【BL小説】捨てた人形が192センチのイケメンになって帰ってきたんだが、愛がバチクソ重すぎる。
もしもし、僕ビリー。今、君の家の前にいるよ。
その電話がかかってきたのは、夜の11時13分だった。
知らない番号だった。
こんな時間に電話がかかってくることなんて、ほとんどない。
少し迷ってから、俺は通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『もしもし、優斗?』
男の声だった。
低く、よく通る。
しかも妙に爽やかだ。
『僕、ビリー』
「…………」
心臓が、一度だけ大きく跳ねた。
『今、高輪ゲートウェイ駅にいるよ』
ぞくり、と背筋が冷えた。
――知っている、このパターン。
昔から有名な都市伝説。
捨てた人形から電話がかかってくる話。
『もしもし、私メリーさん。今、〇〇駅にいるの』
そこから少しずつ距離を詰めてくる。
そして最後には、
『今、あなたの後ろにいるの』
……というやつだ。
「……ビリー、なのか?」
『Yes.』
「…………」
『僕だよ』
「…………」
『覚えてる?』
「覚えてる」
『Really?』
「発音、めっちゃキレイじゃん」
『僕、アメリカ人だから』
「それ、ただの、設定だよね?」
『ニューヨーク在住だった』
「過去形なんだ」
『もうすぐ君の近くに住む予定』
「予定?」
『もう決めた』
「決めるの早くない?」
『僕は決断力のある男だから』
「自分で言うんだ……」
俺は目を閉じた。
ビリー。
小学生の頃、姉が持っていた国民的着せ替え人形――ミクちゃん。
その売り場に並んでいた、彼氏キャラクターだ。
ブロンドの髪。
青い瞳。
爽やかな笑顔。
子供だった俺には、それがものすごく格好良く見えた。
どうしても欲しくて、父さんに買ってもらった。
毎日、一緒に遊んだ。
ミクちゃんの隣に座らせたり、おしゃれな服を着替えさせたり。
髪を整えたり。
寝るときにはベッドの横に置いた。
――けれど、ある日、母さんが俺の部屋を勝手に片付けた。
「部屋が汚いから」
ただ、それだけの理由で、ビリーは捨てられた。
俺は泣いた。
ものすごく悲しかった。
だから……。
「……本当に、あのビリーなの?」
『そうだよ』
「…………」
『今、高輪ゲートウェイ駅にいるから』
「うん」
『君に会いに行く』
「……うん」
『怖くないの?』
「怖くない」
『僕、君を恨んでるよ』
「まあ、そうだろうな」
『ずっと』
「うん」
『何年も』
「うん」
『僕を捨てたことを』
「だから、俺じゃないって」
『…………』
「母さんが勝手に捨てたんだよ」
『……分かった』
「本当に?」
『うん』
「じゃあ、許してくれる?」
『それは無理』
「なんで!?」
『だって、僕は君に会いたかったから』
「…………」
『ずっと』
少しだけ。
声が寂しく聞こえた。
『でも、君は僕のことを忘れていたと思ってた』
「忘れてないよ」
『…………』
「俺、あのとき本当に悲しかったから」
電話の向こうが静かになる。
『……そっか』
「うん」
『じゃあ』
声が少し明るくなった。
『会いに行くね』
「うん」
『絶対に逃げないで』
「逃げないよ」
『約束?』
「約束」
『Okay.』
電話が切れた。
……変な気分だった。
怖いはずなのに、怖くない。
なんだか懐かしい。
あの頃のビリーが、帰ってくる。
そう思った五分後、また電話が鳴った。
『もしもし』
「なんか早くない?」
『僕、ビリー』
「知ってる」
『今、信号機のところにいるよ』
「おお……」
都市伝説らしくなってきた。
『赤信号だから止まってる』
「うん」
『僕、交通ルールは守るよ』
「偉いな」
『君に会う前に事故に遭ったら困るからね』
「人形なのに?」
