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身体が壊れた日、生命は「界面」に見えた──人生を取り戻したかった研究者の記録

    プロローグ

    「結婚してください」

    そう言って、私は花束を差し出した。
    都心高層ホテルのフレンチレストラン。
    窓の外には夜景が広がっていた。

    事前にスタッフへ花束を預け、何度も書き直した手紙をポケットに忍ばせていた。
    彼女は驚きながらも笑っていた。
    私は震える手で手紙を渡した。

    人生で最も幸せな瞬間だった。
    そう言うべきなのかもしれない。
    でも正直に言うと、あの日の私は幸福よりも覚悟に近い感情を抱いていた。

    本当に大丈夫なのか。

    その問いが頭のどこかにずっとあった。

    当時の私は、すでに原因不明の体調不良を抱えていた。
    普通に働いていた。普通に生活していた。
    少なくとも周囲にはそう見えていた。

    でも実際には違った。

    朝起きるだけで疲れていた。
    休日に遊びへ行けば数日引きずった。
    寝ても回復しない日が増えていた。

    それでも私は病気のことを詳しく話さなかった。
    欠陥品だと思われたくなかったからだ。
    実際、以前付き合っていた女性とは、体調不良をきっかけに関係が悪化した。

    だから思った。
    この人を逃したら、もう次はないかもしれない。

    もちろん彼女を幸せにしたい気持ちは本物だった。でも今振り返ると、それだけではなかった。

    人生を前へ進めたかった。
    止まってしまった人生を取り戻したかった。
    結婚という大きな決断をすれば、自分を強制的に前へ進ませることができる。
    そんな期待もあった。

    振り返れば、私は昔からそういう人間だった。
    無理をしてでも環境へ飛び込み、その場に適応することで成長してきた。

    大学院時代もそうだった。
    厳しい研究室を選び、当たり前に徹夜し、エナジードリンクを飲みながら研究した。
    身体は後回しだった。

    理想の研究者になりたかった。
    いや、本当は、理想の研究者を演じていたのかもしれない。
    そしてその癖は、人生のあらゆる場面で繰り返されていた。

    私はまだ気づいていなかった。
    このプロポーズが、人生を取り戻すための第一歩ではなく、人生を見つめ直す長い旅の始まりになることを。

    第一章 人生を取り戻したかった

    二十八歳の頃だった。
    ある日突然、身体が動かなくなった。

    最初は風邪だと思った。
    検査を受けても異常は見つからない。
    それでも身体は明らかにおかしかった。

    朝起きる。風呂に入る。会社へ行く。

    今まで何も考えずにできていたことが、ひとつずつ難しくなっていった。

    朝、目を開けた瞬間から疲れている。
    シャワーを浴びるだけで息が上がる。
    出社するだけで一日のエネルギーを使い果たす。

    それなのに周囲には説明できなかった。

    病院へ行っても、
    「異常ありません」
    と言われる。

    数字に現れない苦しみは、他人には見えない。
    だから私は今日も会社へ行く。
    今日も笑う。今日も働く。普通を演じる。

    本当は休みたかった。寝ていたかった。
    でもできなかった。

    研究者として。社会人として。
    期待に応えたかった。

    大学院時代からずっとそうだった。

    私はいつも、
    「もっとできるはずだ」
    で自分を追い込んできた。

    周囲から見える自分と、本当の自分の間には大きな隔たりがあった。
    でも当時は、それが当たり前だと思っていた。
    努力とはそういうものだと思っていた。

    だから病気になった後も、人生を諦めたくなかった。

    人生を先へ進めたい。
    周囲と同じように生きたい。
    普通の人生を取り戻したい。
    家族を持ちたい。
    子どもが欲しい。
    親を安心させたい。

    だから私は結婚した。
    そして皮肉なことに、その「普通」を守ろうとしたことが、後に私自身を壊していくことになる。

    第二章 良い夫を演じる

    結婚してからの私は、幸せだったと思う。
    少なくとも、そう見えていた。

    新婚旅行の計画を立てる。
    休日は出かける。
    両親に近況を報告する。
    未来の話をする。
    家をどうするか。
    子どもはどうするか。

