
命懸けの出産|妊娠高血圧症候群が私を襲った話し
こんにちは♪
いつもご覧いただきありがとうございます。
振り返りnoteとして過去の体験をいろいろと書いてきましたが、まだ語っていないことがありました!
それは私の出産の話しです。
私の第一子の出産は
一言でいえば、命がけの出産でした!
お時間ある方、読んでいただけたら嬉しいです。
🟡ある朝の視界の異常
臨月を迎えたある朝
目を覚ますといつもと様子が違っていた。
目に映るものというか、見えているものが明らかに異常だった。
幼少の頃から不調とともに生きてきた私でも、この状況はさすがに
「これはかなりやばい…」と思ったのだ。
目の前に "星が飛んだ" などという、小さなものがチカチカしている状態ではなく、視界全体を覆うほどの、でかい虹色の六角形の光が目の前にずっとあって、手ではらってもはらっても消えない。
そして、その光が視界の邪魔をして目の前にあるものが見えない。
目覚めるなりそんな状態だった。
その当時は携帯電話などはまだなく、とりあえず這って固定電話のところまで行くしかなかった。
つい1時間前に出社した夫の会社に電話をしようとしたけれど、目の前を覆うその虹色の光で、電話帳も固定電話も文字がほとんど確認できない…
だんだん焦りが出てきていた。
私の体に何が起こってるの?
とパニックになりそうになりながらも、自分を落ち着けてどうすればいいか、考えた。
「そうだ! 母に連絡してみよう」
母は仕事をしていて、毎日9時過ぎには出勤する。
部屋の掛け時計は全く見えない。
腕時計を胸元に持ってくるとなんとか光の隙間から時間を確認できた。
ちょうど9時頃だったと思う。
「お願い、お母さん!まだ家に居て!」
と祈るように電話の1つのボタンを手探りで探し出し、押した。
幸い、私は母の電話番号を短縮ダイヤルに登録していて、ボタン1つでかけられるように設定していたのだ。
「もしもし?」
と母の声。
よかった!! 繋がった!!!
私は母を驚かすまいとして、できるだけ平常心をよそおいながら今の状況を説明した。
そして母の方から夫の会社に連絡してくれることになった。
「ありがとう、よろしくね」
電話を切り、助かった…
と胸をなでおろす。
また這ってベッドに戻った。
目を開けているとムカムカして気分が悪くなってきたので、私は目を閉じて待つことにした。
🟡目を覚ますと終わっていた出産
目を覚ました私。
その瞬間 「痛っ!!!!」
口の中がありえないほど痛い。
辺りは真っ暗。
「えっ、ここどこ?」
次の瞬間
「◯◯ちゃん!!」
と私の名前を呼ぶ声。
そこには、私の顔を心配そうに覗き込んでいる家族がいた。
「もう赤ちゃん生まれたよ」という声に、そっとお腹に手を当ててみた。
なんとお腹がすっかり萎んでいるし、なにやら鈍いズーンとした痛みがある。
なんと私はもう出産を終えていたのだ。
「えっ!?どういうこと??」
「いったい、私の身に何があったの?」
理解できなかった。
そういえば、朝起きて異常に気づき、母に電話をしたとこまでは思い出せた。
でもそこからの記憶は…
ない。
🟡家族に告げられた言葉
⤵ここからは家族からきいた話です。
あの朝、母からの連絡を受けて、大慌てで帰ってきてくれた夫。
「どうした?大丈夫?」と聞くと
私は「うん、大丈夫…」
など、二言三言は話していたらしい。
「ちょっと着替えてくる」
と言って夫が別の部屋に行った直後、私は意識不明に…
再度見に来てくれたときには弛緩発作で痙攣を起こし、口から血を流している状態だったという。
私は救急車でかかっていた産婦人科に運ばれた。
しかしそこでは対処できないということで、再度救急車に乗せられ、大病院に移送された。
お腹の赤ちゃんを調べると、心音が弱く一刻も早く帝王切開で取り出す必要がある…
手遅れになると生命が危ないと。
家族が医師から受けた説明によると、
もしかしたらこの世に出てきた瞬間には赤ちゃんがすでに亡くなっている可能性がある。
赤ちゃんが大丈夫だったとしても母体が助からないかもしれない。
最悪、どちらも命を落とすかもしれない、ということだった。
家族は生きた心地がしなかっただろう。
私と赤ちゃんに襲いかかった病名は、
当時は『妊娠中毒症』と言われている妊婦に起こる病気だった。
(現在は『妊娠高血圧症候群』と呼び名が変わっている)
🟡意識不明のまま仮死状態の赤ちゃんを生む
その日の夕方、緊急手術。
私は帝王切開で男の子を出産したのだ。
赤ちゃんはやはり自分で呼吸ができない状態で生まれ、すぐに呼吸器をつけて蘇生措置を施された。
体重は1700g。
赤ちゃんの元気度を示すアプガースコアは「1点」で、重症の仮死状態のため即、保育器に入れられた。
集中治療室で手厚い治療をしていただき、赤ちゃんは微弱ながら呼吸をしだして奇跡的に命をとりとめた。
私の方はというと
意識不明のままベッドのうえで生死をさまよい続けた。
出産日から4日目でやっと目覚めた。
目覚めたとき真っ暗な部屋で寝ていたのは、光を受けたり騒がしい音を立てると、また弛緩発作が起こる可能性が高いから。
そして倒れたときは血圧が200を越えていたので、十分に安静にしていないと血圧も上がって危険な状態になるからということだった。
口の中が痛かったのは、発作のときに自分の舌を強く噛んでしまったため。
意識不明で口から血を流していたのはこのためだった。
帝王切開の傷口よりも痛くて、まともに喋れるようになるまで数日かかった。
