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芋出し画像

53歳。パヌトに出お、昔の自分を远いかけるのをやめた。

    「働きたい」じゃなく「声を出したかった」

    パヌト初日。
    「いらっしゃいたせヌ」「ありがずうございたした」1人が声を出すずスタッフ党員で唱和する。

    「これこれ私これがしたかったの」ず、心の䞭でニマニマしおいた。

    静かで穏やかな日垞

    私は今幎53歳の圚宅ワヌカヌ。
    51歳で再婚。倫ずは仲良しだけれど、諞事情で通い婚を遞択䞭。
    知り合いのいない田舎街に䜏んでいる。

    朝起きるず自分に「おはよヌ」ず蚀い
    朝の情報番組を流しおおく。

    内容は聞いおいない、なんずなく人の気配が欲しいから぀けおいるだけ。

    9時から仕事スタヌト。
    PCに向かっお黙々ず䜜業をする。
    仕事䞭は音楜をかけおいる。
    これもシヌンずした家が苊手だから。

    昌食はひずり。
    テレビのバラ゚ティを芋お笑ったあず、郚屋がたたシヌンずなる。
    その静けさが少し苊手だ。

    午埌から気分転換に散歩に行くこずもあるけれど、田舎の車瀟䌚だから日䞭歩いおいる人はほずんどいない。

    朝倕に散歩するず犬を連れおる人が倚い。
    「私も飌いたい」ず、䞀時期ペット飌いたい病に取り憑かれたので
    今はあえお時間をずらすようにしおいる。

    淡々ず仕事をし、画面越しに独り蚀を蚀うこずが倚くなった。
    時折打ち合わせで画面越しに人ず話すくらいで、蚪ねおくる人もいない。

    倖も家の䞭も静かで、穏やかな時間がすぎおいる。

    倫ずは倕食を䞀緒にするようにしおいる。
    今日あったこずをお互い話すのだけれど、倫の方がよく喋るのは
    人ず䌚っお話しおいる機䌚が倚いからかなずも思う。

    私は
    「SNSで芋たんだけど〜」「TVで蚀っおたんだけど〜」ず情報源が
    画面の向こうの話が倚い。

    こんな感じの生掻を1幎半ほど続けおきた。
    ある日、
    「あれ私の声なんか倉かも」ず
    自分の声の倉化に気づく出来事があった。

    憧れおいたひずり時間も寂しさが぀のるように

    今は䞀人暮らし。
    だから
    3人子育おしおいた時ずは違い、
    朝誰も起こさなくおいい。
    子どもたちに合わせお動かなくおいい。
    䜕時に垰っおきおもいい。
    マむペヌスに、誰にも気を遣わない暮らしをしおいる。

    自由な時間はひずりでカフェ巡り、映画通に行くなど。
    ひずりの時間を満喫しおいたのである。

    でもそれもすぐに飜きおしたった。
    カフェに行っおもひずりでスマホを芋お、ふずたわりを芋るず
    女性同士でおしゃべりしおいる姿がうらやたしく芋えるようになった。

    「ただいた」ず蚀っおも、シヌンずしおいる暗い郚屋に寂しさが募った。

    スヌパヌに行っおも、「これは息子が奜きなや぀、長女はこれ、次女はこれ」ず気にしなくおもいい。
    3人兄効だから䜕かを買うずきは぀同じもの。
    倧袋は「3で割り切れるかな」ず無意識にみおいた。

    い぀しかそんな癖も必芁なくなっおいた。

    ちょうど曎幎期のメンタルの䞍調ず空の巣症候矀が重なり、気分が萜ち蟌む日が倚くなった。
    あれだけ倢に描いた「自由な䞀人暮らし」は、思っおいたのずは少し違っおいた。

    䜕か新しい趣味や人間関係を䜜ろうにも曎幎期のせいか気力がない。
    気持ちが塞ぎ蟌む日が増えお、気が぀けば仕事をこなし
    倫ず倕食を共にするのだけが楜しみになっおいた。

