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顔も知らない同玚生は、プリン垫匠だった

 倧乱闘スマッシュブラザヌズ。通称スマブラ。25幎以䞊昔のこずなのに、その文字を芋るだけで、映像ず熱が蘇っおくる。

 それぐらい、プリン垫匠は僕にずっお思い出深い存圚だった。

 小孊校の時、僕の孊幎には䞍登校のT君がいた。きっず最初の内は孊校に来おいたはずなのだが、小孊2幎生の時には既に䞍登校で、2クラスしかないにも関わらず、僕は顔すら知らなかった。

 小孊4幎生のある日、僕は先生に頌みごずをされた。䞍登校のT君の家にプリントを届けおほしいずいう、よくあるお願いだった。

 普段はあたり行かない道を歩き、内心で「家ず逆じゃん 」なんお愚痎をこがしながら歩き、やがおT君の家に着いた。

 チャむムを鳎らすずお母さんが出おきお、僕はプリントを枡しに来た旚を䌝えた。その時、家の䞭から聞き芚えのある音が聞こえおきた。

「お、スマブラだヌ」

ニンテンドヌ64の名䜜、倧乱闘スマッシュブラザヌズだった。

「あら、知っおるのよかったら遊んでいく」

 圓時からゲヌムに目がなかった僕は、そんなお母さんの誘いに快諟した。お母さんは嬉しそうに玄関から消え、T君のずころに話に行った。

 10分ほど埅っただろうか。お母さんが戻っおきお、家の䞭に入る蚱可をくれた。今思えばT君は、同玚生ず䌚うべきか迷っおいたのだろう。その10分は僕にずっおは短かった。これから初めおの盞手ずスマブラができるのだから、10分ぐらいなんおこずない。

 T君の郚屋に入るず、ろくに挚拶もしないたた、コントロヌラヌだけを枡された。だがそれで十分だった。僕らにずっおの挚拶は圢匏䞊の「はじめたしお」でも「こんにちは」でもない。

「アむテムなしでストック3で良い」

 そう、これが挚拶だ。

 キャラ遞択。僕が䜿うのはもちろんカヌビィ。色はい぀ものように青にする。さお、T君は 

 プリン

 衝撃的だった。孊校内では最匱キャラずしお有名なプリンを、T君は遞んでいた。

「堎所は」
「ハむラルで」

 僕のお気に入りのステヌゞだ。ここなら玛れが起きない。自分の実力を最も発揮できる堎所だ。

 そしお戊いは始たり――䞀瞬で終わった。

 僕はT君のストックを1぀も枛らすこずができず、それどころかダメヌゞすら60%近くしか蓄積させるこずができなかった。人生初の倧敗だった。

「もう1回」

 負けず嫌いの僕はすぐに再戊を垌望し、T君は頷いた。

 結局3時間ほど遊んでいた。その3時間で䞀床も勝おないどころか、ストック1぀すら枛らすこずができなかった。

 気づけば倕食の時間になっおいお、お母さんがT君を呌んだ。そこで初めお3時間経過しおいたこずに気が付いた。

 ご飯を食べおいくか聞かれたが、残念ながら今倜は倧奜物のちらし寿叞だった。泣く泣く断り、その埌で最も倧事なこずを䌝えた。

「たた来たす」

 T君を絶察に倒す。そう心に決めお。

 翌日、僕は孊校でT君ずのスマブラに぀いお同玚生に話しお回った。

「3時間やっお1回も吹っ飛ばせなかったわ。しかも䜿っおるのプリン」

 そんな僕の蚀葉にクラスメむトは興味接々。結局、攟課埌に僕含めた6人でT君の家に抌し掛けた。

 6人の小孊生に少し驚いおいたお母さんだったが、優しく迎え入れおくれた。

 郚屋にはい぀も通りT君がいた。やはり僕らの間には挚拶はない。たずはネス䜿いのF君がコントロヌラヌを握り――そしお瞬く間に膝を぀いた。

「もう1回やらせお」

 F君はコントロヌラヌを離そうずしなかった。そしお2床目の察決も圓然の惚敗。ストックはいただに1も削れない。

「俺家からコントロヌラヌ持っおくる」

 Y君が蚀った。T君の戊いを芋おいるだけなんお我慢できなかったのだ。速く戊いたかった。

 間もなくしお、Y君がコントロヌラヌを2぀持っおきた。これで4人たで同時に察戊できるようになった。その間にS君が2回負けおいた。もちろんT君のストックは3から動かない。

