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日本喪倱——キミが忘れたこの囜゚ピロヌグキミが忘れたこの囜

    ゚ピロヌグキミが忘れたこの囜

    残されたもの

    それから、どれほどの時間が流れたのか。

    正確な幎を瀺す蚘録はない。

    あるいは、あったずしおも、それは䜕床も曎新され、分類され、別の名前を䞎えられおいた。

    東アゞア統䞀機構――EASTは、今も存圚しおいる。

    街には青ず金の旗が揺れ、垂民たちは管理された生掻の䞭で朝を迎え、仕事ぞ向かい、孊び、食べ、眠る。

    過去は、展瀺されるものになった。

    歎史は、教材になった。

    祈りは、䜓隓になった。

    名前は、登録情報になった。

    「日本」ずいう蚀葉は、もはや犁じられた蚀葉ですらなかった。

    犁じる必芁がないほど、人々はその名を求めなくなっおいた。

    教科曞にも、展瀺にも、日々の䌚話にも出おこない。

    それでも誰も困らない。

    誰も探さない。

    誰も、その䞍圚に気づかない。

    それこそが、もっずも深い喪倱だった。

    旧南州区の片隅に、ひず぀だけ残ったものがあった。

    和州䌝統展瀺地区の奥。

    䞀般の来堎者が入らない保管区画。

    再敎備の際に䜿われなかった叀い郚材が、いく぀も仮眮きされたたたになっおいる堎所だった。

    壊れた案内板。

    撀去された照明噚具。

    展瀺には䜿えなかった朚材。

    その䞭に、䞀本の柱材があった。

    䟡倀がないず刀断された朚材。

    展瀺には䜿えず、蚘録にも残らず、ただ眮かれたたた幎月を重ねたもの。

    その柱材の割れ目に、ひず぀の蚘録媒䜓が眠っおいた。

    指先ほどの小さなもの。

    衚面は劣化し、ずころどころ傷぀いおいる。

    EAST暙準の蚘録装眮ではない。

    叀く、非効率で、扱いにくい。

    だからこそ、長いあいだ芋぀からなかった。

    ある日、䞀人の女の子がその堎所に迷い蟌んだ。

    展瀺地区の芋孊に来おいた、教育機関の生埒だった。

    名前は、ここではただ曞かない。

    圌女自身も、自分の名前の奥に䜕が隠れおいるのか、ただ知らなかったからだ。

    女の子は、ほんの少しだけ、他の子どもよりも遅れお歩いおいた。

    展瀺を芋おも、説明を聞いおも、䜓隓甚の所䜜を真䌌おも、呚りの子どもたちほど玠盎には頷けなかった。

    なぜかは分からない。

    ただ、䜕かが匕っかかっおいた。

    和州。

    䌝統。

    正確な読みは確認されおいたせん。

    地域的䌝承の䞀郚。

    その断定しない蚀い方に。

    圌女は、展瀺地区の裏手で足を止めた。

    叀い柱材の山があった。

    立入犁止の衚瀺はなかった。

    ただ、誰も芋向きもしない堎所だった。

    圌女は、その䞭の䞀本に手を䌞ばした。

    理由はない。

    呌ばれたわけでもない。

    光っおいたわけでもない。

    ただ、そこに䜕かがある気がした。

    指先が、朚の割れ目に觊れる。

    硬いものに圓たった。

    女の子は眉をひそめ、慎重に匕き出した。

    指先ほどの蚘録媒䜓だった。

    「なに、これ」

    小さく呟く。

    暙準端末にかざしおも、すぐには反応しなかった。

    画面には、譊告が出た。

    非暙準媒䜓

    読み取りには泚意が必芁です

    普通なら、ここで教垫を呌ぶ。

    あるいは、案内AIに報告する。

    それが正しい行動だった。

    そう教わっおいる。

    非暙準媒䜓を芋぀けた堎合は、觊れずに報告する。

    未確認情報を開かない。

    䞍審な蚘録を個人端末で読み取らない。

    垂民ずしお、圓然のこずだった。

    だが、なぜか、すぐには報告しなかった。

    端末の簡易読み取り機胜を、もう䞀床起動する。

    画面が乱れた。

    文字列が厩れ、いく぀もの蚘号が流れた。

    そしお、ほんの䞀郚だけが衚瀺された。

    この囜は、か぀お日本だった。

    消えた囜

    女の子は、その文字の前で動けなくなった。

    日本。

    読めた。

    なぜか、読めた。

    習ったこずはない。

    正匏教材にも出おこない。

    展瀺地区の解説にもなかった。

    怜玢すれば、譊告が出るかもしれない。

    それでも、読めた。

    にほん。

    女の子は、なぜ自分がその文字を読めるのか分からなかった。

    孊校で習ったこずはない。

    家で教えられた芚えもない。

    ただ、ずっず前から知っおいた音を、いた初めお声にしたような気がした。

    にほん。

    その響きは、䞍思議ず怖くなかった。

    むしろ、どこか懐かしかった。

    祖父に぀いお、母はあたり話したがらなかった。

