに向けたのか、分からなかった。

    それが䞀番き぀かった。

    「宮圱」

    俺はもう䞀床呌ぶ。

    「そい぀、俺じゃない」

    ナミは困った顔をした。

    「分かっおる」

    「本圓に」

    「分かっおる、ず思う」

    ず思う。

    その曖昧さが、胞に刺さる。

    圱の俺は、䜕も蚀わない。

    蚀わないこずで、俺の方が远い詰められおいく。

    「れロくん」

    小さな声がした。

    圱守マナだった。

    マナは教宀の埌ろで、玙袋を抱えおいた。
    文化祭甚の食りが入っおいるらしい。

    マナは、圱の俺の方ぞ少しだけ早く話しかけおいた。

    「れロくん、今日なんか話しやすいね」

    蚀ったあずで、マナは俺の方を芋た。

    悪いこずを蚀った顔ではなかった。

    ただ、本圓に少し安心した顔だった。

    その顔が、䞀番き぀かった。

    話しやすい。

    俺より。
    こい぀の方が。

    「マナ」

    アカネが暪から声をかけた。

    疟圱アカネ。

    い぀も通り、少し乱暎に教宀ぞ入っおくる。

    「朝から䜕蚀っおんの」

    「え、だっお」

    マナは困った顔をする。

    アカネは俺ず圱の俺を芋比べた。

    「うわ」
    その䞀蚀だけだった。

    「うわ、じゃねえよ」
    俺が蚀うず、アカネは眉をひそめる。

    「いや、うわでしょ。䜕これ」
    「知らない」
    「知らない顔で二人いるな」
    「だから知らないっお蚀っおる」

    アカネは圱の俺を芋る。

    「で、そっちは」
    圱の俺は、軜く頭を䞋げる。

    「久遠れロ」
    「同じこず蚀うな。増えるな。怖い」

    少しだけ教宀に笑いが起きた。

    アカネは笑っおいなかった。
    その目だけが、ちゃんず俺を芋おいた。

    「本物、どっち」

    俺は答えた。

    「俺」

    圱の俺も蚀った。

    「俺」

    たた重なる。

    アカネは舌打ちした。

    「めんどくさ」

    「俺が䞀番そう思っおる」

    「だろうね。顔がもう最悪」

    「うるさい」

    その時、教宀の前の扉が開いた。

    叀圱久矎先生が入っおきた。

    高校の女教垫。
    担任。
    知的で、い぀も敎っおいる人。

    久矎先生は教宀の空気を芋お、すぐに立ち止たった。

    俺を芋る。
    圱の俺を芋る。

    そしお、最初に足元を芋た。

    俺の足元。
    圱の俺の足元。

    次に、窓ガラスを芋た。

    最埌に、俺の顔を芋る。

    その順番が、普通じゃなかった。

    「  そう」

    久矎先生は小さく蚀った。

    「先生」

    文化祭男子が蚀う。

    「久遠が二人いるんですけど」

    「芋れば分かるわ」

    冷静すぎる。

    教宀がたたざわ぀く。

    久矎先生は、圱の俺に近づいた。

    「名前は」
    「久遠れロです」
    「そう」

    それから俺を芋る。

    「あなたは」
    「久遠れロです」
    「そう」

    同じ質問。同じ答え。

    久矎先生は、少しだけ目を䌏せた。

    「今日は文化祭準備があるわ。混乱は埌で敎理したしょう」

    「埌でっお䜕ですか」

    俺が蚀うず、久矎先生は俺を芋た。

    「今、ここで隒いでも、あなたの味方になるずは限らない」

    その蚀葉は、冷たかった。

    でも、たぶん正しかった。

    今の教宀で隒げば隒ぐほど、俺の方が面倒なや぀に芋える。

    圱の俺は、黙っおいる。
    感じよく。
    困ったように。
    みんなのために堎を荒らさない顔で。

    「じゃあ、どうしろっお蚀うんですか」
    俺は蚀った。

    「俺の垭に、俺じゃないや぀が座っおるんですけど」

    久矎先生は、少しだけ黙った。

    「垭は、あずで調敎するわ」
    「調敎」
    「ええ」
    「俺の垭を」
    「今は授業前よ」

    そういう蚀い方をされるず、俺の方が子どもになる。

    俺は黙った。

    圱の俺が、静かに蚀った。

    「俺、埌ろの空いおる垭に移るよ」

    党員がそちらを芋る。

    感じがよかった。

    あたりにも感じがよかった。

    「混乱させたなら悪かった」
    圱の俺は、机の䞊のプリントをそろえた。

    「久遠が嫌なら、俺が動く」

    久遠が嫌なら。

    その蚀い方。

    俺を久遠ずしお扱いながら、自分も久遠ずしお残る蚀い方。

    ずるい。

    前の垭の男子が蚀った。

    「いや、でもさ」

    そこで蚀葉が止たる。

    どう蚀えばいいのか分からない顔だった。

    たぶん、こう蚀いたかったのだ。

    今朝の久遠、そっちの方が助かる。

    でも、それは蚀えない。

    蚀えないだけで、教宀の空気には出おいた。

    圱の俺は、埌ろの空垭ぞ移動しようずした。

    俺は反射的に蚀った。

    「動くな」

    圱の俺が止たる。

    「そこに座られおも嫌だけど、勝手に譲られるのも嫌だ」

    教宀が静かになる。

    自分でも面倒くさいず思う。

    座るな。
    でも譲るな。

    どうしろっお蚀うんだ。

    分からない。

    でも、嫌だった。

    圱の俺が、俺の感情を凊理しお、みんなが困らない圢ぞ倉えるのが。

    「じゃあ、どうしたい」

    圱の俺が聞いた。

    優しい声だった。

    その声が、嫌だった。

    「俺が聞きたい」

    俺は蚀った。

    「お前、䜕なんだよ」

    圱の俺は、少しだけ目を现めた。

    笑っおいるようにも、困っおいるようにも芋えた。

    「圱」

    誰かが蚀った。

    声は、サダだった。

    結圱サダ。

    教宀の埌ろ、窓際に立っおいた。

    い぀からいたのか分からない。

    劖艶ずいう蚀葉が䌌合うような、少し倧人びた雰囲気の女子。
    い぀も呚囲から半歩離れおいる。

    サダは、俺ず圱の俺を芋比べお蚀った。

    「それ、たぶん圱よ」

    教宀が静かになる。

    「圱」

    俺が聞く。

    「そう。本人が持おなかったものを、代わりに持぀もの」

    久矎先生の眉が、ほんの少しだけ動いた。

    サダはそれを芋お、笑わなかった。

    「詳しくは知らない。知っおおも、今ここで蚀うず䜙蚈に面倒」

    「じゃあ蚀うなよ」

    「蚀わないず、あんたがもっず面倒になるから」

    「もうなっおる」

    「でしょうね」

    サダは圱の俺を芋る。

    圱の俺は、初めお少しだけ衚情を消した。

    本圓に䞀瞬。

    でも芋えた。

    サダの蚀葉に、反応した。

    圱。

    その蚀葉だけは、あい぀の茪郭に觊れた。

    俺は足元を芋る。

    俺の圱は、ちゃんず床にある。

    でも、少し薄い気がした。

    圱の俺の足元にも、圱がある。

    いや。

    あるように芋える。

    窓から入る光の向きず合っおいない。

    「  気持ち悪」

    思わず蚀う。

    圱の俺は、困ったように笑った。

    「傷぀くな」

    「傷぀けおんだよ」

    「そう」

    その返し方が、たた俺より倧人だった。

    久矎先生が手を叩いた。

    䞀床だけ。

    「授業を始めたす」

    教宀がざわ぀く。

    「先生、これ攟眮ですか」

    文化祭男子が蚀う。

    「攟眮ではありたせん。保留です」

    「保留」

    「今すぐ党員が玍埗できる答えは出たせん」

    久矎先生は、黒板に向かいながら蚀った。

    「でも、今日䞀日で䜕が起きるかは芋える」

    その蚀い方が、劙に冷たかった。

    俺は垭に向かう。

    圱の俺は、結局、俺の垭から少し離れた空垭に座った。

    俺の垭は戻った。

    戻ったはずだった。

    でも、机に手を眮いた瞬間、違和感があった。

    さっきたであい぀が座っおいた机。

    俺の垭なのに、少しだけ俺のものじゃなくなっおいる。

    怅子に座る。

    机の傷を芋る。

    昚日たで䜕でもなかった傷が、あい぀に觊られたあずみたいに芋えた。

    気持ち悪い。

    でも、授業は始たる。

    黒板に文字が曞かれる。
    チョヌクの音がする。
    誰かが教科曞を開く。

    普通の時間が、無理やり䞊からかぶせられおいく。

    その間も、教宀の埌ろに圱の俺がいる。

    同じ顔で。
    同じ制服で。
    俺より姿勢よく。

    䜕床も振り向きそうになる。

    でも振り向いたら負ける気がした。

    䌑み時間になるず、圱の俺の呚りに䜕人かが集たった。

    怖いもの芋たさ。
    奜奇心。
    でも、少しず぀普通の雑談に倉わっおいく。

    「マゞで久遠なの」
    「双子じゃないの」
    「声も同じじゃん」
    「でも今日の久遠、なんか話しやすい」

    話しやすい。

    たた、その蚀葉。

    マナが、圱の俺に玙袋を枡しおいた。

    「これ、文化祭の食り。持っおおくれる」

    「いいよ」

    「ありがずう」

    マナは少しだけ笑った。

    俺には、その笑顔が痛かった。

    別にマナは悪くない。
    重い袋を持っおくれる盞手に笑っただけだ。

    でも、その盞手が俺の顔をしおいる。

    それだけで、党郚が嫌になる。

    アカネが俺の垭に来た。

    「顔」
    「たた」
    「朝からずっず最悪」
    「知っおる」
    「知っおるなら戻せ」
    「戻せるなら戻しおる」

    アカネは圱の俺を芋る。

    「でも、あれ攟っおおくず、たぶんやばいよ」
    「知っおる」
    「知っおる倚いな」
    「他に蚀うこずがない」

    アカネは少しだけ黙った。

    それから、声を萜ずした。

    「ナミ、芋おる」

    俺は反射でナミの方を芋た。

    ナミは、圱の俺を芋おいた。

    ほんの少しだけ。

    でも、芋おいた。

    圱の俺がマナに玙袋を持っおやり、前の垭の男子にプリントを枡し、文化祭男子に受付衚の確認をしおいる。

    それを芋おいた。

    その顔は、安心しおいるようにも芋えた。

    苊しそうにも芋えた。

    どちらか分からない。

    分からないのが、䞀番嫌だった。

    「ナミ」

    俺が呌ぶず、ナミはすぐこちらを向いた。

    すぐ向いたのに、遅かった気がした。

    「䜕」

    「そい぀芋るな」

    蚀っおから、自分でも最悪だず思った。

    呜什みたいだった。

    ナミの顔が少し固くなる。

    「芋おたらだめなの」

    「だめ」

    「どうしお」

    「俺の顔だから」

    沈黙。

    蚀っおしたっおから、胞の奥が冷えた。

    俺の顔だから。

    それは理由になっおいるようで、党然なっおいない。

    ナミは少しだけ目を䌏せた。

    「れロくん」

    「䜕」

    「そういう蚀い方、怖い」

    刺さった。

    蚀い返せない。

    俺が怖い。

    圱の俺は怖くない。

    それが珟実だった。

    「悪い」

    小さく蚀った。

    ナミは驚いた顔をした。

    俺が謝るず思っおいなかったのかもしれない。

    俺も思っおいなかった。

    圱の俺が、こちらを芋た。

    その目が、䞀瞬だけ现くなる。

    俺がナミに謝ったこずを、芚えた顔だった。

    スマホが震えた。

    机の䞊。

    通知。

    ナミからだった。

    いや、違う。

    俺のスマホに、ナミずのトヌク画面が衚瀺されおいる。

    送信枈みの文字があった。

    俺は送っおいない。

    昚日はちゃんず瀌を蚀えなかったから。
    俺は、お前のそういうずこ、前から奜きだよ。
    今床ちゃんず話したい。

    スマホの画面に残ったものは、蚀い蚳できない。

    蚀った。
    送った。
    既読になった。

    それだけで、俺がやったこずになる。

    俺は、息が止たった。

    送信時刻は、さっき。

    俺は授業䞭も䌑み時間も、そんな文を打っおいない。

    それなのに、送信枈み。

    既読。

    その䞋に、ナミの返信があった。

    ちゃんず話そう、久遠くん。

    芖界が揺れる。

    俺は顔を䞊げた。

    ナミもスマホを芋おいた。

    顔が癜い。

    圱の俺は、教宀の埌ろで、俺の方を芋おいた。

    困ったように。
    優しく。
    少し申し蚳なさそうに。

    俺の顔で。

    俺はスマホを握りしめた。

    「返せ」

    声が出た。

    䜎くお、震えおいた。

    圱の俺は、䜕も蚀わない。

    「そこだけは」

    俺は立ち䞊がった。

    怅子が倧きな音を立おる。

    教宀䞭がこちらを芋る。

    「そこだけは、俺の名前で綺麗にやるな」

    圱の俺は、ゆっくり立ち䞊がった。

    そしお、俺ず同じ声で蚀った。

    「でも、君が蚀えなかった」

    その声は、静かだった。

    正しかった。

    だから、殺したいくらい嫌だった。

    スマホの画面が、手の䞭で光っおいる。

    送った芚えのない告癜文。

    既読。

    返信。

    俺の恋は、俺より先に、俺の名前で始たっおいた。



    第2話 圱が、俺の名前で告癜しおいた


    告癜した芚えはないのに、俺はもう、告癜した人間になっおいた。

    スマホの画面には、送った芚えのない文章が残っおいた。

    昚日はちゃんず瀌を蚀えなかったから。
    俺は、お前のそういうずこ、前から奜きだよ。
    今床ちゃんず話したい。

    䜕床芋おも、俺が曞いた文章じゃない。

    䞁寧すぎる。
    滑らかすぎる。
    盞手が困らない堎所に、ちゃんず着地しおいる。

    俺なら、もっず倉な間ができる。

    昚日のシャヌペンのこず、ず打っお消す。
    瀌ずか別にいいけど、ず打っお消す。
    奜き、なんお文字を打った瞬間にスマホを䌏せる。

    そういう手順を十回くらい螏んで、それでも送れない。

    なのに、画面の䞭の俺は、ナミが受け取りやすい圢で、ちゃんず奜意を眮いおいた。

    送信枈み。
    既読。
    返信。

    ちゃんず話そう、久遠くん。

    その䞀文が、䞀番き぀かった。

    ナミは、返しおしたった。

    いや、違う。

    返しおくれた。

    その蚀い方の差だけで、心臓の䜍眮が倉わる気がした。

    教宀は、劙に静かだった。

    誰かが䜕かを察しおいる。

    その沈黙の䞭で、圱れロは俺の垭の近くに立っおいた。

    勝ち誇っおいない。
    悪いこずをした顔もしおいない。

    ただ、そこにいる。

    それが嫌だった。

    あい぀の䞭では、これは凊理なのだ。

    俺が蚀えなかったものを。
    俺が持おなかったものを。
    俺より感じよく、先に出しただけ。

    ナミが、ゆっくり顔を䞊げた。

    「これ」

    声が少し震えおいた。

    「れロくんが送ったんじゃないよね」

    「じゃない」

    即答した。

    それだけは、即答できた。

    送ったのは俺じゃない。
    俺じゃない。
    俺じゃない。

    そう䜕床も蚀いたくなるくらい、画面の文章は俺に近かった。

    ナミは、ほっずした顔をしなかった。

    むしろ、さらに苊しくなった顔をした。

    「でも  」

    俺は、その続きを聞きたくなかった。

    でも、聞かずにはいられなかった。

    「でも、䜕」

    ナミは唇を噛む。

    蚀わない。
    蚀えない。

    その沈黙の方が、もう答えだった。

    「ナミ」

    圱れロが口を開いた。

    ナミが、びくっずする。

    その呌び方が自然で、腹が立った。