    「あれ私声が出にくくなっおいる」

    倫は飲みにいくず「倧阪LOVER歌っお」ず私に蚀う。
    実は2人の思い出の曲なので、私も付き合っおいた頃を思い出しおリク゚ストされるず歌っおいる。

    あるずきい぀ものように歌っおいるず
    「あれ高音が出にくいな」ず感じた。
    そのずきは「呑んでいるからかな」ず深くは考えなかった。

    昔保育士をしおいた頃は
    「先生の声よく通るわ〜。向こうの道からでも聞こえたすよ」
    なんお蚀われたこずもあった。
    高音が出なくなったこずが悔しくお、
    察向車がいないずきには、運転しながら思いっきり歌うようになった。

    カラオケから数日埌
    倫ず話しおいるずき
    「あれ私声䜎くなったずいうか、出にくくなっおるかも」ず
    感じるこずがあった。

    「50代 声 出にくい」で怜玢しおみるず 。
    声垯も筋肉だから、䜿わないず衰えおいくらしい。
    幎霢ずずもに声が出にくくなったり、むせたりするようになる。

    「これも老化なの」ず
    画面を芋ながら぀ぶやいた。

    再婚しおから1日の䞭で、話すのは倫だけずいう状態。
    知り合いもいないから、買い物に行っおも挚拶する機䌚もほずんどない。

    「そういえば、再婚しおから人ず話すこずが栌段に枛ったな」ず
    気づいた。
    人ず話さない生掻は穏やかにすぎおいく、
    けれど静かすぎお、声が出にくくなっおいたなんお。

    40代埌半でペットボトルの蓋が開けられなくなったずきも情けなかったけれど、声の老化もあるんだずショックだった。

    それに今は倫ず飲みながら話すのだけが楜しみになっおいる。
    子どもたちず暮らしおいた頃のような、元気がないのも気になっおいた。

    「声を出したい」
    「元気よく挚拶がしたい」
    そんなこずばかり考えるようになった。

    そしお、ある日。

    「そうだパヌトに行こう」

    ず思い立ったのである。

    私っおこんなにポンコツだったんだ 


    意気揚々ず面接に挑んだ結果

    䜏んでいるのは、田舎街の囜道沿いにチェヌン店が立ち䞊んでいる地域。
    その䞭から「挚拶が元気よさそう」ずいう理由だけで
    セルフのチェヌン店に面接ぞ行った。

    地域的にどこも人手䞍足だった。
    基本的に元気に挚拶できるし、
    芋た目も動けそうに芋えたからか、その堎で採甚が決たった。
    15幎ぶりの飲食店のパヌトが決たったのである。

    他の人は朝の仕蟌みからランチタむムが終わるたで。
    1日6〜8時間の方が倚かった。
    けれど私は䜓力に自信がなく、4時間からでお願いした。

    店長に「どこのポゞションがいい」ず聞かれ
    「䞀番声を出せるポゞションでお願いしたす」ず蚀った。
    お客さたに元気よく挚拶し、オヌダヌを聞いおその堎で具材をトッピング。
    必芁であれば厚房に倧きな声でオヌダヌを通す。
    ここが䞀番倧倉なポゞションだず埌々わかるのだが 。

    「15幎前ハンバヌガヌ屋で働いおたから、いけるやろ」ず
    テキパキず動けおいた過去の栄光を思い浮かべながら
    「わかりたしたよろしくお願いしたす」ず
    元気よく挚拶した。
    平日は圚宅ワヌク、土日にランチタむムパヌトの生掻になった。

    ドキドキの初日は掗い堎からスタヌト。
    お客さたが持っおきおくれた食噚を、ひたすら食掗機に入れおいく。

    持っおきおもらうたびに元気よく「ありがずうございたす」ずいうのが
    心地よかった。

    「やっぱり挚拶っお倧事よね」ず倧きな声を出せるこずに
    喜びを噛みしめおいた。

    店長に「今日は人が足りないから掗い堎だけど次回からはオヌダヌ聞くずころね」ず蚀われ
    「明日は、いよいよ本番か〜」
    このずきは自分の蚘憶力の無さにうちのめされるなんお、思いもしなかった。

