
きみは、午後に似合う 第21話(3)|世界でいちばん小さな奇跡
── 一年に一度だけの約束 ──
透明だった心臓部
── ひな ──
⸻
もしも。
⸻
心配にも、
重さがあるなら。
⸻
この七日間で、
わたしは、
少し、
背が縮んでいたかもしれない。
⸻
どうして。
も、
あった。
⸻
なんで。
も、
あった。
⸻
でも。
⸻
そんな疑問符は、
涙に濡れると、
ずいぶん、
丸くなるらしい。
⸻
気がつけば。
⸻
ごはん、
食べたかな。
⸻
少しは、
眠れたかな。
⸻
歯磨き、
してるかな。
⸻
今日も、
どこかで。
⸻
息、
してるかな。
⸻
そればかり、
考えていた。
⸻
会いたかった。
⸻
声も、
聞きたかった。
⸻
触れたかった。
⸻
キスだって。
⸻
したかった。
⸻
だから。
⸻
たぶん。
⸻
ちゃんと、
好きだった。
⸻
でも。
⸻
好き。
という二文字では。
⸻
いつの間にか、
少しだけ、
足りなくなっていた。
⸻
あの日。
⸻
daiくんが、
言った。
⸻
「ひなさんと会って、
透明じゃなくなった」
⸻
わたしは、
泣いた。
⸻
嬉しかった。
⸻
daiくんが、
透明じゃなくなったこと。
⸻
それが、
嬉しかった。
⸻
でも。
⸻
たぶん。
⸻
それだけじゃなかった。
⸻
あ。
⸻
わたし。
⸻
ここにいて、
よかったんだ。
⸻
そんな。
⸻
生きている証を、
もらった気がした。
⸻
だから。
⸻
大事にしたかった。
⸻
この人を。
⸻
すごく、
大事にしたかった。
⸻
似ていたから。
⸻
たぶん。
⸻
透明になったことのある人は。
⸻
透明になりかけた人を、
少しだけ、
見つけるのが早い。
⸻
わたしは、
daiくんを
見つけた。
⸻
そして。
⸻
たぶん。
⸻
daiくんも、
わたしを
見つけてくれた。
⸻
だから。
⸻
願った。
⸻
生きていて。
⸻
できれば。
⸻
笑っていて。
⸻
悲しい涙は。
⸻
なるべく、
少なめで。
⸻
ちゃんと、
眠って。
⸻
ちゃんと、
食べて。
⸻
たまには、
くだらないことで
笑って。
⸻
幸せで、
いてほしい。
⸻
会えなくても。
⸻
毎日、
話せなくても。
⸻
次にいつ、
会えるのか、
わからなくても。
⸻
この世界の、
どこかで。
⸻
daiくんが、
ちゃんと、
息をしている。
⸻
それで。
⸻
よかった。
⸻
でも。
⸻
もしも。
⸻
もうひとつだけ、
願ってもいいなら。
⸻
一年に、
一度だけ。
⸻
会える日を、
決めたい。
⸻
ねえ。
⸻
仮予約だけど。
⸻
そう言って、
二人で笑いながら。
⸻
スマホのカレンダーに、
同じ日を入れる。
⸻
何月何日。
⸻
東京駅で、
待ち合わせ。
⸻
それとも、
伊豆にする?
⸻
小樽でも、
いいよ。
⸻
ハワイは、
ちょっと先かな。
⸻
なんて。
⸻
行けるかどうかも、
わからない未来を。
⸻
一緒に、
少しだけ、
選ぶ。
⸻
今年は、
白ね。
⸻
服の色だけ、
先に決めてもいい。
⸻
次は、
黒。
⸻
その次は。
⸻
まだ、
決めなくていい。
⸻
その日は。
⸻
一年分、
遊ぼう。
⸻
最高に、
おしゃれをして。
⸻
買い物をして。
⸻
知らない街まで、
電車に乗って。
⸻
海へ行ってもいい。
⸻
砂浜に、
寝転がって。
⸻
何もしないまま、
夕方になってもいい。
⸻
旅行に、
行ってもいい。
⸻
一日じゃ、
足りなくなったら。
⸻
こっそり、
二日にしてもいい。
⸻
一年分の、
会いたかったを。
⸻
その日だけ。
⸻
全部、
使い切る。
⸻
笑って。
⸻
食べて。
⸻
歩いて。
⸻
たまには、
触れて。
⸻
一日で。
⸻
一年分を、
旅する。
⸻
そして。
⸻
帰るころ。
⸻
またね。
⸻
って。
⸻
それぞれの毎日に、
戻っていく。
⸻
透明になりそうな日は。
⸻
スマホの中の、
小さな約束を見る。
⸻
あ。
⸻
まだ、
消えてない。
⸻
って。
⸻
少しだけ、
笑う。
⸻
約束の日。
⸻
顔を見て。
⸻
あ。
⸻
まだ、
透明じゃないね。
⸻
って。
⸻
二人で、
笑えたらいい。
⸻
恋の教科書には。
⸻
たぶん、
載っていない。
⸻
それでも。
⸻
あなたに出会って、
恋をした。
⸻
それ以上に。
⸻
生きることを、
思い出した。
⸻
涙も。
⸻
呼吸も。
⸻
体も。
⸻
心臓部も。
⸻
どうやら。
⸻
全部、
わたしだった。
⸻
あの日。
⸻
世界でいちばん小さな奇跡を、
見た。
⸻
「既読」
⸻
たった、
二文字。
⸻
でも。
⸻
あれは、
文字じゃなかった。
⸻
今日も。
⸻
この世界の、
どこかにいる。
⸻
その。
⸻
小さな、
生存確認。
⸻
そして。
⸻
少しずつ。
⸻
本当に、
少しずつ。
⸻
透明だった心臓部が。
⸻
もう一度。
⸻
自分の音を、
思い出していった。