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【モザイクファミリー】創作大賞2026応募作品

    #創作大賞2026
    #エンタメ原作部門
    #舞台脚本

    [あらすじ]
     血の繋がりだけがそれを「家族」と呼ぶのならば、彼らのことは一体なんと呼べば良いのだろう?人を傷つけることを恐れてもなお人に手を差し伸べてしまう者、人を信じることを手放してもその手だけは離したくなかった者、愚かだと口にしながらも、それでも目を離せなかった者……
     バラバラの場所で生まれ育ち、バラバラの理由で生活を共にすることになった五人の人間たちは、ある夏の夜、夏祭りに出かけた先で突然見舞われたトラブルをきっかけに、互いの抱えた傷の深さを知ることとなる。
     不器用な五人の、不器用な言葉の応酬が繰り広げられる中、今日も彼らは互いのそばに立ち続けている。

    [本文]
     あるアパートの一室。中央にはテーブルが置いてあり、そこに昴が退屈そうに座っている。台所では大樹が夕飯をテキパキと作っている。

    幸姫「ただいまー!」
    太陽「ただいまー」

     玄関から幸姫、海愛、太陽が自宅に帰ってくる。太陽の手には買い物袋がぶら下がっている。

    太陽「あっちー!ほら、アイス買ってきたぞー!」

     そう言うと太陽は、手に持った買い物袋を大きく掲げた。そしてそのまま冷蔵庫の前まで行くと、中身のアイスを冷凍室に一つずつしまっていった。

    幸姫「あー、暑かったぁ!早くアイス食べたーい!」
    海愛「本当ねぇ。でも、アイスはご飯の後よ?」
    幸姫「わかってるよー!」
    海愛「さ、手を洗ってきちゃいな」
    幸姫「はーい!」

     幸姫は洗面所へとかけていく。その後ろ姿を見送りながら、海愛は身につけていたマスクとサングラス、そして帽子を外した。するとそこに隠されていたのは、まるでひどい火傷の痕のように赤黒い痣だった。

    海愛「あっつー…」

     海愛は外した帽子を団扇のように使って、パタパタと仰いだ。

    昴「そんな格好してるからでしょ?」

     退屈そうにテーブルに寝そべっていた昴が、ポツリとこぼす。

    海愛「…だって」

     その言葉に海愛は不満げな反応をした。
     海愛の格好は全身モノトーンで統一されており、帽子やサングラス、マスクだけでなく、スカーフや薄手のカーディガン、手袋、長ズボンを履いた、とても真夏とは思えないほど暑苦しい格好だった。それはすべて、全身に広がる赤黒い痣を隠すための対策だった。

    太陽「くだらねぇ言い合いしてねーで、お前もさっさと着替えてこい」
    海愛「…はーい」

     アイスを入れ終わった太陽が海愛に声をかけると、海愛は自室へと向かっていった。

    昴「ねぇ、ボクのプリンは?」
    太陽「あ?」
    昴「だ・か・ら、ボクのプリン」
    太陽「しらねぇよ」
    昴「えぇー!?なんでぇ!?買ってないの、プリン!?」
    太陽「だからしらねぇって!お前買いに行くときなんも言わなかったじゃねーか」
    昴「信じらんなーい!なーんで買ってきてくれなかったのぉ!?」
    太陽「言われなきゃ買わねーよ、んなもん。欲しけりゃ自分で買いに行け」
    昴「はぁ?なんでボクがこんな暑い中買いに行かなきゃいけないのさ。キミたちが買いに行くって言うから任せたのに」
    太陽「それはオメェが「暑い暑い、アイス食いたい食いたい」うるせぇーから買いに行く羽目になったんだろうが!」
    昴「ボク、アイス食べたいとは言ったけど、アイス買いに行ってきてとは一言も言ってないよ」
    太陽「お前なぁ…!」
    昴「そもそも、言い出しっぺはお姫様でしょ?お姫様が買いに行くって言うからボクは任せたんだよ」
    太陽「だったら文句なんか言うんじゃねーよ」
    昴「そこは気を利かせてちゃんと買ってきてくれないとさぁ。はぁ、キミはほんっとうに気が利かないね」
    太陽「なんでオレなんだよ!!だったら最初っから頼んどけばよかったじゃねーか!!」
    昴「キミを信頼してあえて言わなかったんだよ。そんなこともわからなかったの?」
    太陽「わかるか、バーカ」

     太陽に言い捨てられた昴はブスっと不貞腐れ、再びつまらなそうな顔をする。そこへ海愛と幸姫が戻ってくる。海愛は外出用のアイテムを全て外し、ラフな部屋着で肌を露出させている。

    幸姫「太陽、次手を洗っておいでよ」
    太陽「おう」

     海愛と幸姫の入れ替わりに太陽が洗面所へ向かう。

    大樹「おい、できたぞ。運べ」

     夕飯を作り終えた大樹がテーブルに振り向き、声をかけた。それに対し幸姫が「はーい」と返事をすると、大樹の元へ駆け寄っていく。その後ろから海愛も続いた。
     大樹はおかずを皿に盛り付け、それを海愛に渡す。幸姫は食器を人数分取り出し、テーブルに並べていく。その様子をぼんやりと昴は眺めていた。それに気づいた大樹はムッと眉を顰めた。

    大樹「おい、手伝え」

     その声に昴は嫌そうに顔を顰めた。

    幸姫「そうだよ、スーくん!手伝って!」

     幸姫にも促され、昴は「はぁー」と大きくため息をつくと、ようやく重い腰を上げた。そこへ太陽も戻ってきて、全員で食卓の準備を整えていく。
     食卓の準備が整うと、全員定位置に座った。

    太陽「よし!じゃあ、食べるか!いただきます!」
     太陽の号令を皮切りに、それぞれ「いただきます」と言い、食事に手をつけ始める。

    太陽「ん、うまい!」
    幸姫「おいしいね!」
    太陽「大樹はスゲェな!何作ってもうまいもんな!」
    昴「キミの作る料理は何作っても微妙だけどね」
    太陽「おい…!」
    海愛「本当よね、羨ましいくらい」

     海愛以外の四人がギョッとした顔をして海愛を見つめる。

    昴「えぇ?コレの料理がぁ?」

     昴がドン引きした顔でちらりと太陽を見る。

    海愛「ち、違うわよ!大樹の料理がよ!」

     海愛は慌てて昴の言葉を否定する。

    幸姫「えぇー!?みーちゃんの作るご飯もすっごく美味しいよ!!」
    海愛「そうかなぁ…大樹が作る方がずっと美味しいと思うけど…」
    幸姫「そんなことないよ!みーちゃんのご飯もとってもとってもとーっても美味しいよ!!」
    海愛「幸ちゃん…」
    幸姫「それに幸、みーちゃんの作るお菓子も大大だーい好き!!とっても甘くてすーっごく美味しい!!」
    海愛「…ふふっ、ありがと」

     海愛と幸姫の間に和やかな空気が流れる。

    昴「お菓子といえばさぁ…」
    幸姫「ん?どうしたの?」
    昴「なんでさっきボクのプリン買ってきてくれなかったの?」
    幸姫「えっ?」

     流れていた穏やかな空気が一瞬にして凍りつく。太陽はひどく苦々しい顔をし、大樹は大きくため息をついてお茶を一口飲んだ。

    幸姫「えっ?えっ?スーくん、プリン欲しかったの?」

     幸姫はあわあわと慌てふためきながら昴に問いかけた。

    昴「だって、ボクと言えばプリンでしょ?アイス買いに行くならついでに買ってきてくれてもよかったんじゃない?」
    幸姫「ご、ごめんね、気づかなくて…」

     幸姫はシュンと項垂れた。

    太陽「おい、お前…」

     太陽が昴の理不尽なイチャモンに苦言を呈しようと口を開きかけると、

    海愛「あ、あのさ…」

     海愛がすかさず小さく手を上げた。
     海愛の発言に、太陽は言葉を飲み込んだ。

    昴「…何?」

     昴は海愛をちらりと見た。
     海愛は他の四人の視線を感じながらおずおずと言葉を続けた。

    海愛「あの、さ…実は…さ、買おうとしたんだよね、一回…」
    昴「何を?」
    海愛「…プリン」
    幸姫「えっ!?そうだったの!?」

     自身の知らなかった事実に、幸姫は大きく驚く。昴は海愛の言葉に強く不満を表した。

    昴「えぇー。じゃあ、なんで買ってくれなかったのぉ?」
    海愛「それは…」

     海愛はちらりと太陽を見た。その視線を追って、昴と幸姫も太陽を見る。太陽は三人に見つめられ、ボリボリと頭を掻いた。

    海愛「…太陽さんが、必要ないって…」
    昴「えぇー?」

     昴は心底納得がいかないといった顔をして太陽を見つめた。海愛は居心地が悪いといった様子で、もじもじと俯いた。

    昴「なんでー?なんでこいつに言われて買うのやめちゃったのぉ?欲しかったのにー」
    海愛「…ごめん」

     昴は頬を膨らませて不貞腐れた。海愛は申し訳なさそうにさらに肩を窄めた。

    太陽「うるせぇ、オレは気を遣わなくていいって言ったんだよ。さっきも言ったけど、欲しけりゃ自分で買いに行け!大体、アイス買ってもらっておいて文句言ってんじゃねーよ!」
    昴「ひどーい!キミはボクがプリンを求めていることを知っていてわざとそのチャンスを潰していたんだね!アイスも欲しかったけどプリンだって欲しかったんだよ?最低だよ、キミ…見損なったよ、信じてたのにぃ…」

     昴は大袈裟に、しかしどことなく心のこもっていない台詞回しで太陽を非難した。

    太陽「アホ臭ぇ…」

     太陽はうんざりとした顔で昴を見つめた。

    太陽「はぁ…とにかく、お前らは何も気にしなくていいからな。こいつはただ言いがかりをつけたいだけだからよ」
    海愛「う、うん、わかった。ありがとう、太陽さん」
    太陽「おいおい、海愛。何度も言ってんだろ?オレは“太陽さん”なんて名前じゃないって」
    海愛「あ、うん、そうだね、ごめん…」

     海愛は戸惑いながら俯く。その様子に太陽は苦笑。

    幸姫「ありがとう、太陽!ごめんね、スーくん。今度はプリンも一緒に買ってくるからね!」
    昴「ふーん。ま、期待しないでおいてあげるよ」
    太陽「お前なぁ…」

     太陽は大きく「はぁー」とため息をつく。

    太陽「ていうか、お前、まだお礼言ってねーだろ」
    昴「えぇー?」
    太陽「えぇー、じゃねーよ!アイスは買ってきてやったんだからちゃんと言え!」
    昴「ぶぅー…」

     昴は子供のように口を尖らせて不貞腐れた。

    太陽「何度も言うけど、そもそもお前が自分で買いに行ってりゃこんなことにならなかったんだっつーの。海愛なんてお前、わざわざ着替えてまで一緒に買いに行ってくれたんだぞ?ちゃんと感謝しろ!」
    海愛「い、いや、あたしはいいから…!」

     海愛はまさか自分に話題が振られると思っておらず、随分と慌てた。

    太陽「よくねーよ。いくら昼間よりマシとは言え、こんな蒸し暑い時にあんなに着込んで、暑くねぇわけねーだろ」
    海愛「それは、そうだけど…」
    太陽「ただでさえ、お前外に出るの好きじゃねーのに、付き合わせちまって悪かったな」

     太陽は申し訳なさそうに眉を八の字にして、海愛を見つめた。その様子に、海愛はどうしたらいいかと反応に困った。

    幸姫「…ごめんねぇ」

     幸姫は俯きながらポツリと呟いた。

    海愛「ゆ、幸ちゃん…?」
    幸姫「ごめんね、みーちゃん…幸がわがまま言ったから…」
    海愛「えっ…?」
    幸姫「幸が一緒に行こうって言ったから…みーちゃんは、本当はお外行きたくなかったのに…ごめんね…?」

     幸姫は悲しそうに呟く。そこへ海愛がさらに慌てて取り繕う。

    海愛「そ、そんな!気にしないでいいよ!あたしもアイス食べたかったし!」
    幸姫「…本当?」
    海愛「本当本当!ね、アイス、どれも美味しそうだったね!」
    幸姫「…うん」
    海愛「早くご飯食べてアイス食べたくない?」
    幸姫「…食べたい!」
    海愛「じゃ、早くご飯食べちゃおう!」
    幸姫「うん!」

     幸姫は促されるまま元気よく夕飯を食べ進める。その横顔を、海愛は微笑ましく見つめながら自身も食事を進めた。

    太陽「そういや、幸。夏休みの宿題はどうだ?順調に進んでるか?」
    幸姫「ん?うーん…」

     幸姫は進めていた箸を止める。

    太陽「どした?進んでないのか?」
    幸姫「そうじゃないんだけど…」

     考え込む幸姫の顔を海愛が心配そうに覗き込む。

    海愛「宿題、難しかった?わからないところあるなら教えるよ?」
    幸姫「ううん、そうじゃなくってね!」

     幸姫はかぶり振って海愛の言葉を否定すると、一瞬また考えるように俯き、何かを決意するように頷く。そしてすくっと立ち上がると、自室の方に駆けていく。

    太陽「お、おい!」

     四人がそれぞれ幸姫の後を目で追う。太陽と海愛がどうしたんだと顔を見合わせていると、自室から幸姫が何やらチラシを持って戻ってくる。
     幸姫は太陽の前までやってくると、意を決してずいっと持っていたチラシを太陽に手渡す。太陽がよくわからないといった顔でそれを受け取ると、幸姫は元の場所へと戻っていく。太陽は受け取ったチラシを一瞥すると、全員に見える位置にチラシを移動させる。そして全員がチラシを覗き見た。

    海愛「…夏祭り?」

     海愛の呟きに幸姫はこくんと頷く。

    太陽「これがどうかしたのか?」
    幸姫「…あの、ね?実は…」

     太陽の疑問に幸姫はぽつりぽつりと答えていく。

    幸姫「夏休みの宿題に、日記を書くっていうのがあるんだけど…」
    太陽「あぁ」
    幸姫「それでね、幸、頑張って書いてたんだけど、でも何を書いたらいいのかわかんなくって…」

     幸姫はもじもじしながら続ける。

    幸姫「夏休みに入る前に友達に聞いたんだけど、みんな日記には夏休みの思い出を書くんだって言ってて…」
    太陽「おう」
    幸姫「旅行に行ったり、海に行ったり、キャンプしたり…みんな、家族と一緒に思い出作りに出かけるんだって…」
    太陽「へぇ、いいじゃねーか」
    幸姫「でしょ!だから…」