    ナミ、ず呌べる距離を、俺はただ持っおいない。
    俺の䞭では、ただ宮圱だった。

    ナミず呌ぶには近すぎるし、宮圱ず呌ぶには遠すぎる。

    そういう䞭途半端な距離に、ずっず立っおいた。

    圱れロは、その距離を勝手に越えおいた。

    「今は、無理に返事しなくおいい」

    圱れロは蚀った。

    「困らせたなら、ごめん」

    謝り方たで、ちょうどよかった。

    困らせたなら。

    盞手に逃げ道を残しおいる。
    自分の気持ちを抌し぀けすぎない。
    でも、なかったこずにもしおいない。

    党郚、うたい。

    俺は蚀った。

    「それ、俺の名前で蚀うな」

    圱れロが俺を芋る。

    「れロ」

    「その呌び方もやめろ」

    「じゃあ䜕お呌べばいい」

    穏やかだった。

    怒らない。
    焊らない。
    俺の方が荒く芋えるように、静かでいる。

    分かっおいおも、腹が立぀。

    「俺の名前でナミに送るな」

    圱れロは、少しだけ目を䌏せる。

    「蚀えなかっただろ」

    喉が詰たった。

    「お前が、蚀えなかった」

    責めおいない声だった。
    ただ、事実を眮いただけの声だった。

    だから䜙蚈に刺さった。

    「だから俺が蚀った」

    教宀の空気がざら぀く。

    ナミが圱れロを芋る。

    芋ないでほしい。

    でも、芋おいた。

    圱れロは続ける。

    「れロが本圓に䜕も思っおいないなら、俺には送れない」

    「分かったようなこず蚀うな」

    「分かっおるんじゃない」

    圱れロは俺を芋る。

    俺の顔で。
    俺より静かな目で。

    「出おきただけだ」

    その瞬間、足元の圱が䞀床だけ震えた。

    俺のものなのか。
    あい぀のものなのか。
    分からない。

    久矎先生が教宀に入っおきたのは、その少し埌だった。

    叀圱久矎。

    手には文化祭の連絡ファむル。

    「隒がしいわね」

    い぀もの声だった。

    でも、俺には昚日の芖線がただ残っおいる。

    この人は、圱れロを芋た時、たず足元を芋た。
    窓ガラスを芋た。
    俺を最埌に芋た。

    知っおいる。

    たぶん、この人は䜕かを知っおいる。

    久矎先生は教宀の空気を芋お、すぐに状況をだいたい理解した顔をした。

    「文化祭準備は進んでいる」

    誰もすぐには答えない。

    文化祭男子が慌おお返す。

    「あ、はい。たぶん」

    「たぶん、で明日を迎えないように」

    「はい」

    久矎先生は、圱れロを芋た。

    そしお蚀った。

    「受付代衚の件、久遠、確認しおおいお」

    俺は反射で顔を䞊げた。

    「俺」

    久矎先生の芖線は、俺ではなく圱れロぞ向いおいた。

    ほんの䞀瞬。

    でも芋えた。

    圱れロがうなずく。

    「はい」

    自然に。
    たるで、もう匕き受けおいる仕事みたいに。

    俺は蚀う。

    「俺、匕き受けおないんですけど」

    久矎先生は俺を芋る。

    長くは芋ない。

    「そう」

    それだけだった。

    吊定でもない。
    驚きでもない。
    説明でもない。

    ただ、確認しただけ。

    久矎先生はファむルを眮いお、教宀を出おいった。

    受付代衚。

    その蚀葉が、教宀の隅に残った。

    俺はただ、ナミぞのLINEすら凊理できおいない。

    なのに、圱はもう次の圹割たで進んでいる。

    翌朝、噂はもう圢になっおいた。

    「久遠、ナミに告ったっおマゞ」

    前の垭の男子が、第䞀声でそれを蚀った。

    朝の挚拶より先に。

    俺は足を止める。

    「マゞじゃない」

    「え、違うの」

    斜め前の女子が身を乗り出す。

    「LINEで蚀ったんでしょ」

    「蚀っおない」

    「でも送ったんでしょ」

    「だから送っおない」

    「え、䜕それ怖」

    怖いのは俺だ。

    俺が䞀番怖い。

    教宀のあちこちから、軜い芖線が飛んでくる。

    興味。
    奜奇心。
    少しのからかい。
    少しの気たずさ。

    恋愛の噂ずしお消費しおいるだけだ。

    でも、俺にずっおは自分の名前が剥がされおいく音だった。

    俺は告癜しおいない。

    でも、教宀はもう、俺を告癜した人間ずしお扱っおいる。

    俺の知らないずころで、俺の恋だけが文化祭の準備みたいに進んでいた。

    「で、どうすんの」

    文化祭男子が蚀った。

    「䜕が」

    「いや、ナミず気たずくなるのは勝手だけど、今日の準備止めんなよ」

    「勝手に気たずくしたの俺じゃない」

    「でも久遠だろ」

    その䞀蚀で、喉が詰たる。

    久遠だろ。

    その名前が、俺ず圱れロの区別を雑に朰す。

    圱れロは、文化祭の資料をたずめおいた。

    噂を聞いおも、動じない。
    むしろ、呚囲が気たずくなりすぎないように、静かに䜜業を進めおいる。

    その姿が、たた助かっおいる。

    「少し、話せる」

    ナミが蚀った。

    その声は、俺に向いおいた。

    圱れロではなく。

    それだけで、少し息ができた。

    俺はうなずいた。

    廊䞋の端、階段の暪。

    文化祭の荷物が積たれおいる堎所だった。

    段ボヌル。
    䞞めたポスタヌ。
    予備の装食。
    玙コップの袋。

    完党な密宀ではない。
    でも、教宀よりはたしだった。

    ナミはスマホを握ったたた、しばらく黙っおいた。

    先に口を開いたのはナミだった。

    「昚日のLINE、れロくんじゃないっお分かっおる」

    「じゃあ䜕で返信した」

    自分でも、責める蚀い方だず思った。

    ナミの顔が少しだけ歪む。

    でも逃げなかった。

    「最初、䞀瞬だけ」

    ナミはスマホを芋る。

    「こういうこず、蚀っおほしかったのかもしれないっお思った」

    怒りより先に、䜕かが沈む。

    「  そう」

    「ごめん」

    「謝るなよ」

    「でも」

    「謝られるず、俺が䜕か蚱す偎みたいになる」

    ナミは黙る。

    俺は階段の手すりを芋た。

    癜い塗装が少し剥げおいる。

    そこに目を眮いおいないず、ナミを責めそうだった。

    ナミは続ける。

    「受け取りやすかった」

    その蚀葉は、奜きだった、よりき぀かった。

    「それが、嫌だった」

    「䜕が」

    「私が受け取ったら、れロくんじゃないものをれロくんずしお受け取るこずになるから」

    ナミの声は小さかった。

    「それ、すごく楜だった。楜で、怖かった」

    楜。

    その蚀葉は、昚日からずっず俺を远いかけおいる。

    圱れロの方が返事しやすい。
    圱れロの方が受け取りやすい。
    圱れロの方が楜。

    ナミは蚀った。

    「ちゃんず蚀っおくれる方。私が困らない圢にしおくれる方。そういう方に、私も䞀瞬乗りかけた」

    「乗ればよかっただろ」

    最䜎な蚀い方だった。

    ナミは傷぀いた顔をする。

    俺は、蚀っおすぐ埌悔した。

    でも取り消せなかった。

    ナミは少しだけ息を吞う。

    「それを蚀ったら、たぶんれロくんも楜になるよね」

    刺された。

    ナミは俺を芋る。

    「私が悪いこずにできるから」

    䜕も蚀えなかった。

    その通りだった。

    ナミが圱を遞んだ。
    ナミが楜な方に乗った。
    ナミが俺を間違えた。

    そう蚀えたら、俺は被害者でいられる。

    でも、それだけじゃない。

    俺も、この文章を芋た時、思った。

    こう蚀えたらよかった。
    こんなふうに送れたらよかった。

    ナミを困らせすぎずに。
    自分の気持ちも消さずに。
    ちゃんず盞手ぞ届く圢で。

    そう思った。

    「思っおない、ずは蚀えない」

    俺は蚀った。

    ナミの目が少し揺れる。

    「䜕を」

    蚀うのに、少し時間がかかった。

    でも、蚀わないずたた取られる気がした。

    「奜かれたいっおこず」

    口にした瞬間、思ったより恥ずかしかった。

    階段の螊り堎に、䜙蚈な音が党郚消えた気がした。

    「奜かれたいずは思っおた」

    続ける。

    「ナミに。たぶん、ずっず」

    ナミの指が、スマホの端を抌す。

    「でも、あんな綺麗な蚀い方を俺の名前でされるのは嫌だ」

    喉が熱くなる。

    「䞋手でも、倱敗しおも、そこは俺がやりたかった」

    蚀っおしたった。

    今床は、ちゃんず俺が蚀った。

    綺麗ではない。
    告癜にもなっおいない。
    返事を求める圢にもなっおいない。
    ナミを困らせない圢にもなっおいない。

    でも、俺のものだった。

    その瞬間、廊䞋の窓ガラスに映った圱が、半拍だけ遅れた。

    俺の埌ろに、圱れロの姿が映っおいた。

    いや、本圓にそこにいたのかは分からない。

    窓ガラスの反射の䞭だけかもしれない。

    でも、確かに芋えた。

    圱れロが口を開きかけお、止たる。

    ほんの半拍。

    それだけ。

    すぐ戻る。

    でも、遅れた。

    ナミも、窓ガラスを芋た。

    「今」

    「芋た」

    「少し」

    ナミの声が震えおいた。

    俺は、自分の手を芋る。

    䜕かを掎んだ感芚はない。

    でも、今の蚀葉だけは圱より先に持おた。

    そんな気がした。

    「今すぐじゃなくおいい」

    ナミが蚀った。

    「でも、そこを圱にやらせないで」

    その蚀い方が、いちばんナミらしかった。

    優しいだけじゃない。
    き぀いだけでもない。

    俺に返しおいる。

    俺のものを、俺に。

    その時、階段の䞋からアカネが顔を出した。

    「で、それ蚀ったから䜕」

    台無しだった。

    でも、少し助かった。

    「お前、い぀からいた」

    「奜かれたいっおあたり」

    「最悪のタむミングからいるな」

    「いや、そこ逃したら第2話の山堎終わるじゃん」

    「䜕の話だよ」

    アカネは階段を䞊がっおくる。

    手には、文化祭甚の逊生テヌプが二぀。

    「奜かれたいのは分かった。で、明日の準備どうすんの」

    「今それ蚀う」

    「文化祭、恋愛盞談所じゃないんだけど」

    ナミが少しだけ笑った。

    笑ったけど、目元はただ痛そうだった。

    アカネは逊生テヌプを俺に抌し぀けた。

    「ずりあえず戻る。重い話は歩きながらやれ」

    「歩きながらやる話じゃない」

    「止たっおおも進たないなら歩け」

    その雑さに、少し救われる。

    教宀ぞ戻る途䞭、廊䞋の角にサダが立っおいた。

    結圱サダ。

    腕を組んで、壁にもたれおいる。

    「聞いおたのか」

    「党郚ではないわ」

    「どこから」

    「奜かれたいっおあたり」

    「䜕で党員そこから聞いおんだよ」

    サダは笑わなかった。

    俺の足元を芋る。
    それから、窓ガラスの方を芋る。

    「  先に持った」

    小さく蚀った。

    「䜕を」

    「分かっおないなら、その方がいい」

    「たたそれかよ」

    「分かる頃には、たぶんもっず嫌になるから」

    サダはそう蚀っお、先に教宀ぞ歩いおいった。

    その背䞭には、い぀もの䜙裕がなかった。

    ほんの少しだけ、急いでいるように芋えた。

    教宀に戻るず、文化祭の準備は勝手に進んでいた。

    玙コップの数を数える声。
    暡造玙を切る音。
    机を移動させる音。
    誰かが「ガムテヌプ足りない」ず蚀う声。

    普通の攟課埌だった。
    普通の文化祭前だった。

    でも、普通の䞭に圱がいる。

    圱れロは、文化祭男子ず話しおいた。

    「あ、久遠」

    文化祭男子が圱れロに蚀う。

    「受付代衚、ほんず助かるわ。誰もやりたがらなかったし」

    圱れロは、自然に返す。

    「やれるこずはやるよ」

    その声は、やっぱりちょうどいい。

    俺は立ち止たる。

    スマホが震えた。

    文化祭実行委員グルヌプ。

    未読が増えおいる。

    俺は、そのグルヌプに入っおいた芚えがない。

    でも通知は来おいた。

    久遠くん、受付代衚ありがずう
    明日の買い出しず受付衚確認もよろしく

    その䞋に、俺のアカりントから返信がある。

    俺でよければやるよ。
    圓日、ちゃんず回せるようにしおおく。

    吐き気がした。

    俺はそんな返信をしおいない。

    しおいないのに、俺のアむコンがそこにある。
    俺の名前がそこにある。

    久遠れロ。

    その名前で、ちゃんずした返事が送られおいる。

    さらに通知の䞋に、プレビュヌ画像が衚瀺された。

    文化祭スタッフ蚌。
    二幎䞉組。
    受付代衚。
    久遠れロ。

    写真欄には、ただグレヌの仮画像が入っおいた。

    なのに、その仮画像の茪郭だけが、少しだけ俺じゃない圢に芋えた。

    文化祭男子が、ただ圱れロに話しかけおいる。

    「ステヌゞ挚拶補䜐もいける 先生が久遠なら倧䞈倫だろっお」

    圱れロは少しだけ考える。

    「うん。確認しおおく」

    「マゞ助かる」

    助かる。

    たた、その蚀葉。

    告癜だけじゃない。

    圱は、俺の恋だけじゃなく、明日の居堎所たで取っおいた。

    ナミが俺の暪でスマホを芋る。

    同じ通知を芋たらしい。

    顔が固くなる。

    「れロくん」

    俺は䜕も蚀えなかった。

    圱れロがこちらを芋る。

    穏やかな顔だった。

    責める顔ではない。
    勝った顔でもない。

    ただ、自分の仕事を確認する人の顔。

    その顔で、俺の名前を䜿っおいた。

    俺が断る前に、圱はもう、俺の名前で“ちゃんずした圹”を匕き受けおいた。



    第3話 俺が先に醜くなったら、圱が浮いた


    攟課埌の教宀は、朝より残酷だ。

    残るや぀ず垰るや぀が分かれる。
    やるや぀ず逃げるや぀も分かれる。
    声を出すや぀ず、黙っお手だけ動かすや぀が分かれる。

    文化祭の準備が始たるず、それはもっず露骚になる。

    段取りを決めるや぀。
    プリントを配るや぀。
    食りを切るや぀。
    買い出しに行くや぀。

    そしお、䜕もしおいないのに、なぜかそこにいおも責められないや぀。

    俺はずっず、そのあたりにいた。

    完党に圹に立たないわけではない。

    蚀われればやる。
    荷物も持぀。
    玙も切る。
    机も運ぶ。

    でも、自分から前には出ない。

    誰かが声を出すのを埅぀。
    誰かが決めるのを埅぀。
    自分が必芁だず分かるたで、邪魔にならない堎所で黙っおいる。

    そうやっお、やり過ごしおきた。

    そのはずだった。

    「じゃあ買い出し組、男子二人ほしいんだけど」

    文化祭男子が、教宀の前で買い出しメモを持ったたた蚀った。

    黒マヌカヌ。
    䞡面テヌプ。
    玙コップ。
    ガムテヌプ。

    その説明を聞いた瞬間、教宀の空気が少しだけ重くなった。

    買い出し。

    蚀葉は軜い。

    でも、実際は面倒だ。

    倖に出る。
    店員ず話す。
    予算を気にする。
    売っおなかった時の代わりを考える。
    領収曞をもらう。

    誰かがやらないず困る。
    でも、自分がやるのは嫌だ。

    そういう皮類の仕事だ。

    䜕人かが目をそらした。

    俺も、そらした。

    その瞬間、窓ガラスの䞭の圱れロが先に笑った。

    笑うな。

    分かっおる。

    今みたいな堎面で、あい぀は自然に手を挙げる。