    周囲から見れば、ごく普通の新婚生活だった。
    私自身も、その「普通」を必死に守ろうとしていた。
    いや、守るというより、演じていた。

    当時の私はまだ、自分が病人であることを認めたくなかった。
    だから健常者と同じように働いた。
    むしろ、健常者以上に働いた。

    誰よりも早く出社する。
    誰よりも遅く帰る。
    体調不良を理由にしたくなかった。

    研究者として評価されたい。
    期待に応えたい。
    そう思っていた。

    旅行の計画を立てる。
    本当は不安だった。

    環境が変わると眠れなくなる。
    長距離移動は体力を消耗する。
    旅行の翌日は必ず体調を崩す。

    そんなことは自分が一番分かっていた。

    それでも予定を詰め込んだ。
    普通の夫ならそうすると思ったからだ。

    旅行から帰ると、決まって体調を崩した。
    仕事も休むことがあった。
    でも数日休めばまた動ける。

    だから私は自分に言い聞かせた。

    まだ大丈夫だ。
    まだやれる。
    まだ普通だ。

    その繰り返しだった。

    妻にも本音を見せなかった。
    両親にも見せなかった。

    実家へ電話するときも、
    「元気だよ」
    と言った。

    本当は元気ではなかった。
    でも心配をかけたくなかった。
    期待を裏切りたくなかった。

    だから笑った。
    大丈夫なふりをした。

    今思う。
    私は妻を騙していたのではない。
    両親を騙していたのでもない。
    本当に騙していたのは、自分自身だった。

    身体は限界を超えていた。
    それなのに私は、理想の夫を演じ続けた。
    理想の研究者を演じ続けた。
    理想の息子を演じ続けた。

    そしてその代償を払う日は、少しずつ近づいていた。

    第三章 結婚式の日

    結婚式の前日。
    久しぶりに会う大学時代の友人たちと食事をした。
    本当は早くホテルへ戻り、休みたかった。
    でも言えなかった。

    久しぶりの再会でみんな楽しそうだった。
    私もその輪の中で笑っていた。

    「相変わらずだな」
    「仕事どう?」
    「最近どうしてる?」

    そんな会話をしながら、私は何事もないように振る舞った。
    良い友人でいたかった。
    ノリの良い人間でいたかった。

    帰り道にはもうかなり疲れていた。

    妻にも、
    「明日大丈夫?」
    と心配された。

    私は笑って答えた。
    「大丈夫、大丈夫」
    本当は全然大丈夫ではなかった。

    ホテルへ戻ると、案の定眠れなかった。
    身体は疲れている。
    でも神経だけが興奮していた。

    時計を見る。

    深夜一時。
    二時。
    三時。

    焦るほど眠れなくなる。

    結局、睡眠薬を追加して無理やり眠った。

    翌朝。
    目が覚めた瞬間に分かった。

    まずい。
    身体が鉛のように重かった。
    起き上がるだけで息が上がる。

    頭も重い。
    全身に熱を持っているような感覚があった。

    でも今日は結婚式だった。
    休むという選択肢は存在しなかった。

    エナジードリンクを開け、解熱鎮痛剤と一緒に飲んだ。
    無理やり身体を起こした。

    鏡を見る。
    顔色は悪かった。

    それでも、今日だけは何とかしなければいけないと思った。

    会場へ向かう。

    美容室。
    衣装合わせ。
    写真撮影。

    スタッフが笑顔で声をかけてくれる。
    私は笑顔で返す。

    カメラマンが言う。
    「もう少し自然な笑顔で」
    私は必死だった。

    笑顔が引きつっていないだろうか。
    顔色は悪くないだろうか。
    倒れそうに見えていないだろうか。

    式が始まった。
    バージンロード。
    誓いの言葉。
    祝福。
    拍手。

    どれも鮮明に覚えている。
    でも不思議なことに、幸せだった記憶より、必死だった記憶の方が強い。

    倒れないように。
    最後まで持たせるように。
    そればかり考えていた。

    披露宴。
    私は挨拶をした。

    人前で話すことには慣れていた。
    大学院時代から何度も学会発表をしてきた。
    だから話すこと自体はできた。

    会場も笑ってくれた。
    盛り上がった。
    成功だったと思う。
    でも、内側では全く別のことが起きていた。

    心臓が速かった。
    身体が熱かった。
    足元が少しふらついていた。

    今にも倒れそうだった。

    友人たちとの写真撮影。