     幸姫は一瞬目を輝かせテーブルに乗り出したが、すぐさましゅんとまた小さくなった。

    幸姫「だから、行きたいなって…みんなで、お祭り…」

     少しの間の後、太陽はふっと笑う。

    太陽「いいじゃねーか。行こうぜ、祭り」
    幸姫「…本当!?」

     幸姫の表情がパァッと輝く。

    太陽「せっかくの夏休み、どっこもいかないのは勿体無いだろ?行こうぜ?どうせ暇だろ?」

     そう言うと太陽は全員を見渡した。

    昴「えぇー?めんどくさーい。勝手に行ってきてよぉ」
    幸姫「ダメ!みんなで行くの!」
    昴「やだ、行かない」
    幸姫「行くの!」
    昴「行かない」
    幸姫「行くの!」
    昴「行かない!」
    幸姫「行く!!」
    昴「行かない!!」
    幸姫「行く!!!」
    昴「行かない!!!」
    幸姫「もう!!行くったら行くの!!!」
    昴「だから行かないってば!!!」

     昴と幸姫はお互いの顔を睨み合う。

    太陽「なに、お前、行かないの?」
    昴「はぁ!?だからさっきから言ってんじゃん!!行かないって!!」
    太陽「へぇー?」

     太陽は意味深にニヤニヤと昴を見つめる。

    昴「…何?」
    太陽「いんやぁ?いいんだぁ、と思って」
    昴「何が!?」
    太陽「いやぁ、なに。別にオレはどうでもいいんだけどよ、お前がいいならさ?でも、もったいねぇなーと思ってよ?」
    昴「ちょっと何!?さっきからなんなの!?勿体ぶらずにはっきり言いなよ!!」
    太陽「えぇー?じゃあ、言うけど…お前さ、いいの?屋台の飯食わなくて」
    昴「…屋台?」

     先程までピリピリとしていた昴の空気が、太陽の言葉で一瞬にして変わる。

    太陽「そうだよ。祭りといったら屋台だろ?あー、何があっかなぁ?焼きそばだろぉ?フランクフルトにたこ焼き、じゃがバター、あ!イカ焼きもいいよなぁ!」
    昴「イカ焼き…!」
    太陽「あぁ、楽しみだなぁ!何から行くかなぁ…あ!でも、お前には関係ないのか!だってお前、行かないんだもんなぁ!」

     太陽が意地悪な笑みを浮かべて昴を煽ると、昴は俯き何かを呟く。

    太陽「あぁ?なんだってぇ?」

     太陽は大袈裟に耳に手を当てて昴の声を拾おうとする。

    昴「行くよ!!行けばいいんでしょ!?」

     そこへ昴の大声に当てられ、太陽は大きく仰け反った。

    幸姫「本当!?やったぁ!!スー君ありがとう!!」

     幸姫は勢いよく昴に抱きついた。は不貞腐れた顔でそっぽを向いている。その様子をやれやれといった顔で太陽は見つめた。

    幸姫「ね、みーちゃん!みーちゃんも行くよね!?」
    海愛「えっ!?えっと、あたしは…」

     突然のことに海愛は狼狽える。

    幸姫「みーちゃん、あのね?幸、みーちゃんと一緒に浴衣着たいの」
    海愛「…浴衣?」
    幸姫「うん。うんとかわいい浴衣着て、みーちゃんと一緒にお祭りに行きたい。それでたくさん遊んで、わたあめ食べて、一緒に花火見るの」
    海愛「幸ちゃん…」
    幸姫「…ダメ、かな?」
    海愛「……」

     海愛はなんと答えたら良いかわからず、黙り込む。

    太陽「ゆーき、あんま無理言ってやんな。ただでさえ祭りなんて人が多いのに、浴衣なんて露出の多い格好、海愛には酷だろ?」
    幸姫「そうかもだけど…でもでも!」
    太陽「別に浴衣着なくたって祭りには行けるし、なんだったら人がいないところで花火見たっていいじゃねーか」

     太陽の提案に幸姫は黙り込む。

    海愛「…幸ちゃん、あの…」
    幸姫「…ないもん」
    海愛「えっ?」
    幸姫「それじゃ意味ないもん!!」

     幸姫が勢いよく立ち上がる。

    幸姫「幸はみーちゃんと浴衣着たいの!!浴衣着てお祭り行きたいの!!」
    海愛「幸ちゃん…」
    太陽「幸姫、あんまわがまま言うんじゃない」
    幸姫「わがままじゃない!!」

     幸姫は大きくかぶり振った。

    幸姫「だっておかしいんだもん!!なんでみーちゃん、いつもお外に行く時肌を隠さなきゃいけないの!?そんなのおかしいよ!!」
    海愛「それは…」

     海愛の顔に雲がかかる。

    幸姫「絶対おかしいよ!!なんで!?なんで身体に痣があるだけでみんなに馬鹿にされなきゃいけないの!?どうしてみんなと違うだけで嫌われなきゃいけないの!?こんなの絶対におかしいよ!!!」

     沈黙。

    幸姫「だから行くの!!お祭りに!!何にも間違ってないよ、何にも悪いことなんかしてないよってみんなにわかるように!!だって本当だもん!!何にも間違ったことしてないんだもん!!間違ってるのは酷いこと言う人の方だもん!!」
    海愛「幸ちゃん…」
    幸姫「だから、ね!みーちゃん!一緒に行こう!浴衣着てさ!すっごくかわいい浴衣選んで、みんなに見せびらかしちゃおう!それでみんなに知ってもらうの!痣なんて関係ない、みーちゃんはどんな格好してたって世界一かわいいんだよって!」
    海愛「別にかわいくは…」
    幸姫「かわいいの!!」

     海愛は照れ臭そうに笑う。

    海愛「…行っても、いいのかなぁ」
    幸姫「行こう!みーちゃん!」

     海愛はもじもじとしながらどうするか悩んでいる。

    昴「行けばいいーじゃない」
    海愛「えっ!?」

     昴の突然の予想外の発言に全員驚き、昴に振り向く。

    昴「だから、行けば?お祭り」
    海愛「で、でも…」
    昴「いいーじゃない、別に。一人で行けって言ってるわけじゃないんだし」
    海愛「そうだけど…」
    昴「お姫様がいれば楽しいでしょ、きっと」
    幸姫「スーくん、お姫様って呼ばないで!」
    昴「浴衣も着ればいいじゃない。いつものあの暑苦しい格好なんかしてたら、不審者に間違われて余計目立っちゃうよ」
    太陽「確かに、夜にあんな格好で歩いてたらめちゃくちゃ怪しいやつだよな!」

     太陽がそう言って笑うと、海愛は黙り込んでしまう。

    昴「それに…」
    海愛「…?」
    昴「大丈夫でしょ、君には味方がいるんだから…」

     昴のぶっきらぼうな言葉を受けて、海愛は周りを見渡した。海愛の周りを優しい空気が包んでいる。

    幸姫「みーちゃん、行こ?一緒に」

     幸姫の優しい問いかけに、海愛は大きく頷く。

    海愛「…うん、行こう!」
    幸姫「やったぁーーー!!!」

     幸姫はその場で飛び跳ねながら海愛に抱きつく。

    太陽「こら、幸!やめなさい、下に響くでしょーが!」
    昴「お姫様、うるさい」
    幸姫「むっ!スーくん、お姫様はやめてってば!」
    昴「なら静かにして?下の階に響くでしょ?」
    幸姫「むぅ…」

     幸姫は不服そうに飛び跳ねるのはやめたが、しかし海愛には抱きついたままだった。

    太陽「じゃ、全員行くってことで」

     太陽の言葉に幸姫と海愛が満面の笑みで見つめ合った。

    大樹「俺は行くなんて言ってないぞ?」

     瞬間、空気がピキっと凍る。大樹は意地悪な笑みを浮かべて幸姫を見た。幸姫は今にも泣きそうな顔でその場に座り込む。そこに太陽の咳払いが響く。

    太陽「大樹、あんま意地悪言ってやんな」

     太陽の言葉に大樹は不貞腐れてそっぽを向く。

    太陽「安心しろ。こいつは海愛が行くって言ったからにはちゃんとついてくっから」
    幸姫「…本当?」
    太陽「あぁ!もし来なかったらオレが縄で縛ってでも連れてくっから心配すんな!」

     太陽の力強い言葉に幸姫はパァと輝く笑顔を取り戻し、大きく「うん!」と頷いた。そしてそのまま大樹を見るとぷくっと頬を膨らまし、睨みつける。その視線を感じ取った大樹も幸姫を鋭く睨み返す。そこへパンッと軽快な音を立てて、太陽が手を一つ叩いた。

    太陽「さ、すっかり飯も冷めちまったな!ささっと片付けて、アイス食おうぜ!」
    幸姫「あっ、忘れてた!アイスぅー!」

     幸姫は急いで残りのご飯を食べていく。

    太陽「大樹は甘いのダメだからなしな。後でオレがコーヒー入れてやろうか?」
    大樹「いらん。あんたが入れると碌でもないことになる」
    太陽「なんだよぉ、遠慮するなってぇ」

     大樹は黙々と食べ続け、食事が終わると簡素に手を合わせ、さっさと食器を流し台に片付け始める。そしてそのままやかんでお湯を沸かし始めた。その様子を「ちぇー」とつまらなそうに見ながら太陽も残りを食べていく。続いて幸姫も食べ終わり、元気よく「ごちそうさまー!」と挨拶をして食器を流しに持っていく。そのすぐ後に海愛も食べ終わり、手を合わせ軽くお辞儀をすると、流しに食器を持っていく。先に流し場にいた幸姫が海愛の食器を受け取り、仲良く冷蔵庫に向かいアイスを取り出す。そして自分たちの席に戻るとまた仲良く「いただきます」と言い合い、アイスを食べ始めた。

    幸姫「おいしいー!」
    海愛「おいしいね!」

     2人はニコニコしながらアイスを食べる。

    幸姫「みーちゃん」
    海愛「ん?なーに?」
    幸姫「お祭り、楽しみだね!」
    海愛「うん、そうだね」
    幸姫「浴衣、かわいいの選ぼうね!」
    海愛「…うん!そうだね!」

     和やかな夕食後の空気の中、暗転。



     転換中。必要であれば。足りなければアドリブで。

    昴「ねぇ、まだぁ?」
    太陽「まだだよ」
    昴「おそーい、まだなのぉ?」
    太陽「まだだって」
    昴「ねーえー、まーだぁ?」
    太陽「うるっせぇなー、まだだっつってんだろ!」
    昴「ねぇ、なんでこんなに遅いの?」
    太陽「しょーがねーだろ、浴衣なんてもん初めて着んだから」
    昴「もぉー、最悪ぅ。ボクお腹減ったんだけどぉ」
    太陽「だぁーもぉ!オレだって腹減ってんだよ!黙って静かにしてろ!」

     大樹、ポケットから何かを取り出し、昴に渡す。

    昴「あ!わーい、お菓子だぁ!」

     昴は大樹からお菓子を受け取り、パクリと食べる。

    太陽「お前、そんなもん持ってたんだな」
    大樹「うるさいのにはこれが一番だろ?」
    昴「あ!今、悪口言ったね!最っ低!あーあ、ボク傷付いちゃったなぁ」
    太陽「お前なぁ…」

     大樹、再びポケットから何かを取り出し、手を握ったまま昴の前に出す。

    昴「ふん、わかればいいんだよ」

     昴がすぐさま受け取ろうとすると、大樹はさっと手を引いた。呆気に取られた昴を大樹はニヤニヤと見下ろしている。昴がもう一度手を伸ばすと大樹はまたもや手を引く。以下繰り返し。

    幸姫「おーい、お待たせー!準備できたよー!」
    太陽「おう!ほら、お前ら。馬鹿やってねーで行くぞ?」

     太陽、退場。
     大樹、握っていた手を開くと中には何も入っていない。

    昴「あぁーー!!?」
    大樹「あっはははは!!」

     大樹、高らかに笑いながら退場。昴、怒りながらあとを追って退場。
     明転。舞台は祭り会場。あたりは喧騒に包まれている。
     下手から浴衣を着た幸姫が登場。

    幸姫「わぁ!!すごいすごーい!!ねぇ、みんな早くー!!」
    太陽「おーい、幸ー!走るな、はぐれるぞぉ!」

     幸姫の声に太陽が反応しながら下手より登場。他の三人も各々のんびりとやってくる。
     海愛は痣が極力浴衣に隠れるように袖や襟元、時に裾元を気にしている。その手には浴衣とお揃いの巾着が握られている。

    幸姫「おそーい!!」
    太陽「お前が先に行くからだろ?ったく、迷子になってもしらねぇぞ?」

     太陽は呆れながら幸姫を叱ると、辺りをぐるりと見回した。

    太陽「しっかし、すげぇ賑わってんなぁ」
    幸姫「お店いっぱいだねー!みーちゃん、どこから行く?やっぱわたあめ?」
    海愛「えっ?あ、うん…そうだね…」

     海愛は周りの視線に怯えながらキョロキョロと辺りを見回している。幸姫はそんな海愛の手をとり力強く握った。

    幸姫「みーちゃん、大丈夫だよ!幸がついてるからね!怖い人はみんな幸が追い返しちゃうからね!」

     幸姫の言葉に海愛は優しく微笑み、手を握り返す。

    海愛「うん、ありがとう。とっても心強いよ」

     二人が微笑み合う。

    昴「ねー、お腹すいたぁ」
    太陽「おっと、そうだな!おい、全員集合!」

     太陽の号令にそれぞれ集まってくる。

    太陽「よし、集まったな!お前ら、今日の目的は覚えてるな?」

     太陽の問いかけに全員が疑問符を浮かべる。

    太陽「おいおい、しっかりしてくれよ。みんなで花火見に来たんだろ?」
    幸姫「あ、そうだ!花火!」
    太陽「言い出しっぺが忘れんなよなぁ…」

     太陽は頭をボリボリと掻いた。

    太陽「とにかく、これだけの人混みだ。油断したらすぐ迷子になる。だから絶対に離れないようにお互いから目を離さないこと!いいな?」
    幸姫「はーい!」

     幸姫は海愛と手を繋いだ反対の手を大きく上げた。

    太陽「よし、いい返事だ!それじゃ、行くぞ!まずは腹ごしらえだ!」
    幸姫「レッツゴー!!」

     太陽、幸姫、海愛はそろって上手へとはけていく。

    昴「元気だねー」

     続いて昴が上手に向かおうとする。ふと後ろを向くと、大樹はその場に立ったまま動いていない。

    昴「大丈夫だよー」
    大樹「…!」
    昴「彼女にはアレがついてるから」

     昴が不敵な笑みを浮かべる。

    昴「さ、早く行こう。じゃないとお姫様がうるさいんだもん」

     昴が歩き始める。

    大樹「ずいぶんと信用してるんだな」

     昴、立ち止まり振り向く。押し黙ったままの大樹を確認すると、ニヤリと笑みを浮かべながら大樹に向き直る。

    昴「ボクはね、君たちが知り合うよりもずっと昔から知ってるんだよ、アレのこと」

     大樹の纏う空気が不穏なものになる。

    昴「そんなに怒んないでよ」

     相反して昴はケタケタと笑っている。

    昴「君は、もっと肩の力を抜いた方がいいよ」

     昴は再び上手側に歩こうとする。

    大樹「ずいぶんと楽しそうじゃないか」

     大樹は一つため息をついてから昴に声をかけた。昴はまた足を止めて大樹に振り向く。

    大樹「あれだけ嫌がってたのに」

     大樹の言葉に対し、昴はふっと笑う。

    昴「ボクは損をするのが大嫌いなんだ」
    大樹「……」
    昴「せっかく来たんだ、楽しまないとね。君ももっと楽しんだらどう?」
    大樹「…大きなお世話だ」