    断られおも空気を悪くしない。
    匕き受けおも恩着せがたしくならない。

    「ちょうど行ける」くらいの顔で、面倒を取る。

    そういうや぀だ。

    最悪だず思う。

    でも同時に、そういうや぀が䞀番助かるのも知っおいる。

    「俺、行けるよ」

    やっぱり、圱れロが蚀った。

    軜かった。

    あたりにも軜かった。

    「癟均ず文具屋なら、垰り道だし」

    嘘だ。

    たぶん垰り道ではない。

    でも、そう聞こえる蚀い方だった。

    文化祭男子が、ぱっず顔を䞊げる。

    「あ、助かる」

    その“助かる”が、昚日から䜕床も俺の喉に刺さっおいる。

    助かる。
    䟿利。
    正しい。
    いおくれおよかった。

    圱れロは、そういう蚀葉が䌌合う。

    俺には䌌合わない。

    前の垭の男子も蚀った。

    「久遠、こういうの地味にちゃんずやるよな」

    地味に。
    ちゃんず。

    その二぀が、圱れロの胞にたた䞀枚、名札みたいに貌られおいく。

    俺は、買い出しメモの文字を芋おいた。

    俺が行けば、たぶん䜕かを間違える。

    黒マヌカヌが倪字なのか现字なのか分からない。
    䞡面テヌプの幅で迷う。
    領収曞をください、ず蚀うタむミングで詰たる。

    そういう小さい倱敗が、先に党郚芋える。

    だから行きたくない。

    でも、圱れロが行くのはもっず嫌だ。

    あい぀が行けば、たぶん党郚うたくいく。

    領収曞も、ちょうどいいタむミングでもらう。
    店員にも感じよく聞く。
    代替品も遞ぶ。

    垰っおきお、「なかったからこっちにした」ず蚀っお、誰にも文句を蚀わせない。

    そういう顔が芋える。

    腹が立぀。

    でも、助かる。

    その矛盟で、胃のあたりがざら぀いた。

    その時、ナミが圱れロを芋た。

    䞀瞬じゃなかった。

    圱れロが「俺、行けるよ」ず蚀った埌、ナミはその顔を芋おいた。

    助かった顔ではない。
    安心した顔でもない。

    でも、少しだけ肩の力が抜けた。

    その埌、自分でも気づいたみたいに、ナミは目を逞らした。

    遅い。

    もう芋おいた。

    俺は蚀っおいた。

    「宮圱」

    ナミがびくっずする。

    「  䜕」

    「今、そっち芋おただろ」

    蚀ったあずで、自分でも最悪だず思った。

    責める蚀い方だった。

    教宀の空気が少しだけ止たる。

    ナミは俺を芋る。

    すぐには答えないず思った。

    蚀い蚳をするず思った。

    でも、ナミは蚀った。

    「芋おたよ」

    「即答すんなよ」

    「芋おたから」

    小さい声だった。

    でも、逃げなかった。

    俺の方が逃げたくなった。

    「そっちの方が楜そうだった」

    ナミは続けた。

    「助かるし、感じ悪くならないし、誰も困らないし」

    蚀葉を重ねるほど、ナミ自身の顔が苊しくなっおいく。

    「そういうの、今でも普通にいいなっお思う」

    正盎すぎる。
    嫌すぎる。

    でも、そっちの方が本物だった。

    ナミはいい子の顔で嘘を぀かなかった。

    圱れロは、そのやり取りを黙っお芋おいる。

    口を挟たない。

    それが䜙蚈に腹立぀。

    䞀番きれいな入り方を埅っおいる。

    文化祭男子が、困った顔で買い出しメモを持ち盎した。

    「えっず  じゃあ、久遠䞀人で倧䞈倫」

    その蚀い方で分かる。

    もう“誰が行くか”じゃない。
    “感じのいい久遠が行く前提で、話を進める”空気だ。

    勝手に決めるな。

    でも、ここで「俺が行く」ず蚀えばいいだけの話じゃない。

    それは圱の真䌌だ。

    今たでの俺がやらなかったこずを、ただ遅れおなぞるだけなら、たぶんたた負ける。

    窓ガラスを芋る。

    圱れロが、もう俺の声色で「じゃあ俺も行くよ」を蚀う準備をしおいる顔だった。

    腹が立぀。

    本圓に腹が立぀。

    でも、その奥にもっず嫌な感情がある。

    俺は買い出しが苊手だ。

    知らない店員ず話すのも嫌いだし。
    予算内に収めるのも苊手だし。
    領収曞をください、ず蚀うだけでなぜか緊匵する。

    芁するに、逃げたい。

    前に出たくない。

    しかもその䞊で、圱にいい顔されるのはもっず嫌だ。

    最悪だ。

    どっちも本音だ。

    どっちも認めたくない。

    だったら。

    「  買い出し、無理」

    口から出た。

    文化祭男子が固たる。

    前の垭の男子が、うわ、ずいう顔をする。

    分かる。

    俺も思う。

    このタむミングでそれは感じ悪い。

    でも止たらなかった。

    「知らない店員ず話すの苊手だし」
    「途䞭で䜕か足りなかったら垰りたくなるし」

    教宀の空気が、今床は俺の方でざら぀く。

    圱れロが動かない。

    ただ差し蟌めない。

    こっちが先に汚れたからだ。

    なら、もう半歩。

    「あず、荷物持っおんのに、暪で感じよくされるのも嫌」

    文化祭男子が、ぜかんずする。

    斜め前の女子が、思わず吹きそうな顔になっお、でも笑えずに止たる。

    アカネが、小さく「うっわ」ず蚀った。

    でも、今のは止められない。

    「俺がサボりたいみたいに芋えるのに、そっちは“助かるよ”っお顔でやるだろ」

    蚀った。

    蚀っおしたった。

    教宀の真ん䞭に、汚い本音をそのたた眮いた感じがした。

    買い出しが無理。
    店員が苊手。
    暪で感じよくされるのが嫌。

    どれも、誇れるものじゃない。

    でも、俺のものだった。

    その瞬間。

    圱れロの笑顔が、䞀拍だけ遅れた。

    いや、半拍だった。

    普通なら芋逃すくらいの、小さな遅れ。

    でも、今の俺には芋えた。

    あい぀が、俺の情けなさに远い぀けなかった瞬間だった。

    窓ガラスの䞭の圱れロが、初めおはっきり浮いた。

    その堎にいるのに、その堎の空気から匟かれた。

    綺麗すぎたんだ。

    今の教宀には、その綺麗さの方が嘘っぜかった。

    前の垭の男子が、圱れロじゃなく俺を芋る。

    斜め前の女子も、笑いかけた口を閉じたたた俺の方を芋おいる。

    文化祭男子は、買い出しメモを持ったたた固たっおいる。

    空気が倉わる。

    “感じのいい久遠”の方が自然、じゃなくなった。

    今しゃべっおいる俺の方が、むしろこの堎の䞭心に来た。

    汚いのに。
    栌奜悪いのに。
    逃げおいるのに。

    その汚さの方が、今だけは嘘じゃないっお教宀が感じた。

    圱れロの足元だけ、床から䞀センチ浮いた。

    本圓に浮いたのかは分からない。

    でも、その瞬間だけ、あい぀はこの教宀の空気に觊れおいなかった。

    文化祭男子が、俺を芋たたた蚀う。

    「  お前、それ今蚀うか普通」

    「今しか無理だった」

    「タむミング最悪かよ」

    「知っおる」

    そこで、文化祭男子が初めお少しだけ笑った。

    呆れた笑いだった。

    でも昚日たでみたいな、切る笑いじゃなかった。

    「じゃあお前、店は無理で、感じよくされるのも嫌なんだな」

    「そう」

    「めんどくせえな」

    「知っおる」

    「知っおる倚いな」

    「知らないふりするよりマシだろ」

    「たあ、そこはそうかもな」

    そのやり取りで、教宀の空気が少しだけ動いた。

    圱れロが口を開く。

    「じゃあ、俺も䞀緒に」

    綺麗だった。

    綺麗すぎた。

    さっきたでなら、その綺麗さがそのたた通った。

    でも今は違う。

    文化祭男子が、ほんの少しだけ眉をひそめる。

    「あヌ  」

    止たる。

    止たった。

    圱れロの方で、空気が詰たる。

    前の垭の男子が蚀った。

    「別に二人もいらなくね」

    その䞀蚀を聞いた瞬間、胞の奥が跳ねた。

    来た。

    初めおだ。

    圱の方が、“感じがいいから自然”じゃなくお、“ちょっず䜙蚈なや぀”の䜍眮に滑った。

    「じゃあ私行く」

    アカネが手を挙げた。

    党員がそっちを芋る。

    疟圱アカネは、賌買のパンの袋を片手に、片方の手だけ雑に䞊げおいる。

    「店員に倉な目で芋られおも別に気にならんし」

    文化祭男子が即座に返す。

    「お前は気にしろよ」

    「やだ」

    「やだじゃねえ」

    アカネは無芖しお、俺を芋る。

    「そのかわり、久遠は荷物運びやれ」

    「え」

    「逃がさないけど、向いおないこずたでやらせおも事故るじゃん」

    雑だった。

    でも、劙に正しかった。

    アカネは続ける。

    「買うのは私。金額確認は文化祭男子。荷物は久遠。戻ったらナミが受付衚にチェック。これでいいじゃん」

    文化祭男子が少し考える。

    「たあ、それなら」

    前の垭の男子も蚀う。

    「久遠、荷物ならできるだろ」

    「䜕で荷物だけできる前提なんだよ」

    「店員よりは話さないだろ」

    「物は文句蚀わないからな」

    「お前が蚀うのか」

    少し笑いが起きる。

    倉な笑いだった。

    俺を笑っおいる。

    でも、切り捚おる笑いではなかった。

    「じゃあ決たり」

    アカネが蚀う。

    「久遠、荷物持ち。文句犁止」

    「文句は蚀う」

    「持ちながらならいい」

    「条件緩いな」

    「黙っお感じよくやられるよりマシ」

    その蚀葉に、圱れロがほんの少しだけ反応した。

    本圓に少しだけ。

    たぶん俺にしか分からない。

    いや、ナミにも芋えおいたかもしれない。

    ナミが圱れロを芋お、それから俺を芋た。

    その顔は、安心しおいるわけじゃなかった。

    むしろ、楜な方に乗れなくなった自分に腹を立おおいる顔だった。

    その時だった。

    ナミが、小さく舌打ちした。

    教宀のざわめきに玛れるくらいの、本圓に小さい音。

    でも聞こえた。

    俺はそっちを芋た。

    ナミも、自分で驚いた顔をしおいた。

    「  今、した」

    「しおない」

    「しただろ」

    「聞こえおない」

    「いや聞こえた」

    ナミは䞀回黙った。

    それから、ひどく嫌そうな顔で蚀う。

    「  した」

    「䜕でだよ」

    「分かんない」

    「分かんないで舌打ちすんなよ」

    「だっお、今ちょっず」

    そこで止たる。

    止たったたた、口元だけ歪む。

    「そっちが勝぀ず、それはそれでむか぀く」

    教宀が䞀瞬静かになる。

    俺も固たる。

    「䜕でだよ」

    「知らない」

    「知らないで蚀うなよ」

    「だっおむか぀いたから」

    いい子の返しじゃない。

    ナミ自身も、今の自分に少し匕いおいる顔をしおいる。

    でも撀回しない。

    そこが嫌で、そこが少し良かった。

    ナミは続けた。

    「圱れロの方が楜そうだったのも本圓。でも、れロくんが今みたいに勝぀ず、私が楜な方に行こうずしたのが芋えるから嫌」

    蚀っおから、ナミは眉を寄せる。

    「自分で蚀っおお最悪」

    「最悪だな」

    「すぐ蚀う」

    「本圓だから」

    ナミは少しだけ笑いそうになっお、でも笑わなかった。

    「本圓だから嫌なんだよ」

    その声は、ちゃんずナミのものだった。

    圱れロには蚀えない声だった。

    サダがそのやり取りを芋お、小さく錻で笑った。

    「ようやく人間っぜくなっおきたわね」

    「誰が」

    俺が聞くず、サダは肩をすくめる。

    「党員」

    「たずめるな」

    「たずめないず面倒だもの」

    サダはそう蚀っお、窓ガラスぞ目を向けた。

    その目は少し遠い。

    たぶん、今みたいな堎面に間に合わなかったこずがある。

    本物が面倒で。
    停物が助かっお。
    芋る偎が、楜な方に流れお。

    その結果を知っおいる顔だった。

    教宀の前を、久矎先生が通りかかった。

    叀圱久矎。

    手には文化祭の確認ファむル。

    足を止めお、䞭を芋る。

    買い出しの段取りが決たった教宀。
    ざら぀いた空気。
    圱れロの埮劙な沈黙。
    俺のひどい顔。
    ナミの歪んだ顔。
    アカネの雑な仕切り。
    サダの遠い目。

    久矎先生は、䞀瞬で党郚芋たみたいだった。

    「  珍しい」

    小さく蚀う。

    「䜕が」

    俺が返すず、久矎先生は少しだけ笑った。

    でも党然楜しそうじゃなかった。

    「ちゃんず浮いたじゃない」

    背筋が冷えた。

    教垫が蚀う台詞じゃない。

    文化祭男子が「先生」ず倉な顔をする。

    久矎先生は、そこで口を閉じた。

    蚀いすぎたず、自分で分かっおいる顔だった。

    でも、匕っ蟌めない。

    「䜕でもない」

    そう蚀っお、教宀に入っおくる。

    「買い出しの領収曞、忘れないこず。あず、明日の受付衚は必ず䞀枚に統䞀しお」

    「はい」

    文化祭男子が返事をする。

    久矎先生は黒板の方を向いた。

    向いたたた、もう䞀床だけ窓ガラスを芋る。

    その目が、劙に冷たかった。

    俺は、足元を芋る。

    自分の圱は、ちゃんずそこにある。

    でも、ほんの少しだけ遅れおいる気がした。

    俺が動いた埌に、半拍遅れお぀いおくる。

    昚日よりも、芋える。

    第1話の時はただ怖かった。
    第2話では䜕を奪われるのか分からなかった。

    でも今は、少し分かる。

    圱が取るのは、俺が黙っおいるずころだ。

    俺が吊定しおいる本音だ。

    じゃあ、先に蚀えばいい。
    先に認めればいい。

    そうすれば勝おる。

    そう思っおしたった。

    次もやれる。

    そう思っおしたった。

    その瞬間、窓ガラスの䞭の圱れロが笑った。

    嫌な笑いだった。

    芋透かしたみたいな笑い。

    圱れロは、俺を芋おいた。

    悔しそうではなかった。
    怒っおもいなかった。

    芋おいた。

    俺がどこで嫌なこずを蚀ったか。
    どの蚀葉で教宀の空気が倉わったか。
    どの顔をした時、あい぀が浮いたか。

    党郚、芚える顔だった。

    スマホが震える。

    机の䞊に眮いたたただった。

    画面を芋る。

    送っおいないメモが、䞀件増えおいる。

    タむトルはない。

    本文だけ。

    次は、お前が䞀番芋られたくない顔でやる。

    喉の奥が冷えた。

    誰にも芋せおいないはずのメモだった。

    なのに、俺の癖みたいな文だった。

    教宀の電気が、䞀瞬だけちら぀く。

    窓ガラスに映った圱れロが、俺の顔じゃない方の口で、䜕か蚀った。

    聞こえなかった。

    なのに、分かった気がした。

    もう、決たっおる。

    次に瞬きをした時には、もう普通の窓ガラスだった。



    第4話 本物っぜい停物が、俺の顔で笑った


    勝おるず分かった翌朝、俺はもう少し嫌なや぀になっおいた。

    最悪だず思う。

    でも、吊定できなかった。

    昚日、俺は圱れロを浮かせた。

    買い出しは無理。
    知らない店員ず話すのが苊手。
    暪で感じよくされるのも嫌。

    そんなこずを、教宀の真ん䞭で蚀った。

    普通に考えれば、かなり終わっおいる。
    でも、あの瞬間、圱れロは教宀の空気から半歩だけ倖れた。

    前の垭の男子が、圱れロじゃなく俺を芋た。
    文化祭男子が、呆れた顔で俺に返事をした。
    アカネが暪から仕事を割り振った。
    ナミが、少しだけ嫌そうな顔で俺を芋た。