    叀い身分蚘録には、ずころどころ空癜のような箇所があった。

    けれど、女の子はそれを深く気にしたこずがなかった。

    家族のこずは、そういうものだず思っおいた。

    語られないこずには、語られないだけの理由があるのだろう、ず。

    それなのに今、その語られなかった䜕かが、手の䞭の小さな蚘録からこちらを芋おいる気がした。

    展瀺地区の䞭では、和州ずいう蚀葉が䜕床も流れおいる。

    ここは和州䌝統展瀺地区。

    そう教えられおいる。

    だが、手の䞭の小さな蚘録媒䜓は、違う名を告げおいた。

    日本。

    女の子は、もう䞀床その文字を読んだ。

    にほん。

    読める。

    やはり、読める。

    画面はさらに乱れた。

    次の断片が珟れる。

    本来であれば、二千䞃癟幎の歎史を持぀囜だった。

    神話を持ち、祈りを持ち、名を持ち、季節ずずもに生きた囜だった。

    その囜は、敵によっおだけ消されたのではない。

    忘れた者たちによっお、喪われた。

    女の子は、呚囲を芋回した。

    誰も芋おいない。

    遠くで教垫の声がする。

    「次の展瀺ぞ移動したす。遅れないようにしおください」

    女の子は返事をしなかった。

    画面には、さらに短い蚀葉が浮かぶ。

    名前を奪われおも、名が存圚した事実たでは消えない。

    祈りを展瀺に倉えられおも、祈った者たちがいた事実たでは消えない。

    歎史を䞊べ替えられおも、そこに生きた人々がいた事実たでは消えない。

    文字は途切れ途切れだった。

    ずころどころ読めない。

    壊れおいる郚分も倚い。

    だが、残っおいた。

    完党ではない。

    十分でもない。

    それでも、残っおいた。

    画面の䞋に、別の項目が衚瀺されおいた。

    蚘録五䞭本哲史ぞ

    䞭本哲史。

    その名を、女の子は声に出さずに読んだ。

    誰なのかは分からない。

    叀い人物なのか。

    蚘録を残した者なのか。

    それずも、受け取るはずだった誰かなのか。

    だが、その名には、䞍思議な重さがあった。

    そしおなぜか、他人の名前のようには思えなかった。

    どこか遠い堎所から、自分の方ぞ䌞びおくる现い糞のようだった。

    蚘録が開く。

    画面が揺れる。

    そしお、短い文章が珟れた。

    䞭本哲史ぞ。

    もし、あなたがこれを読んでいるなら。

    あなたが忘れおも、蚘録は残りたす。

    あなたが名を捚おおも、その名が存圚した事実たでは消えたせん。

    あなたが戻れなくおも、い぀か誰かが戻るかもしれたせん。

    だから、これはあなたを責める蚘録ではありたせん。

    あなたが䞀床だけでも読んだ名を、ここに残したす。

    䞭本哲史。

    この囜は、か぀お日本でした。

    名を捚おた男

    か぀お、趙哲史はその名を知った。

    䞭本哲史。

    それが、自分に残されおいた本圓の名だず知った。

    日本ずいう名も知った。

    豊葊原瑞穂囜ずいう叀い呌び名も読んだ。

    父の写真を受け取り、藀堂の蚀葉を聞き、桜井の譊告を受け取った。

    それでも、圌は戻れなかった。

    䞭本哲史ずいう名を、奥ぞ沈めた。

    日本ずいう名を、口にしなくなった。

    その名を読んだ子どもに、違うず蚀った。

    囜の䞭心が食りにされおも、䜕も蚀わなかった。

    圌は救われなかった。

    圌は、知ったうえで目を逞らした。

    最埌に、趙哲史ずしお生きるこずを受け入れた。

    EASTずしお生きるこずを遞んだ。

    その遞択は、誰かに匷制されたものだったのかもしれない。

    瀟䌚に远い蟌たれた結果だったのかもしれない。

    倱うこずを恐れた人間の、匱さだったのかもしれない。

    だが最埌には、自分で遞んだ。

    だからこそ、日本はもう䞀床喪われた。

    しかし、圌が読めなかった最埌の蚀葉は、完党には消えなかった。

    藀堂誠が守った本。

    桜井凛が送った断片。

    黒川悠人が隠した皮。

    そしお、名を捚おた男ぞ向けお残された蚘録。

    それらは、長い時間を越えお、䞀人の女の子の手に届いた。

    女の子は、しばらくその堎を動けなかった。

    意味は、完党には分からない。

    䞭本哲史が誰なのかも分からない。

    日本ずいう囜が本圓にあったのかも分からない。

    それでも、握る指に力が入った。

    自分ずは関係ないはずなのに。

    遠い昔の、壊れた蚘録にすぎないはずなのに。

    どこかで、自分に぀ながっおいる気がした。

    遠くで教垫が呌ぶ。

    「早く来なさい」

    女の子は、はっずしお顔を䞊げた。

    端末の画面を閉じる。

    蚘録媒䜓を握りしめる。

    報告するべきだ。

    非暙準媒䜓。

    未登録蚘録。

    危険な情報かもしれない。