     ため息混じりに言うと、大樹は上手側に向った。

    昴「今日は彼女たちにとって、最高の一日になると思うよ」
    大樹「…!」

     大樹は昴の方に勢いよく振り向いた。

    太陽「おーい!二人ともー!早く来いよー!」
    幸姫「スーくーん!早くー!大樹くんもー!」

     上手から二人の呼び声が聞こえる。

    昴「今行くー!」

     上手に向かって大きく返事をすると、大樹にもう一度視線を戻す。

    昴「きっとね」

     そう言うと上手側に歩き出す。

    昴「君の一日もそうなるといいね」

     昴、上手にはける。大樹、しばしその場に無言で立ち止まり、何かを考えている。幾分か経ったのち、気持ちの区切りをつけて上手にはける。



     場面は変わり、祭りの喧騒と軽快な音楽が流れる中、五人はそれぞれ下手から登場し、祭りを堪能している。

    幸姫「あ、見て!わたあめあるよ!」
    海愛「あ、本当だ!」
    幸姫「行こう!」
    海愛「あ、待って!幸ちゃん!」

     上手にはけた幸姫を追いかけて海愛もはける。

    太陽「あれ?あいつらどこ行った?」

     太陽が二人を探し回る。

    昴「なぁに?あの二人どっか行ったのぉ?」
    太陽「あぁー、ったく!どこ行きやがったんだ、あいつら」

     太陽はボリボリと頭を掻いた。

    昴「あーあ、けーっきょくこうなるんだ。やってらんなーい」

     昴は呆れた様子で下手に向かう。

    太陽「お、おい!どこ行くんだよ!」
    昴「どこって、ボクも好きなところに行くだけだよ」
    太陽「まだ探せば見つかるかも知れねーだろ!」
    昴「はぐれるなって言ったのに、先に約束破ったのは彼女たちだよ?いいから邪魔しないで」
    太陽「あ、おい!花火どうすんだよ!おーい!!」

     昴、下手にはける。取り残される太陽と大樹。
     太陽はガックリと肩を落とし、大きくため息をつく。

    太陽「…しゃーねー、オレたちも行くか」

     気を取り直し大樹に向かって声をかける太陽。

    大樹「行くってどこへ?」
    太陽「んなもん決まってんだろ?祭りを楽しみに行くんだよ!」

     そう言うと太陽は大きく伸びをした。

    太陽「あーあ、ったく!娘っ子どもはさっさと好き勝手に行っちまうし、あの銀河鉄道は今日も今日とて自由運行だし!はぁー!やんなっちまうぜ、ったくよぉ!」

     そこまで言うと太陽は大きく深呼吸をした。

    太陽「はぁー!しっかし、いい匂いだよなぁ!祭りの匂いってのはさ!」

     太陽が振り向くと、大樹は鼻を押さえてその場につったっていた。

    太陽「どした?具合でも悪いのか?」
    大樹「いや…」

     大樹の様子に太陽はふと気付き、もう一度祭り会場に漂う匂いを嗅いだ。

    太陽「そういや、甘い匂いも混じってるな…ちょっと待ってろ」

     そう言うと太陽は近くの屋台に向かい、缶コーヒーを一つ買ってきて大樹に渡した。

    太陽「ほれ」

     大樹は驚きながらも受け取る。

    大樹「あり、がとう…」
    太陽「どーいたしまして。ほら、早く飲めよ」

     促されるまま大樹は缶コーヒーの蓋を開けると、中からふわっとコーヒーの香ばしい香りが広がった。それを大樹は肺いっぱいに吸い込み、そして一口口をつけた。

    太陽「…落ち着いたか?」
    大樹「…あぁ」
    太陽「ゆっくり飲んでろ。オレ、たこ焼き買ってくるわ!」

     そう言ってまた太陽は近くの屋台に向かい、たこ焼きを注文した。その後ろ姿を大樹はぼんやりと眺めている。
     たこ焼きを買った太陽は「あちっあちっ」と言いながら大樹の元に帰ってきた。

    太陽「あっちー!うまそー!いただきまーす!」

     太陽はたこ焼きを一つ取ると、ふーふーと息を吹きかけてからうまそうにパクリと頬張った。

    太陽「あっつー!!」
    大樹「馬鹿だな、ゆっくり食えよ」

     太陽は身悶えしながらもうまそうにたこ焼きを咀嚼している。その様子を大樹は横からじっと見つめている。その視線に気がついた太陽は、持っていたたこ焼きをまた一つ取ると大樹に差し出した。

    太陽「いるか?」
    大樹「…いや、いらない」
    太陽「そっか」

     断られた太陽はたこ焼きを元の位置に戻し、まだ口の中に残っている熱々のたこ焼きとの格闘に専念した。

    太陽「っあぁーー!!熱かったぁ!いや、うまかったなぁー!」

     太陽は舌鼓を打つと、もう一つたこ焼きをとり口に運ぼうとした。

    大樹「なぁ」
    太陽「あぁ?」

     突然大樹に声をかけられ、太陽は開いた口をそのままに返事をした。

    大樹「あんた、コーヒー嫌いだったよな?」
    太陽「あん?なんだよ、藪から棒に」
    大樹「いや、嫌いだったよなぁって…」

     歯に物が挟まったような言い方に、太陽はキョトンとよくわからないといった顔で大樹を見つめている。

    太陽「あぁ、嫌いだよ」
    大樹「そう、だよな…あれだよな、香りがダメなんだっけ?」
    太陽「そ。人によっちゃ“いい香り〜♪”なーんて言うやつもいるけど、オレぁダメだな。全っ然よくない。むしろひでぇ匂いにしか感じねー」

     太陽は不味い物でも食べたかのように舌を突き出した。

    大樹「でも、家のインスタントコーヒー、いつも買ってきてくれるよな」
    太陽「おう。お前、飲むだろ?」
    大樹「あれば飲むけど、別に…」

     大樹が言い淀むのを見て、太陽はふっと笑った。

    太陽「家は甘党が多いからな。お前も遠慮せず、好きなもん買えよ」

     太陽は優しい眼差しで大樹を見つめた。大樹はその視線に思わず目をそらす。
     太陽は再びたこ焼きを一つ取ると、もう一度大樹に差し出した。

    太陽「ほら、食え!腹減ってちゃ楽しめるもんも楽しめなくなるぜ!」
    大樹「いや、だから俺は…」
    太陽「いいから、早くしろ!ほら、落っこっちまうぞ?」

     太陽の言葉と危なっかしい手つきに、大樹は慌てて太陽の持つたこ焼きを口に含んだ。その瞬間、大樹の口の中に灼熱の痛みが走る。

    大樹「〜〜っ!!!」
    太陽「ぶわっはっはっはっはっ!!!」

     太陽は熱さに身悶える大樹を見て、腹を抱えて笑った。

    太陽「いーっひっひっひっひっ!!!は、腹痛てぇー!!!」
    大樹「こ、このやろぅ…〜〜っ!!!」

     大樹は必死でたこ焼きを咀嚼し、飲み込んだ。

    太陽「ひーひー!!っうわぁ!!あちっあちっあちっ、あぶねぇ!!落とすとこだった!!」

     太陽は危うく、たこ焼き全てを地面に落とすところであった。

    大樹「ぶっ!!何やってんだよ!!」

     その間抜けな姿に、今度は大樹が大笑いした。

    太陽「なんだよ、ちゃんとキャッチしただろ?」

     つられて太陽も笑い続けた。
     ひとしきり笑うと、太陽はまた優しい眼差しで大樹を見つめた。

    太陽「…やっと笑ったな」
    大樹「…!」
    太陽「お前、ここに来てからずっと顰めっ面だったぞ?」

     大樹はバツの悪そうな顔で顔を逸らす。

    太陽「人生楽しまなきゃ損だぜ?」

     太陽は日の光のように眩しい笑顔を大樹に向けた。そのあまりの輝きに、大樹はぽかんと太陽を見つめた。

    太陽「さ、そろそろ行こうぜ!娘っ子たちも探さないとな!」
    大樹「あ、あぁ…」

     太陽はまた一口たこ焼きを頬張りながら、上手へとはけていく。
     
    大樹「…楽しまなきゃ損、か」

     ふと誰かの言葉を思い出しふっと笑うと、太陽の後を追って上手へとはける。



     あたりは先程より暗く日が沈んでいる。そこへ下手から海愛と幸姫が楽しそうに入ってくる。その手にはわたあめやりんご飴などの食べ物が握られており、それぞれお面を頭につけている。

    幸姫「お店いっぱいあるねー!」
    海愛「そうだねー」

     幸姫は目をキラキラと輝かせながら、他にどんな店があるのかキョロキョロと見回している。そんな幸姫の後ろ姿を見つめながら、海愛はすっかり周りの視線を忘れて祭りを楽しんでいる。
     そこでようやく幸姫は、自分たちの後から他の三人が付いてきていないことに気付く。

    幸姫「あれ?みんなは?」
    海愛「あれ?本当だ、いない…」

     海愛も同じくようやく気付き、「しまった」と驚きと戸惑いを露わにした。

    幸姫「もう!なんでみんな付いてきてないの!?はぐれちゃだめって言ったのは太陽の方なのに!」

     幸姫は頬を膨らませて腕を大きく組み、いかにも「怒っている」ことを態度に表した。その姿に苦笑いを浮かべながら、海愛は幸姫を嗜めた。

    海愛「幸ちゃん、あたしたちが悪いよ。みんなのペースを考えずに置いてきちゃったのはあたしたちなんだから」
    幸姫「でもでも!幸、早くわたあめ食べたかったし…」

     幸姫は海愛に食い下がるも、海愛の困った笑顔を見て渋々引き下がった。

    海愛「みんなが追いついてくるまでここで少し待ってようか」

     海愛の提案に幸姫はうなずくと、

    幸姫「ねぇ!そこのヨーヨー釣りしてもいい?」

     と海愛に尋ねた。海愛は優しく微笑み「いいよ」と答えると、幸姫はすっかりご機嫌となって意気揚々と近くのヨーヨー釣りの出店に向かっていった。その後姿を目で追いながら幸姫が機嫌を良くしたことに海愛が安堵していると、上手側が突然騒がしくなって、そこから若者たちが海愛の方へと向かってきた。
     海愛はその若者たちが、子供の頃自分を散々いじめてきた同級生たちであることに気付き、見つかる前に急いで隠れようとしたが、当時の記憶が蘇って恐怖で体がうまく動かず、隠れる前に彼らに見つかってしまう。

    若者1「あれ?ねぇ、あれってさ、“赤鬼”じゃね?」

     若者の中の一人がそう他の若者たちに呼びかけると、若者たちは一斉に海愛をジロジロと覗き見るように視線を向けた。
     海愛はあまりの恐怖に硬直してしまい、視線から逃れるようにその場で俯くことが精一杯だった。

    若者1「ほら!やっぱり“赤鬼”だよ!見てよ、この気持ち悪い肌の色!」

     若者はそう言って海愛の浴衣の肩口を掴むと、海愛を引きずるように若者たちの中心へと引っ張っていく。

    若者2「マジじゃん!えっ?何こいつ、一丁前に浴衣着てんじゃん!」

     そう言うと若者たちは、海愛の浴衣を摘んで捲ってみたり、時折海愛を押し合ったりなどしている。
     海愛は若者たちにいいように扱われても、やはり恐怖で一歩も動くどころか声を上げることすらできなかった。

    若者1「ねぇ、赤鬼ぃ。お前、何生意気に浴衣なんて着てんの?赤鬼のくせにさぁ」

     若者たちはどうやら酒を飲んでいるらしく、酒臭い息を吐きながら海愛にネチネチと絡み続けた。
     海愛が泣きそうになりながら必死に堪えていると、そこへ何も知らない幸姫がヨーヨーを釣り終え満足し海愛の元へ戻ってくる。

    幸姫「みーちゃん、見てー!ヨーヨー取れたよー!」

     若者たちに囲まれている海愛は、幸姫が彼らに危害を加えられるのではないかと恐怖し、急いで幸姫を遠ざけようと手を伸ばして制止しようとしたが一歩遅く、幸姫は海愛を取り巻く異様な空気に気がついて顔を強張らせた。

    幸姫「…みーちゃんのお友達?」

     幸姫が海愛の知り合いであることに気付くや否や若者たちは顔を見合わせ、面白いものでも見つけたかのように今度は幸姫を取り囲んだ。
     幸姫は一体何が起きているのか現状が掴めないまま若者たちに取り囲まれ、その様子を海愛は若者たちの背中越しに様子を見守ることしかできなかった。

    若者2「ねぇ、お嬢ちゃん。こいつの知り合い?もしかして妹?」
    若者1「まさかぁ!全然似てないっしょ!」
    若者3「そうだよ!この子が可愛そうだよ、こんな化け物と一緒にされたらさ!」

     若者たちはそこまで言うとゲラゲラと下品な大声で笑った。
     そこまで言われてようやく状況がわかった幸姫は、憤怒に顔を歪ませながらずいと一歩前へと足を踏み出し、若者たちに真正面から向き合った。

    幸姫「謝って!」
    若者1「…は?」

     直前まで機嫌よく笑っていた若者たちは、突然の幸姫の謝罪要求に途端に不機嫌を顕わにした。

    若者1「え?何、こいつ」

     若者たちの纏う空気がガラリと変わっても、幸姫は怯むことなく堂々と若者たちに対峙し続けた。

    幸姫「みーちゃんに謝って!早く!」
    若者2「マジ、なんなの?お前…マジうざいんだけど」
    幸姫「みーちゃんは化け物なんかじゃない!いいから謝って!!」
    海愛「幸ちゃん…!!もういいから…!!」

