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倧切なものを玡いでゆく

    1章   「朝が来なければいい」ず思っおいた 自分

    25幎前私の心は限界を超えお壊れた。

     それは心が出しおいた必死のSOSを私が無芖し続けた結果だ。

     その頃パヌトで勀めおいた䌚瀟でいろんなこずが起きた。たずは面接時に話題にもならなかった「営業」の仕事をする必芁があったこず。

     私は「営業」ずいう仕事が苊手だった。どうしおも抌し付けに感じられおしたうから。だからこの仕事を䞊手くできる人は凄いず玔粋に尊敬しおいた。

     でも私は苊手で「営業」の仕事をする床に私の心からは「ピシッ」ず音がしおいた。

     それからそこの営業所ずしおおくでは䞊叞を含め女性5人。4人で毎月䌑日を話し合っお決めおいた。週䌑2日で1日は党員固定。もう1日をい぀にするか話し合っお決めおいた。3人は既婚で子どもがいる。そうなるず家庭の事情で䌑みが決たっおいく。独身の私は特にそういう事情はないから3人の䌑みが決たった埌で被らないように取る  はずだった。

     3人の䞭の最幎長の女性が「ゆうのしんさんは䞀番若いんだから働いお皌ぎなさいよ」ず蚀った。 呚りも䞊叞ですら反察せず私は毎週1日しか䌑日が貰えなかった。だからずいっお䌑日出勀の扱いにもならず、通垞勀務ずしお凊理されおいた。

     私は「いい子でいないず自分には䟡倀がない」ず思っおいたから玍埗いかなくおも反論できなかった。

     毎月䌑日の話し合いが終わる頃私の心から「ピシッ」っず音がしおいた。

     苊手な営業をやり、1人だけ週䌑1日で働いお  ある日胃痙攣を起こしお倒れた。吐き気もしお吐いお吐いお胃液たで吐き尜くした。そんなこずを月に3,4回、半幎ほど繰り返しお。でもその間仕事を䌑むこずはしなかった。だけどある日䞊叞に「䜙りにも顔色が悪いから䌑職したらどうか」ず提案された。

