どうか私の代わりに千年後に爆発して
千年後に、宇宙の端っこで。
わたしは、怒るのが下手だ。
失礼なことを言われても、少し嫌な気持ちになっても、適当に笑って流してしまう。
温厚だから、というより単に怒りという感情の処理が遅いのだと思う。
古いパソコンみたいに読み込みに時間がかかる。
家に帰ってお茶を飲んでいる頃になって、ようやく「あれは嫌だったな」と気づく。
喉を通るお茶が、いつもより少し苦い気がする。
遅い。
もう相手はいない。
それなのに頭の中では、今になって小さなシミュレーションが始まる。
あのとき言い返していたらどうなったのか。
笑って流したのは正解だったのか。
そもそも、あれは怒るべき場面だったのか。
ありもしない分岐を繰り返して、ようやくひとつの結果にたどり着く。
やっぱり、嫌なものは嫌だった。
こういう感情は扱いに困る。
その場ですぐに爆発させるには小さく、
けれど、なかったことにするには大きい。
だからわたしは、そういう感情を心の中でそっと遠くへ、どこか知らない宇宙の端っこへと送ることにしている。
もうここでは行き場がないから。
どうかわたしの代わりに千年後に爆発して。
千年後なら、誰も覚えていないだろう。
わたしも、相手も、その日の天気も、帰りに買ったコンビニのどら焼きも、全部きれいにどこかの光や塵に戻っている。
その頃、何の生物もいない場所で、ぱちんと爆発してくれたらいい。
恒星の光も届くか届かないかくらいの場所で、誰にも迷惑をかけず、ただ小さく弾けてほしい。
弾けてくれたなら、きっとわたしの心はいくらか救われる。
そう思うだけで、次の怒りも少しだけ遠くへ置ける。
大爆発でなくても、地球を揺らさなくても、誰にも知られなくても構わない。
せめて、わたしが飲み込んだ小さな違和感が、確かにそこにあったのだと、静かに知らせてほしい。
自分の気持ちに、その場ですぐに正しい名前をつけられるほど、わたしは賢くない。
仕方なく持ち帰ってしまった、小石みたいな気持ちに後から気づくこともある。
それでも、まあいい。
お茶を飲む。
頭の中に、かすかに残るモヤモヤとしたもの。
どら焼きを食べる。
あんこは優しく甘い。
怒りはまだ、少しだけ苦い。
でもそれは、もうここで爆発しなくていい。
誰にも見つからないくらい小さな光で、ぱちんと弾けますように。
千年後に、宇宙の端っこで。