     ここでようやく恐怖を振り切って海愛が間に割って入ってくる。

    海愛「…ごめん。この子、思ったことすぐ全部口に出しちゃう子だから…」

     海愛はそう言いつつ幸姫を抱きしめて、若者たちに背を向けた。
     若者たちは大層頭に血を上らせ、イライラした感情を隠しもせず海愛たちとの距離をさらに詰めた。

    若者1「はぁ!?お前、何生意気にうちらに反抗してるわけ!?何様だよ、おい!!」
    若者3「謝れば済むって話じゃねぇだろうが、あぁ!?」

     若者3は怒りに身を任せたまま海愛を力強く小突く。それによって海愛の身体が幸姫を抱えたまま大きく揺らされ、幸姫はさらに怒り心頭となり、海愛に抱えられたまままたしても若者たちに喰ってかかった。

    幸姫「みーちゃんにひどいことしないで!!みーちゃんに謝って!!」
    若者2「うるさいんだよ、このクソガキ!!さっきから『謝れ謝れ』って、お前はそれだけしか話せないのかよ!?」
    海愛「ごめんなさい!!ごめんなさい!!」
    幸姫「な、なんでみーちゃんが謝るの!?みーちゃんは何も悪くないでしょ!?」

     海愛は若者たちに掴みかかられながら必死に謝っている。その様子に幸姫は慌てて海愛を止めようと制止した。しかし、海愛は止まることもなく謝り続ける。

    若者3「赤鬼のくせに、何私らに盾突こうとしてんだよ!?お前、いつからそんなに偉くなったんだよ、おい!!」

     若者3が威圧するように大きく地面を鳴らす。

    若者3「そっちのガキもだ!!何、ガキのくせに一丁前に私らに説教してくれてんだよ!?誰に口聞いてんだ、てめぇ!!ガキのくせにタメ口聞くなんざいい度胸じゃねぇか!!わかってんのか、あぁ!?隠れてんじゃねぇぞ、ゴラ!!」

     海愛は必死に幸姫に危害が加えられないように幸姫を抱きしめて守り、幸姫は海愛の身体の隙間から若者たちを睨みつけ、必死に追い払おうとしている。その様子を若者1は指をさして腹を抱えながら笑い、若者2は携帯を取り出してカメラで撮影を行いだす。
     これらの異様な空気に周りの喧騒もだんだんと空気が凍りついていき、不穏なものになっていく。その空気を知ってか知らずか、若者1が意気揚々と手にしていたまだ中身の入っているビール缶を大きく掲げて、若者2が撮影しているカメラの前に躍り出た。

    若者1「はーい、ちゅうもーーく!!今からぁ、この身の程知らずの赤鬼とぉクソ生意気なメスガキにぃ、自分の立場をわからせるための公開処刑を行いまーす!!」

     若者1の掛け声に、残りの二人も歓声を上げる。若者1は今から何が起きようとしているのかわかっていない海愛と幸姫のもとへやってくると、海愛の頭上からカメラによく映るようにビールをかけた。
     一瞬何が起きたのかわからなかった海愛は状況を理解すると同時に、その表情は次第に絶望へと染まっていく。それを海愛の腕の中から見ていた幸姫も、あまりのことに言葉を失う。

    幸姫「…みー、ちゃん?」

     幸姫は恐る恐る手を差し伸ばし海愛に触れようとするが、海愛の尋常じゃない様子に尻込みしてしまう。
     若者たちの笑い声が最高潮に達した時、突然下手側から大樹の怒声が飛んでくる。

    大樹「おい!!お前ら何やってるんだ!!?」

     大樹と太陽がそれぞれ下手から走り込んでくる。
     大樹はすぐさま海愛のそばにいた若者たちを押し除けながら海愛へと駆け寄り、海愛の無事を確認する。しかし海愛の反応はなく、海愛から漂う酒の匂いと濡れた浴衣を見て、大樹の怒りは頂点に達する。

    大樹「お前らぁ…!!」

     大樹は怒りに震えながら若者たちに振り返る。大樹に撮影を邪魔された挙句押し除けられた若者たちは、大樹の姿を見て顔を見合わせ、またしても大きな笑い声を上げた。

    若者1「ねぇ!こいつ、大樹じゃね!?」
    若者2「マジじゃん!!いっつも赤鬼に引っ付いてうちらに噛みついてきた“ドーベルマン”じゃん!!」
    若者3「お前ら、まだつるんでたのかよ?やっぱお前らってそういう仲なん?」

     若者たちがゲラゲラと下品な笑い声を上げると、若者3は大樹の肩に手を回した。

    若者3「お前さぁ、犬なら犬らしく赤鬼についていないで、ちゃんと桃太郎と一緒に鬼退治してろよな?それがお前の存在意義だろ?」
    若者2「いや、無理あるっしょ!だってこいつ、ドーベルマンだよ?」
    若者1「確かに!だって『桃太郎』に出てくる犬って、絶対日本犬でしょ?ドーベルマンの出てくる『桃太郎』って…!」

     若者たちはさらに大声を上げて笑い続ける。その様子に大樹が怒りで今にも若者たちに掴みかかろうとしたその時、離れたところで怒りに震えながら様子を見ていた太陽がついに動き出す。

    太陽「おい!!!」

     空気を震わせるほどの怒声に、今までおかしくて転げそうになっていた若者たちは驚き、太陽の方へ振り向いた。
     太陽はゆっくりと、しかし今にも相手を射抜きそうなほどの鋭い眼光を携えながら若者たちに近づいていく。

    太陽「てめぇら…!一体うちのやつらに何してくれやがった…!?」

     若者たちは顔を見合わせもう一度太陽の方へ向き直ると、お楽しみを邪魔された鬱憤を晴らすために太陽に絡みだした。

    若者3「あぁ!?なんだ、おっさん!?何、私らの邪魔してくれてんだよ!痛い目に遭いたいのか?あぁん!?」
    若者1「ちょっと年を考えたほうがいいんじゃないですかぁ??ギャハハ!!」

     若者2は相変わらず携帯で撮影を行っている。それを確認すると、太陽は低いドスの利いた声で撮影を辞めるよう忠告した。

    太陽「それを止めろ…!」
    若者1「はぁ!?」

     若者2は突然殺意に満ちた視線を向けられたじろいだが、若者1が突っかかったこともあり、撮影を止めることはなかった。

    太陽「二度目はねぇ...!早く撮影をやめろ…!!動画も消せ…!!」

     少しずつ太陽の温度感が上がっていくことに若者1と若者2は気付き、何やら自分たちの立場が危ぶまれていることに酔いが冷め出した。その様子に、大樹は太陽が怒髪天を衝くのにそう時間がかからないことをひしひしと感じ取っており、なんとかそこに行き着く前に太陽を止めたいものの、海愛のことが心配で海愛から離れることができずにいる。
     周りが太陽のあからさまに危険な空気に怖気づいているにも関わらず、若者3は相変わらず自分たちに命令をしてくる太陽に苛立ちを隠さず、太陽の襟元に掴みかかった。

    若者3「おい、おっさん…!こっちも二度は言わねぇぞ…?痛い目見たくなかったら、さっさとここから失せろっつってんだよ!!!」

     若者3は言い切るや否や、太陽に力一杯殴りかかった。途端に幸姫の悲鳴が上がる。

    大樹「太陽!!!」

     大樹も叫ぶ。
     太陽は殴られたことで大きく仰け反ったがすぐに体勢を立て直し、若者3をひと睨みしたかと思えば、その勢いのまま若者3に強烈な一撃を喰らわせた。
     幸姫は再び「太陽!!」と悲鳴を上げ、大樹は弾かれたように太陽のもとへ走り出し、若者3へ掴みかかって二撃目を繰り出そうとする太陽を必死で引き剥がそうと二人の間に体をねじ込んでいく。

    大樹「太陽!!落ち着け!!太陽!!!」
    太陽「うるせぇ!!!離せ!!!ぶっ殺してやる!!!」

     太陽は完全に我を忘れて若者3に掴みかかり、本気で殺しにかかる勢いで大樹を振りほどこうとしている。
     太陽の鬼気迫る勢いに、幸姫はもうどうしたらいいかわからずオロオロと海愛のもとで立ち尽くしており、それは他の二人の若者たちも同様で、恐怖のあまり唖然とその場に突っ立っていた。

    大樹「お前ら!!!ボーッと突っ立っていないで加勢しろ!!!こいつを引き剥がせ!!!」

     大樹は太陽を必死で押さえ込みながら、必死の形相で放心状態の若者二人に加勢を要求する。そこでようやく二人は意識を取り戻し、若者3と太陽を引き剥がしにかかった。
     しかし、太陽の力は予想以上に強く、さらには激高した若者3が太陽に反撃しようと他の若者たちの引き剥がそうとする手を拒むため、一向に二人を引き離すことができなかった。
     三人がかりの力を持ってしても太陽と若者3を引き剥がすことが叶わず、さらにエスカレートしていく二人の勢いに、いよいよ止めにかかった三人が振りほどかれそうになった時、幸姫の叫び声が響き渡った。

    幸姫「やめてよ!!!お父さん!!!」
    太陽「!!」

     幸姫の叫び声に太陽は我に返る。その隙を突いて若者3が太陽に一撃をお見舞いする。その衝撃に大樹もろとも太陽は後ろに倒れ込んだ。
     若者3は息を荒げながら他の二人に支えられている。
     太陽は殴られて尻餅をついた格好のまま、呆然と幸姫の方を見ている。

    太陽「…幸姫?」

     太陽がいつもの太陽に戻ったことを確認した幸姫は、涙を堪えながら泣いている。その姿を見て、太陽はようやく自分が我を忘れて人に殴りかかってしまった事実に気づく。その事実の重さに、太陽は愕然とする。

    太陽「…オレ…また…」

     自分が犯してしまった行いの罪深さに太陽は打ちひしがれ、そこになんて声をかけていいかわからず大樹が迷っていると、今までずっとしゃがみこんで現実逃避をしていた海愛が突然立ち上がり、荷物を放り出して上手へとはけていく。

    幸姫「みーちゃん!!?」
    大樹「海愛!!!」

     海愛が突然走り去っていったことに驚いた幸姫と大樹は咄嗟に海愛を追いかけようとしたが、それと同時に取り乱した太陽も下手側へと走っていく。それに気づいた大樹が呼び止めようと「太陽!!!」と叫び、その声に気づいた幸姫も立ち止まって太陽の方へ振り向いたが、太陽には声が届かずそのまま下手へとはけてしまう。
     あたりは静まり返り、若者3のうめき声だけが聞こえる。

    若者3「くっそぉ…!!あのクソジジィ…!!次見つけたらタダじゃおかねぇ…!!」

     若者3は相変わらず威勢のいい発言を繰り返しているが、そのあまりにもふらふらな体を支えてもらってようやく立っていられる様に他の二人は自分たちの分が悪いと悟り、このままここに居続ければ自分たちの行いを咎められると思った二人は、未だ恨み言を吐き続ける若者3を引きずるようにして上手へとはけていく。
     遠くで聞こえる祭りの喧騒が、今起きていることが現実の出来事であったことを嫌でも二人にわからせていく。
     幸姫は堪えていた涙がついに決壊し、大声を上げて泣き出した。それを大樹はどう受け止めたらいいのかわからず、ただその場に立ち尽くしている。
     もうあたりはすっかり夜の色へと変わっていた。
     暗転。



     舞台上手側にぼんやりとした暗い照明の下で、どこかに座って屋台で買い込んだ戦利品を食べている昴が現れる。そこへ上手花道より海愛が登場。
     海愛は昴に気づいている様子はない。なにかに怯えるようにして耳をふさぎ、ブツブツと「ごめんなさい」を繰り返し呟いている。どうやら先程の若者達に会ったことで過去の思い出したくなかった記憶に苛まれ、周りが全く見えなくなっている様子。頭の中で先程の若者たちの言葉がこだましている。

    海愛「ごめんなさい!!!」

     若者たちの声が響き渡るほどに大きくなったところで海愛が叫び、花道から舞台上手へと走り出す。が、途中で何かにつまづいたように膝から崩れ落ちる。地面に膝をついたことで浴衣がさらに汚れ海愛は惨めな気持ちになり、情けない気持ちを抱えながらなんとか立ち上がるも、ふらふらとした足取りで鼻をすすりながら舞台下手方面へと歩き出す。
     海愛が昴に気づかず通り過ぎようとした時、突然昴が海愛に声をかける。

    昴「ずいぶんな格好だね」
    海愛「!?」

     海愛が驚き振り返ったところで、舞台上手側の照明が明るくなる。昴は相変わらず戦利品を食べながら海愛を見つめている。海愛は昴の姿を見て自分の無様な格好に居た堪れなくなり、視線をそらして足早にその場を去ろうとしたが、それを昴がすぐさま引き止める。

    昴「花火始まるよ?座って見れば?」

     昴の言葉に、本当は今すぐこの場から離れたかった海愛だったが、昴の勧めを跳ね除ける気力もなく、仕方なくトボトボと昴に隣りに座った。
     どうやらこの場所は祭り会場から少し離れているようで、ここまでは会場の賑わいが届いてきておらず、代わりに聞こえるのは木々の葉が擦れあって奏でる音と、夏虫たちがそれに合わせて厳かに夏の演奏会を開く声だけがあたりを静かに埋め尽くしている。
     その確かに音は存在するのにどこか張り詰めた静寂な中で、海愛と昴はただ黙って花火が上がるのを待っていた。しかし、昴は相変わらず戦利品を食べている。
     耳が痛くなるほどの沈黙の中、海愛はこの時間が苦痛でならなかった。しかし、自分に何が起きたかを説明する気にもなれず、ただ黙って時間が過ぎ去るのを待っていると、昴がおもむろに口を開く。

    昴「…お酒臭い」
    海愛「!!」

     昴は海愛を一瞥することもなく呟くが、海愛はその原因が自分にあることにすぐに気づき、いたたまれない気持ちになってさらに深く俯いてしまう。

    昴「あー、やだやだ!これだから酒飲みってのは!ほんっとマナーの悪いやつばっかりでやんなっちゃう!」
    海愛「…ごめんなさい…!!」
    昴「…なんで君が謝るの?」

     もはや反射的に謝ることが身についてしまっている海愛の謝罪に、昴は戦利品を食べる手を止め、しっかりと海愛に視線を向けた。
     海愛は昴の真っ直ぐな質問に驚き昴に振り返るが、昴の自分を絶対に逃さないとばかりに縛り付けるほどの眼光に恐れおののき、思わず視線をそらしてしまう。

    昴「ねぇ、さっきから誰に謝ってるの?君、何か悪いことしたの?」

     昴の直球な質問に海愛は答えることができないでいたが、昴は容赦せずにさらに海愛に質問をぶつけていく。

    昴「悪いことをして謝らなくちゃいけないなら、それはボクじゃなくてその悪いことをしてしまった相手でしょ?」
    海愛「…っ!」

     昴の正論に、海愛は肩を震わせながら握りこぶしを作る。しかし、昴は止まらない。

    昴「一体、君は何をしたの?」

     昴の言葉に、海愛は返事をすることができない。昴はさらに続ける。

    昴「お酒を持ってる人にでもぶつかった?」

     その言葉が紡がれた瞬間、空気が凍った。周りの音が一切聞こえなくなり、海愛は完全に体が硬直してしまう。
     昴はそれを確認すると、ふっと張り詰めていた緊張を解き、海愛から視線を外して静かな夜空に視線を移した。