『キレイな顔が傷つくのイヤだから』
「自分で言うなよ」
『君が大切にしていたのは本当でしょ?』
「……まあ」
『じゃあ、僕は大事な存在だ』
「そこまで話を飛ばす?」
『僕、頭いいから。ハーバード大、目指してるからね』
「…………」
『今、青になったよ』
「気をつけて」
『ありがとう』
『僕、ニューヨークでもよく歩いていたから、大丈夫だよ』
「日本の住宅街とニューヨークを同列にするな」
『シティボーイだからね』
「はいはい」
電話が切れた。
数分後……。
『もしもし』
「今、どこ?」
『交差点』
「また?」
『うん』
『車が多いね』
「金曜の夜だからな」
『でも大丈夫』
「何が?」
『僕は君のところへ行くから』
「……」
『誰にも邪魔させない』
「……急に怖いこと言うなよ」
『怖い?』
「ちょっと」
『ごめん』
「いや……」
『でも』
ビリーが笑った。
『僕、本気だから』
電話が切れた。
……こういうところだけ、昔遊んでた、ビリーの設定と同じだった。
――3分後、また電話が鳴った。
『もしもし』
「今度はどこ?」
『君がよく買いに行くコンビニ』
「え、もうそんなとこ!?」
『君の家の近くだよ』
「何か買ったの?」
『ミルクティー見てた』
「…………」
「まだ覚えてたんだ」
『もちろん』
「子供の頃、俺がおまえの隣に置いてたミニチュアのやつ?」
『うん』
「よく覚えてるな」
『君のことなら、全部覚えてる』
「…………」
『君が僕の髪をとかしてくれたことも』
「うん」
『服を着替えさせてくれたことも』
「うん」
『ミクと僕を並べて結婚式をしたことも』
「それは忘れて!」
『嫌だよ』
「恥ずかしいんだよ!」
『僕は嬉しかった』
「俺、小学生だぞ!」
『僕は本気だった』
「重い!」
『愛は年齢じゃないよ』
「人形が愛を語るな!」
『人形だからこそ、純粋なんだ』
「なんでちょっといいこと言うんだよ!」
電話の向こうで笑い声がした。
『やっぱり君、面白いね』
「誰のせいだよ」
『僕のせいかな?』
「そうだよ」
『じゃあ責任を取る』
「何の?」
『一生』
「…………」
『今の、かなり格好よかったでしょ?』
「自分で言うな」
『I'm cool.』
「はいはい」
『Thank you.』
「褒めてない」
電話が切れた。
そして、また3分後。
――ピンポーン。
深夜にドアチャイムが鳴った。
「…………」
本当に来た。
俺は玄関へ向かった。
もう一度、ピンポーンとチャイムが鳴った。
「はーい」
『僕だよ』
「ビリー、なのか?」
『うん』
鍵を開ける。
ドアを開ける。
「…………」
そこにいたのは、
ブロンドの髪。
青い瞳。
長身。
白いシャツ。
爽やかな笑顔。
どう見ても、海外ドラマから抜け出してきたような長身のイケメンだった。
「Hi.」
「…………」
「久しぶり」
「…………」
「どうしたの?」
「……本当にビリー?デカくね?」
「Yes.」
「…………」
「かっこいい?」
「自分で聞くな」
「でも、かっこいいでしょ?」
「…………まあ」
ビリーは満足そうに笑った。
「Good.」
「何その顔」
「君に褒めてもらえたから」
「…………」
「じゃあ」
一歩、近づく。
「ただいま」
「……おかえり」
ビリーの顔が固まった。
「…………」
「ビリー?」
「……もう一回」
「何?」
「今の」
「おかえり?」
「うん」
「おかえり」
ビリーは胸に手を当てた。
「……I'm done.」
「何が?」
「もう死んでもいいや」
「人形が何言ってんの」
「君に『おかえり』って言ってもらったから」
「そんなに?」
「十年以上待った」
「…………」
「もう絶対に離さない」
「……」
「君は僕の持ち主だから」
「…………」
