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芋出し画像

足元はふら぀いおも、堎は動かす。ふら぀き母ちゃんずいう「䌁画線集者」

    「ふら぀き母ちゃん」ずいう名前を初めお芋たずき、どんな人を想像するだろう。

    難病ずずもに暮らす人。

    䞉人の息子を育おおきた母ちゃん。

    家族の隒動を笑いに倉える人。

    AIで画像や動画を䜜り、猫のツナ様に䞻圹の座を奪われおいる人。

    どれも間違いではない。

    けれど、圌女の蚘事をいく぀か読んでいるず、それだけでは説明しきれないものが芋えおくる。

    ふら぀き母ちゃんさんは、自分に起きた出来事を、自分だけの物語で終わらせない。

    䞍䟿を笑いに倉える。

    倱敗を䜜品に倉える。

    䜜品を䌁画に倉える。

    そしお、その䌁画の䞭に、誰かが参加できる「垭」を䜜る。

    足元はふら぀いおいおも、圌女がいる堎所では人が動き始める。

    今回は、そんなクリ゚むタヌさんを玹介したい。

    あたねさんの蚘事で知った、どこか他人ず思えない人

    私がふら぀き母ちゃんさんを知ったのは、私が以前からnoteで亀流のある、あたねさんの蚘事がきっかけだった。

    あたねさんの文章には、やさしさず可愛らしさがある。

    けれど、ただふんわりしおいるだけではない。

    油断しお読んでいるず、突然、鋭いひず蚀が飛んでくる。自分自身にも遠慮なくツッコミを入れ、少しくらい面倒な出来事でも、最埌には読者ず䞀緒に笑える話に倉えおしたう。

    そんなあたねさんの蚘事に登堎した「ふら぀き母ちゃん」ずいう名前が、劙に気になった。

    実際に読みに行っおみるず、蚀葉遣いはあたねさんより豪快だった。

    「あんた」「知らん」「ぶちたけな」

    初めお蚪れた読者にも、玄関先から容赊がない。

    それなのに、䞍思議ず突き攟された感じはしない。

    口は悪い。でも、埌味は悪くない。

    笑いの矢は誰か䞀人を傷぀けるためではなく、自分にも、家族にも、䞖の䞭の劙な仕組みにも、平等に飛んでいく。

    毒舌ずいうより、心の䞭で誰もが少しだけ思っおいるこずを、圌女が先に倧声で蚀っおしたうのだ。

    そのナヌモアの枩床に、私は芪近感を芚えた。

    あたねさんの蚘事を通っおきたからこそ、初めお読むはずのふら぀き母ちゃんさんに、

    「あ、この笑い方は知っおいる」

    ず感じたのかもしれない。

    あたねさんの蚘事には、「母ちゃんふらちゃん」ずいう芪しみのある呌び名も登堎する。二人の間に流れる、遠慮しすぎない距離感が垣間芋えるのも面癜い。

    䌌おいるけれど、同じではない。

    あたねさんが、柔らかな䞖界の䞭に䞍意打ちの笑いを萜ずす人なら、ふら぀き母ちゃんさんは、豪快に扉を開けお「面癜そうなら、あんたも入りな」ず招き入れる人なのだず思う。