    昴「ぶつかった人に謝らなかったの?」

     海愛はだんだんとまた体を震わせ始め、頭を抱えてうずくまった。それを知ってか知らずか、昴はまた戦利品を手にとって食べ始める。

    昴「謝らなかったわけないよね?だって…」

     そこまで言うと、昴は食べる手を止めて小さなため息をついた後、言葉を続ける。

    昴「君は、謝れる人だから…ボクと違って…」
    海愛「…えっ!?」

     昴の今まで聞いたことのない言葉に、海愛は思わず驚いて勢いよく顔を上げ昴を見たが、昴はすでに何食わぬ顔でまた戦利品に手を付け始めていた。その姿を海愛が驚きが隠せない顔のまま見続けていると、昴はその視線に居心地の悪いものを感じ、今度は大きくため息をついた。

    昴「…何?大げさに驚いちゃって」
    海愛「あ、いや…」

     海愛は昴の反応にバツの悪い顔をして目をそらす。その様子を確認すると、昴は再び夜空へと視線を移した。

    昴「君は謝れる人だ。だからどうせ、いつもみたいにちゃんと謝ったんでしょ?」
    海愛「……」

     落ち着きを取り戻した海愛は、今度は静かに昴の話を聞いている。

    昴「それでもし、相手が君のことを許さなかったとしても、それは君が悪いんじゃなくて相手の心が狭いってことでしょ?」
    海愛「……」
    昴「相手の心が狭いことまで君が謝ったってしょうがないでしょ?それとも何?君はそのぶつかった相手の保護者か何かなの?」
    海愛「いや…」
    昴「なら気にする必要なんてないでしょ、そんなしょうもないやつのこと」
    海愛「…でも」
    昴「何?」

     海愛は言い淀みながらも、意を決して口を開く。

    海愛「でも…!あたしが、みんなの気を悪くするような見た目をしてるから…!!」

     海愛は涙声になりながら必死に言葉を続ける。昴はその海愛の様子に、いつの間にか戦利品を食べる手を止めていた。

    海愛「あたしの体の痣が気持ち悪いから…!!赤鬼みたいに真っ赤だから…!!だからみんな離れていくの…!!みんな嫌な気持ちになるの…!!あたしが気持ち悪いから…!!!」

     海愛はついにボロボロと泣き崩れた。昴はそれをしかめっ面になりながら黙って聞いている。

    海愛「あたし、生まれてこなければよかった!!!こんな姿で生まれてくるくらいなら、いっそのこと生まれてきたくなかった!!!あの日、パパとママが事故で死んじゃった日に、あたしも一緒に死んじゃいたかった!!!なんであたし、まだ生きてんのよ!!!」

     海愛の叫びがあたりの音をかき消していく。それでも昴は動じることなく、ただじっと海愛の隣りに座っている。

    昴「…ねぇ、知ってる?“みんな”ってのはね、三人しかいないんだよ?数えてみな?」
    海愛「…??」

     海愛は昴の突然の意味のわからない話にしゃくりを上げながら顔を上げると、昴はおもむろに海愛に振り返って指を三本突き上げ、それを海愛に見せるようにもう片方の手の指で一本ずつ指さしながら「み」「ん」「な」と呼称してみせた。それをぽかんとした顔で見つめる海愛の顔を一瞥すると、昴はまた海愛から視線をそらし前を向いた。

    昴「で?結局、今日は何人に“赤鬼”なんて言われたの?」
    海愛「…三人」
    昴「ほら、やっぱり!三人しかいないんじゃん。もしかして君、本気で世界中の人間が全員、君のこと“赤鬼”って呼んでると思ってたの?ボクたちは一回も君をそんなふうに呼んだことないのに?」

     そこでようやく海愛ははっとした。海愛のことを悪く呼んでいたのは若者たちだけで、昴や幸姫、大樹や太陽はもちろんのこと、今日すれ違った人々からも、海愛は一度も「赤鬼」とも「気持ち悪い」とも呼ばれたことなどなかった。
     海愛が今まで見えていなかった事実に驚きあっけにとられていると、昴はどこか面倒くさそうに、しかし、真っ直ぐ海愛に伝わるような声で語りだす。

    昴「…君がいないと、お姫様が泣くんだよ」
    海愛「…っ!!」

     昴の言葉に、海愛ははっと気づく。大切な存在のことを。

    昴「君がいないと、あの子は君を探すよ?どこまでもね」
    海愛「…!」
    昴「君の過保護なボディガードだって黙っちゃいない」
    海愛「…!!」
    昴「あの後ろ向きに前進する馬鹿だって、君をみすみす手放すことはしない」
    海愛「…っ!!」
    昴「それに…」

     昴はここまで話すと、大きく息を吸った。

    昴「ボクはまだ、満足に君のお菓子を食べてないよ?」
    海愛「…は?」

     昴の突然の突拍子もない発言に、今まで涙を堪えながら話を聞いていた海愛の涙がすっと引っ込む。

    昴「君にはまだまだたくさんお菓子を作ってもらわなきゃ困るんだ。じゃなきゃ、なんのために君を引き取ったと思ってるの?君の立場を見誤ってもらっちゃ困るなぁ」
    海愛「…っ!!」

     海愛は笑いを堪えている。そこへ昴がトドメの一言を放つ。

    昴「君が死んでいいのは、ボクの一生分のプリンを作ってからだよ?」
    海愛「ふはっ!!」

     海愛はここでついに吹き出してしまう。その様子を昴が見届けたと同時に、あたりに一際大きな音が響き渡り、景色が色鮮やかな光によって照らし出される。

    昴「あ!ようやく始まったね!」

     夜空に輝く大輪の花を見上げながら、昴は歓声を上げる。その声につられ、海愛も空を見上げる。
     空気を揺らすほどの音の圧を体に受けながら、二人は静かに花火を見上げ続けている。
     上手側照明暗転。



     上手側が暗転したのと同時に下手側の照明明転。花火はすでに上がり始めている。
     舞台上には何度も携帯から電話をかけている大樹の姿と、未だ泣きじゃくっている幸姫の姿がある。

    幸姫「…みーちゃん…!」

     幸姫の手の中には、海愛が放り捨てていった巾着が握られている。

    大樹「ダメだ…!!繋がらない…!!」

     大樹は苛立ちを抑えきれず、大きく悪態をつく。

    大樹「くそっ!!どこに行ったんだ、あの人は!?」
    幸姫「たいよーう!!みんなぁー!!どこぉー!?もう花火始まっちゃったよう!!うわーーーん!!!」
    大樹「!!!」

     大樹は幸姫の言葉に、今まで抑え込んできた感情が一気に吹き出してくるのを感じた。

    大樹「それはお前が!!!」
    幸姫「!!?」

     大樹の突然の大声に驚いた幸姫は思わず泣き声を上げるのをやめたが、しかしもうすでに、大樹は自分の感情を抑えることができなかった。

    大樹「っ!!!それは、お前がいきなりいなくなるから!!!はぐれるなっつったのに、さっさと走ってどっかに行っちまったから!!!」
    幸姫「…っ!!!」
    大樹「お前が悪いんだぞ!!?お前が祭りになんて行きたいって言うから!!!お前が、海愛を連れ出したりなんかするからこんなことになったんだ!!!」
    幸姫「違うもん!!!」

     大樹の怒りに幸姫が真っ向から立ち向かう。それに対し、大樹はますます怒りの熱量を上げていく。

    大樹「何が違うんだ!!?」
    幸姫「違うんだもん!!!」
    大樹「だから!!!何が違うのかはっきり言え!!!」
    幸姫「だから!!!絶対に絶対に違うんだもん!!!!」

     幸姫の絶叫に近い訴えに、大樹は怒りを抑えず幸姫を睨みつけた。それに負けじと幸姫は自分の主張を続ける。

    幸姫「だって、みーちゃん、本当に楽しそうだったんだもん!!!浴衣選んだときも、浴衣着たときも、お祭りに来たときだって!!!ちゃんと全部楽しそうだったんだもん!!!」
    大樹「そんなもん、お前の主観に過ぎないだろう!!?」
    幸姫「そんなことないもん!!!!」

     幸姫は一際大きく叫ぶと、キッと大樹を睨みつける。

    幸姫「だいたい、大樹くんたちだって、ちゃんと幸たちについてこないのが悪いんでしょ!!?」
    大樹「あぁ!!?」

     大樹は青筋を立てる勢いで怒り、幸姫との距離を詰めた。しかし、幸姫は引かない。

    幸姫「幸はちゃんと「わたあめ食べたい!」って言った!!!それなのに、幸たちがわたあめ買いに行く時についてこなかったのは大樹くんたちじゃない!!!先に幸たちを見失ったのは大樹くんたちなんだから、幸は悪くない!!!」
    大樹「お前っ…!!!」

     大樹は思わず掴みかかりそうになる手を引っ込め、その手を無理矢理自分の頭の後ろへ運び、乱暴に頭を掻きむしった。

    大樹「なんでっ…!!なんでお前はいつもそれで許されてんだよ!!!」

     大樹は怒りのぶつけ先に迷い、幸姫に背中を向けて大きく離れる。

    大樹「お前はいつだってそうだ!!!わがままばっかり…!!なんでお前はいつもそうなんだよ!!!なんでそれで許されてんだよ!!!!」

     大樹の閉じ込めていた幸姫への鬱憤が勢いよく吹き出して、大樹はそれをもう止めることができなくなった。

    大樹「なんでお前はよくて俺はダメなんだよ!!?何が違うってんだよ!!?お前が女だからか!!?それとも俺より子供だったからか!!??」

     大樹はまるで子供のように、支離滅裂に自分がずっと抑え込んできた過去の苦しみを吐き出し続ける。

    大樹「俺だってあの日、あの人に見つけてもらった時、俺のことを連れて行ってほしかったのに…!!やっとあの糞どもから離れられたってのに…!!!なんであの人は俺を施設なんかに置いていったんだ!!!?」

     大樹の悲痛な叫びに、幸姫は戸惑いを隠せないまま黙って話を聞いている。

    大樹「俺だって…!俺だって連れて行ってほしかったのに…!!なんでお前はいとも簡単にあの人に受け入れてもらえてんだよ!!!?ふざけんなよ!!!!」

     大樹はそう叫ぶと、その場にへたり込んでしまう。あたりはいつの間にか花火も終わり静まり返っていた。
     幸姫は大樹のいつもと違う、責任感が強くてしっかりとした姿とは似ても似つかないほど変わり果てた姿に、どんなふうに声をかけていいかわからなかった。しかし、意を決して一度大きく深呼吸をしてから一歩大樹の方へと足を踏み出した。

    幸姫「大樹くん、あのね…?」
    大樹「……」

     幸姫の呼びかけに、大樹は一切反応しない。それでも幸姫はめげずに言葉を続けた。

    幸姫「太陽がね、前に言ってたよ」

     幸姫はたどたどしく、記憶の中で太陽が話していた言葉を一つずつ紡いでいく。

    幸姫「太陽ね、めったにお酒飲まないのに、たまにどこかに出かけて帰ってくるといっつもお酒の匂いがしたんだよ。それでね、いつもその日の夜はご機嫌で、いつもおんなじ男の子のお話をするの」

     そこまで黙って聞いていた大樹がピクリと反応する。

    幸姫「太陽ね、いつもその男の子のこと褒めてた。あいつはすごいやつだ、親に恵まれないで殴られて育ってきたのに、あいつの目はいつ見ても死んじゃいない。むしろいつもギラギラとギラついてて、あいつは生きることに飢えてやがる。あれは大物の目だ。あいつはきっと、将来すごいことを成し遂げるぞって」

     大樹は、まさか太陽が自分の知らないところで自分のことをそんなふうに言っていることを露とも知らず、にわかに信じがたい気持ちでいた。幸姫は、そんな大樹のことはお構いなしに話を続ける。

    幸姫「こんなお話も聞いたよ!あいつは施設でつらい思いをしてる女の子を助けたんだ!あいつは自分だってつらい思いをたくさんしてきたのに、困ってる人間を放っとかない心根の優しいやつなんだ!オレは、そんなあいつの人生に関われて幸せ者だって!」

     大樹はもうどんな顔をしていいかもわからず、ただ必死に噛みしめるように幸姫の話に耳を傾け続けた。

    幸姫「幸ね、そのお話を聞くたびにいつも思ってたの。このお話の男の子はどんな子なんだろうって。いつか会えたらいいなって思ってた」

     幸姫がそこまで話すと、大樹はようやく幸姫の方へゆっくりと振り向いた。

    幸姫「実際の男の子は、全然幸に優しくなんてなかった!いっつも意地悪言うし、幸がちょっとでも失敗するとすぐ笑うし!でも…」

     ここで幸姫はもう一度深呼吸する。

    幸姫「でも!幸には優しくなかったけど、みんなには優しかったよ!!」

     そう言うと幸姫は、身振り手振りを交えながら大げさに、いかに大樹がみんなに優しいかを語りだす。

    幸姫「みーちゃんがね、お外で悪い人に意地悪言われても、大樹くんはすぐに相手の人を追っ払っちゃうでしょ?太陽が困ってる人を見つけても、どうやって助けてあげたらいいかわからなくて困ってたら、真っ先に気づいて助けてあげるでしょ?それから、スーくんが一人で退屈そうにしてたら、大樹くんがスーくんに声かけて遊んであげてるでしょ?」
    大樹「いや、別に遊んでやってはねぇよ…」

     大樹が思わず苦笑しながら反論するも、幸姫は「いいの!!」と頬を膨らませながら無理矢理肯定した。

    幸姫「とにかく!!大樹くんはみんなに優しいの!!そんな大樹くんのこと、幸は好きじゃないけど、嫌いじゃないよ?」
    大樹「ぶっ!!!」

     幸姫の全く隠そうともしない本音に、大樹はついに吹き出してしまう。それを見た幸姫は満足そうに胸を張った。
    幸姫「幸ね、お姫様だから。だからこれからもわがまま言うよ?」