    両親との写真。
    親族との会話。

    私は笑った。
    笑い続けた。

    両親を安心させたかった。

    ここまで育ててくれてありがとう。
    ちゃんと幸せになっているよ。
    そう伝えたかった。

    友人の中には泣いている人もいた。
    その姿を見ていると、私も泣きそうになった。

    感動したからではない。
    限界だったからだ。

    張り詰めていたものが切れそうだった。

    そして式は終わった。

    誰も気づかなかったと思う。
    私がどれほど消耗していたか。
    どれほど無理をしていたか。

    今振り返ると、あの日の私は結婚式を楽しんでいなかった。
    ただ、やり遂げようとしていた。

    良い夫として。
    良い息子として。
    良い友人として。

    理想の自分を演じ切ろうとしていた。

    あの日の写真を見ることがある。
    そこには笑っている私がいる。
    幸せそうな私がいる。

    でも写真には写っていない。
    その笑顔の裏で、身体が静かに限界へ近づいていたことを。

    そしてその半年後。
    私は、その代償を払うことになる。

    第四章 クラッシュ

    その頃にはもう、無理をすることが当たり前になっていた。

    仕事。
    家庭。
    両親との付き合い。
    旅行。
    将来への不安。

    私はいつも何かに追われていた。
    いや、追われていたのではない。
    自分で自分を追い込んでいた。

    その旅行もそうだった。
    正直、行く前から疲れていた。
    身体は休みたがっていた。

    でも私は行った。
    妻との思い出を作りたかった。
    普通の夫婦でいたかった。
    今しかできないことをしたかった。

    そして何より、人生の遅れを取り戻したかった。

    旅行中も無理をした。
    疲れたとは言わなかった。
    休みたいとも言わなかった。

    妻が楽しそうにしている姿を見ると、なおさら言えなかった。

    旅行から帰宅した翌日。
    朝、目が覚めた。
    いつものようにベッドから起き上がろうとした。

    その瞬間だった。
    頭の奥が燃えた。
    そんな感覚だった。

    頭痛という言葉では足りなかった。
    脳の内側から何かが焼けるような感覚。

    強烈な熱感。
    めまい。
    吐き気。
    全身の倦怠感。

    起き上がれない。
    私は再びベッドへ倒れ込んだ。
    何が起きているのか分からなかった。

    妻が心配そうに声をかけた。
    「大丈夫?」

    私は答えた。
    「疲れただけだと思う」

    本当はそう思っていなかった。
    どこかで分かっていた。
    今までとは違う。
    何かが壊れた。

    その日、一日中ベッドから動けなかった。

    翌日も。 
    その次の日も。
    一週間経っても治らなかった。

    私は焦った。

    仕事はどうなる。
    妻との生活は。
    将来は。
    両親は。
    キャリアは。

    頭の中で次々と不安が膨らんだ。
    でも身体は動かなかった。

    これまでの人生で、私は努力で何とかしてきた。

    勉強も。
    研究も。
    仕事も。

    頑張れば何とかなると思っていた。

    でも今回は違った。
    努力が通用しなかった。
    身体が命令を聞かなかった。

    私は初めて、自分の身体に敗北した。

    一週間後、私は無理やり会社へ行った。
    まだ少しふらついていた。
    頭も痛かった。
    でも行かなければと思った。

    周囲からどう見られるかが怖かった。
    病人になりたくなかった。
    普通じゃない人間になりたくなかった。

    だから出社した。
    そして悪化した。

    数日休む。
    無理して出社する。
    悪化する。
    また休む。

    それを何度も繰り返した。

    上司に勧められ、産業医面談を受けた。
    健康診断で体重が大きく減っていたことから、悪性腫瘍の可能性も指摘された。

    あらゆる検査を受けた。
    それでも結果はすべて正常だった。
    何も見つからない。

    でも私は確かに壊れていた。
    異常がないのに異常だった。
    それが何より苦しかった。

    やがて休職が決まった。
    二か月。
    突然の休職だった。

    周囲は困惑していた。
    私も困惑していた。

    休めば治るのか。
    元に戻れるのか。
    研究者としてやっていけるのか。
    復帰した時、周りはどう見るのか。
    もう普通には見てもらえないのではないか。