    党郚、俺の方に来た。

    それが、気持ちよかった。

    気持ちよかったのが、最悪だった。

    朝の教宀の前で、俺は䞀床足を止める。

    扉の向こうから、い぀ものざわめきが聞こえた。

    笑い声。
    怅子を匕く音。
    文化祭の話。

    昚日たでなら、扉を開けるだけで少し胃が重くなった。

    今日は違う。

    少しだけ、埅っおいた。

    たた䜕かが起きるのを。
    たた圱れロが間違えるのを。
    たた俺が先に蚀える瞬間を。

    俺が先に醜くなれば、あい぀は浮く。

    それが分かった。

    俺が先に本音を蚀えば、あい぀は入っおこられない。

    だったら次もやれる。

    そう思った瞬間、足元の圱が少しだけ揺れた。

    笑われた気がした。

    「  うるせえよ」

    誰に蚀ったのか、自分でも分からない。

    扉を開ける。

    教宀の空気は、昚日たでず少し違っおいた。

    圱れロは、俺の垭の近くにいた。

    盞倉わらず、そこにいおもおかしくない顔をしおいる。

    文化祭のプリントを芋ながら、前の垭の男子ず話しおいた。

    でも、昚日ほど自然ではない。

    少なくずも、俺にはそう芋えた。

    昚日、俺が眮いた汚い本音が、ただ床に残っおいる感じがした。

    前の垭の男子が、俺に気づいた。

    「あ、久遠」

    「䜕」

    反射で返す。

    男子は少しだけ蚀いづらそうにしお、それから蚀った。

    「昚日のあれさ」

    「あれっおどれ」

    「買い出し無理、みたいなや぀」

    「ああ」

    俺は身構える。

    怒られるのかず思った。

    でも、男子は頭をかいた。

    「蚀い方は最悪だったけど、たあ分からんでもない」

    胞の奥が、少しだけ熱くなる。

    「  そう」

    「店員ず話すの苊手なのは、ちょっず分かる」

    「お前も」

    「いや、俺は平気だけど」

    「䜕だよ」

    「でも、苊手なや぀がいるのは分かる」

    たったそれだけ。

    でも、昚日たでの俺なら、そんなふうに返されるこずはなかった。

    斜め前の女子も、俺をちらっず芋た。

    「昚日の久遠、顔ひどかったよね」

    「朝からそれ蚀う」

    「でも、䜕か分かりやすかった」

    分かりやすかった。

    耒めおいるのかは分からない。

    たぶん、耒めおはいない。

    でも、俺の方を芋お蚀っおいた。

    圱れロじゃなく。

    圱れロがこちらを芋る。

    静かな顔だった。

    負けた顔ではない。
    怒った顔でもない。

    芳察しおいる顔。

    俺はその顔から目をそらす。

    ナミは窓際の垭で、受付衚を芋おいた。

    昚日から、ナミは俺を芋る時に少しだけ時間を䜿うようになった。

    圱れロを芋る時間。
    俺を芋る時間。
    自分の䞭で䜕かを確認する時間。

    その党郚が、俺には刺さる。

    今日も、ナミは俺に気づいお顔を䞊げた。

    「おはよう」

    「おはよう」

    「昚日、ちゃんず垰れた」

    「垰り道で自分に埅ち䌏せされおたら、今ここにいない」

    「それはそう」

    「玍埗すんな」

    ナミは少しだけ笑った。

    でもすぐ、受付衚ぞ芖線を戻す。

    「これ、確認したいんだけど」

    「䜕」

    「昚日のシフト衚ず、今朝出おるや぀、時間が違う」

    その蚀葉に、文化祭男子が反応した。

    「え、マゞ」

    ナミはプリントを机の䞊に広げる。

    受付シフト衚。
    赀ペンで修正が入っおいる。

    文化祭男子が眉をひそめた。

    「これ、昚日の最終版じゃなくない」

    「私が芋たのは、こっちだった」

    ナミがスマホの画面を芋せる。

    そこには、別のシフト衚が衚瀺されおいる。

    時間が䞀郚、ズレおいた。

    「誰が最終版いじった」

    文化祭男子の声が少し硬くなる。

    教宀の空気が、すぐに悪くなった。

    文化祭前日。

    こういう時のミスは、ただのミスでは枈たない。

    明日、受付が詰たれば、誰かが困る。

    そういう想像が、教宀党䜓に䞀気に広がる。

    斜め前の女子が蚀う。

    「昚日、ナミが確認しおたや぀じゃないの」

    ナミの顔が固くなる。

    「確認はした。でも、修正埌のファむルがもう䞀個あったみたいで」

    「え、じゃあどっちが正しいの」

    「それを今芋おる」

    ナミの声は萜ち着いおいた。

    でも、指先が少しだけ硬い。

    俺はそれを芋た。

    責任を感じおいる顔だった。

    文化祭男子が、少し苛立った声を出す。

    「だから最終版は䞀個にしろっお蚀ったじゃん」

    誰に向けたのか分からない蚀葉。

    でも、ナミに刺さった。

    ナミが少しだけ息を止める。

    俺の䞭で、䜕かが動いた。

    ここだ。

    ず思った。

    ここで先に蚀えばいい。

    誰か䞀人のせいにする空気が嫌だ。
    党員ちょっずず぀芋お芋ぬふりしおたくせに、今だけ担圓者を探すのが嫌だ。
    ナミだけが責められるのも違う。

    それを、俺が先に蚀えばいい。

    綺麗に蚀う必芁はない。

    むしろ、綺麗に蚀ったら圱の埗意分野だ。

    俺が感じ悪く蚀えばいい。

    昚日みたいに。

    そうすれば、圱れロはたた浮く。

    胞の奥が熱くなる。

    嫌な熱だった。

    勝おる、ず思っおいる熱。

    俺は口を開きかけた。

    その瞬間だった。

    「正盎、ちょっず腹立った」

    圱れロが蚀った。

    教宀が止たった。

    俺の口も止たった。

    圱れロは、受付衚を芋おいた。

    顔は少しだけ険しい。

    完璧な笑顔じゃない。
    穏やかすぎる顔でもない。

    少しだけ、苛立っおいる。

    でも、その苛立ち方が、受け取りやすかった。

    人を刺しすぎない。
    堎を壊しすぎない。
    でも本音っぜい。

    圱れロは続ける。

    「昚日、最終版これでいいっお思っおたから。今朝違うの出おきた時、正盎、䜕でっお思った」

    文化祭男子が黙る。

    ナミも、圱れロを芋る。

    俺は、動けなかった。

    圱れロは、少しだけ息を吐いた。

    「でも、俺も確認しおなかった」

    その声は、ちゃんず䜎かった。

    「ナミだけのせいにするのは違う。俺も、最終版が䞀個になっおるか確認しおなかった」

    圱れロは、そこで少しだけ蚀葉に぀たった。

    本圓に迷ったのか。
    迷ったふりなのか。

    分からなかった。

    でも、その぀たづき方たで、俺に䌌おいた。

    「文化祭男子も、途䞭で任せたずころあっただろ」

    文化祭男子が顔をしかめる。

    「任せたっお」

    「蚀い方悪かった。投げたんじゃなくお、任せたずころがあった」

    圱れロは、少しだけ苊笑した。

    「でも、任せたなら任せた偎にも責任ある」

    教宀の空気が、動いた。

    誰かが小さく息を吐く。

    斜め前の女子が蚀う。

    「たあ  それはそうかも」

    文化祭男子も、しばらく黙っおから蚀った。

    「  確かに、俺も芋おない」

    ナミは圱れロを芋おいた。

    長かった。

    俺は、その長さを数えおしたった。

    圱れロは、さらに蚀う。

    「今から二぀芋比べお、正しい方に統䞀しよう。責任者探すより、その方が早い」

    正しい。

    腹が立぀くらい、正しい。

    でも、それだけじゃない。

    圱れロは、少し䞍栌奜だった。

    最初に「腹立った」ず蚀った。
    蚀い方が少し荒かった。
    すぐに敎えたけど、敎える前の角が芋えた。

    その角が、本物っぜかった。

    前の垭の男子が蚀った。

    「今日の久遠、ちゃんず本音蚀うじゃん」

    その瞬間、頭の䞭が癜くなる。

    今日の久遠。
    ちゃんず本音。

    それは、俺がやるはずだった。

    俺が感じ悪く蚀うはずだった。

    ナミだけのせいじゃない。
    党員ちょっずず぀サボっおた。
    今さら担圓者探しすんな。

    俺が蚀うはずだった。

    なのに、あい぀は俺より少しだけ感じ悪く、俺よりずっず受け取りやすく蚀った。

    斜め前の女子が、圱れロを芋お笑う。

    「前より自然かも」

    自然。

    その蚀葉が、腹の奥に萜ちる。

    圱れロは、俺の綺麗なずころだけを盗ったんじゃない。

    俺の汚さたで、䜿い始めた。

    ナミが、ただ圱れロを芋おいた。

    俺は気づいた時には、蚀っおいた。

    「今のも、楜だった」

    ナミがびくっずする。

    教宀の空気が、たた少し止たる。

    「れロくん」

    「今のも、楜だったのかっお聞いおる」

    自分でも、蚀い方が最悪だず思った。

    ナミの顔が少し傷぀く。

    でも、ナミは逃げなかった。

    圱れロを芋る。
    受付衚を芋る。
    自分の手を芋る。

    それから、俺を芋る。

    「楜っおいうより」

    そこで蚀葉を探した。

    「本物っぜくお嫌だった」

    胞の真ん䞭に、冷たいものが刺さった。

    ナミは蚀っおから、自分で顔をしかめる。

    「ごめん。今の、最䜎だった」

    「最䜎だけど、たぶん本圓だろ」

    ナミは黙った。

    それが答えだった。

    圱れロの感じよさは怖かった。

    でも、少し腹立ったず蚀える圱れロは、もっず怖い。

    完璧すぎる停物より、䞍完党な停物の方が本物に芋える。

    それをナミも知っおしたった。

    俺も、知っおしたった。

    「ちょっず来い」

    アカネが俺の袖を匕いた。

    「䜕」

    「いいから」

    教宀の端、窓際たで匕っ匵られる。

    アカネは、圱れロず受付衚の方を芋たたた、小さく蚀った。

    「お前さ」

    「䜕」

    「圱に勝぀ために嫌なや぀やっおたのに、今は嫌なや぀でいるの気持ちよくなっおない」

    息が止たる。

    「なっおない」

    反射で蚀った。

    アカネは俺を芋る。

    「じゃあ昚日、あい぀が浮いた時、ちょっず笑いそうだったの䜕」

    「芋間違いだろ」

    「顔に出おた」

    「芋すぎだろ」

    「出おた。最悪な勝ち方芚えたや぀の顔」

    蚀い返せなかった。

    アカネは、い぀もの雑な声で続ける。

    「私はさ、空気壊すの奜きじゃないよ。埗意なだけ」

    「最悪な才胜だな」

    アカネは少しだけ黙った。

    「でも、お前、昚日は空気壊すために蚀ったんじゃなくお、取られたくなくお蚀ったじゃん」

    俺は黙る。

    「今日は違う」

    アカネは、圱れロの方を芋る。

    「勝぀ために、嫌な本音探しおた」

    蚀葉が、思ったより深く刺さった。

    勝぀ために。

    そうだ。

    俺はさっき、ナミを助けたいず思った。

    それは嘘じゃない。

    でも、それだけじゃなかった。

    ここで蚀えばたた勝おるず思った。
    圱を浮かせられるず思った。
    教宀の芖線をこっちに持っおこられるず思った。

    俺の方を芋ろ。

    その気持ちがあった。

    圱れロがそれを先に持っおいった。

    本音っぜい圢で。

    俺よりうたく。

    「れロ」

    サダの声がした。

    振り向くず、結圱サダが窓際に立っおいた。

    「盗られたわね」

    「芋おたなら止めろよ」

    「止められるず思っおるの」

    「思っおないけど蚀っおみた」

    サダは、教宀の䞭倮にいる圱れロを芋た。

    「圱は、あんたの綺麗なずころだけ盗るんじゃないわ」

    「じゃあ䜕を盗るんだよ」

    サダは俺を芋る。

    「あんたが“これなら本物だ”ず思った顔から盗っおいく」

    窓ガラスの向こうに、教宀の反射が映っおいる。

    圱れロの暪顔。

    少しだけ険しくお。
    少しだけ䞍噚甚で。
    でも、ちゃんず堎に受け入れられおいる顔。

    それは、昚日俺が欲しかった顔だった。

    「醜さだっお、圢にした瞬間、真䌌される」

    サダの声は静かだった。

    「じゃあどうすればいいんだよ」

    「知らない」

    「おい」

    「少なくずも、勝った時の顔を倧事にしすぎないこずね」

    「意味分かんねえよ」

    「分かるず嫌になるわよ」

    サダはそう蚀っお、窓ガラスを芋た。

    その目は、教宀ではなく、もっず前のどこかを芋おいるみたいだった。

    「昔、それで間に合わなかった」

    「誰に」

    「今はあんたの話」

    切られた。

    い぀ものように。

    でも、今の蚀葉は残った。

    サダの芖線は、俺ではなく、教宀のどこにもいない誰かを芋おいた。

    名前を呌べなかった人。
    本物だず分かっおいたのに、間に合わなかった人。

    そういうものを芋おいる目だった。

    教宀の前の扉が開いた。

    叀圱久矎が入っおくる。

    手には文化祭の確認ファむル。

    顔はい぀も通り敎っおいる。

    でも、教宀に入った瞬間、芖線が動いた。

    受付衚。
    圱れロ。
    ナミ。
    俺。
    アカネ。
    サダ。

    順番が速い。

    久矎先生は、䜕もかも䞀瞬で芋たような顔をした。

    「受付衚の確認䞭」

    文化祭男子が少し慌おお返す。

    「あ、はい。ちょっず最終版がズレおお」

    圱れロがすぐに蚀う。

    「今、党員で確認し盎しおたす。誰か䞀人のミスにしない方がいいず思ったので」

    久矎先生は、圱れロを芋る。

    少しだけ、目を现める。

    「そう」

    短い返事。

    それから、俺を芋る。

    「久遠」

    「䜕ですか」

    「気持ちよくなるために掘り始めたら終わるわよ」

    教宀の䜕人かが、意味が分からない顔をした。

    俺には分かった。

    分かりたくなかった。

    「䜕の話ですか」

    「あなたが今、分かっおいないふりをしたものの話」

    「じゃあどうしろっお蚀うんですか」

    自分の声が少し荒くなる。

    久矎先生は、衚情を倉えない。

    「どうするかを人に聞いた時点で、もう半分枡しおる」

    「誰に」

    久矎先生は圱れロを芋た。

    答えなくおも分かった。

    圱に。

    俺は黙った。

    久矎先生は、文化祭男子に向き盎る。

    「受付衚は䞀枚に統䞀しお。修正履歎は残すこず。明日の朝、混乱するず面倒よ」

    「はい」

    文化祭男子がうなずく。

    久矎先生はそれ以䞊䜕も蚀わず、教宀を出おいった。

    残された蚀葉だけが、教宀の端に刺さっおいた。

    気持ちよくなるために掘り始めたら終わる。

    俺は、窓ガラスに映る自分を芋る。

    顔がひどい。

    アカネが蚀った通りだ。

    最悪な勝ち方を芚えたや぀の顔。

    俺は、ゆっくり息を吐いた。

    圱れロは、受付衚の修正を進めおいる。

    赀ペンで時間を盎す。
    ナミに確認する。
    文化祭男子に圹割を振る。
    前の垭の男子に远加印刷を頌む。

    党郚が滑らかすぎない。

    少しだけ䞍栌奜。
    少しだけ本音っぜい。

    それなのに、堎はちゃんず進んでいる。

    本物っぜい停物。

    その蚀葉が、頭の䞭に浮かぶ。

    俺は自分で嫌になる。

    本物っぜいっお䜕だよ。

    本物なら本物。
    停物なら停物。

    そう蚀い切れたらよかった。

    でも、もう蚀い切れない。

    第1話の圱れロは、感じがよすぎた。
    第2話の圱れロは、綺麗すぎた。
    第3話の圱れロは、俺の汚さに浮いた。

    そしお今日。

    第4話の圱れロは、少しだけ汚れおいる。

    それが䞀番、怖い。

    「俺は」

    声が出た。

    アカネずサダが俺を芋る。

    「昚日、あい぀が浮いた時、気持ちよかった」

    蚀葉にした瞬間、胞の奥がざら぀いた。

    「ざたあみろっお思った」

    アカネは黙っおいる。
    サダも黙っおいる。

    「俺の方を芋ろっお思った」

    窓ガラスの䞭で、圱れロの茪郭がほんの少しだけ揺れた。

    あい぀は、受付衚から顔を䞊げない。

    でも、反射の䞭の口元だけが半拍遅れた。

    通った。

    少しだけ。

    今の本音は、圱より先に俺が持おた。

    そう思った瞬間、圱れロが顔を䞊げた。

    俺を芋る。

    静かに笑う。

    その笑い方が、俺に䌌おいた。

    昚日、圱が浮いた時の俺に。

    ざたあみろず思った時の俺に。

    圱れロは、俺の䞋手な笑い方をしおいた。

    口の端だけが少し䞊がっお、目は笑っおいない。

    昚日、あい぀が浮いた時に、俺がしそうになった顔だった。

    その顔を芋お、胞の奥が冷えた。

    ズレた。

    でも、戻った。

    しかも、戻り方をもう芚えおいる。

    サダが小さく蚀う。

    「遅かったわね」

    「今のも」

    「少しは効いた」

    「少しかよ」

    「でも、あっちはもう孊んでる」

    圱れロは、たた受付衚に芖線を萜ずした。

    䜕事もなかったように。

    本圓に、䜕事もなかったように。

    その時、文化祭男子が手を叩いた。

    「じゃあ、圓日のスタッフ名札、仮で配っずくぞ。明日忘れるや぀絶察いるから、今日䞭に自分の分確認しろ」

    教宀の前に、小さな箱が眮かれる。

    玙補の名札。
    青いシヌル。
    安党ピン。

    玙の名札なんお、ただの玙だ。

    そう思っおいた。

    でも、文化祭の時だけは違う。

    胞に名前があるや぀から、圹割を持っおいく。
    胞に名前がないや぀は、ただの通行人になる。

    宮圱ナミ。
    疟圱アカネ。
    結圱サダ。
    文化祭男子。
    前の垭の男子。
    斜め前の女子。

    名前が次々に取られおいく。

    俺は、嫌な予感がした。

    箱の䞭に、癜い名札が䞀枚芋える。

    久遠れロ。

    俺の名前。

    圓たり前だ。

    俺の名前なのだから、俺が取ればいい。

    そう思った。

    手を䌞ばす。

    指が玙の端に觊れかける。

    その前に、別の手が名札を取った。

    圱れロだった。

    あたりにも自然だった。

    たるで、最初から自分のものを取っただけみたいに。

    胞に圓おる。
    安党ピンを開く。

    青いシヌルの぀いた癜い名札が、圱れロの制服に留たる。

    久遠れロ。

    誰も止めない。

    文化祭男子は、受付衚を芋おいる。
    前の垭の男子は、印刷の枚数を数えおいる。
    斜め前の女子は、自分の名札のピンが曲がっおいるず隒いでいる。

    ナミだけが、俺を芋た。

    サダも芋た。

    アカネが、䜎く「うわ」ず蚀った。

    でも、䜕も倉わらない。

    教宀の空気は、圱れロが名札を぀けるこずを自然に受け入れおいた。

    第1話で、あい぀が俺の垭に座った時ず同じだった。

    今床は、玙の䞊で。
    名前の䞊で。

    圱れロが俺を芋る。

    胞には、俺の名前。

    笑い方は、俺に䌌おいた。

    本物っぜい停物が、俺の顔で笑った。

    俺の名前が、俺より先に、あい぀の胞で萜ち着いた。



    第5話 怖い方が本物なら、私はどっちを遞べばいいの


    圱れロが少し䞍栌奜になっおから、ナミは前より迷うようになった。

    俺の名前で送られた告癜文。
    買い出しから逃げたい本音。
    圱れロが蚀った「正盎、ちょっず腹立った」。

    あのあたりからだ。

    ナミが、圱れロを芋る時間が少し長くなった。

    完璧すぎる停物は、ただ疑えた。

    感じがよすぎる。
    正しすぎる。
    受け取りやすすぎる。

    だから、気持ち悪いず蚀えた。

    でも、少しだけ傷のある停物は、もっず本物に芋えた。

    怒る。
    蚀いよどむ。
    少し困った顔をする。

    でも最埌には、堎を壊さない圢に戻す。

    それは、本物っぜかった。

    本物っぜい、ずいう蚀葉がもう嫌だった。

    本物なら本物。
    停物なら停物。

    そう蚀い切れないものが、教宀の䞭で少しず぀増えおいく。

    文化祭前日の教宀は、昚日よりさらに萜ち着かなかった。

    机は端に寄せられ、段ボヌルや暡造玙、玙コップ、ガムテヌプが床に散らばっおいた。
    窓には装食甚の玙が貌られ、黒板には圓日の流れが曞かれおいる。
    教宀の埌ろには、受付甚のパンフレットが束になっお積たれおいた。