     幸姫の突然の宣言に、大樹は笑いを引っ込めて幸姫を真剣な眼差しで見た。

    幸姫「幸ね、生まれたときから“お姫様”だったの。いつもみんなにお世話してもらって、何でも好きなもの買ってもらいながら、大事に大事に育ててもらってたの」
    大樹「……」
    幸姫「でもね、いつもみんなに言われていたのは、「幸姫様は何もしなくていい」だった」
    大樹「……」
    幸姫「お外に行きたくても「幸姫様はお外に出なくてもいいのです」、家のお手伝いをしたくても「幸姫様はそのようなことをなさらなくてもいいのです」、お友達と遊びたいなと思っても「幸姫様にはそのような存在は必要ありません」って言われ続けてきたの」
    大樹「…あぁ」
    幸姫「幸、“お姫様”って、みんなの言うことだけを守って、あとはずっと狭いお部屋の中で、いつか来る“神様の花嫁”になる日を待ち続けるのが普通なんだと思ってた」
    大樹「……」
    幸姫「でもね、幸、お家がなくなっちゃって行くところがなくなって、それで太陽とスーくんのお家に迎え入れてもらった時、スーくんに言われたの。「お姫様なんだから、もっとわがまま言いなよ」って」
    大樹「ふっ…」

     容易に想像できる昴の姿に、大樹から思わず笑みが溢れる。

    幸姫「だからね!幸、これから先もたくさんわがまま言うよ!だって幸は“お姫様”だから!お姫様はわがままを言うものだから!!それに幸がわがままを言うと、太陽が笑うから!!」
    大樹「!!」

     大樹はそこでようやく、幸姫も自分と同じく太陽をとても大切に思っていることを知り驚愕する。

    幸姫「そのせいでこれからも大樹くんに嫌な思いいっぱいさせちゃうかもしれないけど、でも幸は!これからもたくさんわがまま言うからね!!覚悟しててね!!」
    大樹「…あぁ」

     自分よりもずっと幼い幸姫の、年に見合わない大きな覚悟を、大樹は静かに、しかし確かに受け止めた。それを確認した幸姫は、今まで大声で泣きわめいていた子供とは思えないほどの、それはそれは眩しい花火のような笑顔で笑った。

    幸姫「あっ、大樹くん!!これだけは訂正して!!」
    大樹「あ?」

     コロコロと目まぐるしく変わる幸姫の態度に戸惑いながらも、大樹はぶっきらぼうに返事をする。

    幸姫「あのね!大樹くんが施設に行かなかったら、幸はみーちゃんと出会えなかったんだよ!?だからもう、施設になんか行きたくなかったなんて言っちゃダメ!!わかった!?」

     大樹は自分が太陽に置いていかれてしまった事実ばかりに目を向けて、大切な存在のことを忘れていたことを幸姫に気づかされ、思わず言葉を失ってしまった。その様子に幸姫は無視をされたと思い、頬を膨らませながら、

    幸姫「返事は!?」

     と促した。それを受け気を取り戻した大樹は、これまでで一番の穏やかな笑みを浮かべ、

    大樹「あぁ」

     と返事を返した。その返事を聞いて、幸姫はまたご機嫌な子供へと戻った。

    幸姫「さ!いっぱい泣いて元気も出たし、早くみーちゃんたちを探しに行こう!」

     そう言うと、幸姫は下手側へとはけようとする。そこへ大樹の「待て!」という制止がかかる。それに反応した幸姫は、大樹へと振り返る。そこには、携帯を取り出して通話画面を見つめている大樹が深刻な顔をして立っている。

    幸姫「どうしたの?」
    大樹「…一か八か、賭けてみるか…!」

     そう言って大樹は通話ボタンを押して電話をかけ始めた。
     下手側暗転。



     再び上手側明転。花火は終わり、あたりから夏虫たちの声が響き渡っている。それを聞きながら、昴と海愛は余韻に浸っていた。

    昴「あーあ、終わっちゃった!」

     昴はつまらなそうに体勢を崩した。その隣で海愛はまだ花火の余韻に浸っている。

    昴「花火ってなんでこんなにもあっけなく終わっちゃうのかな?もっとずっと終わらなければいいのに」

     昴の言葉に、海愛は余韻から冷めて昴に振り向く。

    昴「そしたら毎日がお祭りさ!屋台だって食べ放題!もう最っ高だね!」

     昴は機嫌よく自分の願望を話している。海愛はそれをどこか不思議そうな顔で眺めていた。

    海愛「毎日がお祭りで、毎日屋台のご飯だと、飽きたりしない?」
    昴「さぁね?飽きたらまた新しい楽しみを見つけるだけさ」

     海愛の疑問に、昴はさも当然のように興味なさげに答える。

    昴「この世はなんてつまらないんだろうね。あまりにも早く終わってしまうものが多すぎる」

     昴はなんてことのない話をしている顔で語ったが、その隣で黙ってきている海愛の顔に少しだけ寂しさが滲む。

    昴「あの空に浮かぶ星々だって、もうすでに滅びてるというのに、未だ人間の目にはそこに存在しているように見えている。それくらいの時間差があってもいいものなのにな」

     ほんの少し、本当にほんの少しだけ、昴の心の奥底に眠る孤独が滲み出るように、無意識に昴は呟いた。

    昴「そうは思わない?」

     昴は冗談めかしたいつもの調子で海愛に尋ねるが、海愛の表情は曇っていた。

    昴「…なぁに?その顔。君はいつ見ても泣きそうな顔をしているね?」

     昴がケタケタと笑うも、海愛の表情は一向に晴れない。ただじっと昴を見つめ続けるその姿に、昴はすっと顔色をなくし海愛を見つめ返した。

    昴「何?君もボクが可哀想な存在に見えるの?」

     昴の冷たい声に海愛ははっとし、大きくかぶり振るも、その表情は未だ沈んだままだった。

    海愛「…スーさん。あたし、スーさんに“一生分のプリン”、作ってあげられないよ」

     海愛の言葉に、昴は一瞬傷ついた表情を見せるも、すぐさまいつもの面倒くさそうな顔に戻る。その姿を見逃さなかった海愛は、深く傷ついた表情をする。

    昴「なぁにぃ??君、そんなこと本気で鵜呑みにしてたわけぇ??バッカみたい!!そんなの冗談に決まってるじゃん!!」

     いつもの軽い調子で昴は返すも、海愛は目をそらすことなく昴を見つめ続けている。それに居心地の悪いものを感じた昴は、ぷいとそっぽを向いてしまう。

    海愛「…ごめんね?」

     海愛の謝罪が昴の逆鱗に触れる。

    昴「だから!!なんで君が謝るわけ!?君がいつ、このボクに!謝らなくちゃいけないことをしたの!!?」

     昴の怒りように海愛はたじろぐも、決して昴から視線を外さない。その海愛の真剣な眼差しから逃げるように、昴が視線を外す。

    昴「君が、ボクが死ぬまで一生お菓子を作り続けることができないことくらい、わかりきってるよ!!だってボクは死なないんだから!!!君たちと違ってね!!?」

     昴の悲痛な孤独の叫びと共に、一際強く風が木々を揺らしながら吹いた。

    昴「…お菓子も屋台も、食べればなくなる…花火だって、一度打ち上げてしまえば後はパッと咲いて儚く消える…そこに何も残りなんてしない…当たり前のことだ…」

     昴は泣き出すわけでもなく、ただポツポツと小さく、己の内側を大きく占める、凍えるほど冷ややかな孤独を吐き出していく。

    昴「…花火は終わった…もう何もない…」

     さらに俯く昴。

    昴「煙だけの空に、人は意味なんて見出さない…」

     少しの沈黙の後、昴は絞り出すような声で言葉を吐き捨てる。

    昴「…すべて、無意味だ…」

     重たい沈黙が二人の間に流れる。
     海愛は昴の本心を静かに聞き届けると、一度大きくその場に座り直して背筋を伸ばし、覚悟を決めた表情をしてから、改めて俯く昴に向き直った。

    海愛「無意味じゃないよ」

     昴の反応はない。しかし、海愛はさらに優しく微笑んで昴に語りかける。

    海愛「無意味じゃない。だって、花火、すごく綺麗だったよ?」

     海愛がすでに静かになった夏の夜空に目を向けると、そこにはかすかに煙の跡と火薬の匂いが残っている。

    海愛「あたしね、初めてだったの。こんなに近くで、こんなに大きな花火を見たの!」

     海愛は祭りの空気を味わうかのように、大きく深呼吸をする。

    海愛「すごかったぁ!あんなに大きな音がするんだね、知らなかった!体中に音の波が押し寄せてきて、あたし、押し流されちゃうかと思った!」

     海愛は愉快そうに笑いながら、さらに話を続ける。

    海愛「あたしさ、みんなに出会わなかったら、きっといつまでもこんな綺麗な花火を見ることなんてなかったと思う」

     そう言って昴に視線を戻す海愛の表情はとても穏やかだ。

    海愛「幸ちゃんが夏祭りに行きたいって言って、太陽さんがそれに賛成してくれて、スーさんがあたしの背中を押してくれて、大樹もなんだかんだあたしを心配してついてきてくれた」

     海愛はその事実を噛みしめるように、一つ一つの言葉を大事に紡いでいく。

    海愛「悲しい出来事もあった。落ち込んだし、怖かったし、消えちゃいたくもなった。でも…」

     海愛はもう一度昴に向き直るように座り直す。

    海愛「あたし、今日、お祭り来てよかった!!浴衣は汚れちゃったし、お酒臭くもなったけど、それでも!今日という日の“思い出”を、あたし、一生忘れないよ!!」

     海愛の言葉に、ほんの少しだけ昴が顔を上げる。

    昴「…死んだら覚えていられないよ?」

     昴のいつもの屁理屈に、海愛は楽しそうに笑う。

    海愛「覚えていられなくても、何も変わらないよ!ご飯を食べたことも、「おいしい!」って思ったことも、喧嘩したことも、涙が止まらなかった日のことも…」

     海愛はそこまで言うと、今度は少しだけ不安そうな顔をして昴を見つめる。

    海愛「…一緒に、花火を見た今日のことも…」

     昴はようやく海愛を見る。海愛は嬉しそうに泣きそうな顔で笑った。

    海愛「…花火、綺麗だったね!」

     海愛の優しさが、昴の氷漬けになっていた心を優しく溶かしていく。そこへ突然、携帯の着信音が響く。
     海愛は自身の携帯がなっているのかと思い、巾着を探すも見つからない。

    海愛「あれ?あたしの巾着は?」

     海愛が巾着がどこかに落ちていないか探していると、昴が自身の携帯に着信が来ているのを確認する。それに気がついた海愛が昴の反応を伺っていると、昴は「げっ!」と苦虫を噛み潰したような顔をした。

    海愛「誰から?」
    昴「…偏屈くん…」
    海愛「大樹から!!?ちょっ、早く!!電話出て!!出て出て、早く!!!」

     電話に出ることを出し渋っている昴に海愛は発破をかけ、昴は渋々電話に出た。
     昴が電話に出ると同時に、下手側に照明がつく。そこには、電話をかけている大樹とそのそばで聞き耳を立てている幸姫の姿があった。
     大樹は、昴が電話口に向かって「もしもし」と語り終わるよりも前に、昴が電話に出たことで反射的に「昴か!!?」と叫んでいた。それを電話口に受け、昴は思わず携帯から一度耳を離した。

    昴「…何?」

     昴の不機嫌な対応に全く意を介さず、大樹は切羽詰まった声で事情を話し出す。

    大樹「昴!!あんた、今どこにいる!!?」
    昴「ちょっと、そんなに大声出さなくても聞こえ…」
    大樹「海愛が、海愛がいなくなったんだよ!!!どこ探しても見つからない…!!全然見つからねぇんだよ!!!」
    幸姫「スーくん、大変!!!みーちゃんを探しに行かないと!!!太陽もいなくなっちゃった!!!」
    大樹「俺が不甲斐ないばっかりに…!!海愛を守れなかったばっかりに…!!!俺は…!!俺はぁ…っ!!!」

     大樹の後悔に打ちひしがれる声と幸姫の電話口に向かって大声で呼びかける声に耳をつんざかれ、昴は心底うんざりした顔をした。その様子を隣で心配そうに海愛が見つめている。
     昴は一度大きくため息をつくと、電話口に向かって静かに話し出す。

    昴「…心配しなくても、君の妹はここにいるよ」

     昴の言葉に、大樹は息を呑んだ。

    大樹「ほ、本当か!?海愛はそこにいるのか!!?」
    幸姫「みーちゃん!!?」

     大樹の言葉に、幸姫は大樹の携帯に手を伸ばす。それを受け、大樹は携帯をスピーカーモードにし、自分と幸姫の間に向けた。

    幸姫「みーちゃん!!!そこにいるの!!?みーちゃん!!!」

     幸姫の声に、昴は海愛に振り向いて携帯を差し出す。海愛は一瞬ためらい昴に目配せしたものの、それを受けた昴は無言でさらに海愛に携帯を差し伸ばした。海愛はそれを確認すると、意を決して携帯を手に取り、耳元に当てた。

    海愛「…もしもし?」

     海愛の静かな声を聞き取り、大樹と幸姫は目を輝かせながら顔を見合わせると、すぐさま携帯へと向き直った。

    幸姫「みーちゃん!!?みーちゃんなの!!?」
    大樹「海愛!!!海愛なんだよな!!?返事をしてくれ!!!」
    海愛「幸ちゃん…!!!大樹…!!!」

     海愛の元気な返事に安心した大樹は、安心のあまりその場に座り込んでしまう。そこへすかさず幸姫が大樹から携帯をもぎ取り、海愛に話しかける。

    幸姫「みーちゃん!!!みーちゃん!!!大丈夫!!?ごめんね!!?幸、みーちゃんのこと、助けてあげられなかった!!!!うわーーーん!!!!!」

     幸姫も今まで堪えていた感情を爆発させ、盛大に声を上げて泣いた。それに負けじと海愛も声を張り上げる。

    海愛「幸ちゃん!!!ごめんね!!?勝手にいなくなったりして…!!!あたしは大丈夫だから!!!守ってくれて、助けてくれようとしてくれて、本当にありがとう!!!!」
    幸姫「うわーーーん!!!!みーーちゃーーーん!!!!会いたいよぅーーー!!!!」
    海愛「大丈夫!!!今からそっちに向かうから!!!少しだけ待っててね!!!一旦電話切るよ!!?」

     幸姫は泣きじゃくりながら「うん、うん」と返事をし、それを聞き届けた海愛は電話を切り、大きな安堵のため息をついた。
     一旦下手側の照明が少し暗くなる。

    昴「…ほんっと騒がしいねぇ、あの二人」

     昴のうんざりした顔を見て、海愛は苦笑いを浮かべる。

    海愛「仕方ないよ。心配かけさせちゃったのは、あたしだし…」
    昴「本当にね!」

     昴はそう言うと勢いよく立ち上がり、大きく伸びをした。そして、自分の食べ終わった戦利品たちをまとめ、海愛から受け取った携帯をポケットにしまうと、もう一度海愛の前に片手をすっと差し出す。その手を不思議そうに、昴の顔と交互に海愛は見た。