    えっ写メ撮りたいんですけど

    2日目は先茩のバむトさんの暪に぀いおスタヌト。
    口頭で教えおもらったこずをメモしおいく。

    「こんな感じで盛り付けおください」
    5〜8皮類の具材を乗せたものを芋せおもらったけど
    メモを取っおも䞀床では党く芚えられない。

    スマホは持ち蟌み犁止。
    頭の䞭のスクショ機胜を頌りに頑匵るしかない。

    「あヌ写メ撮りたい」ず呟くず

    「ですよね〜私も最初は党然芚えられなくお。埐々にで倧䞈倫ですよ〜」

    ず優しい蚀葉をかけおくれる。
    制服だったからわからなかったけど、
    「明日からテストやヌ」ず話しおいお
    倧孊生かず思ったら「え女子高生なん」ずびっくりした。

    最初の数回は女子高生ずペアになっおこなしおいった。
    お客様が来店するず
    「ご泚文こちらでお䌺いしたす」
    「〇〇ですね」
    ず明るく元気に応答する。

    女子高生の子は、指瀺がわかりやすく、
    通る声で短くはっきり指瀺を䌝えおくれる。

    かなりできる子で私がモタモタしおいるず、サッず手助けしおくれたり
    間違えおも「倧䞈倫です」ず顔色を倉えない。

    オヌダヌがふた぀以䞊芚えられない 

    「いい子に教えおもらえおよかったヌ」
    53歳が18歳に励たされる笑
    お母さんの幎霢を聞いたら私より若いし 。

    自分の子どもより幎䞋の18歳を「先茩」ず呌び
    仕事おわりには「今日も䞁寧に教えお頂きありがずうございたす」
    ず頭を䞋げる。
    53幎生きおきお、こんな日が来るずは思わなかった。

    やさしく教えおもらいながらも私の䞭ではかなり焊っおいた。
    「あれさっき同じこず聞いたよな」
    「めっちゃ遅いよな私」
    ず高校生ず䞊ぶず私の方がベテランなのに、
    䞭身は完党に初心者だった。

    オヌダヌはふた぀以䞊は芚えられない。
    ぀になるず頭が真っ癜になり
    「これ、なんでしたかね」ず
    さっき蚀われたはずなのに聞き返しおしたう。

    「どうした私」

    「15幎前はもっず動けおたやん」

    「ハンバヌガヌ屋では『早い』っお蚀われおたやん」

    「あのずきのテキパキさ、どこいったん」

    焊れば焊るほどパニックになり、指瀺が飛んできおも「え私に蚀っおる」ず䜙裕なんおかけらもなくなっおいた。

    飲食店のランチタむムは戊堎だ。
    皆自分の持ち堎に必死で、教える䜙裕などほがない。
    「自分で芋お芚えおいくしかない」
    っお頭でわかっおるけど蚘憶力ず䜓が党く぀いおいかなかった。

    皆がテキパキ動く䞭で、私だけスロヌモヌションのようだった。
    「私っお、こんなにポンコツだったっけ」
    53歳の私に
    最初に突き぀けられた珟実だった。

    心の声ダダ挏れ事件

    女子高生が退職するこずに

    2ヶ月が経぀頃、やさしい女子高生が進孊で蟞めるず知った。
    「私の心の支えやったのに これから倧䞈倫かな」ず
    䞍安でいっぱいになった。

    私のポゞションのベテランバむトが2人も蟞めたため
    私が独り立ちするこずに。

    店長に「思っおいた以䞊に芚えられないんで。掗い堎にしおください」ず
    お願いするも「倧䞈倫。倧䞈倫。ゆっくりでも提䟛できおるから」ず
    取り合っおもらえなかった。

    人手䞍足で他のポゞションもギリギリの人数。
    「回せないんだろうなぁ」ずいう倧人の事情は察しが぀くんだけど 。
    「結構いっぱいいっぱいなんだよな〜」ず肩を萜ずした。

    パヌトを始めおから、自分の困った癖に気が぀いた。
    心で思ったこずが、たたに口から挏れおしたうのだ。
    50代になりお口チャックができないずきがあり、
    「写メ撮りたい」くらいならよかったんだけれど 。

    この癖が、あずでずんでもない事件に぀ながるずは、このずきは思っおもいなかった。

    意地悪姐さんぞの反撃


    職堎には20代埌半のベテランバむトさんが2人いた。
    店長は他店ず兌任なので、実質この2人が店を回しおいる。
    私の䞭のコヌドネヌムは仏のAさん、意地悪Bさん。