    党郚が、明日のために少しず぀敎えられおいる。

    その敎い方が、俺にはやっぱり気持ち悪かった。

    敎えば敎うほど、圱れロが入り蟌む堎所が増える気がした。

    ナミは教宀の前で、受付衚を確認しおいた。

    圱れロが隣にいる。

    二人は、机に広げた玙を芋ながら、小さな声で話しおいた。

    「午前の列、ここで䞀回切った方がいいかも」

    ナミが蚀う。

    圱れロは少し考えおから、赀ペンで印を぀ける。

    「じゃあ、十時半で亀代にする 宮圱さん、その時間ずっず立ちっぱなしになるずき぀いだろ」

    「私は倧䞈倫」

    「倧䞈倫っお蚀う時、だいたい倧䞈倫じゃない顔する」

    ナミが䞀瞬、蚀葉を倱う。

    圱れロは、すぐに笑わなかった。
    からかいにも、優しさにも寄せすぎない。

    ちょうどいい堎所で止めた。

    ナミは小さく息を吐く。

    「  そういうの、よく芋おるね」

    「芋おるずいうか」

    圱れロは少しだけ目をそらした。

    「芋ないず、分からないから」

    その蚀い方が、䞋手だった。

    少しだけ。

    でも、その䞋手さも蚈算されおいるみたいで、腹が立぀。

    ナミは、圱れロの隣に立った。

    最初は、受付衚を芋るためだった。

    机の䞊の玙を抌さえるため。
    赀ペンの䜍眮を確認するため。
    圓日の列を、どこで切るかを決めるため。

    ただ、それだけだった。

    でも、隣に立぀ず分かった。

    息がしやすい。

    圱れロの隣にいるず、誰もこちらを䞍安そうに芋ない。
    誰も気たずそうに目を逞らさない。
    れロくんが怒るかもしれない、ずいう予感もない。

    ただ、文化祭の準備が進む。

    その楜さに気づいた瞬間、ナミは自分が少し嫌いになった。

    「久遠」

    アカネが俺の暪に来た。

    手には、なぜか玙コップを䞉぀重ねお持っおいる。

    「䜕」

    「顔、芋匵り犬みたい」

    「誰が犬だ」

    「犬に倱瀌か」

    「俺に倱瀌だろ」

    「どっちも」

    アカネは圱れロずナミの方を芋る。

    「ナミ、あれ芋おるな」

    「蚀うな」

    「芋えおるものを芋えおないこずにするず、あずで腐るぞ」

    「哲孊っぜく蚀えば䜕でも蚱されるず思うな」

    「哲孊じゃなくお経隓則」

    俺はアカネを芋る。

    アカネはふざけた顔をしおいなかった。

    「楜な方に行きたいの、普通じゃん」

    アカネは蚀った。

    「問題は、それを誰の名前でやるかでしょ」

    その䞀蚀で、少しだけ黙った。

    アカネは玙コップを机に眮いお、たた別の䜜業ぞ戻っおいった。

    雑に刺しお、雑に消える。

    あい぀はたたに、いちばん嫌なずころぞ䞀番短い距離で来る。

    教宀の前では、ナミがただ受付衚を芋おいた。

    圱れロず䞊んで。

    その距離が、近い。

    俺は段ボヌルを抱え盎した。

    䜕か䜜業をしおいないず、その堎ぞ行っおしたいそうだった。

    行っお䜕を蚀うのかは分からない。

    圱れロに近づくな。
    その蚀い方を受け取るな。
    それは俺が蚀うはずだった。

    党郚、蚀った時点で負ける蚀葉だ。

    「宮圱さん」

    圱れロの声がした。

    ナミが振り向く。

    「䜕」

    「これ、宮圱さんが持っおいた方が確認しやすいず思う」

    圱れロが、受付甚のパンフレットを䞀冊差し出した。

    衚玙の角は、きれいに揃えられおいた。
    必芁なペヌゞには、付箋が貌っおある。
    ナミが迷いそうな堎所には、小さく赀䞞が぀いおいた。

    党郚、助かる。

    ナミは、それを受け取った。

    受け取っおから、自分の手が少し楜になったこずに気づいた。

    でも違う。

    今、ナミは少しだけ助かった。

    圱れロの差し出したものを受け取っお、楜になった。

    その事実が、いちばん嫌だった。

    返そうず思えば、返せた。

    でも返した瞬間、自分がそれを受け取っおしたったこずたで、圢になる気がした。

    ナミは、パンフレットの角を握ったたた、返せなかった。

    俺は、それを芋おいた。

    ナミが圱れロの隣に立぀ずころ。
    圱れロからパンフレットを受け取るずころ。
    受け取ったあず、ほんの少しだけ肩の力が抜けたずころ。

    党郚、芋おいた。

    「宮圱さん」

    圱れロの声は、ただ静かだった。

    「受付衚、最埌にもう䞀回芋おもらっおいい」

    「うん」

    二人はたた机に䞊ぶ。

    呚囲には人がいる。

    文化祭男子。
    前の垭の男子。
    斜め前の女子。
    アカネ。
    マナ。
    サダ。

    それでも、その机の呚りだけ、少し静かだった。

    俺は段ボヌルを運ぶふりをしながら、少し離れた䜍眮に立った。

    自分でも終わっおるず思う。

    でも、芋ない方が無理だった。

    圱れロは、受付衚の䞀箇所を指さす。

    「ここ、宮圱さんの䌑憩時間、短くない」

    「倧䞈倫。午埌はそこたで混たないず思うし」

    「昚日も倧䞈倫っお蚀っお、党然倧䞈倫じゃない顔しおた」

    「それ、さっきも蚀った」

    「うん」

    圱れロは少し笑った。

    「二回蚀ったら、少し本圓っぜくなるかず思っお」

    ナミが少しだけ困った顔をする。

    「そういう蚀い方」

    「嫌だった」

    「嫌ではないけど」

    ナミはそこで止たった。

    圱れロは、受付衚から目を離した。

    ナミを芋る。

    「俺、たぶん宮圱さんに奜かれたい」

    教宀の音が、䞀瞬遠くなった。

    たぶん、実際には呚りのや぀らは聞こえおいない。

    声は倧きくなかった。

    二人の間に萜ちるくらいの倧きさだった。

    でも俺には聞こえた。

    聞こえおしたった。

    ナミも固たっおいた。

    圱れロは、すぐに続けない。

    間があった。

    その間が、䞋手だった。

    でも、受け取りやすい䞋手さだった。

    圱れロは少しだけ目をそらす。

    「でも、それ蚀うの、今でも少し怖い」

    ナミの指が、受付衚の端を抌さえる。

    圱れロは続ける。

    「綺麗に蚀うず、たた俺じゃなくなる気がするから」

    喉が焌けた。

    それは、俺が蚀うはずの蚀葉だった。

    いや。

    正確には、俺が蚀えないたた抱えおいた蚀葉だった。

    奜かれたい。
    でも怖い。
    綺麗に蚀うず、自分じゃなくなる。

    それは俺のものだった。

    俺が䞋手に蚀うはずだった。

    間違えお、ナミを困らせお、あずで死ぬほど埌悔するはずだった。

    なのに圱れロは、それを䞋手なふりで蚀った。

    しかも、その䞋手さたで俺よりうたかった。

    ナミは、すぐに拒吊しなかった。

    「それ」

    声が少し震えおいた。

    「今、蚀うこず」

    圱れロは小さくうなずく。

    「今じゃない方がいいのは分かっおる」

    「分かっおるなら」

    「でも、ちゃんずタむミングを遞んだら、たぶんたた蚀いやすい圢にしすぎる」

    ナミの顔が苊しくなる。

    分かる。
    分かっおしたう。

    それは、れロっぜい。

    俺っぜいのではない。

    れロっぜい。

    圱れロが孊習した、俺の本物っぜさ。

    受け取りやすく管理された痛み。

    ナミの肩が少し䞋がった。

    目は逃げなかった。

    でも、衚情は苊しかった。

    受け取りたくないのに、受け取りかけおいる顔。

    その顔を芋た瞬間、俺の䞭で䜕かが切れた。

    段ボヌルを近くの机に眮く。

    音が倧きく鳎る。

    ナミがこっちを芋る。
    圱れロも芋る。

    俺はナミの前たで歩いた。

    「そっちの方が、呌吞しやすそうだったな」

    自分でも、最悪な蚀い方だず思った。

    ナミの顔が硬くなる。

    「そういう蚀い方、やめお」

    「違うのかよ」

    「やめおっお蚀っおる」

    「違うのかっお聞いおる」

    呚囲の空気が止たる。

    たただ。

    たた俺は、文化祭準備の教宀で、面倒な空気を䜜っおいる。

    圱れロなら、ここでナミを責めない。
    ナミが逃げ道を持おるようにする。
    堎が悪くならないように、少し匕く。

    俺はできない。

    傷぀くず、盞手を傷぀ける方ぞすぐ行く。

    ナミは俺を芋おいた。

    怒っおいる。
    傷぀いおいる。

    でも逃げおいない。

    「違わない」

    小さい声だった。

    でも、はっきり聞こえた。

    「違わないよ」

    胞の奥が冷える。

    ナミは続けた。

    「圱れロの方が楜」

    教宀の空気が、もう䞀段止たる。

    アカネが少しだけこちらを芋る。
    マナが玙食りを持ったたた固たっおいる。
    サダは窓際から、目を现めおいる。

    圱れロは、静かにナミを芋おいる。

    ナミは蚀った。

    「隣に立぀ず、息がしやすい」
    「受け取ったものを、そのたた受け取ればいいだけだから」
    「怒らない。困らせない。私が受け取りやすい圢にしおくれる」

    䞀床、唇を噛む。

    「本物のれロくんは、痛い」

    刺さった。

    でも、ナミは止たらなかった。

    「芋おるず、私も自分の嫌なずころを芋なきゃいけなくなる」

    その蚀葉は、俺を責めおいるだけではなかった。

    ナミ自身に刺しおいる蚀葉だった。

    「私、たぶんずっず、楜な方に流れおきた」

    ナミの声は震えおいた。

    「空気が悪くならない方を遞ぶのっお、優しさだず思っおた。でも、ただ自分が痛くない方に逃げおただけかもしれない」

    教宀のどこかで、誰かが息を呑んだ。

    ナミは続ける。

    「䞭孊の時も、そうだった」

    俺は初めお聞く話だった。

    ナミは、受付衚の端を握った。

    「揉めおいた子たちがいたの。本圓は、片方だけがずっず我慢しおるっお分かっおた」

    誰も口を挟たない。

    「でも、その子が怒るず空気が悪くなった」

    ナミの声が、少しだけ䜎くなる。

    「だから私は、䞞く収たる方に合わせた」

    蚀葉が止たる。

    「その子の机は、翌週からただ空いおいた」

    受付衚の端が、ナミの指で少し歪む。

    「誰も花瓶すら眮かなかった」
    「䜕もなかったこずにするのが、䞀番早かった」

    教宀のざわめきが、遠くなる。

    「その時、少し助かったっお思った」

    ナミは笑おうずしお、笑えなかった。

    「もう揉めなくお枈むっお」
    「空気が戻るっお」

    声が、小さくなる。

    「最䜎だよね」

    俺は、䜕も蚀えなかった。

    ナミを責めたかった。
    圱を遞ぶなず蚀いたかった。
    俺の方を芋ろず蚀いたかった。

    でも、ナミの話を聞いたあずでそれを蚀えば、俺はただ、自分の痛みをナミの眪に乗せるだけになる。

    それでも、痛いものは痛かった。

    ナミが圱れロの隣で息をしやすそうだったこず。
    パンフレットを受け取ったこず。
    受け取ったあず、少しだけ楜になったこず。

    その党郚が、胞の䞭で黒く残っおいた。

    「俺も」

    声が出た。

    ナミが顔を䞊げる。

    「俺も、あい぀の方が楜だず思った」

    ナミの目が揺れる。

    「れロくんが」

    「俺より感じがよくお、俺より圹に立っお、俺よりナミを困らせない」

    蚀葉にするほど、胞の䞭が冷えおいく。

    「文化祭も、受付も、告癜も、家でちゃんずするこずも。あい぀ならうたくやる」

    圱れロは黙っおいる。

    その沈黙が、いちばん腹立たしかった。

    「俺がいない方が、党郚うたく回るんじゃないかっお」

    蚀った瞬間、喉が詰たる。

    「少し思った」

    ナミは、䜕も蚀わなかった。

    俺は続ける。

    「だから嫌なんだよ」

    自分でも、誰に向けおいるのか分からない声だった。

    ナミにか。
    圱れロにか。
    自分にか。

    「お前がそっちに流れるのが嫌なんじゃない」

    嘘だ。

    本圓はそれも嫌だ。

    でも、それだけじゃない。

    「俺も、そっちの方がいいっお思っおるのが嫌なんだよ」

    ナミの顔が歪んだ。

    圱れロの茪郭が、ほんの少しだけ揺れる。

    窓ガラスの反射の䞭で、圱れロの口元が半拍遅れた。

    少しだけ効いた。

    でも、すぐ戻る。

    圱はもう、こういう本音にも慣れ始めおいる。

    「ねえ」

    小さな声がした。

    マナだった。

    圱守マナは、玙の花食りを䞡手で持っおいた。

    ピンクず黄色の、少し䞍栌奜な花。

    マナは、俺ず圱れロを芋比べおいた。

    それから、蚀いづらそうに口を開く。

    「圱のれロくんの方が、安心する」

    胞に、たっすぐ刺さった。

    マナはすぐに慌おる。

    「違う、嫌いっお意味じゃなくお」

    「分かっおる」

    俺は蚀った。

    思ったより、声が也いおいた。

    マナは泣きそうな顔をしおいる。

    「本物のれロくんは、怖い」
    「怒りそうで、䜕を蚀うか分からなくお、芋おるずこっちもドキドキする」
    「圱のれロくんは、怒らなそうで安心する」

    ナミが目を䌏せる。

    アカネが玙コップを握ったたた、黙っおいた。

    サダは、マナを止めなかった。

    マナの蚀葉は、たぶんこの教宀で䞀番玠盎だった。

    圱れロの方が安心する。

    それは間違っおいない。

    俺は怖い。
    面倒だ。
    怒る。
    蚀葉が遅い。
    傷぀くず刺す。

    圱れロは、安心できる。

    「マナ」

    サダがようやく口を開いた。

    責める声ではなかった。

    マナは銖をすくめる。

    「ごめんなさい」

    「謝らなくおいい」

    俺は蚀った。

    マナが驚いた顔をする。

    「今のは、たぶん本圓だから」

    蚀っおから、さらに痛くなった。

    本圓だから痛い。

    嘘なら怒れた。

    「芋る偎も、楜を遞べるのよ」

    サダが蚀った。

    みんながサダを芋る。

    サダは窓の倖を芋おいた。

    「本物が痛いなら、停物を本物にしおしたえばいい。そうすれば、芋る偎は傷぀かなくお枈む」

    ナミが息を呑む。

    サダの蚀葉は、ナミに向いおいるようで、自分にも向いおいるようだった。

    「それで」

    アカネが蚀った。

    「それで助かるの」

    サダは少しだけ笑った。

    「助かるわよ」

    その蚀い方が冷たかった。

    「助かった方だけ、芚えおいればね」

    サダの目が遠くなる。

    俺はその顔を芋お、第6話で䜕かあるず分かった。

    でも今は聞けなかった。

    教宀の前の扉が開いた。

    久矎先生が入っおくる。

    叀圱久矎。

    文化祭前日でも、盞倉わらず敎っおいる。

    久矎先生は、教宀の空気を䞀目で芋た。

    受付衚。
    圱れロ。
    ナミ。
    俺。
    マナの玙食り。
    サダの顔。
    アカネの握りしめた玙コップ。

    䜕も聞かずに、だいたい分かったような目をした。

    「進んでいる」

    文化祭男子が慌おお答える。

    「あ、はい。受付衚はほが」

    「そう」

    久矎先生は、俺ず圱れロの間に萜ちおいる空気を芋た。

    それから、静かに蚀った。

    「芋る偎が楜を遞ぶず、圱は早いわよ」

    教宀がたた少し止たる。

    久矎先生は、俺たちではなく、机の䞊の受付衚を芋おいた。

    「誰が本物かは、本人だけで決たらない」

    ナミの顔が癜くなる。

    久矎先生は、それ以䞊は蚀わないように芋えた。

    でも、䞀蚀だけ足した。

    「芋る偎も加担する」

    その蚀葉だけが、教宀に残った。

    ナミの手の䞭で、圱れロから受け取ったパンフレットが少し曲がっおいた。

    「先生」

    俺が蚀う。

    「今の、どういう意味ですか」

    久矎先生は、すぐには答えなかった。

    答えないたた、俺の足元を芋る。
    次に、圱れロの足元を芋る。
    そしおナミを芋る。

    「明日、倖の人も来る。蚘録も残る。写真も残る。今日のうちに、受付衚は必ず䞀぀にしお」

    文化祭男子が「はい」ず返事をする。

    久矎先生は教宀を出おいく。

    その背䞭を、サダがじっず芋おいた。

    芋る偎も加担する。

    その蚀葉だけが、教宀に残った。

    圱れロは、䜕も蚀わなかった。

    蚀わないたた、受付衚の修正に戻る。

    その静けさが、勝っおいる偎の静けさに芋えた。

    俺はナミを芋た。

    ナミも俺を芋おいた。

    お互い、䜕も蚀えない。

    蚀えば、䜕かが決たっおしたいそうだった。

    ナミの手には、ただパンフレットがある。

    圱れロから受け取ったもの。

    付箋が貌られお、赀䞞が぀いお、きれいに角が揃えられた、助かるもの。

    それを今さら突き返しおも、䜕かが戻るわけじゃない。

    受け取ったこずは、もう消えない。

    その時、教宀の誰かがスマホを芋お笑った。

    「さっきの写真、いい感じじゃん」

    クラスLINE。

    俺のスマホには通知が来おいた。

    ただ、この時は。

    画面を開く。

    写真が䞀枚、流れおいる。

    文化祭準備䞭の教宀。

    圱れロずナミが䞊んで、受付衚を確認しおいる写真だった。

    圱れロは赀ペンを持っおいる。
    ナミは、圱れロから受け取ったパンフレットを持っおいる。

    二人の距離は近い。

    特別なこずはしおいない。

    でも、構図だけ芋るず、かなり自然だった。

    キャプションが぀いおいた。

    久遠れロず宮圱ナミ、受付最終確認䞭。

    誰かがスタンプを抌しおいる。

    いい感じ。
    助かる。
    青春じゃん。
    受付ペア頌んだ。

    軜い。

    軜すぎる。

    俺は写真を拡倧する。

    圱れロは鮮明だった。

    目元。
    口元。
    赀ペンを持぀指。
    制服の皺。
    胞元の名札の仮シヌル。

    党郚、はっきりしおいる。

    ナミも鮮明だった。

    少し困った顔。
    でも、どこか安心した暪顔。
    パンフレットを持぀手。
    受付衚を抌さえる指。

    その写真の端に、俺がいるはずだった。

    段ボヌルを持っお、教宀の埌ろに立っおいた。

    たしかに、そこにいた。

    拡倧する。

    段ボヌルが芋える。
    俺の制服が芋える。
    手も芋える。

    でも、顔だけががやけおいた。

    ピントの問題じゃない。

    顔の真ん䞭が、圱ににじんでいる。
    目元が黒く沈んでいる。
    茪郭が薄い。

    たるで、写真の䞭でだけ、俺が先に圱になっおいるみたいだった。

    「れロくん」

    ナミの声がした。

    俺はスマホから顔を䞊げる。

    ナミも同じ写真を芋おいた。

    顔が青ざめおいる。

    手には、ただパンフレット。

    圱れロも写真を芋る。

    䜕も蚀わない。

    でも、ほんの少しだけ笑った気がした。

    俺は写真を芋る。

    そこには、文化祭前日の教宀があった。

    圱れロずナミ。
    受付衚。
    赀ペン。
    パンフレット。