    海愛「どうしたの?」

     海愛の疑問には答えず、昴は何食わぬ顔で手を差し伸ばし続けている。

    昴「手、繋いであげるよ。また転ばれても嫌だし」
    海愛「えっ!?いいよ、そんなの!子供じゃないんだから!」

     昴の言葉に、海愛は両手をブンブン振りながら拒否する。

    昴「君はボクから見たら十分子供だよ?」

     昴の不敵な笑みに海愛はふくれっ面になったものの、すぐさま「ぷっ!」と吹き出し、今度は素直に昴の手を取り立ち上がった。

    海愛「ありがとね、スーさん」

     海愛が優しく微笑む横で、昴は不服そうに顔を歪めた。その様子に海愛は不思議そうな顔をして昴を見つめる。

    海愛「どうしたの?」
    昴「…ねぇ、そのいかにも酒と煙草に溺れて干からびたおじさんみたいな呼び方、やめて」

     昴のまさかの発言に、海愛は大きく吹き出す。

    昴「ねぇ、汚い」

     昴が嫌そうに顔を歪めるも、海愛の笑いは止まらない。

    海愛「あっははははは!!!ごめんごめん!!だって、何その偏見!!!」
    昴「いいから、とにかくやめて」

     昴の嫌がる姿になんとか笑いを堪えつつ、海愛は昴と向き合う。

    海愛「わかった!やめる」

     そして静かに昴を見つめると、またいつもの優しい笑顔を浮かべた。

    海愛「行こう、昴」

     海愛の言葉に、昴はふっと微笑む。

    昴「…あぁ、行こう。海愛」

     二人はしっかりと手をつなぎ合いながら、下手側へと向かう。



     昴、海愛が下手に向かい、幸姫、大樹と合流すると、上手側が暗転し、下手側の照明のみになる。
     幸姫は海愛の姿を確認するや否や、真っ先に海愛へと走り出し、海愛に飛びついた。

    幸姫「みーちゃん!!!」
    海愛「幸ちゃん!!!」

     海愛は自分にしがみついて大きく泣きわめく幸姫をしっかりと抱きとめ、何度も何度も謝っている。

    海愛「ごめんね、幸ちゃん…!!本当にごめんね…!!」
    幸姫「うわーーー!!!!みーーちゃーーーん!!!!」

     二人がお互いの無事を泣きながら確認しあっているところに、安心したような、しかし、どこか怒っているような顔で大樹が二人を見つめていると、それに気がついた海愛が申し訳無さそうに大樹を見た。

    海愛「大樹も、ごめん…心配かけて…!」
    大樹「…いや」

     大樹は海愛の謝罪にまだ何か言いたそうな顔をするも、何を言っていいのかわからず、悩んだ末に海愛に近づき、幸姫ごと海愛を抱きしめた。

    大樹「…無事で、よかった…!!」
    海愛「…っ!!」

     口下手な大樹の精一杯な心配の言葉に、海愛は大樹にしがみつくようにして、幸姫に負けないほど大きな声で泣き出した。その様子を、昴は離れたところでやれやれと見守っている。
     しばらくそうして泣いていると、少し落ち着いたのか海愛が大樹から離れる。それに合わせて幸姫も少し落ち着き海愛から離れるが、その際に握った海愛の手を決して離そうとはしなかった。海愛もその手をしっかりと握り返し、大樹に笑顔を向けた。

    海愛「ありがとう、大樹。あたしのこと、探してくれてたんだよね?」

     大樹は海愛の笑顔に、なんとも言えない複雑な表情をして見返している。その表情に、海愛は苦笑いを浮かべる。その様子に、幸姫は不満気な表情を浮かべ、海愛と繋いだ手をブンブン振りながら、自分が今機嫌を損ねていることを海愛に伝え、それに気づいた海愛が幸姫に振り向き、幸姫に視線を合わせながら優しく微笑んだ。

    海愛「どうしたの?幸ちゃん」
    幸姫「幸だって…幸だって、みーちゃんのこと、探してたもん…!」
    海愛「!」

     海愛の優しい問いかけに、幸姫は口を尖らせながら答えた。その姿があまりにも愛しく感じた海愛は、思わず「ふっ!」と笑ってしまう。それを馬鹿にされたと思った幸姫は、さらに不機嫌となって海愛の腕をさらに激しく振った。

    海愛「ごめんごめん、幸ちゃん!!大丈夫、ちゃんと知ってるよ?幸ちゃんもあたしのこと探してくれてたこと」
    幸姫「本当ぉ?」
    海愛「もちろん!ありがとう、幸ちゃん!」

     幸姫の疑いの言葉に海愛が大きくうなずいて答えると、幸姫はようやく笑顔を取り戻した。その単純な姿にため息をつきつつ、大樹がボソリと「調子のいいやつ」と呟くと、幸姫はそれを聞き取り大樹を睨みつけた。しかし、当の本人はどこ吹く風とばかりにそっぽを向いている。そんな二人の様子を、海愛は柔らかく笑いながら見守っている。そこへ昴の、大げさなほど大きなため息が聞こえてくる。

    昴「なぁに?なんでそんなに騒がしいわけぇ?ちょっとその場からいなくなっただけで大げさな」

     昴がやれやれとわざとらしくジェスチャーをすると、幸姫は今度は昴に怒りをぶつけ始める。

    幸姫「大げさなんかじゃないもん!!あのね!本当にすっごく嫌な人たちがいたんだよ!?その人たちね!?みーちゃんのこと“赤鬼”って呼んだんだよ!?みーちゃん、赤鬼じゃないのにねぇ!?」

     幸姫は憤慨しながら海愛に同意を求めた。海愛は驚きつつも、幸姫の力強い眼差しに背中を押されるようにうなずく。

    海愛「ね、変わった人たちだったね?」
    幸姫「ねぇー!!?」

     幸姫は海愛の同意を得てもなお怒りが静まらず、まだプンプンと鼻息を荒くしている。

    幸姫「しかもね!?その人たち、幸のこと「ガキ」って言ったんだよぉ!!?幸、ガキなんかじゃないもん!!!」
    大樹「いや、ガキだろ」
    幸姫「もぉー!!!なんで大樹くんはいっつも幸に意地悪言うのぉー!!?」

     大樹の軽口に幸姫は大きく機嫌を損ね、大樹はそれをニヤニヤと見つめている。そのいつもの光景に、海愛は声を上げて笑っている。

    昴「うるさい!!大体、なんで泣き虫ちゃんに電話しなかったわけぇ?」

     昴の言葉に、三人が一斉に静かになって昴を見る。大樹は、昴の言葉にため息をついてから、幸姫の持つ海愛の巾着を指さした。

    大樹「そこにあるのに、どうやって電話を取り次ぐんだよ」
    海愛「あ!あたしの巾着!!」

     海愛はようやく幸姫が自分の巾着を持っていることに気づき、幸姫から巾着を受け取ると中身を確認した。それを心底呆れた顔で昴が見ている。

    昴「…何やってるの?君」

     その言葉に海愛はいたたまれない表情を浮かべる。

    海愛「ごめん…取り乱した時に全部置いてきちゃってたみたい…」

     海愛の言葉に、昴はまたしても大きなため息と共にやれやれとジェスチャーをした。

    海愛「ありがとう、幸ちゃん。拾っておいてくれたんだね」

     海愛の言葉に、幸姫は腰に手を当て頬を膨らませながら、いかにも怒っていることを海愛にアピールした。

    幸姫「もう!!ダメじゃない、みーちゃん!!それ、幸が選んで買ってもらったやつなんだよ!?失くしたりしたら許さないんだからね!!?幸が選んだんだよ!?幸が選んだんだよ!!?ちゃんと大事にしてよね!!?」
    海愛「ごめんごめん!!もう絶対に失くさない!!大事にしますからー!!」

     幸姫の怒りを一身に受け止めながら、海愛は必死に謝ってはいるものの、その表情は満面の笑みを浮かべており、とても楽しそうである。その姿を優しい兄の表情で大樹が見つめている。

    昴「さて!じゃあ、そろそろ行こうかな?」

     昴の掛け声に、三人は意味がわからず顔を見合わせる。それをちらりとも確認せず、昴は上手へと進んでいく。その背中に海愛が慌てて声をかける。

    海愛「ど、どこに行くの!?」
    昴「決まってるでしょ?最後の一人を探しに行くんだよ」
    海愛「太陽さんを!?でも、どこにいるのかわからないんじゃ…」
    幸姫「そうだよ!!電話も繋がらないし、どこにいるのかわかんなかったの!!」
    大樹「わかるのか!?あの人がいる場所が!?」
    昴「あぁ、うるさいうるさい!!」

     口々に飛び交う言葉たちに、昴はうざったそうに悪態をつく。しかし、すぐに神妙な顔をして夜空に大きく浮かんでいる月を見上げると、感慨深そうな表情を浮かべた。

    昴「…どうせアレのことだ。どこか暗く湿ったところで、空でも見上げているんだろう」

     昴はそこまで言うと、有無を言わさず上手へと退場する。

    幸姫「あっ!!待ってぇ!!」

     それを追いかけるように幸姫も続けて退場。その後を、海愛と大樹が一度顔を見合わせ、お互いうなずき合ってから上手へと退場する。
     暗転。



     舞台が明転すると、舞台中央には月を見上げる太陽の姿がある。
     太陽は茫然自失にただ月を見上げるばかりで、その顔に覇気はない。
     そこへ下手から幸姫が走って登場。幸姫は太陽を視認すると、下手側に向かって

    幸姫「いたよー!!!太陽いたー!!!」

     と叫ぶ。その声を聞きつけて海愛と太陽が下手から走りこんでくる。その後ろからゆっくりと歩いて昴が舞台に登場する。それに気づいた太陽は、何かに怯えるように後退りをする。

    幸姫「太陽!!こんなところにいたの!?心配したんだよ!!」
    海愛「太陽さん!!ごめんなさい!!あたしを助けようとして、そのせいで太陽さんを傷つけてしまって…!!」
    大樹「太陽!!」

     三人はそれぞれ太陽に呼びかけるが、太陽はそれを拒むように頭を抱えながらさらに三人から距離を取ろうとする。その様子に痺れを切らした幸姫が太陽との距離を詰めようと一歩踏み出すと、太陽は大声で幸姫を制止した。

    太陽「来るなぁーーー!!!!」

     生まれて初めて太陽に拒絶された幸姫は、驚きのあまりその場に立ちすくむ。
     太陽はもう周りが見えなくなっており、頭を抱えてふらふらとおぼつかない足取りをしており、時々何かをぶつぶつと呟くように唸っている。
     海愛は怒鳴られて立ちすくむ幸姫に寄り添い、いつもと違う太陽の異様な姿になんと声をかけたらいいのかわからず尻込みをしている。

    海愛「…太陽さん…!」
    太陽「…オレに、近づくんじゃねぇ…!!」

     太陽は傷ついた獣のように、近づくものを遠ざけようとしている。

    太陽「…オレは…また…!またやっちまった…!!」

     太陽は泣き声を押し殺しながら、自分の後悔の感情を吐き出していく。

    太陽「オレ…昔っからすぐに手が出ちまって…!!いっつも周りの人間を傷つけて…!!オレは…!オレはぁ…!!」

     太陽は一際大きく息を吸い込むと、

    太陽「誰かを助けられるような男なんかじゃねぇ!!!!」

     と叫んだ。

    太陽「オレの手は、誰かを救うためについてんじゃねぇ!!!誰かを殴ることしかできねぇ、誰かを傷つけることしかできねぇ、血に塗れた汚い手だ!!!こんなオレが、誰かを助けられるはずがねぇんだよ…!!!」

     そこまで叫ぶと、今度は海愛たちの方へと振り向く太陽。その目はすでに、正気のものとは思えないほど爛々と輝いている。

    太陽「オレは“太陽”なんかじゃねぇ…!!!誰かに照らしてもらわねぇと自分の力で光ることもできねぇ、ただの“月”だ…!!!オレはお前らが思うようなすげぇ男なんかじゃねぇんだよ!!!!」

     太陽はついにその場にうずくまって泣き崩れてしまう。その姿に、海愛も幸姫も大樹も、何も言うことができなかった。
     しかし、そこで口を開いたのは昴だった。

    昴「バァッカじゃないのぉ!!?」
    全員「!!?」

     昴の一喝に、その場にいた全員が昴に振り返る。昴は気にせず太陽の前へ躍り出る。そして太陽を見下ろすと、睨みつけるように仁王立ちをした。

    太陽「…なんだとぉ…!!?」
    昴「聞こえなかったか?お前は馬鹿だと言っている」
    太陽「てんめぇ…!!!」

     太陽と昴の一触即発の空気に海愛は危機感を覚え、急いで二人を止めようと前に出ようとすると、それをすぐさま大樹が止める。驚いた海愛が大樹に振り返ると、大樹は首を振ってからもう一度太陽と昴を見た。海愛はその姿を見て、固唾を飲んで二人の行く末を見守る覚悟を決めた。

    昴「黙って聞いていれば調子のいいことだ。貴様はいつからそんな御大層なものになったのだ?自惚れるのも大概にしろ!!」
    太陽「…っ!!こんの野郎ぉ!!!」

     太陽は勢いよく立ち上がり、今にも昴に殴り掛かりそうな鬼気迫った気迫を放っている。しかし、昴は動じることなく、未だ太陽を睨みつけている。

    太陽「てめぇに何がわかるってんだ!!!失うことに慣れきったてめぇが!!!大切なものを持つことを諦めたてめぇが!!!オレの何がわかってそんな口聞いてやがんだよ!!!!なんとか言えよ、おい!!!!」

     太陽は今までに見たこともないような殺気を放ちながら昴を睨んでいる。そのあまりにも恐ろしい空気に、幸姫は恐怖に震え海愛にしがみつき、海愛もしがみついてくる幸姫をしっかりと抱きしめながら成り行きを見守っている。

    昴「…何がわかる、だと?ハッ!笑わせてくれる。逆に問おう。なぜこの私が、貴様のことを理解してやらねばならんのだ?言ってみろ!!」

     昴も負けじと言い返す。

    昴「何が「オレは“太陽”ではなく“月”」だ!!貴様程度の男が!その辺に転がる石ほどにも満たぬ人間風情が!!何を大それたことをぬかしておるのだ、この大馬鹿者めがぁ!!!」
    太陽「…っ!!!」

     太陽が言葉にならない叫びを上げ、ついにその手が昴へと伸びようとしたその瞬間。

    大樹「昴!!!」

     大樹の昴を呼ぶ声があたりに響き渡る。太陽はすんでのところで昴に伸ばす手を止めた。
     昴は意識をほんの少しだけ大樹へ向ける。

    大樹「昴、その言い方ではダメだ。訂正しろ」
    昴「…なんだと?」

     昴の纏う空気がピクリと動く。

    昴「私が間違っているとでも言いたいのか…?」

     昴の殺気が大樹に向けられる。しかし、当の本人は気にせず昴と太陽のもとに近づいていく。それを海愛と幸姫は不安そうに見守っている。
     大樹が昴のそばまで来ると、大きく息を吸いながら胸を張って腕を組み、そして肺一杯に吸い込んだであろう空気を一気に鼻から吹き出した。