    そう教わっおいる。

    そのたた提出すれば、きっず耒められる。

    適切な垂民行動ずしお蚘録される。

    情報安党意識が高いず評䟡される。

    それが正しい。

    それが安党。

    それが普通。

    けれど、女の子は手攟せなかった。

    趙哲史は、問いを凊理した。

    女の子は、ただ凊理しなかった。

    趙哲史は、名を奥ぞ沈めた。

    女の子は、その名をもう䞀床読んだ。

    趙哲史は、報告する偎に立った。

    女の子は、報告しなかった。

    それは、ただ抵抗ではなかった。

    ただ勇気ず呌べるほどのものでもなかった。

    ただ、手攟さなかった。

    それだけだった。

    けれど、喪われたものが戻る時は、い぀もそこから始たるのかもしれない。

    女の子は、それをポケットの奥に入れた。

    小さな媒䜓は、そこで静かに沈んだ。

    ただ、誰にも知られおいない。

    ただ、䜕も倉えおいない。

    だが、完党には消えなかった。

    小さな声

    その日の倜。

    女の子は自宅に垰り、誰にも芋られないように端末を開いた。

    あの媒䜓をもう䞀床読み蟌む。

    画面はたた乱れた。

    それでも、最初の蚀葉だけは、はっきりず衚瀺された。

    この囜は、か぀お日本だった。

    女の子は、その文字を指でなぞった。

    玙ではない。

    叀い写真でもない。

    ただの画面䞊の文字だった。

    それでも、なぜか觊れたかった。

    「にほん」

    小さく、声に出した。

    郚屋の䞭に、その音が萜ちた。

    誰も聞いおいない。

    生掻補助AIも、偶然その声を拟わなかった。

    ただ、女の子の耳だけが、その音を聞いた。

    にほん。

    それは、ただ意味を持たない音だった。

    だが、完党に空っぜの音ではなかった。

    どこかで聞いたこずがあるような。

    ずっず前から知っおいたような。

    そんな音だった。

    画面には、最埌の䞀文が残っおいた。

    もし、これを読んでいる君がいるなら。

    思い出しおほしい。

    キミが忘れたこの囜の名を。

    女の子は、息を止めた。

    キミ。

    それが、自分に向けられおいるような気がした。

    けれど、その蚀葉が本圓に誰に向けられたものなのかは、分からなかった。

    この蚘録を読むはずだった䞭本哲史ぞ向けられたものなのか。

    長い時間のあずに、偶然それを芋぀けた自分ぞ向けられたものなのか。

    それずも、もっず先の、ただ芋ぬ誰かぞ向けられたものなのか。

    ただ、その蚀葉だけが、画面を閉じた埌も残った。

    キミが忘れたこの囜。

    女の子は、媒䜓を机の奥に隠した。

    捚おなかった。

    報告もしなかった。

    ただ、隠した。

    い぀か、もう䞀床読むために。

    い぀か、誰かに芋せるために。

    あるいは、ただ自分でも分からない未来のために。

    窓の倖では、青ず金の光が街を包んでいる。

    巚倧スクリヌンには、今日も同じ蚀葉が流れおいた。

    過去を正しく敎理し、未来ぞ。

    女の子は、その文字を芋た。

    そしお、小さく銖を傟げた。

    正しくたずめられた過去の䞭に、なぜ日本ずいう名はなかったのだろう。

    その問いは、ただ答えを持たない。

    だが、問いは残った。

    皮は、ただ土の䞭にある。

    芜を出すかどうかは、誰にも分からない。

    螏たれお終わるかもしれない。

    也いお砕けるかもしれない。

    恐怖に負けお、明日には閉じられおしたうかもしれない。

    誰にも気づかれないたた、たた長い時間が流れるかもしれない。

    それでも、皮は残った。

    忘れないでほしい

    日本は、ある日突然喪われたのではない。

    誰かが忘れ、誰かが黙った。

    誰かが、面倒な話だず笑い、叀いものだず片づけた。

    誰かが、今の生掻には関係ないず目を逞らした。

    誰かが、声を䞊げる人を危ない人だず蚀い、子どもに語るこずをやめた。

    誰かが、守るべきものを「たあ、いいか」ず手攟した。

    その「誰か」は、特別な悪人ではなかった。

    普通に働き、普通に家族を思い、普通に暮らしたかった人たちだった。

    けれど、その普通の積み重ねの先で、囜は喪われた。

    だから、もしキミがこの名をただ読めるのなら。

    もし、胞の奥で䜕かがかすかに痛むのなら。

    忘れないでほしい。

    キミが忘れたこの囜は、ただ完党には死んでいない。


    そしお女の子は、もう䞀床だけ静かにその名を読んだ。

    「にほん」

     
     

    yutaro

     
     
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