日々を積み重ねることへのやわらかい敬意
自分が所属している部署には、古参の生き字引のような人がいる。
その人が今日で退職した。もう30年以上も同じ施設で勤めあげたとのことだ。
自分はこの施設に異動してきて4年目。勤続期間は短くはないが、長くもなく、その人と分かち合うものはあまり無い。
冷たいかもしれないが、その人に対して、特段の思い入れはないと思っていた。
どちらかというと、ともに仕事をするにはあまりそりが合わないタイプだったような気もする。
一方で、その人と長い付き合いの人たちは、最後に写真を撮ったり、涙を流したりしていた。
そういう情景を片眼に見ながら仕事を続けていたのだが、なんだかちょっとした感慨のようなものが湧かないでもなかった。
自分が知らないもの。共有したり、積み重ねたりしてこなかった時間が、その人たちの間にはやわらかく積もっていて、それを温かく切なくすくい取っては分かち合っているように見えたのだ。
その様子をうらやましいと思ったわけではない。その人との人間関係のあり方に対する後悔のようなものがあるわけでもない。
ただ、それぞれの人の中に、それぞれの物語があって、それは目には見えないけど、きっと温かくて大切なものなんだよな、というじんわりとした感慨が心に広がった。
それに、30年以上も同じ場所で勤め上げたことって、やっぱりすごいな、とも思う。
それは、そこを目指したいというよりも、上から目線のようだけど、”感心”というのが近い。自分にはとてもできなさそうだからだ。
一つの場所でずっと勤め上げるというのはどんな感覚なのだろう?自分は新卒で入った会社を2年弱で辞めているし、今の会社も、また風が吹き始めるまでの止まり木のような感覚でいる。根本的に、一つどころで勤め上げられるような気質ではないのだと思う。
転職が当たり前になり、転身することが一般的になってきた世の中にあって、幸いなことに自分の気質はその流れが向かい風にはなっていなさそうだ。
一方で、一隅を照らすように、ずっと同じ場所でコツコツと堅実に働いている人がいる。
そんな人のあり方に、自分は少し感じ入っているのかもしれない。
もしかしたらそこにはちょっとした惰性もあるのかもしれないけれど、根底には誠実さや地道さ、清らかさのようなものを感じる。
その人への感情は、彼が最後の仕事を終えて事務所を後にしてからも、好きも嫌いも、寂しいも清々したもないニュートラルなものだけど、
一隅を照らし続けてこられたことへのやわらかい敬意と、これからの新しい人生も穏やかに歩んでほしいという思いがほんのりと灯っている。
