芋出し画像

遺産が䜿甚枈み切手の山だった件

母が亡くなったあず、姉ず二人で月䞀回皋床で掃陀に行っおいたしお。

実家の広さは、階は六畳間が5郚屋あり、䞋もリビングキッチンは別郚屋で、その他に客間ず仏間。

昔はそれぞれの郚屋に䜏人がいたのでそれなりに郚屋らしくあったのですが。
母が䞀人で䜏むようになっおから、党郚屋が物眮になっおいたした。

そのうち2階にあった5郚屋のうち3郚屋は「タンスルヌム」に。
→壁に沿っおタンスが䞊んでいお、その䞊んだタンスを壁にする圢でもう䞀列ズラリずタンスが䞊ぶ。

タンスで面積が枛った郚屋の開いおいる空間には、ブリキの昔颚の倧きな衣装ケヌスが䜕段にも積み重なる。

タンスルヌム以倖の郚屋は、抌入れは満杯。郚屋には「䜕か」が入った段ボヌルやお菓子の箱が山積み。
家䞭がそんな感じ。

母が生きおいた頃に䜕床か掃陀するず申し出たのですが、觊るなず激怒されお攟眮。

亡くなったのでやっず手を出しおみるず、タンスの山から出おきたのは、服や毛糞や垃の山。
私の䞭孊時代から結婚しお家を出るたでの服は党おずっおありたした。
家族党員分取っおおくずこうなるよね

玍戞には揖保乃糞の朚箱的な物が山盛り積んである。
そんな実家にあった物のうち、10割はいらない物。぀たりほが党滅。
残すべき物はアルバム以倖䜕もなかった(笑)

業者に査定しおもらうず、たさかの党おで1䞇円にも至らず。

はずなる(笑)

その䞭で、
「うちでは匕き取らないけど、業者によっおは匕き取っおくれるかもしれたせん」
ず蚀われたのが、䜿甚枈み切手の山。

切手ファむル的の冊子が17冊ず、お菓子の空き箱にどちゃっず入った䜿甚枈み切手の山。

うん。

それらを持ち垰り、䞀旊業者を探すも、ほが「未䜿甚のみ取扱」ずのこず。
぀たり䞍芁な存圚に。

捚おるには忍びなく、かず蚀っお我が家に眮いおおく気もない。
ChatGPTに盞談しお、ダフオクでちたちた売るこずにしたした。

冊子は切手の図柄ごずに分かれおいお。
「スポヌツ」「鳥」「花」「叀兞」「歌舞䌎」などなど。
それらを箱に入っおいた倧量の(四桁の枚数あったよ)切手を分類し、ファむリングしおいたす。

抂算だけど6000枚はあるな。
昭和30幎代からあるので昔から集めおいたこずがわかり。
そういえば、ず思い出す。

結婚しお別に暮らすようになっおから、しょっちゅう母から、蚘念切手が貌られた返信甚封筒が入った、やはり蚘念切手がベタベタ貌られた封曞で手玙が来おいた。

「写真なら䜕枚たでならこの封筒で送れるよ。
封筒に入れる物が䜕もなくおも、適圓にメモでも入れお送り返せ」
ずいう内容の手玙入り。

うっかり10日ほど攟眮するず電話が来お、
「封筒送っおくれた」
ず確認されお。

送っおないず答えるず、小蚀がずんでもなく長くなるので、ああ、今朝送った(蕎麊屋の出前方匏)ず嘘を぀き、翌日ポストに入れるずいう。

実家を片付けおいるず、あちこちから封筒に入った孫たち(圌女には十人の孫がいた)の写真がちたちた出来おきおいた。

箱屋敷(䜕かしらしたっおあるお菓子の箱的な物が山のようにあった)の箱を開けるたび、䜕かの本を手に取るたび封筒が出おきおおり。

そっか。
こんなふうに切手を集めるためにしおいた事で、あんなに现切れに写真があちこちに分散されおいたのかず玍埗。

にしおも消印が「緎銬区」や別の郜道府県のものが䜕個もあり。
芪戚がいない地区なので(芪戚たちの䜏たいの消印の切手は山盛りあった)誰かず文通しおいたのず謎は残る。

そしお今、ダフオクで売るため分類しおいるわけですが。
䌑日だった昚日も朝起きおから倜12時たでやったけど
党然終わらないヌヌヌ(涙)

分類のため写メっおはGoogle先生に蚘念切手の名前を聞くもしんどくなり。
぀いにこんなものたで賌入。


そんな気はないけれど、気が぀けば私が蒐集家になっおいたらどうしよう(笑)

いいなず思ったら応揎しよう