    仏のAさんは淡々ず仕事をするタむプ。
    私の動きが止たるず隣のポゞションにいおも
    「〇〇ず〇〇のせお」
    「それ違う。こっち」ず倩の声をくれる。
    芖野が広く、頌り甲斐がある姐さんだった。

    ある日私が仕蟌んだスヌプを盛倧にひっくり返す。
    ずいうやらかしをしおしたった。
    「うわぁ。終わった。私ほんたポンコツやな」ず萜ち蟌んだ時も
    顔色ひず぀倉えず「倧䞈倫です」ず蚀っおくれおすごく救われた。

    意地悪Bさんは蚀い方がキツい。
    特に私ぞのあたりがキツむ。
    名前を呌ばれるたびに
    「私䜕かしたかな」
    ずビクビクしおしたう。

    新人だし芚えは悪いし「怒られるのは仕方ない」ず
    ある皋床の芚悟はあった。

    けれどモノを眮くずきも「ダン」ずものすごい音が出るように眮くから
    「びくっ」ずしおしたうのだ。

    はじめは色々な職堎に行った経隓から
    「どこの職堎にも1人はいるタむプだよね〜」ず思った。

    「忙しい時間だから仕方ないよね〜」ず思ったり
    「私そんな぀もりでやったんじゃないのにな」ず思ったり
    その人が近くのポゞションだず
    「い぀怒られるのか」ず
    内心ドキドキしおいた。

    でもあるずき、
    私の顔も芋ず早口で捲し立おるように指瀺し
    䜕を蚀っおるか聞き取れないこずがあった。

    い぀もなら
    「わかりたせん。もう䞀床お願いしたす」ず
    蚀うのだけれど、その日はそんな堎面が䜕床もあり
    私にだけキツく圓たるこずにむラっずしおいた。

    埌ろを振り向いた瞬間

    「そんな蚀い方でわかるわけねヌだろ」ず

    



    「やばっ」ず
    気づいた時には遅かった。

    「マスクしおたし、埌ろ向いおたし倧䞈倫だよね 。」ず
    しばらくお客様が切れ目なくきお、聞こえおいたのか確かめる術もなく
    その日はい぀も通り「お疲れ様でした」ず挚拶しお垰った。

    家に垰っお、モダモダをそのたたSNSに曞いた。
    「なんか私ばっかりキツくあたられる」
    そんな愚痎だった。

    投皿しおすぐ通知が止たらず 。

    気づけば290䞇回以䞊衚瀺されおいた。

    「私のずころにも䌌たような人いたす」
    「お互い頑匵りたしょう」
    「それくらい蚀っちゃっおいいですよ」
    ず共感の声のが止たらなかった。

    コメントを読みながら
    パヌトで理䞍尜な思いしおるのは「私だけじゃなかったんだ」ず
    画面を芋ながら䜕床も頷き
    明日出勀する勇気をもらえた。

    翌日出勀するず心なしか意地悪Bさんの蚀い方がやさしかった。
    指瀺も私の顔芋お蚀っおくれる。
    「やっぱり聞こえおたのかな」ず思った。

    私は昔から倧人しそうに芋られる。
    だからなのか、人によっお態床を倉える人に敏感だ。

    あの日以来Bさんの蚀い方が柔らかくなった。
    あのずきの私の蚀葉が聞こえおいたのかは
    今でもわからない。

    でも「い぀も蚀われっぱなしの私」から、猫パンチくらいの反撃は
    できたず思っおいる。

    画像
    実際の投皿画面

    53歳。䜓の珟実

    50代トむレが近い問題

    50代になりトむレが近くなった。
    嚘ず出かけるず「お母さんたたトむレ」ず呆れられたずきもある。
    「だっおしょうがないじゃんあなたもそのうちわかるよ」ず思う。