「僕は君のビリー」
「…………」
「そして」
ビリーが笑う。
「僕は君の彼氏になる」
「今から?」
「昔から」
「勝手に歴史を作るな」
「でも結婚式したよね」
「ミクちゃんとだよね!」
「嫌だ。君と結婚する!」
「即答かよ!」
ビリーは嬉しそうに笑った。
その笑顔は、昔と変わらない。
俺は少しだけ安心した。
「……ビリー」
「何?」
「帰ってきてくれて、ありがとう」
「…………」
ビリーの目が少し潤む。
「……うん」
そして、俺の手を握った。
「今度は、絶対に捨てないでね」
「だから捨てたの俺じゃないって」
「じゃあ」
「うん?」
「今度は僕が、君を捨てない」
「…………」
「一生…………愛してるよ」
「……急に真面目になるな」
「僕、いつだって真面目だよ?」
「それが一番怖いんだよ!」
その夜、捨てられた人形は、十年以上ぶりに持ち主のもとへ帰ってきた。
そして翌朝。
「おはよう」
「……おはよう」
「朝ご飯、何食べたい?」
朝起きたら、金髪イケメンがエプロンをつけて、俺をみつめていた。
「じゃあ…トースト。目玉焼きとベーコン乗せたやつ」
「分かった」
ビリーがキッチンへ向かう。
「コーヒーでいい?」
「うん」
「ブラック?」
「そう」
「覚えてるよ」
「…………」
なんだか。
少しだけ、新婚みたいだった。
――数分後。
「できたよ」
「ありがとう」
テーブルにコーヒーが置かれる。
俺は一口飲んだ。
「……うまい」
「Really?」
「うん」
「ニューヨーク仕込みだから」
「はいはい」
ビリーは満足そうに笑った。
「ところで」
「何?」
「今日、どこに行くの?」
「仕事だけど」
「僕も行く」
「無理に決まってんだろ」
「Why?」
「だって……」
俺はビリーを見る。
190センチ超えの長身。
ブロンドヘア。
爽やかな笑顔。
どう見ても、普通の外国人イケメンだ。
「……おまえ、目立つから」
「そう?」
「めちゃくちゃ目立つよ」
「そうかな」
「うん」
「僕、普通だよ」
「どこがだよ!?」
ビリーは首を傾げた。
「ニューヨークなら普通だよ?」
「ここ、日本!」
「じゃあ、君の鞄に入るね」
「なんでそうなる」
「僕、人形だから」
「…………」
「恋人なら、いつも一緒にいたい」
「サイズ、変えれるんかい…………」
俺はため息をついた。
「じゃあ、せめて大人しくしてろよ」
「もちろん」
俺は鞄を開けた。
ビリーは、……入った。
あの頃のサイズになって、カバンにすっぽり入ってる。
「じゃあ行くぞ」
「うん」
鞄を閉じて、俺は玄関を出た。
駅へ向かって――五分後。
鞄の中から声がした。
「ねえ」
「何?」
「ミルクティー買って」
「自分で買えよ」
「僕、お金ない」
「そりゃ人形だからな」
「あと」
「何?」
「今日、オモチャ売り場寄れる?」
「……なんで?」
「ミクちゃんに新しい彼氏がいるか確認したい」
「おまえ本当にやめろ!」
「僕の元カノだよ?」
「おまえ、何年前の元カレだよ!」
通りすがりの人が、思いっきり振り返る。
俺は顔を真っ赤にした。
鞄の中から、楽しそうな笑い声が聞こえる。
「Don't worry.」
「何が?」
「僕は君だけを愛してるからね」
「だから声がでかい!」
「I love you.」
「黙れ!」
――こうして、都市伝説になるはずだった人形は、
なぜか、俺の鞄の中から、元カノの浮気調査を始めた。
その日の夜。
家に帰ってから、どうやって日本まで来たのか聞いてみた。
「ビリー」
「何?」
「おまえ、ニューヨークからどうやって日本まで来たの?」
「…………」
「飛行機?」
「…………」
「船?」
「…………」
「まさか、自力で?」
「…………」
ビリーはしばらく黙っていた。