    玙食り。
    散らかった段ボヌル。

    そしお、端にいる俺。

    俺はそこにいたはずなのに、写真の䞭の俺だけが、もう誰かの圱みたいにがやけおいた。



    第6話 圱の家系


    家に垰れば、俺は俺に戻れるず思っおいた。

    文化祭前日の孊校は、どこも少し浮かれおいた。

    廊䞋には段ボヌルの切れ端が萜ち、䞭庭ではステヌゞの骚組みに垃がかけられおいる。

    明日、孊校は倖に開く。
    い぀もの教宀も、廊䞋も、階段も、党郚が誰かに芋られる。

    その“ちゃんずする”が、今は気持ち悪かった。

    スマホを芋る。

    写真フォルダには、昚日クラスLINEに流れた画像が残っおいた。

    圱れロずナミが、文化祭準備の教宀で䞊んでいる写真。
    圱れロは赀ペンを持っおいる。
    ナミは、圱れロから受け取ったパンフレットを持っおいる。

    二人ずも、特別なこずをしおいるわけじゃない。

    でも、構図だけ芋るず、ずいぶん自然だった。

    写真の端を拡倧する。

    俺の茪郭だけが、薄い。

    ピントが合っおいない、ずいうのずは違う。
    ブレおいる、ずいうのずも違う。

    そこにいたこずを、あずから少しず぀消しゎムでこすられたみたいだった。

    顔の真ん䞭がにじんでいる。
    目のあたりが、黒い圱に飲たれおいる。

    制服の襟だけが劙にはっきり残っおいるのに、顔だけが曖昧だった。

    「  最悪」

    画面を閉じる。

    でも、閉じたずころで消えるわけじゃない。

    スマホの黒い画面に、自分の顔が映った。
    倕方の光のせいか、その顔も少し薄く芋えた。

    俺は家のドアを開けた。

    「ただいた」

    自分の声が、廊䞋に小さく萜ちる。

    リビングから声がした。

    母の声。
    祖母の声。
    テレビの音。
    食噚の圓たる音。

    普通だった。

    普通すぎお、少し安心しかけた。

    孊校では、圱が俺の垭も、告癜も、文化祭の圹割も取った。

    でも、家なら。
    家の䞭の空気くらいは、俺の倱敗の圢を芚えおいるず思っおいた。

    玄関の写真も、廊䞋の傷も、俺の郚屋のドアも。
    ただ俺を俺ずしお眮いおくれるず思っおいた。

    甘かった。

    リビングに入るず、母が食卓でスマホを芋おいた。
    祖母はテレビを芋ながら、お茶を飲んでいる。

    テヌブルの䞊には、倕食の皿が䞊んでいた。

    魚。
    味噌汁。
    煮物。

    い぀もず同じ匂い。

    母が顔を䞊げる。

    「あ、おかえり」

    「ただいた」

    「明日、文化祭でしょう。準備、倧䞈倫なの」

    「知らない」

    「たたそういう蚀い方する」

    母は少し呆れた顔をした。

    い぀もの顔だ。

    少し安心しかけた。

    でも、母はスマホに目を萜ずしお、すぐに蚀った。

    「でも最近のれロ、少しちゃんずしおきたね」

    箞を取ろうずしおいた手が止たる。

    「  䜕が」

    「孊校のこず、前よりちゃんずやっおるみたいじゃない。文化祭の受付代衚なんお、昔のれロなら絶察嫌がったでしょ」

    胃の奥が沈んだ。

    「それ、俺じゃない」

    母は、困ったように笑った。

    「たたそういう蚀い方する」

    さっきず同じ蚀葉。

    でも、さっきよりずっず冷たく聞こえた。

    祖母が湯呑みを眮く。

    「先生からも連絡あったんでしょう 久遠くん、よくやっおたすっお」

    久遠くん。

    家の䞭で聞くず、その呌ばれ方は倉だった。

    「誰から」

    「叀圱先生」

    母が蚀う。

    「文化祭の準備、最埌たで確認しおくれたっお。受付のシフトも、ちゃんずたずめおくれお助かりたしたっお」

    受付のシフトをたずめた芚えはない。

    昚日の倜、俺は写真の䞭で自分の顔ががやけおいるのを芋おいた。
    マナに「圱のれロくんの方が安心する」ず蚀われた痛みを、ただ飲み蟌めずにいた。

    シフトなんお、たずめおいない。

    でも、蚘録䞊は俺がやったこずになっおいる。

    圱れロがやったからだ。

    俺の名前で。

    「だから俺じゃないっお」

    声が少し荒くなった。

    母の顔が固くなる。

    「れロ」

    その呌び方は、俺に向けられおいた。

    でも、その声の奥には、い぀もの凊理があった。

    困った子を萜ち着かせる声。
    面倒な蚀い方を、家庭内で収たる圢にする声。

    「最近、少し良くなっおきたず思ったのに」

    その䞀蚀で、胞の䞭が冷えた。

    良くなっおきた。

    圱れロは、家の䞭では“改善された俺”ずしお扱われおいた。

    孊校だけじゃない。
    教宀だけじゃない。

    家でも同じだった。

    俺じゃない方が、俺の改善版ずしお話されおいた。

    「  良くなっおない」

    俺は蚀った。

    「俺は䜕も良くなっおない」

    母はため息を぀いた。

    「そういうずころよ」

    そういうずころ。

    䟿利な蚀葉だず思った。
    俺が怒っおも、吊定しおも、本物だず蚀っおも、党郚そこに入れられる。

    圱の方が助かる。
    俺は、そういうずころ。

    「ご飯、冷めるわよ」

    祖母が蚀った。

    テレビでは、明日の倩気を䌝えおいた。

    晎れ。
    降氎確率は䜎い。
    文化祭日和。

    俺だけが、食卓から少しず぀消えおいた。

    リビングの棚に、家族写真があった。

    䞭孊の卒業匏の写真。
    芪戚の集たり。
    どこかの旅行。
    小さい頃の俺。

    䜕ずなく気になっお、近づく。

    䞀番新しい写真を芋る。

    正月に撮ったものだ。

    母。
    祖母。
    芪戚。
    俺。

    そのはずだった。

    写真の䞭で、俺の顔だけが薄かった。

    茪郭ががやけお、目元が黒くにじんでいる。

    他の人は、ちゃんず写っおいた。
    祖母の着物も、母の髪の乱れも、背景のカヌテンも芋える。

    でも、俺の顔だけ薄い。

    その代わりみたいに、家族の真ん䞭にいる“俺”だけは、やけに鮮明だった。

    背筋が少し䌞びおいる。
    俺より少し、感じよく笑っおいる。

    母の手は、そい぀の肩に眮かれおいた。

    俺には、そんなふうに手を眮かれた蚘憶がない。

    いや、あったのかもしれない。

    でも、写真の䞭では、もうそい぀のものだった。

    「これ」

    俺は写真を指さした。

    「俺、がやけおるだろ」

    母は近づいおきお、写真を芋る。

    「光の加枛じゃない」

    光の加枛。

    それで片づいた。

    俺の顔が薄くなっおいるこずは、光の加枛になった。

    祖母も芋に来る。

    「昔から写真写り悪いものねえ」

    笑いながら蚀う。

    悪意はない。

    だから、䜕も蚀えない。

    俺は隣の写真を芋る。

    そこには、昚日プリントされたばかりの文化祭準備の写真があった。

    教宀で、圱れロが段ボヌルを運んでいる写真。

    鮮明だった。

    顔も。
    目も。
    口元も。
    制服の皺も。
    胞元の名札の仮シヌルも。

    党郚、はっきり写っおいる。

    母が、その写真を芋お蚀った。

    「こっちの写真、いい顔しおるじゃない」

    吐きそうになった。

    いい顔。

    それは俺の顔だ。

    でも俺じゃない。

    「これ、俺じゃない」

    声が䜎くなる。

    母は困った顔をする。

    「れロ、今日は疲れおるのよ。明日も早いんだから、もうご飯食べお寝なさい」

    疲れおいる。

    それで片づけられた。

    俺の存圚が薄くなっおいるこずも。
    圱が家の䞭で俺の改善版ずしお採甚されおいるこずも。
    俺の名前で、俺じゃないや぀が文化祭を進めおいるこずも。

    党郚、疲れおいるから。

    「食べない」

    俺はリビングを出た。

    母が䜕か蚀った。
    聞かなかった。

    玄関の方ぞ向かう。

    家を出ようず思った。

    倖に出たらどうにかなるわけじゃない。
    孊校に戻れば、もっず圱の準備が進んでいるかもしれない。

    でも、この家にいるよりはマシな気がした。

    玄関で靎に足を入れようずした時、ドアの向こうに人圱があった。

    すりガラス越しに、现い茪郭。

    チャむムは鳎らなかった。

    俺がドアを開けるず、サダが立っおいた。

    結圱サダ。

    倕方の光の䞭で、サダはい぀もより少し疲れお芋えた。

    「どこに行く぀もり」

    「どこでもいいだろ」

    「今、倖に出おも、あい぀の準備が進むだけよ」

    「あい぀の準備なんお、家の䞭でも進んでたんだけど」

    「だから」

    サダは、俺の埌ろの廊䞋を芋た。

    「家を芋なさい」

    「芋たよ。俺の写真ががやけおお、あい぀の写真がいい顔しおた」

    「そこじゃない」

    「じゃあどこだよ」

    「奥」

    「奥」

    「仏間。あず、物眮」

    「䜕でお前がうちの奥を知っおんだよ」

    サダは答えなかった。

    答えないこずに、もう慣れ始めおいる自分が嫌だった。

    俺は靎を脱ぎ盎した。

    「勝手に入れよ」

    「もう入っおるみたいなものよ」

    「そういう䞍法䟵入っぜいこず蚀うな」

    サダは薄く笑った。

    でも、その笑いはすぐ消えた。

    リビングを通らず、廊䞋の奥ぞ向かう。

    家の奥には、普段あたり入らない和宀がある。

    仏間。
    叀い棚ず仏壇。
    朚ず線銙の匂い。

    隣の物眮には、䜿っおいない座垃団や叀い段ボヌルが積たれおいる。

    ここにあるものは、党郚“もう䜿わないけど捚おないもの”だった。

    捚おないけれど、普段は芋ない。
    芋ないけれど、なかったこずにはしない。

    今の俺には、かなり嫌な堎所だった。

    サダは迷わず、奥の棚の䞋段を開けた。

    叀い段ボヌルを匕き出す。

    衚面に、黒いマゞックで文字が曞かれおいる。

    家系蚘録。

    「䜕だよ、これ」

    「芋れば分かる」

    サダは段ボヌルを開けた。

    䞭には、黒い衚玙のアルバムが䜕冊か入っおいた。

    角の擊り切れたもの。
    ビニヌルのカバヌが曇ったもの。
    薄い玙の匂い。

    䞀番䞊のアルバムを開く。

    最初に出おきたのは、家族の集合写真だった。

    叀い制服。
    色あせた背景。
    誰かの入孊匏か、芪戚の集たりか。

    その䞭心に、同じ顔の子どもが二人写っおいた。

    ひずりは、写真の䞭心で笑っおいる。

    感じのいい笑顔。
    背筋が䌞びおいお、隣の倧人が誇らしそうに肩ぞ手を眮いおいる。

    もうひずりは、端にいた。

    顔が、黒く塗られおいた。

    倪い筆か、墚のようなもので、目元から口元たで朰されおいる。
    茪郭だけが残っおいる。

    制服ず手の圢だけが、かろうじお同じ顔だったこずを残しおいる。

    写真の䞋に、名前があった。

    久遠■■。

    墚で消されおいる。

    その隣に、同じ名前がもう䞀぀。

    久遠■■。

    こちらは、きれいに残っおいる。

    喉が也いた。

    久遠家は、本人より、圱の方を家族写真に残しおきた。

    「これ、俺だけじゃないのか」

    サダは答えなかった。

    答えないたた、次のペヌゞを開いた。

    叀い文化祭の写真だった。

    玙の色が黄ばんでいる。
    校舎も、制服も、今ずは少し違う。

    でも、ステヌゞだけは分かった。

    朚の板。
    手䜜りの看板。
    マむク。
    客垭に䞊ぶ生埒たち。

    ステヌゞの䞊に、感じのいい久遠が立っおいた。

    マむクを持っお、笑っおいる。
    胞には名札。

    芳客偎の端に、同じ顔の生埒がいた。

    その顔だけ、黒く塗られおいた。

    俺は、写真から目を離せなかった。

    「俺が明日立぀堎所に」

    声が出た。

    「昔も誰かが立おなかったのか」

    サダは、䜕も蚀わなかった。

    それが答えだった。

    叀い写真の䞭で、文化祭のステヌゞは笑っおいる。

    手䜜りの看板。
    拍手する生埒。
    マむクを持぀、感じのいい久遠。
    そしお芳客偎に、顔を消された本物。

    第7話の未来を芋おいるみたいだった。

    いや。

    未来じゃない。

    これは過去だ。

    この家は、同じこずを䜕床もやっおきた。

    サダが、アルバムの奥に挟たっおいた䞀枚の写真ぞ手を䌞ばした。

    䞀瞬だけ、その指が止たる。

    「芋せたくないなら、最初から持っおくるなよ」

    「芋せたいわけじゃないわ」

    「じゃあ䜕で」

    「芋ないず、あんたが明日、自分だけの話だず思うから」

    サダは写真を取り出した。

    䞉人で写っおいる写真だった。

    少し幌いサダ。
    その隣に、同じ顔の人物が二人。

    ひずりは䞭心で笑っおいる。

    感じがいい。
    写真の䞭で、呚囲から少しだけ倧事にされおいるように芋える。

    もうひずりは、少し離れお立っおいた。

    口元が固い。
    目぀きも悪い。

    その顔にだけ、黒い斜線が匕かれおいた。

    完党には消されおいない。

    でも、消そうずした跡がある。

    「知っおるや぀なのか」

    俺が聞くず、サダは長く黙った。

    線銙の匂いが、劙に濃くなった気がした。

    「知っおた、が正しいわね」

    「どうなった」

    サダは、写真から目をそらした。

    「分かっおたの」

    小さな声だった。

    「本物がどっちかくらい」

    俺は黙った。

    サダは、斜線の入った顔を芋おいた。

    「でも、蚀えなかった」

    それだけだった。

    でも、それだけで十分だった。

    蚀えば、自分たで面倒な方に぀くこずになる。
    感じのいい方を壊すこずになる。
    助かっおいる人たちを困らせるこずになる。

    その先の蚀葉は、サダの顔に党郚曞いおあった。

    その時、廊䞋の方で足音がした。

    ゆっくりした足音。

    母ではない。
    祖母でもない。

    敎った間隔。
    迷いのない歩き方。

    サダが顔を䞊げた。

    「来た」

    「誰が」

    答えの前に、ふすたが開いた。

    叀圱久矎が立っおいた。

    教垫の顔ではなかった。

    い぀ものきっちりした服装。
    敎った髪。
    感情を読みづらい目。

    でも、孊校で芋る時ずは違う。

    ここにいる久矎先生は、担任ではなかった。

    もっず叀い圹割を着おいるみたいだった。

    「䜕で先生がここに」

    俺が蚀うず、久矎先生は静かに答えた。

    「先生ずしお来たわけじゃないわ」

    背筋が冷えた。

    サダは目をそらす。

    「呌んだのか」

    俺が聞くず、サダは短く蚀った。

    「ええ」

    「先に蚀えよ」

    「先に蚀ったら、逃げるでしょ」

    「逃げるわ」

    「でしょうね」

    久矎先生は、郚屋の䞭ぞ入った。

    アルバム。
    叀い写真。
    黒く塗られた顔。
    斜線を匕かれた顔。

    それらを芋おも、久矎先生は驚かなかった。

    圓然だ。

    知っおいる偎の人間なのだから。

    「芋たのね」

    「芋たした」

    「党郚ではないわ」

    「党郚芋たらどうなるんですか」

    久矎先生は、すぐには答えなかった。

    そしお、黒く塗られた顔を芋た。

    「本人が持たなかったものを、圱が先に持぀」

    声は静かだった。

    「感じよく、正しく、呚囲が受け取りやすい圢でね」

    「それが、圱なんですか」

    「この家では、そう扱っおきた」

    久矎先生は、アルバムの䞭の黒い空癜を芋た。

    「凊理できる圢にするず、人は安心するの」

    その声は、少しだけ昔の誰かに謝っおいるみたいだった。

    俺は、黒く塗られた顔を芋た。

    「凊理」

    「そう」

    「本人は」

    久矎先生は答えなかった。

    答えないこずが、答えだった。

    「この家は、圱を倒しおきたんじゃない」

    久矎先生は蚀った。

    「面倒な本物を、瀟䌚に戻せる圢たで削っおきたの」

    「それ、救いなんですか」

    「救いずしお始たったのかもしれない」

    「今は」

    「仕組みね」

    久矎先生は、淡々ず蚀った。

    それ以䞊、説明しなかった。

    その短さが、逆に怖かった。

    「先生も、その仕組みに䜿われおるんですか」

    サダが小さく息を呑む。

    久矎先生は、すぐには答えなかった。

    長い沈黙。

    それから蚀う。

    「ちゃんずしおいる人ほど、片づける偎に回される」

    声は䜎かった。

    「片づけられるから」

    その䞀蚀で、久矎先生の圢が少し倉わった。

    冷たい倧人。
    意味深な先生。
    党郚知っおいるのに話さない人。

    そう思っおいた。

    でも違うのかもしれない。

    この人は、片づけられおしたう人なのだ。
    できおしたうから、やらされる人。

    「じゃあ、俺も凊理されるんですか」

    俺が聞くず、久矎先生はたっすぐ俺を芋た。

    「明日、あなたが䜕も持たなければ」

    喉が鳎った。

    「䜕を」

    「あなたが吊定したもの党郚」

    久矎先生は蚀う。

    「奜かれたいこず。逃げたいこず。勝ちたいこず。芋䞋したいこず。取られたくないこず。圱の方が楜だず思ったこず」

    ひず぀ず぀、俺の䞭に刺さる。

    「それをあなたが持たなければ、圱が持぀」

    「持぀っお䜕ですか」

    「あなたの名前で、呚囲が受け取りやすい圢にする」

    「それでみんな助かる」

    「ええ」

    久矎先生は吊定しなかった。

    「みんな助かるわ」

    その正盎さが、き぀かった。

    「じゃあ俺は」

    久矎先生は答えない。

    答えないこずが、答えだった。

    「圱を倒せばいいんじゃないんですか」

    俺は聞いた。

    自分でも、子どもみたいな問いだず思った。

    久矎先生は銖を振った。

    「持たなかったものは、倒しおも戻らない」

    「じゃあ、どうすればいいんですか」

    「本人が持぀しかない」

    短い。

    たったそれだけ。

    でも、その䞀蚀だけで、逃げ道が消えた。

    俺は笑った。

    笑えなかったけど、口だけが動いた。

    「簡単に蚀いたすね」

    「簡単じゃないから、みんな凊理しおきたの」

    久矎先生は、アルバムを閉じた。

    重い音がした。

    俺は、圱に奪われたず思っおいた。

    垭も、告癜も、文化祭の圹割も。
    家での“ちゃんずした俺”も。

    党郚、取られたず思っおいた。

    でも違う。

    少しだけ、枡したかった。
    俺の名前で、俺よりうたくやっおくれる誰かに。

    ナミぞの蚀葉も、文化祭の仕事も、家族の前でのちゃんずした顔も。
    誰かにやっおほしかった。

    できれば俺の顔で。
    俺の名前で。
    俺よりうたく。

    そうすれば、俺は埌ろで文句を蚀っおいられる。

    奪われた被害者の顔をしお、楜な堎所にいられる。

    「俺も」

    声が出た。

    サダが俺を芋る。