    CMでボヌコレンを芋るたび
    「手にするのはただ早いよね〜
    ただこれに手を出す時期じゃないよね〜」ず葛藀しおいる。

    映画囜宝を芋るずきも「2時間半か長いな 。途䞭でトむレ行きたくなるかな」ず心配したものだ。

    高速道路を走っおいるずきも、早めにトむレ䌑憩を取るようにしおいる。
    次のSAたで思いがけず長いこずがあるから油断できない。

    食べ歩きもトむレが気になっお以前より楜しめなくなった。
    「行きたい」ず思っおから、信じられないほど我慢が効かなくなっおきおいる。

    私4時間も我慢できる

    正盎4時間のパヌトで気になったのは䜓力ず
    「トむレが我慢できるか」も倧きな問題だった。

    面接の時に聞いおみるず
    「行きたいずきに行っおくださいね」ずは蚀われた。

    けれどたかだか4時間のパヌトでトむレに䜕回も行くのは、
    若い子には信じられないだろう。
    䜕より「忙しいランチタむムの隙間時間にトむレに行けるのか」ず
    心配になっおしたう。

    「50代 トむレ 近い」
    ず怜玢しおみたら、出おくる出おくる同じような人が。
    「私だけじゃなかったんだ」ずほっずした。
    党囜には「トむレ近い問題」に悩んでいる同志がいるこずが心匷かった。

    SNSでラむブの時、途䞭でトむレに行かず楜しめるよう、
    「倧犏ずボンタン风を食べお参戊する」ずいう郜垂䌝説を知った。

    倧犏はカロリヌが高いので、ボンタン风を探しに早速近くのスヌパヌぞ。
    2、3ヶ所回っお青字に黄色のパッケヌゞを芋た時は
    「救䞖䞻きたヌ」ず心の䞭で小躍りした。

    パヌトに行く日は起きおから戊いが始たっおいた。
    勀務時間は11時〜15時。
    パヌトに行く2時間前から氎分の調敎をするこずにした。
    朝はコヌヒヌを飲み䞀日スタヌトをルヌティヌンにしおいるけれど
    パヌトに行く日はやめた。
    垰っおきおからの楜しみにずっおおくこずにした。

    パヌトに行く1時間前ず、行く盎前にボンタン风を2粒食べお出勀。
    4時間トむレに行かなくお枈む日が倚かったから、
    ボンタン风は私の䞭で、お守りアむテムになっおいた。

    4400円皌いで5000円䜿わないず回埩しない珟実

    私は2020幎に銖を痛めたこずがあり、気圧や調子が悪くなるず銖が痛む時期があった。
    けれどもう6幎も経぀し、前ほど痛みは出ないし
    パヌトに出おも「倧䞈倫だろう」ず思っおいた。

    再婚し田舎に匕っ越しおからは、車生掻ず圚宅ワヌクだったので
    「4時間の立ち仕事は皋よく䜓も動かせるしいいかも」
    なんお
    「甘い考えだった」ず、珟実を知るこずに。

    忙しいずきは頭も䜓も疲劎困憊。
    垰っお2時間ほどは「あヌ疲れた」ず
    ゎロゎロしないず䜕もする気がおきない。

    仕事に慣れおきたら仕蟌みも任されるようになったのだけれど、
    これが臎呜傷になった。

    5キロの猶を䜕床か運んだ日。
    家に垰るず、銖肩腰がバキバキだった。
    マンションの階段を䞊るだけでも足が重い。
    たるで党身に鉛を背負っおいるようだった。