    大樹「間違っているとは言っていない。言い方を変えろと言っているんだ。じゃないと…」

     大樹が顎をくいっと動かし、太陽を示す。

    大樹「そんな言い方じゃあ、この馬鹿に通じるわけないだろう?」
    太陽「はぁぁぁあ!!??」

     まさか自分に向けて言われているとは思いもしていなかった太陽は、なんとも情けない叫び声を上げた。

    太陽「お、お、お前…!!?」

     太陽が狼狽えているのもお構いなしに、大樹はさらに続ける。

    大樹「あんたもよくわかっているだろう?こいつは自分のことを“月”に例えるような、ずいぶんとめでたい頭の持ち主なんだぞ?」
    太陽「て、てんめぇ…!!?」

     大樹がやれやれとため息をつくと、太陽の怒りの矛先は完全に大樹ヘと向けられた。大樹はそれを確認すると、太陽に真正面から向き合った。

    太陽「黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって…!!何が言いたいんだ、大樹!!!」
    大樹「あんたは!!!俺たちにとっちゃ“月”とか“太陽”とか、そんなどこにでもあるありきたりなもんで例えられるほど、わかりやすくて説明のしやすいちっぽけな人間なんかじゃねぇんだよ!!!」
    太陽「!!?」

     大樹が太陽に初めて見せた本気の信頼の言葉に、太陽は思わず面食らう。

    大樹「あんたが“月”だぁ!!?笑わせんじゃねぇ!!!月がいつもこんなに近くにあってたまるか!!!“太陽”なんかじゃないぃ!!?当たり前だ!!!あんたがそんな強くて何者にも負けないやつだなんて、これっぽっちも思ったことねぇよ!!!自惚れんな、この大馬鹿野郎!!!」

     大樹は少し落ち着いて、今度は諭すような口調で太陽に話しかけていく。

    大樹「あんたはいつだってそんなに強くない、そんなの俺たちはわかりきってるよ…!失敗だってするし、すぐ落ち込んで情けなくメソメソして、馬鹿みたいに俺たちに慰められて、すぐ調子に乗ってまた馬鹿やってど叱られて、それでまた落ち込む…それがあんたって人だろう!?」

     太陽は、自分の認識が覆されていく感覚に思考がついてこず、頭を押さえながらそれでも大樹の言葉に耳を傾け続けている。

    大樹「あんたは空に浮かんで輝いてる“太陽”じゃない。太陽に照らされて映し出されてる“月”でもない!俺たちの太陽は、今俺の目の前で頭抱えて、必死に俺の言葉を否定しようとしてる、あんた唯一人だ!!」

     大樹にここまで言われてもなお、太陽は大樹の言葉を信じることができないでいる。そこへ、今まで海愛のもとで黙って話を聞いていた幸姫が、勇気を振り絞って一歩前へ出る。

    幸姫「太陽!あのね…?」
    太陽「…幸姫?」

     幸姫がおずおずと前へ出てきたのを、太陽はまだ少し怯えた顔で見ている。

    幸姫「幸ね、嬉しかったよ?太陽が幸に「“神様の花嫁”になんてならなくていいんだよ」って言ってくれたこと。「幸姫は無理して誰かのお嫁さんにならなくていいんだよ」「無理して誰かの幸せのために生きたり、ましてや死んだりなんかしなくていいんだよ」「幸姫はどこにでもいる“普通の女の子”なんだから、もっとわがままに生きていいんだよ」って!幸、すっごく嬉しかったんだよ!?」

     過去に自分が幸姫に向けて言った言葉が、今度は太陽に返っていく。

    幸姫「例え太陽が幸の“お父さん”になりたくないって思ってても、幸は今、すっごく幸せだよ!!太陽の家の子になれて、新しい家族ができて、すっごくすっごく幸せなんだよ!!太陽は幸にとって、世界で一番かっこよくて一番大好きな、幸のお父さんだよ!!?」

     太陽はとめどなく流れる涙を拭うこともせず、ただじっと幸姫の言葉を聞いている。そしてついに、海愛も太陽に歩み寄る。

    海愛「太陽さん」
    太陽「…海愛」

     涙でぐちゃぐちゃな顔をした太陽を、海愛は優しく見つめながら自分の気持ちを打ち明け始める。

    海愛「太陽さん。あたしもね、感謝してるの。あたしを大樹と一緒に施設から連れ出してくれたこと」

     海愛は遠い日の記憶を懐かしむように振り返る。

    海愛「あの日、パパとママが死んじゃって一人ぼっちになったあたしを、親戚の誰もが引き取りたくなくて、結局あたしは施設へ行くことになった」

     海愛は淡々と話を続ける。

    海愛「あたし、すごく心細くて、毎日神様に、パパとママに早く会えますようにってお祈りしてた」

     海愛は大樹に振り向き、嬉しそうに微笑む。

    海愛「そこで大樹と出会って、あたしは一人ぼっちじゃなくなった!そして、太陽さんに出会った!」

     今度は太陽に視線を移すと、さらに嬉しそうに笑う。

    海愛「太陽さんはあたしにいろんなものをくれた!住む家をくれた!毎日一緒にご飯を食べてくれた!毎日好きな服を着させてくれた!それから…!」

     そう言うと海愛は昴の元へ駆け寄る。

    海愛「わがままで皮肉屋でとっても寂しがり屋な昴と!」

     今度は幸姫のもとへ行き、幸姫を抱きしめる。

    海愛「いつも元気いっぱいで、困ったことがあればすぐに助けに来てくれる、あたしの可愛い可愛い妹にも出会わせてくれた!」

     海愛と幸姫は互い見つめ合い笑い合うと、もう一度太陽に向き直る。

    海愛「全部全部、太陽さんがみんなをあたしに出会わせてくれたおかげだよ?全部太陽さんのおかげなんだ!」

     海愛は涙を堪え呼吸を整えてから、

    海愛「ありがとう、お父さん!」

     と、太陽の目をしっかりと見つめて言った。それを受け、太陽はついに堪えきれなくなり、その場に泣き崩れてしまう。それに対し、海愛と幸姫は一度顔を見合わせてから太陽に駆け寄り、太陽の背中を擦る。それをようやく平穏が戻ったとばかりに大樹は見つめており、昴は大きな伸びをしながら欠伸をしていた。



     太陽の号哭が響き渡る中、突然昴の腹の虫が盛大に鳴る。その音に太陽も泣くことを忘れ、全員で昴の方を向いた。

    昴「お腹空いたぁ〜〜〜!!!」

     昴の拍子抜けする嘆きに、思わず全員失笑する。

    海愛「もう、台無しじゃん!」
    昴「だぁって、ボク、まだぜーんぜんご飯食べてないんだもーん!」
    海愛「あんなにたくさん食べてたのにぃ??」

     海愛はもうおかしくて大きく笑い声を上げた。その横で幸姫も楽しそうに笑っている。昴は不服そうにしかめっ面をしている。

    幸姫「もう、スーくんったら!」
    昴「あんなんじゃ全然食べたうちに入らないよ。家に帰ったらまた作ってよね!」

     そう言うと、昴は大樹に視線を移す。それを受けた大樹は、とても面倒臭そうな顔をした。

    大樹「なんで俺が…」

     大樹が言い終わるのを待たずに、幸姫が間に割り込む。

    幸姫「あ!!幸、パンケーキ食べたい!!」
    大樹「なんでだよ!!そんなもん、明日の朝にしろ!」
    幸姫「ぶぅー!!幸は今食べたいのぉ!!」
    昴「ボクもパンケーキがいいー!」
    大樹「うるさい!食いたきゃ自分たちで作れ!」
    太陽「オレも…!」

     大樹、幸姫、昴のじゃれあいの間に、太陽が声をかける。三人が一斉に太陽を見ると、太陽はようやくゆっくりと立ち上がる。そして、照れくさそうに笑いながら、

    太陽「オレも食いたい、パンケーキ…!」

     と言った。
     それを聞いた幸姫は目を輝かせ大樹に振り返り、昴もそれに合わせて大樹を見つめる。大樹は二人の視線を受けながら、太陽の顔と二人の顔を交互に見ると、大きくため息をつく。

    大樹「あんたも散々食ってたろ…」
    太陽「いやぁ、なんか騒いだら腹減っちまった」

     太陽は恥ずかしさを誤魔化すように笑っている。

    海愛「あたしも食べたいなぁ、大樹のパンケーキ!」
    大樹「……」

     そこへ海愛まで言い出したことで、大樹は再び大きなため息をつき、ポツリと一言

    大樹「…わかったよ」

     と呟く。それを聞いた幸姫は盛大に、全身で喜びを表現した。それを微笑ましく眺める海愛と太陽、そしてそれを呆れながらもなんだかんだ優しく見つめる大樹。

    昴「なんだよ、最初っからそう言えばいいじゃないか。素直じゃないね、君は」

     昴の茶化す言葉に、大樹は一瞬むっと顔を顰めて昴を睨むが、しかしその表情はすぐに和らぐ。

    大樹「…あんたの予言通りになったな」
    昴「?」

     昴は何を言われたのかわからず、ポカンと呆けている。

    大樹「今日は確かに、最高の一日になった」
    昴「!」

     昴はようやくそこで、祭り会場に着いた時に言った自分の言葉を思い出す。

    昴「おや、それはすごいね。ボク、占い師の素質でもあるのかな?」
    大樹「馬鹿言え。その前にとんでもなく最悪のことがあっただろう。今日の最高は、そのどん底からなんとか引き上がって得られたものに過ぎないぜ」
    昴「所詮占いなんてそんなものでしょ?あー、よかった!これで次の稼ぎ口が見つかったよ!」
    大樹「ぬかせ!」

     昴の冗談に大樹は笑う。そこへ太陽が二人のもとへやってくる。

    太陽「二人とも、ありがとな…」

     太陽は申し訳なさそうに、恥ずかしそうにはにかみながら二人に声をかける。

    昴「本当だよぉ!キミってば、本っ当に世話が焼けるよねぇ?」
    太陽「…悪い」

     太陽は苦笑しつつ謝ると、少しだけ真剣な顔をして昴を見つめた。

    太陽「…ありがとな、昴」

     滅多に昴の名前を呼ばない太陽が名を呼ぶと、昴は少し怪訝そうな顔をして太陽の顔を見た。

    昴「なぁに?やけに素直じゃない。雪でも降るのかねぇ?」

     そう言いながら空を見上げる昴。それに太陽は呆れた顔をしつつ、しかし真剣な声で話を続ける。

    太陽「たまにはオレの気持ちを素直に受け取れよ」
    昴「……」

     昴は不服そうに、しかし、どこか神妙な面持ちで太陽の言葉を受け取ると、小さくため息をついたのち、呟くように

    昴「…お前がいないと、世の中つまらんのだ」

     と言った。それに対し太陽が「あぁ」と相槌を打つと、もう一度

    太陽「ありがとな」

     と言った。昴は不満気な顔でそっぽを向く。それをどこかつまらなそうに、羨ましそうに、しかし、どこか安心した顔で見つめる大樹に、太陽がふと気づく。

    太陽「大樹も、ありがとな!」
    大樹「!」

     太陽はいつものお日様のような顔で笑っている。それにどこか懐かしさと安心を覚えた大樹は、ふっと笑う。

    大樹「…礼を言うのが遅ぇ」
    太陽「なんだよ、ちゃんと言っただろう?」

     太陽が大きく笑うと、大樹もいつものように意地悪い笑みを浮かべて太陽を見た。

    大樹「今更なんだよ。あんたはいつも上手くやれてないって落ち込んでるけど、俺たちはあんたが上手くやれてるとこなんて、一度も見たことねぇよ!」
    太陽「なんだとぉ〜?」
    大樹「でも、それがあんただろ?」

     大樹の言葉に、太陽は恥ずかしそうに照れ笑いをしながらも、大樹の目をしっかりと見て

    太陽「あぁ、そうだな!」

     と、胸を張って言った。そこへ今度は太陽の腹の虫が鳴る。

    太陽「あー、腹減ったぁ!」

     太陽は腹を押さえながら大きく呟く。その音を聞きつけ、幸姫は海愛を連れて太陽のもとへ駆け寄ってくる。

    幸姫「太陽、おっきな音ー!」

     幸姫がくすくすと笑うと、太陽も豪快にガハハと笑っている。そしてすぐにその顔は、優しい父の顔になった。

    太陽「幸も、ありがとな」

     太陽の感謝の言葉に、幸姫はきょとんと不思議そうな顔をして

    幸姫「何のこと?」

     と太陽に尋ねた。そのあまりにも“本当によくわかっていない顔”を見た太陽は、思わず吹き出してしまう。

    太陽「悪ぃ悪ぃ、なんでもねぇよ」

     そう言うと、太陽は幸姫の頭を優しく撫でる。そして今度は海愛に視線を移すと、また優しく微笑んだ。

    太陽「海愛もな」

     それを受けた海愛は、どこか恥ずかしそうに、しかし、確かに嬉しそうな顔をしてから、くるりと太陽に背を向け、

    海愛「あれぇ?あたしもよくわかんないなぁ?」

     ととぼけた。海愛の言葉に、太陽、大樹、海愛が笑い声を上げる。幸姫は本当によくわかっていないのか、

    幸姫「何が?何がおかしいの??」

     と、三人に聞き回っている。しかし、誰も答えようとはせず、ただ笑いながら幸姫を優しく見つめている。幸姫は、誰も答えようとしないことに不満気な空気を醸し出す。そこへ、今度は全員の腹の虫が鳴る。
     全員、お互いの顔を見回してから思わず噴き出す。

    太陽「さ、帰るか!」

     太陽の号令に、全員がそれぞれ反応する。

    幸姫「帰ろう!お家に!」

     幸姫の言葉をきっかけに、全員が下手へと歩き出す。

    幸姫「ねぇ、大樹くん!帰ったらパンケーキ、ちゃんと中まで火を通して焼いてね!」
    大樹「心配するな、お前の分はちゃんとしっかり隅々まで火を通してやるから。そしたらチョコレートソースなんかかける前から真っ黒だ」
    幸姫「もう!!そんな焦げ焦げ、食べられないじゃない!!大樹くんの意地悪!!」
    太陽「大丈夫だって!外側剥げば中は食えるだろ?」
    幸姫「そういう問題じゃなーーい!!」
    昴「ねぇ、ボクの分はちゃんと綺麗に焼いてよね?」
    海愛「あたしのもおねがーい!」
    大樹「うるさい!!お前ら全員、自分で焼け!!」

     五人は賑やかに騒ぎながら下手へとはけていく。
     終幕。

     
     

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    たった一文字で変わる世界がある。 ならば、そのたった一文字の違いの意味を探しにいく旅に出よう。

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