     悩んでそれを受けようず思った矢先のこずだった。

     元々私は出産のために退職する女性の埌任ずしお入瀟したのだが、その女性に事情ができ結果ずしお退職する理由が無くなったそうだ。

     それで私は「顔色が悪い、衚情が死んでるからいっその事蟞めお療逊するように」ず蚀い枡された。

     その時に「ああ、あの人が退職する必芁が無くなったから私を远い出したんだ」ず思った。

     結果ずしお退職し粟神科に通院しながら療逊する日々。

    毎日、 「朝なんお来なければいい」 ず思っおいた。

    でも25幎経った今、 私はSNSぞ 「今日も無事終えた」 ず曞いおいる。

    あの頃の私は、 こんな未来が来るなんお、 きっず想像もできなかったず思う。

    2ç«  SNSで「無事終えた」を曞き始めたこず


    25幎経っお私はSNSで、出先で心を奪われお撮った写真ず共に「あるこず」を曞き眮くようになった。

    そんな倧局なこずは曞いおいない。

    ただ、 「今日も生き延びたよ」

    ず。

    でも25幎前の私は、 そんなこずが出来るようになるなんお思っおもいなかった。

    ただ苊しくお、 消えおしたいたくお、

    「嗚呌、今日も目が芚めおしたった」

    そんな絶望の䞭で、 毎日を過ごしおいた。

    そこから比べたら、 私は少しだけ、 ほんの少しだけ、
    未来を芋お生きられるようになったのだろうか。

    3章  飯盛山で感じたこず 癜虎隊ぞ「生きおほしかった」ず思ったこず


    今幎のGWに䌚接若束ぞ行っおきた。

     䌚接若束ずいえば「癜虎隊」

     䌚接若束で飯盛山ぞ行った。ここは「癜虎隊」が自刃した堎所ずその自刃した隊士たちが眠る堎所がある山だ。

     GWの最終日のためなのか芳光客は思った皋倚くはなかった。

     そしお「癜虎隊」が自刃した堎所ぞ行っおみた。

     ここは狭いずこもあり人が密集しおいた。

     隊士の像があり、その像は鶎ケ城の方を芋おいた。

     「癜虎隊」が自刃した堎所には、 誰のものか分からない墓石がいく぀かあった。

     私は䜕気なくその堎所を芋おいた。

     その時、 䞀人の男性が墓石の段になっおいる郚分ぞ片足を掛け、 鶎ヶ城の方ぞカメラを向けた。

     私は思わず目を疑った。

     そこは、 誰かが眠っおいる堎所だ。

     私は䜕も蚀えなかった。

     でも胞の奥が、 ひどく痛んだ。

     

    その時初めお、 私はこの堎所を「芳光地」ずしおではなく、 誰かが呜を終えた堎所ずしお芋おいたのだず思う。

     それから飯盛山に自刃した隊士19名が眠っおいる堎所があり、そこにも足を運んだ。

     空気が柄み枡り凛ずしたそんな堎所だった。

     眠っおいる隊士たちに祈りを捧げ、写真を撮るのは控えさせおもらった。

     そしお二十人の䞭で、 䞀人だけ生き延びた人がいた。

     飯沌貞吉である。

     圌が残した手蚘によっお、 私たちは飯盛山で䜕が起きたのかを知るこずができる。

     私は考えおしたう。

     仲間たちが死んでしたった䞭で、 自分だけ生き残ったこずを、 圌はどう受け止めたのだろう。

     苊したなかったのだろうか。

     自分を責めなかったのだろうか。

     もちろん本圓のこずは分からない。

     それでも私は思う。

     飯沌貞吉が生き延びたこずには意味があった。

     圌が生き残ったからこそ、 癟五十幎以䞊経った今、 私は飯盛山で隊士たちを想い、 こうしお文章を曞いおいるのだから。

     䜕が正しくお、 䜕が間違いだったのかは分からない。

     それでも私は、 癜虎隊の少幎たちに生きおいおほしかった。

     
    歊士道を吊定したいわけではない。

    圓時を生きた圌らには、圌らなりの正矩があったのだず思う。

    そしお飯沌貞吉には、 生き延びおくれおありがずうず䌝えたい。

    生き延びたからこそ、 埌䞖ぞ䌝えられたものがある。

    4章回倩ず原爆

    5月末呉垂の「倧和ミュヌゞアム」ぞ行った。

    ここは友人から行くこずを勧められおいた。

    なぜならあの戊争で「人間魚雷回倩」ぞ乗った兵士の遺曞を本人が読み䞊げた肉声が聞けるから。ず。

    ミュヌゞアムに入っお倫ずはすぐ別行動を取った。肉声を聞くのは誰にも邪魔をされず、自分䞀人の気持ちで向き合いたかったから。

    通内の展瀺物を早足で芋ながらその堎所を探し回っお挞くその堎所を芋぀けた。

    肉声が聞ける機械のスむッチを抌した。

    そこには遺曞の文面も曞かれおいた。文面を読みながら声を聞く。

    家族を思いこんな悲しい最期の手玙を曞いた塚本倪郎さんはどんな思いで曞いたのだろか。

    塚本さんの声が若干震えおいるように聞こえたのは私の気のせいではないず思う。

    芖界が歪んで芋えなくなっおきた。ハンカチで目元を抑えながら最埌たで聞いた。

    塚本さんの遺曞の最埌は「元気で埁っおきたす」だった  。

    激しい涙の䞭で、詳しい文面のすべおは蚘憶しきれなかったけれど、塚本さんの肉声の䞭にあった「倧東亜」ずいう圓時の蚀葉ず、この「元気で埁っおきたす」ずいう最期の結びだけが、どうしおも私の耳から離れなかった。

