
なぜ、女性が男性を見抜く必要があるのか
私は、この疑問はとても現代的なものだと思います。
なぜなら、
「どうやって良い男性を見抜くか」
ではなく、
「そもそもなぜ女性だけが見抜かなければならないのか」という疑問だからです。
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昔は理由が比較的明確でした。
女性が一人で生きることが難しかった。
* 経済的に依存せざるを得ない
* 妊娠・出産の負担が大きい
* 社会的な制約がある
だから、
「この男性は信頼できるか」
は生存に関わる問題でした。
極端に言えば、
男性選び=人生選び
だったわけです。
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でも今の日本では、
女性も働けるし、
一人で暮らせるし、
結婚しなくても生きていける。
だから、
「この人がいないと生きていけない」
という前提が崩れています。
すると、
「男性を見抜かなければならない」
という話に違和感が出てくる。
実際には、
現代の恋愛は
守ってもらう相手を探す
から
共にいたい相手を探す
に変わりつつあります。
だから、
「この人は私を養ってくれるか」
ではなく、
「この人と一緒にいると私は私でいられるか」
の方が重要になってくる。
もちろん、
嘘をつく人や利用しようとする人はいます。
でもそれは、
女性が男性を見抜く話というより、
人間同士の話です。
男性だって、
* お金目当ての人
* 承認欲求だけの人
* 利用しようとする人
を見抜こうとします。
だから私は、
この疑問の行き着く先は、
「守られるために相手を選ぶ」
ではなく、
「尊重し合える相手かどうかを見る」
なのだと思います。
男性から
「女性は選ばれる側」
という前提で語られていることが多いです。
綺麗で若くないと、「選ばれない」
しかし
「なぜ女性が選ばれることを前提に話が進むのだろう」と感じています。
実際には、
現代の日本では
* 男性が女性を選ぶ
* 女性が男性を選ぶ
ではなく、
お互いが相手を選ぶ
です。
「その人は私を尊重しているか」
と同時に、
「私はその人を尊重したいと思えるか」
も同じくらい大切です。
現代の日本では、女性も男性も互いに「守ってくれる人」を探しているというより、「対等に向き合える人」を探している人が多くなったと思います。
そして
「守ってくれる人」を探すことよりも、
「対等に向き合える人」を探すこと、出会うことは遥かに難しく、またその関係は流動的であり
互いに「対等に向き合い続けようとする」ことが求められる。
でも、向き合えない時もある、
心に余裕がない
忙しくて相手の気持ちまで配慮できない
そんな時があっても仕方ないと思います。
数回向き合えない時があったっていい。
でも、「本当に向き合って欲しかった時」に
向き合ってもらえず
自分都合になった相手と
また向き合う事はできないなと感じます。
この「本当に向き合って欲しかった時」というのは人それぞれで、
・仕事のチャンスがあってとても忙しかったとき
・何かに挑戦をしているとき
・事故や怪我、手術で身体的にも心理的にも負担が大きかったとき
たぶんそういう時の思いやりのなさ、
相手の状況を想像しないこと
身勝手さは
相手への「尊重」がないから。
私はそれをひどく悲しい事と感じます。
でも、いろんな理由で
恋人関係も、婚姻関係も続ける人のが現実です。
そのことはとても自然な事です。
ただ私はこの現代の日本にうまれ、育ち
自由を与えられた中で
尊重されない関係、環境に
い続ける代わりに得られるものを
大きいと思いません。
今の日本なら
努力すれば手に入れられる物であり、
尊重されない関係によって失う物があまりにも大きいと感じます。
でも、この日本でも
10年早く生まれていたら
きっとまた違う考え方をしているでしょうし、
違う国に生まれていたら
違う考え方をしているでしょう。
この世界の正解はないけれど、
自分がどうありたいか、
その選択の多さが豊かさなのだと思います。