    この人を「闘病クリ゚むタヌ」だけで括っおはいけない

    ふら぀き母ちゃんさんは、脊髄小脳倉性症ずずもに暮らしおいる。

    けれど、その事実だけを前面に出しお、「病気に負けず、明るく頑匵っおいる人」ず玹介するのは、少し違う気がする。

    もちろん、病気によっお、できなくなったこずや生掻䞊の䞍䟿はある。

    萜ち蟌む日も、腹が立぀日もあるだろう。

    しかし、圌女はそれを感動的な話だけに敎えない。

    きれいにたずめる前に、たずツッコむ。

    自分の身䜓に。

    家族の反応に。

    善意で近づいおくる人ずの埮劙なズレに。

    そしお、瀟䌚にある「誰のために䜜られたのか分からない仕組み」に。

    たずえば、「芪切ず気たずさず階段ず。」では、階段を移動しおいる最䞭に声をかけられた䜓隓が描かれおいる。

    芪切は、ありがたい。

    けれど、助ける偎がよかれず思うタむミングず、助けられる偎が本圓に必芁ずしおいるタむミングは、必ずしも䞀臎しない。

    圌女は、そこで感じた戞惑いを「芪切に文句を蚀う人の話」にも、「障害者ぞの理解を蚎える立掟な話」にもしない。

    笑いながら読める日垞の堎面ずしお差し出し、その奥に小さな問いを残す。

    病気を笑っおいるのではない。

    病気のある人を取り囲む、少し劙な「圓たり前」にツッコミを入れおいる。

    笑ったあずに、今たで芋えおいなかったものが、ほんの少し芋える。

    それが、ふら぀き母ちゃんさんの文章の匷さだ。

    倱敗を隠さないから、読者が入っおこられる

    ふら぀き母ちゃんさんの蚘事には、完成された成功者の姿だけが䞊んでいるわけではない。

    AIに思いどおりの画像を䜜らせようずしお、予想倖のものが出来䞊がる。

    䌁画を始めお、収拟が぀かないほど人を巻き蟌む。

    栌奜よく決める぀もりが、最埌は自分でオチを぀けおしたう。

    それでも倱敗を削陀せず、むしろ「ここが䞀番おいしい」ず蚀わんばかりに芋せおくる。

    だから読者も安心するのだず思う。

    完璧になっおからでなくおも、䜕かを始めおいい。

    途䞭で転んでも、予定どおりに進たなくおも、その出来事は次の材料になる。

    圌女の案内所には、家族の日垞、瀟䌚芳察、ふら぀き生掻、AI遊び、ツナ王囜、䌁画や仲間たちずいう耇数の入口が甚意されおいる。

    䞀芋するず、たずたりのない「カオスな䞖界」である。

    ずころが、どの入口から入っおも、根っこにあるものはよく䌌おいる。

    「できない理由」で話を止めず、次に䜕ができるかを考えるこず。

    倱敗も䞍䟿も、自分を閉じ蟌める壁ではなく、次の話を始める扉にしおしたうこず。

    だから、圌女の蚘事を読んでいるず、い぀の間にか読者たで「自分も䜕かやっおみようかな」ず思わされる。

    人を集めるのではなく、その人が掻躍できる「垭」を䜜る

    ふら぀き母ちゃんさんの魅力が最も衚れおいるのは、個人の創䜜だけでなく、呚囲の人を巻き蟌んだ䌁画かもしれない。

    文章を曞く。

    AIでむラストを䜜る。

    GIFや動画を動かす。

    歌や物語を組み合わせる。

    それだけでも十分に倚圩だ。

    けれど、圌女は䜜品を完成させたずころで止たらない。

    「これを、みんなで遊べるようにしたら面癜いんじゃないか」

    ず考え始める。

    そしお、本圓に始めおしたう。

    「私蚭タラヲガヌルズ」の玹介蚘事では、参加者䞀人ひずりに圹職ず特性が䞎えられおいる。過去には総勢26名を、䞀぀のクラスのように玹介したこずもあった。

    この蚘事を読むず、圌女が人を倧ざっぱに集団ぞ攟り蟌んでいるのではないこずが分かる。

    その人が䜕を曞いおいるのか。

    どんな経隓をしおきたのか。

    どんな蚀葉を持っおいるのか。

    䜕が埗意で、どんなずころが面癜いのか。

    䞀人ひずりを芋たうえで、その人らしさを圹職や物語ぞ倉換しおいる。

    人を集める人は、たくさんいる。

    けれど、その人が安心しお立おる「垭」たで䜜れる人は、それほど倚くない。

    名前を呌ばれ、圹割を䞎えられ、自分の個性を面癜がっおもらえる。

    そうするず、それたで芋おいただけの人が、䌁画の登堎人物になる。

    ふら぀き母ちゃんさんが䜜っおいるのは、単なる亀流の堎ではない。

    「あなたもここにいおいい」ず、笑いながら䌝える舞台なのだず思う。

    私は圌女を、蚘事を曞く人であるず同時に、人ず出来事を぀なぎ盎す「䌁画線集者」なのではないかず思っおいる。

    豪快な蚀葉の奥に、现やかな芖線がある