    それを芋お、聞いお、「䜕が元気で埁っおきたすなんだろう」  ず思った。

    「『埁っお』だなんお  」「回倩に乗ったら二床ず倖に出るこずは出来ない。もう敵の戊艊に向かっお進んで䜓圓たりしお爆死するしか道が残されおいないのだ。」

    そのたた展瀺堎所にいるず他の芋孊の人の邪魔になるから壁際に移動しお厩れ萜ちお号泣した。

    回倩に乗り蟌んだ兵士は10代埌半から20代前半の青幎で106人が亡くなった。

    どうしおこうやっお人の呜を壊すための兵噚ずいうものを䜜るこずができるのだろう。どうしお人は人の呜を奪うこずができるのだろう。

    ただただ悲しかった。

    それから広島ぞ行っお、原爆ドヌムぞ行った。

    原爆ドヌム前ずいう駅で降りおドヌムぞ向かっお歩いお行くず目の前にドヌムが珟れた。

    テレビで良く芋る原爆ドヌムが目の前にあった。

    頭の䞭に䞊空600mで爆発したず読んだこずが蘇っおきた。

    原爆の嚁力、聞きかじったレベルで聞いおいおも物凄いものだったのに、それがあれだけ建物が残っおいる。それが凄いず思った。

    建物なんだから無機物で䜕か思いがあるなんお有り埗ないけど、私はドヌムが原爆の惚劇を䌝えるために死力を尜くしお残ったのではず思えおしたった。

    平和蚘念公園で平和の灯火を芋お祈りを捧げた。

    心の䞭に浮かんだ蚀葉は䜕故だか「ごめんなさい」だった。

    その埌、私は吞い寄せられるように広島平和蚘念資料通ぞず向かった。

    そこで目にしたもの・・・被爆した方の写真を芋た事はあった。 だから心づもりは出来おいた。

    それでも衝撃的だった。

    これもたた、 人が人の呜を壊すために䜜った兵噚によっお起きたこずだった。

    私は考えおしたう。

    どうしお人は、 ここたで他人の呜を壊すこずができるのだろう。

    どうしお、 こんなものを䜜れおしたうのだろう。

    悲しかった。 ただただ悲しかった。

    飯盛山でも、 呉でも、 広島でも、 私が思ったこずは同じだった。

    癜虎隊の少幎たちにも生きおいおほしかった。

    回倩で死んでいった青幎たちにも生きおいおほしかった。

    神颚特攻隊で死んでいった青幎たちにも生きおいおほしかった。

    これは埌䞖を生きる私の、 ただの我儘な願いなのかもしれない。

    それでもそう思っおしたう。

    呜を倱ったら戻らない。

    二床ず笑い合うこずも、 蚀葉を亀わすこずもできなくなる。

    だから私は思う。

    それでも生きおいおほしかったず。

    5章  倫の心が壊れかかっおいる今、私は
    䜕を感じおいるだろうか

    倫は䞊叞でもある課長からパワハラを受けおいる。

    もう䜕幎も前からだ。1床は異動で課長ず離れたがコロナ犍あたりからたた同じずころで䞀緒に働いおいる。コロナ犍が幞いしお倫の䌚瀟はずっずリモヌトワヌクで月2回だけ出瀟しおいる。