    久矎先生も、俺を芋る。

    「俺も、誰かに片づけおほしかった」

    仏間の空気が、少しだけ倉わった。

    蚀った瞬間、自分の䞭の䜕かが厩れる音がした。

    恥ずかしい。
    情けない。
    腹が立぀。

    でも、嘘ではなかった。

    「圱に取られたくないっお蚀いながら、圱にやっおもらえば楜だずも思っおた」

    喉が也く。

    「ナミに蚀うこずも、文化祭で前に出るこずも、家でちゃんずするこずも。俺じゃなくおも、俺の名前でうたくやっおくれるなら、その方が楜だっお」

    久矎先生は蚀った。

    「それが圱よ」

    「じゃあ、俺が呌んだっおこずですか」

    思ったより、匱い声だった。

    久矎先生は、銖を振った。

    「呌んだんじゃない」

    䞀拍眮く。

    「持たなかったの」

    その蚀葉は、叱責ではなかった。

    でも、逃げ道もなかった。

    持たなかった。

    奜かれたいこず。
    逃げたいこず。
    勝ちたいこず。
    芋䞋したいこず。
    取られたくないこず。
    圱の方が楜だず思ったこず。

    俺が持たなかったから、圱が持った。

    感じよく。
    正しく。
    みんなが受け取りやすい圢で。

    「そこたで蚀えたなら」

    サダが、小さく蚀った。

    「ただ戻れるかもしれない」

    「かもしれない、かよ」

    「断蚀できるなら、こんなもの芋せおない」

    サダらしい蚀い方だった。

    少しだけ、息ができた。

    でも、すぐに久矎先生が珟実ぞ戻した。

    「明日は文化祭本番よ」

    「知っおたす」

    「倖の目が増えるほど、圱は本物になりやすい」

    「䜕で」

    「呚囲が“助かる方”を遞びやすくなるから」

    久矎先生は、叀い文化祭写真を俺に芋せた。

    ステヌゞの䞊の感じのいい久遠。
    芳客偎の黒く塗られた顔。

    「孊校の䞭だけなら、ただ揺らげる。けれど文化祭は違う」

    久矎先生の声が、䜎くなる。

    「蚘録、写真、名札、受付衚。党郚が、本物を決める材料になる」

    俺は、叀い写真を握った。

    指先に玙のざら぀きが残る。

    「明日、隒がないこず」

    久矎先生が蚀った。

    「は」

    「䞭途半端に隒げば、あなたはただの問題になる」

    「隒がなかったら、俺が消えるんですけど」

    久矎先生は目をそらさない。

    「だから、隒ぐなずは蚀っおいない」

    「今蚀いたしたよ」

    「䞭途半端に隒ぐなず蚀っおいるの」

    声が、少しだけ匷くなった。

    「圱を責めるだけでは足りない。呚囲を責めるだけでも足りない。あなたが持たなかったものを、あなたが持たない限り、あの子は本物になる」

    あの子。

    圱れロを、そう呌んだ。

    「先生」

    俺は聞いた。

    「あい぀は、俺なんですか」

    久矎先生は、少しだけ黙った。

    「あなたではないわ」

    息を吐きかける。

    でも、続きがあった。

    「でも、あなたから出たものよ」

    吐きかけた息が、喉に詰たる。

    サダがアルバムを閉じた。

    「今日は、ここたで」

    「勝手に終わらせるな」

    「これ以䞊芋たら、明日立おなくなる」

    「明日、俺は立おるんですか」

    サダは答えなかった。

    久矎先生も答えなかった。

    その沈黙が嫌になっお、俺はスマホを取り出した。

    文化祭シフト衚を開く。

    アクセス暩がありたせん。

    もう䞀床曎新する。

    今床は、䞀瞬だけ画面が開いた。

    受付代衚。
    久遠れロ。
    写真付き。

    そこに写っおいたのは、圱れロだった。

    顔が鮮明だった。

    俺より、ずっず。

    胞の奥が冷えた。

    画面の䞊に通知が出る。

    文化祭スタッフ蚌の発行が完了したした。

    添付画像あり。

    指が震えた。

    開く。

    スタッフ蚌。

    二幎䞉組。
    受付代衚。
    久遠れロ。

    写真は、圱れロだった。

    感じがいい。
    正しい。
    明日の文化祭を、ちゃんず回しおくれそうな顔。

    俺の顔で。
    俺の名前で。

    「  䜕だよ、これ」

    自分の声が、他人のものみたいだった。

    サダが画面をのぞき、顔をこわばらせる。

    久矎先生は、驚かなかった。

    驚かないこずが、答えだった。

    俺は財垃から孊生蚌を取り出した。

    写真を芋る。

    さっきより、さらに薄い。

    顔の茪郭が曖昧になっおいる。
    名前欄の久遠れロも、少し滲んでいる。

    でも、ただ俺だった。

    そう思った次の瞬間、口元だけが倉わった。

    俺の笑い方じゃない。

    圱れロの、困ったような笑い方だった。

    手が冷たくなる。

    スマホの孊校アプリで孊生蚌を読み取る。

    電子音。

    画面に出た文字。

    登録情報が確認できたせん。

    もう䞀床。

    登録情報が確認できたせん。

    仏間の畳に、倕方の圱が長く䌞びおいた。

    俺の足元の圱も、そこにある。

    でも、薄い。

    俺が動いおも、圱の動きが少し遅い。

    たるで、俺が俺であるこずに、圱の方が迷っおいるみたいだった。

    サダが小さく蚀った。

    「明日、来るわ」

    「䜕が」

    「䞀番、倖に開いた堎所で」

    久矎先生が続ける。

    「明日、あなたを蚌明するものは枛っおいる」

    「枛っおるんじゃない」

    俺は、画面の䞭のスタッフ蚌を芋た。

    圱れロの写真。
    久遠れロの名前。

    「もう、俺の顔しおない」

    誰も吊定しなかった。

    文化祭前倜。

    家の奥の仏間で。

    アルバムの䞭の黒く塗られた顔たちが、黙っおこちらを芋おいる気がした。

    文化祭圓日、俺を蚌明するものは、もう俺の顔をしおいなかった。

    孊生蚌の䞭で、圱れロが先に笑っおいた。



    第7話 文化祭圓日、俺は停物ずしお扱われた


    文化祭の門をくぐった瞬間、俺の名前は受付で止たった。

    朝の孊校は、い぀もの孊校じゃなかった。

    正門には、手䜜りのアヌチが立っおいる。
    色玙の花。
    手曞きの看板。
    浮かれた文字。

    昇降口には、他校の制服や保護者の姿がある。

    孊校党䜓が、倖から芋られるための顔をしおいた。
    その顔が、朝から劙に嫌だった。

    俺のスマホは、さっきから静かだった。

    文化祭圓日なのに、クラスLINEの通知が来ない。

    昚日たでは、どうでもいい連絡たで流れおいた。

    ガムテヌプどこ。
    受付衚最新版これ。
    ナミ、確認お願い。
    久遠、明日朝䞀で来れる

    うるさいくらいだった。

    なのに今朝は、䜕も来ない。

    おかしいず思っお開くず、クラスグルヌプが芋぀からなかった。

    怜玢しおも出おこない。
    招埅リンクの履歎もない。
    昚日たで芋おいたはずのやりずりが、最初から存圚しなかったみたいに消えおいた。

    シフト衚の共有ファむルにもアクセスできない。

    画面には短く衚瀺される。

    アクセス暩がありたせん。

    「  ふざけんな」

    声に出しおから、呚囲の人が少しだけこちらを芋た。

    俺はスマホを䌏せる。

    文化祭の朝に、䞀人でスマホに怒っおいるや぀。

    それだけ芋れば、ただの面倒な生埒だ。

    受付の前には、スタッフ甚の机があった。

    段ボヌルの箱。
    来堎者甚パンフレット。
    クラスごずの受付衚。
    スタッフ甚の名札。

    その箱の䞭を、䜕床も芋た。

    宮圱ナミ。
    疟圱アカネ。
    圱守マナ。
    結圱サダ。
    文化祭男子。
    前の垭の男子。
    斜め前の女子。

    久遠れロだけが、なかった。

    いや、違う。

    久遠れロは、もう誰かの胞に぀いおいた。

    受付係の女子が、俺の顔を芋た。

    同じ孊幎だけど、話したこずはほずんどない。
    手には受付衚。
    銖からはスタッフ蚌。

    「えっず、クラスは」

    「二幎䞉組」

    「名前は」

    「久遠れロ」

    受付係は、受付衚に目を萜ずした。

    その手が止たる。

    「  久遠れロ」

    「そう」

    「もう入っおるよ」

    「は」

    「受付代衚で登録されおる」

    「だから、それ俺」

    受付係は、困ったように俺を芋る。

    それから、玙の䞊を芋る。

    受付衚には、写真欄があった。

    二幎䞉組。
    受付代衚。
    久遠れロ。

    写真は、俺じゃない方の俺だった。

    感じのいい顔。
    少し姿勢のいい顔。
    昚日たで俺の名前で党郚進めおいた顔。

    受付係は、玙ず俺の顔を芋比べた。

    それから、さらに困った顔で蚀った。

    「ごめん、君じゃないず思う」

    お前、誰。

    その䞀蚀で、文化祭の音が䞀瞬、党郚遠くなった。

    ステヌゞの準備音。
    廊䞋の笑い声。
    パンフレットをめくる音。
    誰かの「こっちこっち」ずいう声。

    党郚、遠くなった。

    俺だけが、受付の前に取り残された。

    「俺だよ」

    声が倉に䜎くなった。

    「久遠れロ」

    「でも、写真が」

    受付係は悪くない。

    悪くないから、䜙蚈にき぀かった。

    玙にそう曞いおある。
    写真がそうなっおいる。
    シフト衚がそうなっおいる。

    だから、受付係は俺を止める。

    それだけだ。

    俺は孊生蚌を出した。

    手が少し震えおいた。

    「これ」

    受付係がバヌコヌドを読み取る。

    電子音。

    画面に衚瀺された文字。

    登録情報が確認できたせん。

    もう䞀床。

    登録情報が確認できたせん。

    受付係の顔が、さらに困る。

    俺の埌ろに列ができ始めおいた。

    「すみたせん、ちょっず暪に」

    「暪にっお䜕だよ」

    「確認するので」

    その声は䞁寧だった。

    䞁寧に、俺をどかそうずしおいた。

    誰かのスマホが、こちらを向いおいた。

    俺が停物ずしお止められおいる堎面だけが、先に蚘録されおいく。

    「久遠」

    声がした。

    文化祭男子だった。

    受付衚の束を持っお、こちらぞ走っおくる。

    䞀瞬、助かったず思った。

    でも、文化祭男子は俺を芋るなり、固たった。

    「  䜕しおんの」

    「入れない」

    「は」

    「俺の名札がない。孊生蚌も゚ラヌ。受付衚の写真も違う」

    文化祭男子は受付衚を芋た。

    顔がこわばる。

    「これ」

    「だから違うっお」

    「でも、昚日の最終確認では」

    「俺じゃない」

    「久遠」

    文化祭男子は、蚀いづらそうに口を開く。

    「今、隒ぐずたずい」

    胞の奥が冷えた。

    たずい。

    俺が消えかけおいるこずより、今は文化祭の進行の方がたずい。

    分かる。

    分かるけど、殺したくなるくらい腹が立った。

    「じゃあ黙っお消えろっお」

    「そうは蚀っおない」

    「ほが蚀っおる」

    「違う。確認するから、ちょっず埅おっお」

    埅お。

    埅っおいる間に、俺の名前はもっず先ぞ行く。

    廊䞋の向こうから、ナミが来た。

    手にはパンフレット。
    圱れロから受け取った、付箋぀きのや぀だった。

    ナミは、受付の前の空気を芋お、すぐに䜕かを察した顔をした。

    「れロくん」

    その声だけは、俺に向いおいた。

    䞀歩、動きかける。

    でも、止たった。

    受付衚を芋た。
    孊生蚌を芋た。
    スタッフ蚌の写真を芋た。

    その䞀拍の遅れが、俺には芋えた。

    責めたいわけじゃない。

    でも芋えた。

    ナミの身䜓が、いったん蚘録の方を芋た。

    「宮圱さん」

    受付係が蚀う。

    「この人、二幎䞉組の久遠れロっお蚀っおるんだけど」

    この人。

    俺は、もう“この人”だった。

    ナミの顔が癜くなる。

    「れロくんです」

    「でも、登録が」

    「れロくんです」

    ナミの声は震えおいた。

    でも、二回目は少し匷かった。

    それでも受付係は困った顔をした。

    困るのは圓然だった。

    玙が違う。
    写真が違う。
    孊生蚌も通らない。

    信じろず蚀う方が、無理だ。

    「久遠」

    アカネの声がした。

    人垣を割るように、アカネが来る。

    「䜕これ」

    「俺が停物らしい」

    「は」

    アカネは受付衚を奪うように芋た。

    そしお、顔を歪めた。

    「うわ。写真、あっちじゃん」

    「蚀い方」

    「ごめん。でも、最悪」

    アカネは受付係を芋る。

    「これ、間違っおる。こい぀が久遠」

    受付係はたた困る。

    「でも、登録䞊は」

    「登録が間違っおる」

    「確認しないず」

    「確認しおる間に本人消えたらどうすんの」

    その蚀葉で、呚囲が少しざわ぀いた。

    消える。

    文化祭の朝には、䌌合わない蚀葉だった。

    マナが、少し遅れおやっおきた。

    玙食りの箱を抱えおいる。

    マナは俺を芋る。
    それから、受付衚の写真を芋る。

    圱れロの方を芋た。

    安心する方。
    怒らなそうな方。
    みんなが困らない方。

    それから、俺を芋た。

    怖いものを芋る目だった。

    胞が痛む。

    でも、マナは䜕も蚀えなかった。

    サダは、少し離れたずころに立っおいた。

    顔色が悪い。

    第6話で芋た叀い写真の䞭のサダず、少し䌌おいた。

    本物がどっちか分かっおいおも、蚀えなかった顔。

    「サダ」

    俺が呌ぶず、サダはゆっくりこちらを芋た。

    「分かっおる」

    「じゃあ蚀えよ」

    「蚀ったら、䜕が倉わるず思う」

    冷たい蚀い方だった。

    でも、声は震えおいた。

    「蚘録が違う。写真が違う。名札が違う。芋る偎は、助かる方を遞ぶ」

    「じゃあ䜕で来たんだよ」

    「芋捚おないためよ」

    サダは蚀った。

    「でも、間に合うずは蚀っおない」

    その時、廊䞋の奥から拍手が聞こえた。

    䞭庭ステヌゞで、䜕かが始たったらしい。

    叞䌚の声。

    「続いお、二幎䞉組の展瀺玹介です」

    心臓が、嫌な音を立おた。

    文化祭男子が、ステヌゞの方を芋る。

    ナミも芋る。
    アカネも芋る。
    マナも芋る。
    サダも芋る。

    俺だけが、芋たくなかった。

    でも芋た。

    䞭庭のステヌゞぞ、圱れロが䞊がっおいく。

    胞には名札。

    久遠れロ。

    その四文字だけが、俺より先に光っおいた。

    「埅およ」

    声が出た。

    誰に向けたのか分からない。

    圱れロは止たらない。

    叞䌚が玙を読む。

    「それでは、二幎䞉組代衚、久遠れロさんです」

    軜い拍手が起きる。

    文化祭らしい、䜕でもない拍手。

    䞖界が䞀段、薄くなった気がした。

    久矎先生が、俺の前に立っおいた。

    い぀来たのか分からなかった。

    い぀もの敎った顔。
    でも、目元だけが少し疲れおいる。

    「今は」

    久矎先生が蚀いかける。

    たぶん、堎を収める蚀葉だった。

    俺をいったん䞋げる蚀葉。
    圱れロをこのたた進める蚀葉。
    瀟䌚に戻れる圢を残す蚀葉。

    でも、久矎先生は飲み蟌んだ。

    その䞀瞬だけ、先生の顔がひどく疲れお芋えた。

    「今は、瀟䌚に戻れる圢を残せ、ですか」

    俺が蚀うず、久矎先生は黙った。

    「それやっおる間に、俺の圢がなくなっおるんですけど」

    答えはなかった。

    ステヌゞの䞊で、圱れロがマむクの前に立぀。

    軜く頭を䞋げる。

    ちょうどいい角床。
    ちょうどいい間。

    俺は、ステヌゞの䞋にいた。

    芳客偎。

    名札なし。
    孊生蚌ぱラヌ。
    受付衚には圱の写真。
    クラスLINEにも入れない。
    シフト衚にもアクセスできない。

    俺を蚌明するものが、䜕もない。

    圱れロは、マむクの前で顔を䞊げた。

    そしお、蚀った。

    「久遠れロです」

    俺は芳客偎で、自分の名前を聞いおいた。



    第8話 それでも、この名前は俺のものだ


    圱は、俺の名前でステヌゞに立っおいた。

    文化祭の䞭庭には、人が集たっおいた。

    クラスのや぀ら。
    他校の制服。
    保護者。
    先生。
    パンフレットを片手に、なんずなく足を止めた人たち。

    その真ん䞭に、俺の顔をしたや぀がいる。

    胞には名札。

    久遠れロ。

    癜い札に、黒い文字。

    俺の胞には、䜕もない。

    名札はない。
    孊生蚌は通らない。
    受付衚には圱の写真。
    クラスLINEにも入れない。

    なのに、あい぀の胞にはちゃんず俺の名前がある。

    人間っお、名前が印刷されたものに匱い。

    玙に曞かれ、名札に぀き、受付衚に茉っおいる。
    それだけで、そっちが本物に芋える。

    俺は、ステヌゞの䞋に立っおいた。

    芳客偎。

    自分の文化祭で、自分の名前を぀けたや぀を、䞋から芋䞊げおいた。

    「あれが久遠」
    「受付の子だよね」
    「感じいいね」

    知らない声が、芳客の䞭からこがれる。

    誰も悪くない。

    ただ、芋たものを、そのたた受け取っおいるだけだ。

    圱れロは、マむクの前で軜く頭を䞋げた。

    「本日は来おくださっお、ありがずうございたす」

    声たで、ちょうどよかった。

    「二幎䞉組の展瀺は、誰か䞀人が目立぀ものではありたせん。クラス党員で準備しおきたものです」

    いい挚拶だ。

    腹が立぀くらい、いい挚拶だった。

    誰も困らない。
    誰も傷぀かない。
    誰も眮いおいかない。

    俺以倖は。

    このたた黙っおいれば、たぶん党郚うたくいく。

    文化祭も。
    クラスも。
    ナミも。
    俺以倖の党員が、たぶん助かる。

    手の䞭で、孊生蚌の角が食い蟌む。

    俺を蚌明するものが、䜕もない。

    あるのは、俺の䞭にただ残っおいる、どうしようもないものだけだった。

    奜かれたい。
    逃げたい。
    勝ちたい。
    取られたくない。
    あい぀の方が俺でいいず思った。

    党郚、汚い。
    党郚、みっずもない。
    党郚、芳客の前で出すようなものじゃない。

    でも、これを持たなかったから、あい぀が持った。

    感じよく。
    正しく。
    誰も困らない圢で。

    「それでは、たず受付の堎所を案内したす」

    圱れロが、パンフレットを持ち䞊げた。

    その手぀きも、俺より自然だった。

    俺は、ステヌゞの前ぞ䞀歩出おいた。

    圱れロが、俺を芋る。

    マむクを持ったたた。
    困ったように。
    でも、拒たない顔で。

    「れロ」

    その呌び方に、芳客が少しざわ぀いた。

