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服を300着から11着にした話


    服を300着ほど持っていました。
    クローゼットにも引き出しにも、服は山ほどあるのに着ているのはほんの一部だけ。


    「じゃあそれ以外の服って、いらないよね」


    それが全ての始まり。



    その頃は鬱でベッドから出られず、食事は2日に1回。当然お風呂にも入れない。
    外に出ることすらできないのに、服が山ほどあった。



    1週間かけて、少しずつではなく一気に減らした。その中で自分なりの「手放す感覚」が掴めるようになった。


    それと同時に、捨てる痛みを味わう。
    一度も着ていない服を目の前にしたとき、自分の無駄遣いと向き合うのは辛いものです。

    仮に1着3,000円 × 289着 = 867,000円
    服以外も合わせたら総額100万円以上。


    でもこの痛みを味わうことが、一番のリバウンド防止策になります。
    痛みを知った人間は「二度と同じ失敗を繰り返したくない」と願う。その想いが、その後を変える。






    受注生産の服を手放した。


    一番悩んだのは、デザイナーズブランドの服。
    とにかく可愛い。高かった。そして手に入りにくい。


    でも着ていない。重くて動きにくい。
    「可愛いのに着ていない」
    モヤモヤする。


    可愛さよりも罪悪感の方が大きくなっていた。そういう服は持っているだけで疲れる。


    「ちゃんと着てくれる人に譲ろう」

    フリマアプリで手放した。



    もしまた欲しくなったらそのとき買えばいい。きっと出会える。なんならその時の自分に合った、もっと軽くて動きやすい服を選んだっていい。

    ※もちろん服が好きで「見るだけで気分が上がる」という人は手放す必要ない。




    余白が増えるたびに生活の息苦しさも減った。
    モノってそこにあるだけで情報の塊なんです。

    情報が減ると、脳も心も軽くなる。



    その快感を知ったらそこからは早かった。
    モノへの執着が魔法のように解けていく。



    服が終わると次はバッグ・靴・コスメ。
    「これは本当に、今の自分に必要か?」
    と問いながら一気に見直していく。




    締麗になっていくにつれて置き去りにしていた自分自身のことも「大切にしたい」と思えるようになった。

    日光を浴びること、毎日お風呂に入ること、
    そんな日常の些細な一歩が、とても愛おしい。


    「片付けたらバラ色の人生になった!」
    みたいな大きなことは言えません。
    普通に引きこもりだし。



    でも、生活の息苦しさが減った。


    モノが多すぎる→選べない→散らかる→探す→疲れる→自分を責める

    この負のスパイラルが消えた。



    支出が減った。


    以前は出かけるたびに必ず何か買っていた。
    服だけで月に5万円以上使う時期も。


    モノが減るにつれて衝動買いは自然に消えた。
    モノよりも「余白」を愛した。


    実際、去年服にかけたお金は1万円のアウターだけ。今年はまだ1円も使っていない。


    月5万円以上使っていた人間が、年間1万円になった。節約しようと頑張ったわけではなく、片付けたら「自然に」そうなっていた。



    なぜリバウンドしないのか


    モノを手放してから3年。
    「後悔したモノはあるか?」と聞かれたら、2〜3個くらいはあった。

    でも、どれも他のモノで代用できて次の日には忘れている。

    だから手放しても意外と大丈夫。





    リバウンドしない理由は、片付けのノウハウではない。

    「買い方」が変わった。


    今は
    「毎日でも着たい」
    「今あるお気に入りと入れ替えてでも欲しい」
    と心から思えるモノだけ。

    妥協して買うと、もっと良いものを見つけたときにまた欲しくなる。その繰り返しがモノを増やしていく。


    捨てる技術、買わない技術、どちらも大切です。
    買い方が変わって初めて、綺麗な状態を維持できる。


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    汚部屋から9割のモノを手放して生きています。

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