過去の自分が今の自分を監視していると感じた時の対処法
ふと時間が弛緩した時に過去の自分の情けのない生活を思い出す事があります。
ここでは書ききれない数々の愚行です。
思い出すと、胸がきゅーっとなり生きている事を申し訳なくなり恥ずかしい思いに苛まれます。
生きている事を申し訳ないなんて、周りからすると大袈裟に感じてしまうかもしれませんが当の本人は本気で思っています。
例えば、何かを新しく始めようとした時や、少し真面目なことを書こうとした時、誰かに向けて自分の考えを堂々と出そうとした時など。
そんな時に限って、
「何をいっちょ前に」
「そっち側に行くのか?」
「お前にそんなことを言う資格があるのか?」と
じっとした目で見られ、そう言われているような感覚になります。
今の自分は過去の自分を許せていません。
「過去の自分を受け入れよう」というような風潮はあまり好きではありません。
「あの過去があったからこそ今の自分がある」とよく美談として耳にする事はありますし、もちろんそういう側面はあるかもしれません。
しかし当時の自分の周りにいてくれていた人達には迷惑をかけていた事は間違いないですし、その迷惑までを必要な過去として受け入れてしまうの違う気がします。
何よりも過去の自分を受け入れると、その受け入れた隙間に余分な感情が入り込む気がしています。
それは傲慢だったり慢心だったり驕りだったりで、ようは調子に乗ってしまうという事です。
ではどうすれば良いか。
解決の糸口は過去の自分を赤の他人に置き換えて考えてみる事でした。
「何やってんだお前」と思うような許し難い人間が、私を監視しているというような生活です。
嫌ですよね、かなりストレスです。
そもそもそんな人とは無理して付き合う必要はありません。
つまり距離を置けば良いのです。
過去の自分を許す必要は全くありませんし、むしろ私は許しはしません。
ただいつまでも過去の自分に足を引っ張られるような生き方をしているようでは未来の自分と仲良くなれるきっかけを逃してしまいそうです。
だから未来の自分に「あの時に比べたら少しはマシになったな」と思ってもらえるように生きていけば良くて、距離を詰めるべき相手は未来の自分です。
過去の自分なんかが目の届かない所まで遠くに行けば良いのです。
むしろ気付いたら遠くに居て見えなくなっていたぐらいに生きていきたいです。
未来の自分と少しずつ仲良くなっていきます。