    そんなことばかり考えていた。

    でも本当に怖かったのは、休職そのものではなかった。
    もしかすると、もう元の人生には戻れないかもしれない。

    第五章 演じ続ける

    休職が決まった。
    ようやく休める。
    そう思う自分もいた。

    でも同時に、人生から取り残されたような感覚もあった。

    朝起きる。
    いや、正確には目が覚める。

    起き上がれない。
    天井を見る。
    時間だけが過ぎていく。

    同僚たちは働いている。
    後輩たちは成長している。
    研究も進んでいる。

    自分だけが止まっている。
    そんな感覚だった。

    散歩すらできない日もあった。
    本を読むのもしんどい。
    スマホを見るのもしんどい。
    ただ横になっている。

    人生で初めてだった。
    何もできない自分。
    何者でもない自分。

    その時間が怖かった。

    でも病気になったことより、期待を裏切ることの方が怖かった。

    だから演じた。
    ずっと。

    両親にも。
    会社にも。
    そして妻にも。

    妻が出勤する。
    玄関のドアが閉まる。
    その音を聞くと、私はベッドへ戻った。

    身体はもう限界だった。
    でも夕方になると起き上がる。

    妻が帰宅する頃には、何事もなかったように座っている。

    「おかえり」

    そう言う。

    本当の姿を見せるのが怖かった。

    病気の自分。
    弱い自分。
    何もできない自分。

    それを見せたら、失望される気がした。
    だから私は、良い夫を演じ続けた。

    でも身体は正直だった。
    少しずつ、約束を守れなくなった。

    旅行をキャンセルする。
    外食を断る。
    予定を変更する。

    「また体調?」

    そんな空気が流れる。
    妻も苦しかったと思う。

    結婚したばかりだった。
    本当なら一緒に色んな場所へ行きたかったはずだ。
    色んな思い出を作りたかったはずだ。

    でも私にはできなかった。

    気持ちはある。
    でも身体がついてこない。
    それが何より辛かった。

    次第に喧嘩も増えた。
    意見の食い違いも増えた。

    私は焦った。

    嫌われるのではないか。
    見限られるのではないか。

    そう思うほど、さらに無理をした。
    悪循環だった。

    良い夫でいようとするほど、私は疲弊していった。普通の家庭を守ろうとするほど、普通から遠ざかっていった。

    ある日、妻に言われた。

    「いつ治るの?」

    私は答えられなかった。
    私が一番知りたかったからだ。

    「子どもはどうするの?」

    答えられなかった。
    未来が見えなかった。

    「あなたは自分のことばかり」

    そう言われたこともあった。
    その言葉は刺さった。
    反論できなかった。

    病気になってからの私は、生きるだけで精一杯だった。
    誰かを支える余裕なんてなかった。

    夫でいる前に、人間として生き延びることに必死だった。

    それでも私は演じ続けた。
    きっと、最後まで演じれば何とかなると思っていた。

    無理をしてでも乗り越える。
    それが私の生き方だった。
    でも、その生き方は、もう限界に近づいていた。

    そしてある日。
    私は、人生で最も大切なものを失うことになる。

    第六章 失ったもの

    離婚の話が出たとき、正直、驚きはなかった。
    覚悟はしていた。
    むしろ、とうとう来たか。
    そんな感覚だった。

    別居が始まってしばらく経った頃だった。
    妻から連絡があった。

    話がしたい、と。

    何を言われるのかは分かっていた。
    私はその日が来ることを恐れながら、少しだけ待っていたのかもしれない。

    会話の細かい内容は、もうあまり覚えていない。
    覚えているのは、静かだったことだけだ。

    怒鳴り合いもなかった。
    大きな喧嘩もなかった。

    ただ、二人とも疲れていた。
    そして、未来が見えなくなっていた。

    私は最後まで引き止められなかった。