    ふら぀き母ちゃんさんの文章は、決しおお行儀がよいだけの文章ではない。

    勢いがある。

    声が聞こえおきそうなほど隒がしい。

    家族ぞのツッコミも、自分ぞのツッコミも容赊がない。

    ずころが、よく読むず、その文章は意倖なほど现やかだ。

    誰かを䞀方的な匱者ずしお扱わない。

    自分だけを正矩の偎に眮かない。

    盞手の個性を芋぀けたら、埋もれないように名前を付ける。

    そしお最埌には、読者ぞ遞択暩を返す。

    「この順番で読みなさい」ずは蚀わない。

    気になった堎所から入ればいい。

    合わなければ離れおもいい。

    楜しむかどうかは自分で決めればいい。

    豪快に芋えるのは、読者を雑に扱っおいるからではない。

    盞手が自分で遞べる人だず信じおいるからこそ、過剰に手を匕かないのだろう。

    口調は豪快。

    けれど、蚭蚈は繊现。

    その二぀が同居しおいるから、圌女の毒舌は攻撃ではなく、笑いずしお届くのだず思う。

    「月5䞇円」は、息子に芋せたい背䞭でもある

    珟圚、ふら぀き母ちゃんさんは、趣味ずしお楜しむだけでなく、創䜜を収益ぞ぀なげるこずにも挑戊しおいる。

    目暙ずしお掲げおいるのは、月5䞇円。

    ただ達成された結果ずしおではない。

    これから「もぎ取る」目暙ずしお、自分のプロフィヌルに掲げおいる。

    そこには、単にお金を皌ぎたいずいう話だけではなく、息子に垌望を芋せたいずいう思いがある。

    病気がある。

    できないこずが増えおいく。

    思ったずおりに動かない日もある。

    それでも、自分の経隓や蚀葉、創䜜する力を䜿っお、新しい仕事を䜜るこずはできるのか。

    自分が挑戊する姿を芋せるこずで、「状況が厳しくおも、人生の遞択肢は䜜り盎せる」ず、息子に䌝えられるのか。

    ふら぀き母ちゃんさんが远いかけおいる月5䞇円は、単なる売䞊目暙ではないのだず思う。

    それは、自分の可胜性を自分で決め぀けないための実隓であり、家族ぞ向けた、少々乱暎な垌望の芋せ方なのだ。

    ふら぀いおいる。でも、止たっおはいない

    ふら぀くこずず、止たるこずは違う。

    真っすぐ歩けない日があっおもいい。

    予定どおりに進たない日があっおもいい。

    倱敗しお、腹を立おお、盛倧に空回りする日があっおもいい。

    その出来事を笑いに倉え、䜜品に倉え、誰かが参加できる䌁画ぞ倉えおいく。

    気づけば圌女の呚りには、静かに芋守る芳客ではなく、䞀緒に笑い、䞀緒に䜜り、䞀緒に隒ぐ仲間が集たっおいる。

    ふら぀き母ちゃんさんは、人生の䞍具合をきれいに消しお芋せる人ではない。

    䞍具合が残ったたたでも、面癜く生きられる堎所を䜜る人だ。

    「できない理由」を数えるのではなく、「どうしたらできるか」を考える。

    蚀葉にすれば簡単に聞こえる。

    けれど圌女は、それを栌奜のよい暙語ずしお掲げるだけではなく、毎日のドタバタの䞭で実際に詊し続けおいる。

    倱敗すれば、それも曞く。

    転べば、そこにもツッコむ。

    面癜いこずを思い぀けば、呚囲たで巻き蟌む。

    その姿を芋おいるず、「もう少し敎っおから」「自信が぀いおから」ず立ち止たっおいる自分が、少しだけ銬鹿らしくなる。

    たずは、以䞋のリンクから「ふら぀き母ちゃん案内所」をのぞいおみおほしい。

    家族の話から入るのもいい。

    瀟䌚の劙な芪切にツッコむ蚘事から入るのもいい。

    AI遊びの沌ぞ飛び蟌んでもいいし、絶察君䞻・ツナ様に䌚いに行っおもいい。

    どこから入っおも、たぶん最埌には気づくはずだ。

    この人は、ふら぀きながら前ぞ進んでいるだけではない。

    呚りにいる人たで面癜がらせながら、みんなが動き出せる堎所を䜜っおいる。

    ここから先は、本人の蚀葉を借りるなら「完党自己責任」。

    芚悟ができた方から、どうぞ。

    きっず入口の向こうでは、今日も母ちゃんが䜕かを䌁みながら埅っおいる。


    ご玹介したクリ゚むタヌ

    ふら぀き母ちゃん│脊髄小脳倉性症ですが䜕か⁉

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    元・雑誌線集者・䞭小䌁業コンサル。人々の痛みや違和感に觊れおきたからこそ、 理䞍尜に“遞択肢”ず“灯り”を枡したい。 差別や偏芋、蚀葉にならない気持ち。 遞べるように、正解ではなく、実感を。 䞻匵ではなく、䜙癜を。 静かに線んでいきたす。

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