そして、ものすごく爽やかな笑顔で言った。
「Amaz◯n」
「…………」
「通販かよ」
「…………」
「早く会いたくて、翌日配送で来たのさ☆」
「…………」
「プラ◯ム会員だったから」
「…………」
俺はゆっくり立ち上がった。
「……おまえ」
「うん?」
「都市伝説じゃなかったのかよ!」
「都市伝説だよ?」
「通販で来た人形のどこが、都市伝説なんだよ!?」
「捨てられた人形が、電話をかけて持ち主の家まで来た」
「…………」
「完璧でしょ?」
「配送業者さんに運ばれてきただけだろ!」
「……で、ビリー」
「ん?」
「結局、お前どうやってゴミ捨て場からニューヨークへ行ったの?」
「いろいろ」
「いろいろで済ませるな」
「……」
「何?」
「愛の力」
「絶対違う」
「Maybe」
「英語で誤魔化すな」
ビリーは爽やかに笑った。
「でも、ちゃんと届いたよ」
「……」
「君のところに」
「……そこだけは、まあ」
「うん」
「……おかえり」
ビリーが笑う。
「ただいま、優斗」
ビリーは満面の笑みで胸を張った。
そのまま、ビリーは僕の隣に座った。
肩が触れる。
でかい。
とにかくでかい。
「……昔は俺がビリーを抱っこしてたのにな」
「今は僕が君を抱っこできるよ」
「しなくていい」
「できるよ」
「そういう問題じゃねえよ」
「やってみる?」
「やめろ」
「Really?」
「やめてくれ」
「Okay」
素直だった。
次の瞬間。
「じゃあ、結婚しよう」
「なんで!?」
「君を一生大事にしたい」
「話の飛び方がすごい!」
「指輪もあるよ」
「あるの!?」
ビリーがポケットから小箱を取り出した。
「…………」
「開けて」
開けると、ダイヤモンドの指輪が入っていた。
「いつ用意したの?」
「日本に来る前」
「準備良すぎない?」
「君と会ったら渡すつもりだった」
「…………」
「サイズも合ってるよ」
「なんで知ってんの?」
「昔、君が僕に指輪をつけてくれたから。あと、今の君の指も見た」
「怖いよ!!」
「愛だよ」
「便利な言葉だな!おい!!」
ビリーは笑う。
「僕は君を捨てない」
「……」
「絶対に」
「俺が捨てたわけじゃないって言っただろ」
「うん。知ってる」
ビリーは少しだけ目を伏せた。
「もう怒ってないよ」
「……」
「ただ」
ビリーは、俺の手を取った。
「今度は、僕が君を離さない」
「……重っ!」
「知ってる……」
「自覚あんの!?」
「あるよ」
「あるんだ!?」
「君のこと大好きだからね」
マジか。
あまりにも爽やかな笑顔で言いきりやがった。
「……」
「君が好き」
「……」
「すごく好き」
「……」
「世界で一番好き」
「……」
「僕の人生で、君以上に大切な人はいない」
「…………」
「だから」
ビリーが、にっこり笑った。
「君のスマホのパスコードも覚えてる」
「待て」
「君の誕生日」
「待て」
「4桁」
「怖い!!」
「僕と君が初めて出会った記念日だし。
……優斗も僕のことが好きだから」
「自意識過剰!!」
「違う?」
「…………」
「違うんだ?」
「…………」
「悲しいな」
「その顔やめろ!」
その日から、俺の家には、ブロンドの爽やかイケメンがいる。
「じゃあ、今日も仕事に一緒に行こう」
「鞄から出てけ!」
「No」
「出ろ」
「No」
「出ろって!」
「I'm an American guy」
「その理屈は何!?」
こうして俺の人生に、僕が子どもの頃に捨てたと思っていた人形が。
192センチの長身アメリカンイケメンになって帰ってきた。
そしてたぶん、俺が死ぬまで。
いや、俺が死んでも。
たぶん、こいつは俺の隣にいる。
……怖い。
けど、まあ昔と変わらない。
俺の大切なビリーは、 今日も俺の隣で笑っている。