    引き止める言葉が見つからなかった。

    「絶対に幸せにする」

    そう言って結婚したのは私だった。
    でも、その約束を守れなかった。
    だから、責めることもできなかった。

    私はただ、うなずくことしかできなかった。

    書類に名前を書いた。

    気づけば泣いていた。

    謝っていた。

    何に対して謝っていたのかは分からない。

    妻に対してか。
    両親に対してか。

    それとも、自分自身に対してか。

    ただ、ずっと謝っていた。

    こうして結婚生活は終わった。

    家から少しずつ妻の荷物が消えていく。

    食器。
    洋服。
    日用品。
    一緒に選んだ家具。

    気づけば部屋は広くなっていた。

    静かだった。
    不自然なほど静かだった。

    でも、結婚式の写真だけは残っていた。

    ふと目に入る。

    笑っている自分。
    笑っている妻。
    祝福してくれる友人たち。

    幸せそうな写真だった。

    私はその写真を見ながら考えた。

    病気にならなければ、違う未来があったのだろうか。

    あの時、無理をしなければ。
    もっと早く休んでいれば。
    もっと正直に話していれば。
    何か一つでも違っていたら。

    そんなことを何度も考えた。
    答えは出なかった。

    やがて私は指輪を外した。
    結婚指輪だった。

    外した瞬間、指が少し軽くなった気がした。

    後日、その指輪を売った。

    査定額を聞いたとき、妙に現実的な金額だと思った。

    思い出にも、人生にも、値段はつかない。

    当たり前のことなのに、その時は妙に可笑しかった。

    帰り道、私はひとりだった。
    でも不思議なことに、どこか安堵している自分がいた。

    それに気づいた時、少しだけ罪悪感を覚えた。

    もう無理をしなくていい。

    そう思ってしまったからだ。

    良い夫でいなくてもいい。
    強い人間でいなくてもいい。
    普通の人生を演じなくてもいい。

    そう思った瞬間、張り詰めていた何かが切れた。

    そこで私は初めて、自分自身と向き合うことになった。

    本当は何がしたかったのか。
    本当は何を望んでいたのか。
    なぜ私はここまで苦しかったのか。

    静かな部屋で、そんなことばかり考えていた。

    そしてある時、ひとつのことに気づいた。

    私が失ったと思っていたものは、本当に失ったものだったのだろうか。

    順風満帆な人生。
    結婚。
    家庭。
    世間から見た成功。

    私はそれらを失ったと思っていた。

    でも、本当に失ったのは、それだけだったのだろうか。
    もっと別のものを、ずっと前から失っていたのではないか。

    私はずっと、誰かが期待する人生を生きていた。

    研究者として。
    夫として。
    息子として。
    社会人として。

    理想の姿を演じ続けていた。
    そして気づけば、自分自身がどこにいるのか分からなくなっていた。

    病気は、それを強制的に止めた。
    離婚は、それを認めさせた。

    残ったのは、ひとつの問いだけだった。

    私は、何のために生きているのだろう。

    身体は動かなかった。
    未来も見えなかった。

    それでも、分からないまま終わることだけは嫌だった。

    この身体が、私の人生を変えてしまったのなら、せめて、そこに意味を見つけたかった。

    そしてその問いが、思いがけない形で、私を原点へ連れ戻すことになる。

    第七章 問いだけは残った

    離婚してからの私は、以前より静かになった。

    予定が減った。
    人と会うことも減った。
    無理をする理由も減った。

    部屋には自分しかいなかった。

    そして人生で初めて、自分自身と向き合う時間が生まれた。

    最初は苦しかった。
    考えたくないことばかりだった。

    結婚。
    離婚。
    病気。
    休職。
    失った未来。

    考えれば考えるほど苦しくなった。
    だから最初は、何も考えないようにしていた。

    ただ横になっていた。
    天井を見ていた。