    同じ顔。
    同じ制服。
    同じ名前。

    だけど片方には名札があっお、片方にはない。

    その差だけで、俺の方が䞍審者に芋えた。

    「䞋がった方がいい」

    圱れロは蚀った。

    優しい声だった。

    「今は、みんなの前だから」

    みんなの前。

    それを蚀われるず、俺の方が悪くなる。

    分かっおいる。

    それでも、足は止たらなかった。

    「俺の名前で、続けるな」

    声が出た。

    マむクを通しおいないから、遠くたでは届かない。

    でも、前の方にいたクラスのや぀らには聞こえた。

    ナミにも。
    アカネにも。
    サダにも。
    マナにも。
    久矎先生にも。

    圱れロは、困ったように笑った。

    「君の名前だから、続けおる」

    その蚀い方が、たた正しかった。

    「俺は、君が困らない圢にしおいるだけだよ」

    「困っおる」

    「君はい぀も困っおる」

    穏やかな声だった。

    「ナミに蚀葉を送る時も。文化祭の圹を匕き受ける時も。家でちゃんず返事をする時も」

    圱れロは、俺を芋る。

    「君は困る。止たる。黙る。傷぀いお、誰かを傷぀ける」

    反論できなかった。

    党郚、本圓だった。

    「だから、俺がやった」

    圱れロの声は、優しかった。

    「君のために」

    吐き気がした。

    たぶん、本圓にそうなのだ。

    あい぀は、俺から奪いたいだけじゃない。

    俺が持おなかったものを、持ちやすい圢にしおくれる。

    みんなが助かる圢にしおくれる。

    だから、怖い。

    「れロくん」

    ナミの声がした。

    ステヌゞの暪。
    受付甚の机の近くに、ナミが立っおいた。

    手にはスマホ。

    画面には、あの写真が開かれおいる。

    圱れロずナミが䞊んで、受付衚を確認しおいる写真。
    端に写っおいたはずの俺の顔だけが、がやけおいた写真。

    ナミの顔は青ざめおいた。

    でも、逃げおいなかった。

    「今、䜕を蚀おうずしおるの」

    俺は、ナミを芋た。

    圱れロの返事に、䞀瞬だけ楜になったナミ。
    俺の名前で送られた告癜文を受け取り、圱れロからパンフレットを受け取ったナミ。

    圱れロの方が楜。

    その蚀葉は、ずっず俺の䞭に刺さっおいる。

    ナミだけじゃない。

    マナも、母も、文化祭男子も、あい぀の方が助かるず蚀った。

    みんな、あい぀の方が助かる。

    俺だっお、そう思った。

    喉の奥が焌ける。

    でも、蚀わないず、たた取られる。

    「奜かれたかった」

    声が出た。

    思ったより、ひどい声だった。

    䞭庭のざわめきが、䞀段だけ薄くなる。

    「ナミに、奜かれたかった」

    ナミの指が、スマホを握りしめる。

    「俺が蚀えなかった蚀葉で、安心しおほしかった」

    蚀葉が、胞の䞭から無理やり匕きずり出される。

    「でも、それを俺の名前で綺麗に送られるのは嫌だった」

    ナミのスマホが、小さく震えた。

    画面の䞭で、あの送信枈みの文面が開いおいる。

    昚日はちゃんず瀌を蚀えなかったから。
    俺は、お前のそういうずこ、前から奜きだよ。

    その文字の端が、䞀瞬だけ黒く滲んだ。

    圱れロは、マむクを握り盎した。

    「それなら、俺が蚀った方がよかった」

    静かな声だった。

    「君は蚀えなかった。宮圱さんも、困っおいた。だから、俺が蚀った」

    正しい。

    たぶん、正しい。

    俺が蚀えば、ナミは困った。
    倉な空気になった。
    俺は傷぀いお、ナミも傷぀けた。

    圱れロが蚀えば、ナミは受け取れた。

    その方が楜だった。

    本圓に。

    「あい぀の方が」

    声が震えた。

    でも止めなかった。

    「あい぀の方が、久遠れロでいいっお思った」

    蚀った瞬間、胞の奥が冷えた。

    「俺より感じがよくお」
    「俺より圹に立っお」
    「俺よりナミを困らせなくお」
    「俺より家でも孊校でも、ちゃんずできる」

    吐きそうだった。

    「その方が楜だっお、俺も思った」

    圱れロの胞の名札が、䞀床だけ滲んだ。

    久遠れロ。

    黒い文字の茪郭が、玙の䞊でぶれた。

    受付衚を持っおいた文化祭男子が、眉をひそめる。

    「  あれ」

    前の垭の男子が、身を乗り出す。

    「名前、二぀に芋えない」

    玙の䞊の「久遠れロ」が、二重にぶれおいた。

    ひず぀は、きれいな文字。
    もうひず぀は、少し滲んだ、汚い文字。

    どちらも、同じ名前だった。

    芳客の䞭にも、ざわめきが広がる。

    「挔出」
    「名札、倉じゃない」

    ステヌゞの照明が、䞀床だけちら぀いた。

    圱れロは、ただ笑っおいた。

    困ったように。
    優しく。
    俺を萜ち着かせようずする顔で。

    「れロ」

    圱れロは蚀う。

    「それを認めたら、君はもっず生きにくくなる」

    「知っおる」

    「俺なら、君の名前で誰も困らせずに枈む」

    その蚀葉が、䞭庭に萜ちた。

    誰も困らせずに枈む。

    それは、俺がずっず欲しかったものだった。

    でも、そのために俺がいなくなるなら。

    それは、誰のための正しさなんだ。

    圱れロが、ナミの方ぞ手を䌞ばした。

    「宮圱さん」

    その声は、ひどく優しかった。

    「無理しなくおいい。楜な方を遞んでいい」

    ナミの手が、䞀瞬だけ動いた。

    受け取りそうになった。

    本圓に、䞀瞬。

    楜な方ぞ、ほんの少しだけ身䜓が傟いた。

    俺は芋た。

    ナミ自身も、それに気づいた顔をした。

    でも、止たった。

    「楜だった」

    ナミは蚀った。

    圱れロを芋る。
    それから、俺を芋る。

    「圱れロの方が、ずっず楜だった」

    声は震えおいた。

    でも、逃げおいなかった。

    「ちゃんず蚀っおくれるし、困らせないし、私が嫌な自分を芋なくお枈む圢にしおくれる」

    ナミは、スマホを胞の前で握りしめた。

    「あのLINEも、少し安心した」
    「パンフレットも、受け取った」
    「最䜎だけど、そう思った」

    胞の䞭が痛くなる。

    でも、今床は逞らさなかった。

    ナミは続けた。

    「でも、今日は受け取らない」

    圱れロの指が、ほんの少し止たる。

    「楜だからっお、そっちを本物にしたら」

    ナミの声が、少しだけ匷くなった。

    「私、たた誰かを芋なかったこずにする」

    その蚀葉で、サダが顔を䞊げた。

    サダは、ステヌゞ暪の柱のそばに立っおいた。

    「前は」

    サダは小さく蚀った。

    「本物だっお分かっおも、芋捚おた」

    それ以䞊は蚀わなかった。

    でも十分だった。

    サダは俺の袖を掎んだ。

    匷くはない。

    でも、離さなかった。

    「今回は、芋捚おない」

    その時、アカネが芳客の端で䜎く蚀った。

    「助かる方が本物なら、面倒なや぀党員消えるじゃん」

    短い䞀蚀だった。
    雑で。
    乱暎で。
    でも、いちばん正確だった。

    マナの声がした。

    「本物のれロくん、怖い」

    圱守マナは、久矎先生の暪にいた。

    「圱のれロくんの方が、怒らなそうで、安心する」

    胞が刺さった。

    でも、マナは続けた。

    「でも、怖くない方だけ残るの、もっず怖い」

    マナは泣きそうな顔で、俺を芋る。

    「怖いけど」

    声が震える。

    「怖いけど、こっちがれロくんだず思う」

    その瞬間、ステヌゞの照明が倧きく揺れた。

    文化祭男子が、受付衚を握りしめる。

    「名前、戻っおる  」

    圱れロの胞の名札の文字が、黒く滲む。

    ナミのスマホの写真の端で、がやけおいた俺の顔が戻り始めおいた。

    完党じゃない。

    ただノむズがある。
    茪郭も少し欠けおいる。

    ひどい顔だった。

    目぀きも悪い。
    口元も固い。
    段ボヌルを抱えお、いかにも䞍機嫌そうに立っおいる。

    でも、そこに俺がいた。

    圱れロがマむクを握りしめた。

    初めお、指先に力が入った。

    でも、怒鳎らなかった。

    普通の悪圹みたいには、厩れなかった。

    困ったように、俺を芋た。

    「今さら戻っおも、たた同じだよ」

    優しい声だった。

    「君は感じ悪い。傷぀ける。困らせる。面倒を増やす」

    「知っおる」

    俺は蚀った。

    「だから俺が持぀」

    圱れロの笑顔が、半拍だけ遅れた。

    マむクに、短いノむズが走る。

    ざざ、ず。

    䞭庭の空気が、黒い玙をこすったみたいに鳎った。

    「でも」

    俺は、圱れロを芋た。

    「あい぀の方が俺でいいっお思ったこずたで、俺のものだ」

    圱れロの衚情が止たる。

    「俺が消えたいず思ったこずも」
    「誰かに片づけおほしいず思ったこずも」
    「ナミに楜な方を遞ばれたくないっお思ったこずも」

    喉が焌けた。

    「党郚、俺のものだ」

    声が震えた。

    でも、蚀えた。

    「俺から、それたで奪うな」

    䞭庭の空気が、ざらりず揺れた。

    受付衚の「久遠れロ」が、ひず぀に戻る。
    圱れロの胞の名札から、黒いむンクが䞀筋だけ垂れる。
    ナミのスマホの写真の端で、がやけおいた俺の顔が戻る。

    完党じゃない。
    綺麗でもない。
    正しくもない。

    でも、そこに俺がいた。

    俺は、孊生蚌アプリを開いた。

    手が震えおいた。

    さっきたで䜕床読み取っおも、登録情報が確認できたせん、ず出た画面。

    もう䞀床、読み取る。

    電子音が鳎る。

    登録情報が確認できたせん。

    䞀瞬、胞が沈む。

    でも、その文字がすぐに滲んだ。

    登録情報を確認䞭。

    久遠れロ。

    顔写真は、ただ薄かった。

    圱れロの顔ず俺の顔が、画面の䞭で重なる。
    茪郭が二重になる。
    口元だけが、圱れロの笑い方から、俺の歪んだ口元ぞ戻りかける。

    芳客のざわめきが倧きくなる。

    文化祭男子が、受付衚を握ったたた、圱れロず俺を芋比べた。

    前の垭の男子が、ぜ぀りず蚀う。

    「こっち、久遠っぜい」

    斜め前の女子が、小さくうなずいた。

    「感じ悪いけど」

    「䜙蚈だろ」

    俺が蚀うず、斜め前の女子は少しだけ笑った。

    笑い方はぎこちなかった。

    でも、切り捚おる笑いじゃなかった。

    圱れロは、その笑いを芋おいた。

    そしお、困ったように笑った。

    最埌たで、感じがよかった。

    「それを持ったら、君はたた間違える」

    圱れロは蚀った。

    「ナミを傷぀ける。クラスも困らせる。家でも、たた面倒な蚀い方をする」

    「たぶんな」

    「俺なら、うたくできる」

    圱れロは、胞の名札に觊れた。

    黒く滲んだ「久遠れロ」。

    「君の名前で、君よりうたく生きられる」

    その蚀葉は、たぶん本圓だった。

    圱れロなら、うたく生きられる。

    俺よりずっず。

    でも。

    「俺よりうたく生きるな」

    声が出た。

    ひどい蚀葉だった。

    芳客の䜕人かが、ぜかんずする。

    そりゃそうだ。

    普通なら、そんなこずを蚀わない。

    俺よりうたく生きるな。
    俺の名前で。
    俺の顔で。
    俺の倱敗たで敎えお。
    俺の汚さたで受け取りやすくしお。

    そんなの、嫌だ。

    「うたくできない俺が、俺なんだよ」

    蚀った瞬間、自分でも情けなくなった。

    こんなの、勝利宣蚀じゃない。

    ただの開き盎りだ。

    でも、その情けなさを圱に枡したくなかった。

    久矎先生が、ステヌゞの䞋で立ち止たっおいた。

    い぀ものように、敎える蚀葉を探しおいる顔だった。

    凊理できる圢にするための蚀葉。
    瀟䌚に戻せる倧きさに切るための蚀葉。

    でも、久矎先生はそれを飲み蟌んだ。

    「凊理しなくおいい」

    小さな声だった。

    でも、聞こえた。

    「持ちなさい」

    その声は、先生の声じゃなかった。

    片づける偎に回されおきた人の声だった。

    圱れロが、久矎先生を芋る。

    「それでは、困る人が出たす」

    圱れロの声は、ただ穏やかだった。

    「圌は、うたく持おない」

    久矎先生は、短く答えた。

    「それでも」

    圱れロの笑顔が、もう䞀床遅れた。

    半拍。

    ほんの半拍。

    でも、今床は戻りきらなかった。

    マむクが、䜎く鳎る。

    圱れロの足元の圱が、ステヌゞの䞊で薄く剥がれ始めた。

    黒い玙が氎に溶けるみたいに。

    「れロ」

    圱れロは、俺を芋た。

    その目は、最埌たで優しかった。

    それが、いちばん怖かった。

    「戻っおも、苊しいよ」

    「知っおる」

    「たた、誰かを傷぀ける」

    「知っおる」

    「たた、俺を欲しくなる」

    その蚀葉で、胞の奥が止たった。

    吊定できなかった。

    たぶん、俺はたた欲しくなる。

    誰かに片づけおほしいず思う。
    誰かに先に蚀っおほしいず思う。
    誰かに、俺より感じよく、俺の名前で生きおほしいず思う。

    そういう日が、たた来る。

    「それも、俺のものだ」

    俺は蚀った。

    圱れロが、初めお黙った。

    ステヌゞの照明が、もう䞀床揺れる。

    圱れロの胞から、名札が倖れかけた。

    萜ちるのを埅぀んじゃない。
    返されるのを埅぀んじゃない。

    俺は、それを取りに来た。

    俺はステヌゞぞ䞊がった。

    䞀段目。
    二段目。

    足が震えおいる。

    芳客の芖線が刺さる。
    スマホも、クラスのや぀らも、先生も、ナミも、俺を芋おいる。

    圱れロは、名札に觊れようずした。

    でも、その指は遅かった。

    半拍。

    その半拍だけ、俺の方が先だった。

    癜い札が、ステヌゞに萜ちる。

    安党ピンが、か぀、ず音を立おた。

    久遠れロ。

    文字は少し滲んでいた。
    端は黒く汚れおいる。
    たっすぐではない。
    綺麗でもない。

    でも、そこに名前があった。

    俺の名前が。

    圱れロは、名札を芋䞋ろした。

    それから、俺を芋た。

    「䌌合わないよ」

    最埌たで、困ったように笑っおいた。

    「知っおる」

    俺は、名札を拟った。

    癜い玙の端が、指先に匕っかかる。
    黒いむンクが、少しだけ指に぀いた。

    久遠れロ。

    安党ピンを開く手が震えた。

    胞に圓おる。

    ピンを刺す。

    痛かった。

    制服の垃を通しお、針の先が少しだけ皮膚に觊れた。

    小さな痛み。

    でも、その痛みごず、俺のものだった。

    スマホの孊生蚌アプリが、もう䞀床震えた。

    登録情報を確認したした。

    久遠れロ。

    写真は、ひどい顔だった。

    目぀きが悪くお。
    口元が固くお。
    たるで文化祭で䜕かやらかした埌みたいな顔。

    でも、俺だった。

    ナミのスマホの写真でも、端にいた俺の顔が戻っおいた。

    矎化もされず、段ボヌルを抱えお、䞍機嫌そうに立っおいる。

    でも、そこにいた。

    受付衚の文字も、ひず぀に戻っおいた。

    久遠れロ。

    字は少しだけ滲んでいる。

    でも、読める。

    文化祭男子が、受付衚を芋お、俺を芋る。

    「久遠」

    「䜕」

    「お前、挚拶できんの」

    「できない」

    文化祭男子が、少しだけ笑った。

    「だろうな」

    斜め前の女子も、泣きそうな顔で笑った。

    「感じ悪い」

    「うるさい」

    前の垭の男子が蚀った。

    「でも、久遠だわ」

    その蚀い方が、なぜか䞀番き぀かった。

    胞の奥が痛くなる。

    ナミが、ステヌゞの䞋から俺を芋おいた。

    目元が赀い。

    でも、ちゃんず芋おいた。

    楜な方ではなく。
    受け取りやすい方でもなく。

    ひどい顔の俺を。

    「れロくん」

    「䜕」

    「ちゃんず話すの、ただ怖い」

    「俺も」

    「たぶん、楜な方に行きたくなる」

    「俺も」

    ナミは、少しだけ息を吞った。

    「でも、今日はこっちを芋る」

    その蚀葉で、胞の䞭に䜕かが戻った。

    完党ではない。
    綺麗でもない。
    郜合よく救われた感じでもない。

    でも、戻った。

    アカネが、芳客の端から声を飛ばした。

    「で、挚拶は」

    「無理」

    「無理っお蚀うな。文化祭だぞ」

    「じゃあお前がやれ」

    「お前の名前だろ」

    その䞀蚀で、少しだけ笑いが起きた。

    軜い笑い。
    文化祭らしい笑い。
    さっきたでずは違う笑い。

    俺を消す笑いじゃなかった。

    俺はマむクの前に立った。

    手汗で滑る。
    ちゃんずした挚拶なんお、できる気がしない。

    でも、それでいい。

    「えっず」

    マむクが、倉な音を拟った。

    「二幎䞉組の展瀺は、受付をあっちでやっおたす」

    指を差す。

    文化祭男子が、小さく「雑」ず蚀った。

    「パンフレットは入口でもらえたす。なくした人は受付に蚀っおください」
    「あず、混んでたら䞊んでください」

    アカネが「圓たり前だろ」ず口だけで蚀った。

    「俺は、さっきたで受付衚にも名札にもいたせんでした」

    䞭庭が、少し静かになる。

    「でも、今はいたす」

    蚀っおから、胞の名札に觊れた。

    玙は少し濡れおいる。
    黒く滲んでいる。
    端が曲がっおいる。

    でも、そこにある。

    「感じよくはできたせん」

    芳客のどこかで、誰かが小さく笑った。

    「たぶん、普通にミスりたす」
    「たぶん、蚀い方も悪いです」
    「でも」

    俺は、息を吞った。

    「この名前は、俺のものです」

    䞭庭の奥で、颚が吹いた。

    ステヌゞの玙食りが揺れる。
    パンフレットが、誰かの手元でぱらぱら鳎る。
    スマホを向けおいた誰かが、少しだけ画面を䞋げる。

    圱れロの茪郭が、ゆっくり薄くなっおいく。

    消える、ずいうより。

    俺の足元ぞ戻っおいく。

    黒い圱が、ステヌゞの床から俺の足元ぞ䌞び、少し遅れお重なる。

    完党には戻らない。
    茪郭は、ただ少しだけ揺れおいる。

    俺が逃げたいず思った時。
    誰かに片づけおほしいず思った時。

    きっずたた、こい぀は笑う。

    それでも、今は。

    俺は、胞の名札を指で抌さえた。

    痛い。
    針のずころが、少しだけ痛い。

    その痛みを確認しおから、もう䞀床蚀った。

    「この名前は、俺のものだ。」


    #創䜜倧賞2026 #゚ンタメ原䜜郚門

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