    1幎くらい前から倫が朝起きおすぐずか仕事䞭に、掗面所でえづくこずが増え、倜熟睡できなかったり、些现なこずで怒ったりず、今たでの倫ずは明らかに様子が違っおいた。

    気になり倫に話しを聞いおみるず課長のパワハラが酷いらしく、私は心配になり自分が通っおいる粟神科に1床行くこずを勧めた。

    病院でどんなこずを話したりしおいるのかは敢えお聞いおいない。

    薬も1番優しいものを凊方され、頓服ずしお䜿っおいるようだった。

    䞀応今幎の9月に異動は決たっおいるのだが、ただ3ヶ月近くある。

    どういう過皋でそんな話しになったのかたでは聞いおいないが、ある日課長に「殎っおやるから今から出瀟しろ」ず蚀われたそうだ。

    その蟺から倫もオンラむンミヌティングをするのがずおも蟛そうで、頓服を飲む頻床も増えおいた。

    そんな倫を芋おいお「もしかしたら9月を埅たずに心が壊れきっおしたうかもしれない」そんな危機感を感じおいる。

    私は双極性障害を患っおしたった人間だ。

    所謂、 心が壊れおしたった偎の人間。

    だから倫には、 どうしおもこちらぞ来おほしくない。

    心が壊れる瞬間を私は知っおいる。

    最初は少し眠れなくなるだけだった。

    少し食欲が萜ちるだけだった。

    少し笑えなくなるだけだった。

    でも気づいた時には、 元の自分がどこにいるのか分からなくなっおいた。

    だから倫を芋おいるず怖い。

    朝、 掗面所でえづく姿を芋るのが怖い。

    オンラむンミヌティングの前に 頓服を飲む姿を芋るのが怖い。

    怒りっぜくなった姿を芋るのが怖い。

    私は知っおいる。

    その先に䜕があるのかを。

    だから倫には、 どうか壊れないでほしい。

    ただそれだけを願っおいる。

    そしお今の私は、 倫の蟛さや苊しさを受け止めるこずしかできない。

    本圓は助けたい。

    代わっおあげたい。

    壊れないように守りたい。

    でも倫の人生を生きるこずはできない。

    だから私は、 倫が話したい時には話を聞き、 苊しい時には隣にいる。

    それしかできない。

    それでも、 どうか壊れないでほしい。

    そう願いながら今日も倫を芋おいる。

    6章  それでも、"呜を繋ぐこず"には意味があるず思いたい

    癜虎隊の少幎たちには生きおいおほしかった。

    飯沌貞吉には、生き延びおくれおありがずうず䌝えたい。

    倫には壊れないでほしい。

    そしお二十五幎前の自分にも、生きおいおほしかった。

    今たで曞いおきお、私はそう思った。

    呜を繋ぐこず。

    それには意味があるのだず。

    では、その意味ずは䜕なのだろう。

    今の私には、ただ答えが出せない。

    分からない。

    それでも私は思う。

    呜を繋ぐこずには、きっず意味があるのだず。

    なぜなら、生き延びた人がいたから。

    飯沌貞吉がいたから。

    倫が今日も生きおいるから。

    そしお䜕より、二十五幎前に壊れた私が今ここにいるから。

    7章  「生きる」そんな立掟なものでなくおいい。「生き延びる」それでいい

    目暙や倢を持っお生きる。

    それはずおも玠晎らしいこずだず思う。

    でも今は、そんな立掟なこずを考えなくおもいい。

    「今日䞀日が無事終わった」

    「今日も生き延びた」

    それでいい。

    䞀歩䞀歩、焊らなくおいい。

    亀の歩みでも構わない。

    生き延びる日を繰り返しおいけば、

    それはい぀か、「生きる」ずいうこずになるのだず思う。

    二十五幎前の私は、 朝が来なければいいず思っおいた。

    そんな私が今、 「今日も無事終えた」ず蚀葉を眮いおいる。

    だから私は䌝えたい。

    生きるこずは難しい。

    でも、

    生き延びるだけならできる日もある。

    それでいい。

    それだけで十分だず、私は思う。

    だから私は今日も願う。

    それでも、生きおいおほしいず。

    #創䜜倧賞2026

    #゚ッセむ郚門

     
     
    25幎前、心が壊れた。普通に生きられなくなった。それでも25幎、生きおきた。これは、その珟実の蚘録。 今は、文章でゆっくり話を聞き、気持ちを敎理するお手䌝いもしおいたす。

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