    時間だけが過ぎていった。

    でも不思議なことに、少しずつ気持ちは変化していった。

    ある日、ふと思った。

    本当に私は不幸なのだろうか。

    もちろん苦しかった。
    病気になりたかったわけじゃない。
    離婚したかったわけでもない。
    健康な身体も、普通の人生も欲しかった。

    でも、もし病気になっていなかったら、今の自分は存在しなかった。
    そう思った。

    病気になったからこそ、気づけたことがあった。

    普通に歩けること。
    普通に眠れること。
    普通に働けること。
    友人と笑えること。

    健康だった頃には見えなかった幸せが、今は見える。
    どん底を経験したからだ。

    失ったものは多かった。
    でも、得たものもあった。
    そう思えるようになっていた。

    そしてもうひとつ。
    私は昔から、何かを理解することが好きだった。

    知らないことを知ること。
    仕組みを考えること。
    仮説を立てること。

    世界が少しずつ繋がっていく瞬間。
    それが好きだった。

    研究者を目指した理由も、結局そこだった。

    子どもの頃から、
    「なぜ?」
    ばかり考えていた。

    大学では研究に没頭した。
    博士課程では、寝る時間も惜しんで実験した。
    論文を読み、仮説を立て、失敗して、また考えた。

    苦しかったけれど、楽しかった。
    あの知的興奮が好きだった。

    そして気づいた。
    私は病気を治したいだけではない。
    理解したいのだ。

    なぜ身体は壊れたのか。
    なぜ回復する人としない人がいるのか。
    なぜ同じ病気なのに症状が違うのか。
    なぜ医学は説明できないのか。

    知りたかった。
    ただ純粋に。
    知りたかった。

    そう思った瞬間、少しだけ心が軽くなった。

    人生が終わったわけではない。
    むしろ、新しい問いが始まったのかもしれない。

    私は再び論文を読み始めた。
    本を読んだ。
    医療の情報を集めた。

    栄養学。
    生理学。
    東洋医学。
    免疫学。
    神経科学。

    手当たり次第だった。

    そしてある日、何気なく飲んだサプリメントが、私の人生をもう一度変えることになる。

    当時、特に期待もせず飲んだものだった。
    しかし、なぜか効いた。
    不思議なほど効いた。

    私は考え始めた。

    なぜ効いたのだろう。
    何が起きたのだろう。

    その瞬間だった。
    学生時代の記憶が、突然よみがえった。

    博士課程。
    研究室。
    コロイド界面科学。
    粒子。
    膜。
    吸着。
    相転移。
    界面自由エネルギー。

    長い間使っていなかった言葉たちが、頭の中で動き始めた。

    そして私は思った。
    もしこれを、界面科学で説明できたら面白いのではないか。

    それは軽い思いつきだった。
    でも、その思いつきが、私の人生をもう一度変えることになる。

    なぜなら、そこから数珠つなぎに、すべてが繋がり始めたからだ。

    腸。
    神経。
    免疫。
    ミトコンドリア。
    血管。
    炎症。

    どれも別々の話だと思っていた。

    でも、ある瞬間、私は鳥肌が立った。

    「全部、界面じゃないか」

    思わず笑った。
    滑稽だった。

    こんなに近くにあったのか。
    なぜ今まで気づかなかったのか。

    世界の見え方が変わった。

    いや、世界は変わっていなかった。
    変わったのは、私の見方だった。

    そして私は、人生で初めて、病気になった意味を少しだけ理解できた気がした。

    病気が私から奪ったものは多かった。

    でも病気がなければ、私はこの問いに出会わなかった。
    この景色を見ることもなかった。

    そしてきっと、本当の自分とも出会えなかった。

    最終章 身体が壊れた日、生命は「界面」に見えた

    病気になってから、私はずっと身体のことを考えてきた。

    なぜ壊れたのか。
    なぜ治らないのか。

    論文を読み、仮説を立て、検証し、また考える。