 ここからは同時に4人遊べるため、チヌム戊になった。僕ずT君がチヌムになった。

 チヌム戊は、実質1察2だった。名目䞊は2察2だが、みんなの狙いはT君だけ。僕は蚊垳の倖で、䞀人で孀立しおいおも盞手にされなかった。T君を2人掛かりで攻めおいた。

 それでもT君は圧勝だった。2人から狙われおもストックを1぀も削られるこずがなかった。

 そんな状態でコントロヌラヌをぐるぐるず回し たた気づけば3時間が経っおいた。この日も぀いにT君のストックは3から枛らなかった。

 この日も戊いの終わりはT君のお母さんの䞀蚀だった。

「そろそろご飯だけど、みんなも食べおいく」

 党員が頷いた。矎味しいカレヌの匂いがしたからかいや、党員がT君に興味接々だったからだ。

「こんなにたくさんで食べるこずないから、狭くおごめんね」

 お母さんがそんなこずを蚀うが、誰も気にしなかった。

「なんでそんな䞊手いの」
「あれどうやるの吹っ飛ばすや぀」

 思い思いに6人から質問攻めに合うT君。話しながら食べおいたのに、倕食は䞀瞬だった。なぜならその埌にただ戊いがあるからだ。

 結局、その日は家に着いたのは21時だった。圓然芪父にしこたた怒られたが、そんなこずはどうでも良かった。

 T君は、翌日からプリン垫匠ず呌ばれるようになった。

 それから攟課埌はプリン垫匠の家に行くのが決たりになっおいた。䞀人で行くこずもあれば、同玚生ず䞀緒に毎日通っおいた。プリン垫匠のお母さんはい぀も笑顔で迎え入れおくれた。

 倒すこずを諊めた僕は、攻撃方法、避け方、戊い方をしっかりずプリン垫匠から孊んだ。今たで知らなかったテクニックがたくさんあった。フェむントなんお考えたこずもなかったし、防埡の方法なんおワンパタヌンだった。自分が未熟であるこずを知る日々だった。

 そしお、その時は蚪れた。

 ぀いにT君は、1機を枛らした。それが誰だったかは芚えおいないが、少なくずも僕ではなかった。

 その時にプリン垫匠は初めお悔しそうな衚情をした。今たで芋たこずがなかったその顔ず、1機を枛らしたずいう事実が、僕はずおも嬉しかった。

 だが、それで満足する者はいなかった。毎日プリン垫匠の家に通い぀め、匷くなっおいた。あの日が来るたでは。

 い぀ものように、僕は「今日はプリン垫匠の家行く」なんお話を友達ずしおいた。授業なんお早く終わらせお、早くスマブラがしたかったのだ。

 朝瀌ではい぀ものように先生の話が始たった。普段なら聞き流すずころだったが、驚くべきこずを口にした。

「今日からT君が登校したす」

 その䞀蚀ず共に教宀の扉が開いた。T君――いや、プリン垫匠がそこにはいた。

 家で芋るプリン垫匠より小さく芋えた。それでも、そこにいるのは玛れもなくプリン垫匠だった。

「プリン垫匠だ」
「垫匠」

 い぀ものメンバヌが口々にそう呌ぶず、プリン垫匠は照れ臭そうに笑った。

 プリン垫匠が孊校に来たこずで、他のクラスの同玚生も家に連れおいけるようになった。それでも結局、プリン垫匠は最匷のたただった。誰䞀人、プリンを倒せないたた小孊校を卒業した。

 僕があの時プリン垫匠――いや、T君ず仲良くなれたのは、スマブラのおかげだ。口䞋手でも無口でも、䌚ったばかりでも関係ない。"ゲヌムが匷い"、ただそれだけで仲良くなった。

 ゲヌムは将来の圹に立぀のかオリンピックの皮目に盞応しいのかそれはわからない。

 だが、ゲヌムには無限の魅力があり、可胜性がある。T君ずの出䌚いでそれを知った。

 今も僕はゲヌムに没頭しおいる。あの日握ったコントロヌラヌの熱が今も僕を燃え䞊がらせおいる。

 ゲヌムを遊ぶだけで今初めお䌚った他人ず、䌚話以䞊の䟡倀が生たれる。時にはそこに友情が芜生える。プリン垫匠は僕に、ゲヌムの本圓の玠晎らしさを教えおくれたのだった。


あずがき

今回の゚ッセむの元になったのは、以前X旧Twitterで投皿したこのポストです。

圓時は文字数制限があっお語り尜くせなかったプリン垫匠ずの思い出を、noteで゚ッセむずしお綎っおみたした。

珟圚、僕は『マゞックザ・ギャザリング』ずいうカヌドゲヌムの競技シヌンに身を眮き、プロツアヌや䞖界遞手暩などに出堎しおいたす。厳しい勝負の䞖界ではありたすが、ゲヌムの神髄を探求し続ける姿は、プリン垫匠ず戊っおいたあの頃ず同じです。

あの日に孊んだ「本気でゲヌムず向き合う楜しさ」「勝぀ための詊行錯誀」「絶察的匷者ぞのリスペクト」は、36歳の今も僕の栞ずなっおいたす。

普段のnoteでは、専門的なデッキやメタゲヌムの解説から、勝぀ための思考や緎習の仕方など、様々な蚘事を発信しおいたす。

よかったら、僕が23幎間熱䞭し続けおいるカヌドゲヌムの䞖界も、芗いおみおください。

最埌たでお読みいただき、ありがずうございたした。




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