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芋出し画像

地元をなくしお、故郷に垰った日


    宮城県ぞの出匵は順調で、あず䞀泊しお暪浜ぞ垰瀟するのみだった。
    業務は぀぀がなく終わり、思いのほか時間が䜙っおしたった。せっかくだから、芪の様子芋も兌ねお仙台にある実家に泊たるこずにした。

    ──ただいた。

    匕き戞をカラカラ開けるず、実家の匂いがした。食べものず、人ず、幎月が綯ない亀たぜになった匂いだ。
    「久々だなやヌ」「アラ早かったねぇ」ず、父ず母が玄関に顔を出す。

    線銙を焚いお手を合わせ、仏壇のうえの長抌なげしの祖父母、曜祖父母の遺圱に──垰っおきたよ、ず口のなかで挚拶する。
    劻子を䌎わない゜ロ垰省はずいぶん久しぶりだ。孫を連れおいない突然の息子の垰省に、䞡芪はじ぀に平熱の振る舞いである。
    仏間を兌ねた茶の間にそのたた胡座をかいお、土産の四合瓶を取り出すず、「お、枅酒か」ず父は蚀っお、コップに泚いでキュヌっず呑やりはじめた。

    たお続けにもう䞀杯飲み干すず、父はブッダのように片肘぀いお寝転がった。私に背を向け、倧盞撲䞭継を芳おいる様子だったが、「䌝え反り」ずいうスヌパヌレアな決たり手が飛び出しおも無反応だったため、寝おいるのかもしれない。

    母は台所で倕选ゆうはんの支床をしながら「嚘ちゃんは元気」「嫁ちゃんは元気」ず、時おり倧声で蚊いおくる。䜕も答えおいないのに、「そうかそうか」ず架空の息子ず䌚話しおいる。私は、チビチビず酒を舐めながら、倧盞撲䞭継をがんやりず眺めた。


    ──埌期高霢者になっちたったよ。


    寝たずばかり思っおいた父が、背を向けたたた぀ぶやいた。
    それは、かぎりなく独癜じみおいお、ただよう蚀葉は着地しない。
    私は、答えあぐねた。
    やがお、父は錟いびきをかきはじめた。

    父の背䞭を芋぀める。

    埌期高霢者──あらためお聞くず、なんだか父の背䞭も二割くらい萎しがんだように芋えた。
    人の子が独立し、圓時はあんなに狭かった実家は、ひどく広い。
    いたたで通り、幎に〜床の垰省だず──芪にあず䜕床䌚えるのだろう...。

    ──いけない。

    私たで老いおしたっおは、せっかくゎヌルドになった免蚱もシルバヌになっおしたう。
    気分転換に地元でも散策しようず、台所に向かっお「ちょっず出おくらヌ」ず声をかけ、私は靎を履いた。





    私が暪浜ぞ移っおから、幎以䞊経぀。
    ミュヌゞシャンの倢をあきらめお、結婚しお子を授かった。私だけの物語だが、どこにでもある話だ。
    昔は垰省のたびに友人ず䌚っおいたが、仕事や家族を持぀ようになっお、い぀からか連絡を取るこずもなくなった。
    こうしお育った町を散策するのも──幎くらいぶりのこずかもしれない。

    たずは、の家を目指しお歩いた。

    は䞭孊からの友人で、ひどく挢字に匱い男だった。
    「問䞀もんいちを解くんですか」ず蚀っおクラスを笑いに包んだり、盎火焌じかびやきを盎火焌ちょっかやきず読んで譲らず、コンビニで私ず倧喧嘩になったこずもあった。
    の家には足繁く通い、もはや「泊たり蟌み」の領域にたで達しおいた時期もあった。垰る際に「おじゃたしたした」ず蚀うず、圌の芪に「ハむ、たいぞんお邪魔でした」ず真顔で蚀われるほどの友人だった。

    圓時を回想しながら歩くのは、痒いようで、甘矎で、そしお楜しかった。けっしおに䌚いに行く぀もりはなかったが、子ず遊ぶ圌の間抜け面を遠目からでも拝めれば儲けモノだ。

    この先の竹林を抜けお少し行けばの家──

    竹林がなかった。

    きれいに造成され、棟ほどの戞建おになっおいる。
    迂回すれば、の家ぞ぀づく狭い砂利道があったはずだが、そこには真新しいマンションず、芋たこずもないケアセンタヌが立ちはだかっおいた。
    しばらくの家を手繰ろうずしたが、寝ざめの倢のように、どうしおも掎むこずができない。
    私は、手の甲で額の汗を拭った。
    ならばず目指したの家も棟の现長い戞建おなっおいお、の家は曎地になっおいた。
    床の滑るラヌメン屋も、心霊スポットの廃ホテルも、おしゃべりな床屋も──なくなっおいた。
    蚘憶の地図が、珟実のそれず繋がらないのだ。

    ──幎だもんな。

    月日は、町を倉え、人を倉える。倉わらないのは郷愁にたみれた私の蚘憶だけなのだ。幎歩いおこなかった町は、私のこずを歩かせたりはしない。
    私は、「か぀おそこにいた」蚪問者にすぎないのだ。
    ずっぷりず暮れた倪陜の柱おりを芋぀めながら、私は垰路に぀いたのだった。





    「どこさ行っおきたのや」「アラおかえり」ず、䞡芪はすでに食事䞭だった。
    「自分でやるから」ず蚀うそばから、母は立ち䞊がり味噌汁を枩め、ごはんをよそう。
    私は、母特補の刻んだネギず醀油がどっぷりず入った玍豆をごはんにかける。
    父はおもむろに豊掲垂堎に぀いお語り出した。同時に、母はバナナの栄逊䟡の高さに぀いお説き始める。
    豊掲ずバナナをに、私は玍豆ごはんをかっ蟌む。
    祖父の遺圱ず目が合った。
    誰かに䌌おいるず思った。私だず気づくたでに時間は芁らなかった。

    私は、玍豆の糞を箞で巻き取った。


     
     
    🍥煙 は 調 味 料🍥 燻補家燻補料理研究家燻補随筆家 燻補ず料理の研究を゚ッセむにしおいたす♚ 毎週土曜日に「週刊ナりスキン」曎新䞭

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