    研究者として、それは自然な行為だった。

    そしていつの間にか、私の思考はひとつの言葉へ収束していった。

    界面。
    境界。
    内と外のあいだ。

    その言葉は、身体だけではなく、人生そのものを説明しているように思えた。

    生命は境界によって守られている。
    そして、情報も、エネルギーも、変化も、その境界で起きる。

    私は長い間、身体の界面だけを見ていた。
    でも本当に壊れていたのは、別の界面だったのかもしれない。

    本当の自分と、演じている自分。
    そのあいだの界面。

    私はずっと、外側の期待に応えようとしていた。

    良い研究者。
    良い夫。
    良い息子。
    良い社会人。

    どれも間違いではなかった。
    どれも大切だった。

    でも、それは本当に自分が望んだ姿だったのだろうか。

    振り返れば、私はいつも誰かの期待する自分になろうとしていた。

    大学時代もそうだった。
    憧れた教授がいた。
    その人の思想に惹かれた。
    その人のような研究者になりたいと思った。

    だから努力した。
    限界まで。
    身体を削ってでも。

    博士課程もそうだった。
    社会人になってからもそうだった。
    結婚してからもそうだった。

    無理をすることで成長できると信じていた。
    環境に飛び込み、自分を追い込み、適応する。
    それが私の成功体験だった。

    でも、身体は違うと言い続けていた。
    ずっと前から。

    私はその声を聞かなかった。
    聞きたくなかった。

    だから身体は、最後に強制的に私を止めた。
    病気という形で。
    離婚という形で。

    あの頃は、人生を失ったと思った。 
    順風満帆だった未来。
    家庭。
    世間が望む幸せ。

    それらを失ったと思った。
    でも今は少し違う。

    私は失ったのではなく、手放したのかもしれない。

    本当は自分ではないものを。
    ずっと握りしめていたものを。

    そして代わりに、ひとつの問いを手に入れた。

    生命とは何か。
    人はなぜ壊れるのか。
    人はなぜ回復するのか。

    その問いを追いかける時間は、私にとって苦しみ以上の価値を持っていた。

    病気にならなければ、見えなかった景色がある。
    離婚しなければ、気づかなかったことがある。
    立ち止まらなければ、出会えなかった自分がいる。

    だから私は、この病気を憎み切れない。
    感謝に近い感情すらある。

    もちろん、もう一度選べるなら健康な身体が欲しい。
    それでも、この経験があったから今の自分がいる。

    もし過去の自分に会えるなら、こう伝えたい。

    休め。
    世間体より、自分を守れ。
    もう演じなくていい。
    これからは、自分の人生を生きればいい。

    人生には、思い描いた通りにならないことがある。
    むしろ、その方が多いのかもしれない。

    でも、壊れることにも意味がある。
    失うことにも意味がある。

    界面科学では、状態が変わる瞬間を「相転移」と呼ぶ。

    固体が液体になり、液体が気体になる。

    それまでの形は失われる。
    でも、そこから新しい状態が生まれる。
    人生も同じなのかもしれない。

    私は一度壊れた。
    研究者としても。
    夫としても。
    ひとりの人間としても。

    でも、その崩壊の先で、ようやく本当の自分に出会えた気がしている。

    身体が壊れた日。
    私は人生を失ったと思った。

    でも本当は違った。

    身体が壊れた日、生命は「界面」に見えた。

    そして同時に、自分自身もまた、見え始めたのだった。

    #創作大賞2026 #エッセイ部門

     
     
    博士(工学)|コロイド界面科学 大手メーカー研究員/元JSPS特別研究員 コロナ後遺症・慢性疲労症候群(ME/CFS)をきっかけに、専門を「世界を見るレンズ」と捉え、生命・AI・仕事をつなぐ思考法を探究中。 「界面生命科学」を通して、回復・生命を独自の視点から考察。

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