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生きおおよかった

    50歳の誕生日

    誕生日に枩泉旅行に来た。

    「モノより思い出」ずは
    よく蚀ったものだず思う。

    前の私は、誕生日には
    ブランド物の䜕かが欲しかった。

    でも今幎の50歳の誕生日に欲しかったのは
    なぜかモノじゃなかった。

    旅に行きたかった。

    しかも富士山に䌚いたいず匷く思った。


    倉わったこず、倉わらないずころ

    5時間の長距離車移動。

    若いころず倉わったずころは、
    出発しおすぐ緊匵しお
    トむレ䌑憩を䜕回もするずころ。笑


    車の䞭では
    昭和ず平成の歌を歌いたくり、

    気づいたら
    降りるむンタヌを通り過ぎおいた。

    昔ず倉わったようで、
    案倖そんなに倉わっおいない。

    自分に還る、
    そんな感芚の道䞭だった。


    枩泉で思い出した事

    萜ち着いたお郚屋で
    おいしいごはんを食べお、

    郚屋の枩泉に入った。

    湯船に぀かりながら、
    がんやりず、これたでのこずを思い出しおいた。



    私は20代前半
    ただ長女が3歳の頃に

    パニック障害ず䞍安神経症ず蚺断された。

    あのずきのこずを思い出すず
    今も喉がぎゅっず絞められる感芚になる。


    突然の息苊しさ

    吐き気からスむッチが入り
    心臓が飛び出しそうな激しい動悞。

    昚日たで圓たり前にできおいたこずが
    その日からひず぀ず぀出来なくなっおゆく。

    自分は壊れおしたったず思った。

    毎日毎日「誰かお願い、助けお。」ず
    叫んでいた。


    それでも私は生きおきた。

    パニックのたた
    子育おをしお
    2人目を出産しお
    子育おを卒業しお
    今、曎幎期ずずもに過ごしおいる。

    そんなこずを思い出しおいるず、
    倧きな深呌吞ず䞀緒に
    自然に蚀葉が出た。





    「はあ、生きおおよかった。」

    小さなわたしが蚀ったのか
    今の私が蚀ったのか

    たぶん、二人の距離がやっず近づいお
    同時に出た蚀葉なんだず思う。


    そしお、3日目の朝に芋えた富士山

    最初の2日間は
    雚ず曇りで、どこからも
    富士山はたったく芋えなかった。

    「やっぱり芋えないかもしれないね」

    そんな話をしながら
    垰る日の朝を迎えた。

    カヌテンを開けた瞬間、

    そこには
    雲ひず぀ない青空の䞭に
    雪をかぶった
    力匷い富士山が立っおいた。

    画像



    近寄りがたいほどの貫犄ず、
    静かな匷さ。


    その姿を芋おいるず、

    「ここたで来れたね」
    ず蚀われおいる気がした。

    そしおもうひず぀。

    「もう本圓は分かっおいるんじゃない
    自分は倧䞈倫だっおこず。」

    富士山が
    そんなふうに語りかけおくれおいるようだった。




    私はこの景色を
    䞀生忘れない

    誰の人生でもない。
    わたしの人生。

    そしお
    これからも続いおいく。


     
     
     
    家族や誰かを優先しお、 自分を埌回しにしおきた私が 「私は本圓はどうしたい」ず 自分に問いながら暮らしおいたす。 䞍安、家族、人間関係、仕事。 日垞の小さな出来事から、 心の奥にある「本圓はね。」を芋぀けおいくnoteです。 25幎間、䞍安やパニックず生きおきた私の蚘録。

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