🟡母子ともに1ヶ月の入院生活
一週間は寝たきりだったが、その後少しずつ回復していった。
手術で大量の出血をしたためか入院中はめちゃくちゃ太い増血剤を毎日。
それでも貧血でフラフラだった。
入院はじめの2週間は赤ちゃんと別々の生活。
2週間目は個室から大部屋に移った。
同じ部屋のママたちは途中から赤ちゃんが来て、触れ合っているのを見ているととても悲しかった。
入院3週間目でやっと私のもとにも赤ちゃんが。
めちゃくちゃ嬉しかったのを覚えている。
ただ、異常出産だったため心身が疲弊しているのと、もともと体が脆弱、そのうえ自分の体が授乳の準備ができていないのとで、もちろん母乳は出ないし、絞っても出てこない。
出産も異常
母乳も出ない…
母親失格のような気がして、さらにストレスを悪化させた。
もうひとつ誤算だったのが入院中の食事だ。
出産で入院するときのひとつの楽しみでもある、美味しい食事。
退院前日はホテルのフルコースのような食事が食べられるのを出産前から楽しみにしていた。
しかし、妊娠高血圧症候群になると塩分や高カロリーのものは食べられない。
塩気はゼロ?と思うような、味が全くしない食事を退院するまで食べ続けなければいけなかった。
(この病院はそうでなくても病院食の不味さで有名だった)
まさに苦行でした。涙
赤ちゃんのほうが回復が早かった。
体重も2500gに増えていた。
3週間ぐらいで退院出来たが、私のほうがまだ少し時間がかかり、結局母子ともに1ヶ月ちょっとの入院となった。
🟡倒れたのは検診に行き「順調」と言われた翌日だった
お産って本当に生むまで何があるかわからないな、と思った。
実は、妊娠高血圧症候群の兆候は妊娠中期ぐらいから、高血圧気味、尿にタンパクが降りているということでかかりつけ医に言われていた。
しかし、体重増加も7キロだったし、元気に妊婦体操やプールも行っていた。
倒れる前日にも検診に行き、胎児の動きや大きさ、元気さなどを診てもらっていたはずだ。
「赤ちゃんは小さめ(想定体重2500g)ですが順調に育っています。 引き続き、塩分には注意してください。」
と、特に異常があるようには言われなかった。
(なぜ異常に気づけなかったのか?と問い詰めたくはなるけど…)
🟡私の結論|自律神経の乱れが出産にも影響していた
しかし、何故こんなことになってしまったのか?
ずっと謎でした。
40代になって自律神経の病気が発覚するまでは…
そもそも『妊娠中毒症』と呼ばれていたこの病気、なぜ『妊娠高血圧症候群』と病名が変わったのか?
と、10年前ぐらいに調べてみたことがあった。
もとは胎児から出る毒素が原因で起こると言われていたが、医学の進歩に伴いそれは間違いであるとわかり、2000年ぐらい?から妊娠高血圧症候群に改められたということ。
この病気の原因は今もよくわかってないと前置きした上で、妊娠初期に胎盤の形成が不十分で胎児に栄養や酸素が不足することがある、と書かれていた。
そして自律神経が関係していることもわかってきているらしい。
【強いストレスや睡眠不足で自律神経のバランスを崩し交感神経が優位になると、血管を収縮させて血圧を上げる。】
なるほど、私は不定愁訴が27症状もあるほど生まれつき自律神経が乱れまくっていたのだ、まったく影響が出ないほうがおかしいわけだ。
結論はこれだ!!と思った。
予想の域を出ないけれど、、
自律神経の乱れで交感神経が常に優位傾向にあった私の胎盤が、正常に機能せずに胎児に栄養、酸素が回っていなかったのだ。
命懸けの出産から25年ほど経って、やっと納得のいく答え合わせができたような気分だった。
私は長年、生まれつきの病気(自律神経失調症)と妊娠高血圧症候群は関係がないと思っていたが
そうではなかった…。
結局は自律神経の乱れが出産にも影響していたのだ。
未熟児で生まれた息子は、子供の頃は体が弱く、喘息やアトピーに苦しんだけど、今は強い体になり健康に暮らしている。
しかし!
私のお腹の中で栄養がいかず苦しかっただろうこと
お産のときに仮死状態になり死にかけたこと
これらは相当なストレスだっただろうなと思うと、本当に申し訳ない気持ちになる。
あの朝の異変はお腹の中の息子からのSOS。
知らせてくれてありがとう!!
あの頃の私が、今の私のように呼吸法とかヨガを知っていたら、息子は苦しまずにすんだのかもなぁ、と思うとやるせない気持ちになる。
🟡最後に
自律神経失調症は軽視されがち。
(症状であって病気ではないという理由)
でも私のように重度の自律神経失調症の場合は、放っておくと様々な病気に関わってきます。
社会復帰できなかったり、精神疾患にかかってしまったり
最悪、生命を落とす可能性もあるということを知っていただけたら幸いです。
何年経っても考えることは
あの朝に、誰にも連絡が繋がらなかったら、ということ。
間違いなく私はこの世にいません。
もちろん息子も生まれていません。
母子ともに助けてもらえたこと、心から感謝しています☆
長い出産の話しを最後まで読んでいただきありがとうございました☆
このnoteでは
自律神経の不調や不安障害、うつ病、過敏性腸症候群などの27疾患を、薬に頼らずに全改善した方法を記録しています。
10年後も笑顔で過ごすために継続しているルーティンなども発信しています。
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