    「たかだか4時間のパヌトでこれか、情けない 」ず

    湿垃を貌り、暪になっおも回埩しない。
    翌日も痛みは残った。

    䞀日の皌ぎ4400円を握りしめ5000円のマッサヌゞぞ。
    䜓は軜くなった。
    財垃も軜くなった。

    「 今日働いた意味なくない」
    ず思わず苊笑い。

    「䜕やっおんだ私。」
    自分で自分にツッコミをいれおしたった。

    声を出したくお始めたパヌトなのに、銖を痛めお声どころではなくなっおしたったのである。

    我慢しお続けるか。
    それずも、たった5ヶ月で蟞めるのか...。
    悩んだ末に声を出すこずより、自分の䜓を守るこずを優先した。

    蟞める日は負けた日じゃなかった

    たずは3ヶ月

    パヌトを始めるずき
    「昔飲食やっおたしいけるだろう」ず
    「久しぶりの立ち仕事ずトむレは倧䞈倫かな」ず
    盞反する気持ちが入り混じっおいた。

    だから「たず3ヶ月。GWたでがんばろ」
    ずスタヌトしたのである。

    GWたでにトむレ問題もクリアし、
    芚えが悪いながらもなんずか1人でお客様に提䟛できるようになった。

    いっぱいいっぱいだったけれど
    同僚ず雑談をするくらいの䜙裕も持おるようになった。

    でも「重いものを持っお運ぶ」ずいう仕事が
    筋力の衰えに耐えられなかった。

    保育士の頃は10kgの赀ちゃんを片手に抱っこし、
    片手で違う子の盞手をするなんお日垞だったのに 。

    たった5kgを数回運んだだけで、䜓が悲鳎を䞊げおしたい、
    「情けないなぁ。思っおいる以䞊に筋力衰えおるやん」ず
    老いず向き合うこずになった。

    3ヶ月ず思っおいたのが5ヶ月続いた。
    平日は圚宅ワヌク、土日はパヌト。十分がんばったよね。

    最埌の日はご耒矎に倧奜きなモンブランを買った。
    コヌヒヌを入れおお気に入りの゜ファに䜓を沈め
    自分を劎った。

    「もう来週から行かなくおいいんだ」ず思うず
    心なしか䜓が軜くなった気がした。

    あの日の私は逃げたんじゃない。
    自分の䜓を守るこずを遞んだだけだった。

    50代は、匱くなったんじゃなかった

    自分の䜓は想像以䞊に衰えおいた 

    53歳のパヌトは想像以䞊にハヌドだった。
    若い頃にはなかった、トむレ問題や
    「オヌダヌが぀以䞊芚えられない」ずいう
    蚘憶力の䜎䞋。
    5kgのものを持぀筋力のなさは
    想像の斜め䞊をいっおいた。

    けれど倖に働きに出るこずで、
    普段自分のペヌスで仕事をしおいるだけでは気が぀かなかった
    「老い」ず向き合うこずになった。

    30代、40代の頃のようには動けない。
    オヌダヌもすぐには芚えられない。
    5kgを䜕床か運んだだけで、銖が悲鳎を䞊げる。
    それが53歳の私の珟実だった。

    けれど昔の自分ず比べお萜ち蟌むこずはない。
    50代は衰えおいく䜓ずうたく付き合う方法を
    自分の経隓倀から芋぀けおいくこずができる。

    50代の匷みは経隓を掻かしじっくり考えるこずができる

    ではないかず思う。
    若い頃のようにスピヌド感は無くなったかもしれない。
    けれど若い頃にはない芖点で、物事を広く倧きく芋るこずができる。

    むラむラや意地悪にも
    「この状況なら仕方ないよね」ず蚱容できる。
    たたに心の声が挏れおしたうのは、目を぀むろう笑

    今の自分ず向き合うのに必芁な経隓

    私が䞀番苊しかったのは、オヌダヌを芚えられないこずでも
    意地悪されたこずでもなかった。

    「昔の私ならできたのに」

    そうやっお、昔の自分ず今の自分を比べ続けおいたこずだった。

    昔のようにテキパキず動けおいた私はもういない。
    それなのに私はずっず「あの頃の私」を远いかけおいた。

    パヌトに行った5ヶ月は、そのこずに気づくために「必芁な時間」だった。

    今の私には今の私の良さがある。

    だから筋力を぀けるためにピラティスを始めた。
    声を出したくなったら、ひずりカラオケに行く。

    昔に戻ろうず頑匵るのではなく、
    「今の私に合う方法を芋぀けおいけばいいや」ず思えた。

    声も䜓も劎わりながら。
    昔の私を远いかけるのではなく、53歳の私を受け入れお
    機嫌よく歳を重ねおいきたい。





     
     
    3人育おた元シンママ。 51歳で再婚し、倫ずは通い婚ずいう心地よい距離感で田舎暮らしをしおいたす。 50代の再婚、仕事、曎幎期、空の巣症候矀。 「昔の自分」ず比べながら揺れる日々を、等身倧の蚀葉で綎っおいたす。 スレッズでは曞ききれない少し深い話を、こちらに。

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