
私は本にはなりたくなかった
小さい頃の夢なんて忘れていた。
幼稚園の卒園式で将来の夢を叫ぶという、物心がついてから初めての辱めを受ける儀式のとき。
そんな小さな人に将来のことを考えられるわけないじゃないか。こっちは今日の晩ご飯のことで頭がいっぱいなんだ。早くお母さん迎えに来てくれ。帰って早くおじゃる丸見たいよ。縄跳びしたい。6歳児の頭の中なんてこんなことしか考えていないよ。
でも周りの6歳児は、消防士やらケーキ屋さんやら。中には消防車になりたい子もいたけど。女の子の夢で1番多かったのは看護師。
なんでだろうね。親が言って聞かせたのかな。
将来がわからなかった。「好きなものでいいんだよ」と先生は言うけれど、好きなものとなりたいものって違うじゃない?だって消防車が好きでも将来消防車にはなれないでしょう?
私は本が好きだった。
でも本にはなりたくなかった。
だからみんなと同じ看護師にしたら、すごいねと母に褒められた。
小学2年生、10歳の時、また将来の夢を発表する時が来た。
「まだ看護師なの?」ううん、もうやめた。
「薬剤師がいいよ」薬剤師?
「あんまり知らないけど、給料いいんだって」へぇ、じゃあそうしようかな?
小学2年生、10歳、将来の夢、薬剤師。
その頃私は金魚が好きだったので、先生理論からすると金魚になっても良かったが、人間が魚になることは不可能なので言うのをやめた。
本は相変わらず好きだった。でも本になりたくないのは変わらなかった。
小学校6年生。またもや将来の夢だ。
看護師や薬剤師のことなんて忘れていて、一から将来の夢を考えなきゃいけなかった。
そもそも将来の夢を「考える」でいいのだろうか?将来の夢は持つものなんじゃないだろうか。将来なのだから誰でも持っていてよくて、夢は誰でも見てもいいものだから、考えるというのはおかしい表現で、気づいたら持っているものなんじゃないだろうか。
私は小学6年生にして病を患っていた。中二病だ。
趣味は「人間観察」だった。
赤川次郎のセーラー服と機関銃に出会ってしまって、少し達観して物事を見るというミステリー小説にありがちな考え方がかっこいいと思ってしまった末の「趣味:人間観察」だった。
人間観察という響きもかっこよくて気に入ってしまっていた。
どうせなら将来の夢もかっこよくありたい。
そう思った12歳の私は、覚えたての検索機能で「趣味が人間観察の人の将来の夢」と調べたところ、「精神科医」というあまりにもかっこいい響きの職業が出てきて、あぁこれだと迷わずそれを選んだ。
教室の後ろの壁へ、看護師やサッカー選手の隣に精神科医と書かれた紙が並んだ。
まさか大人になってその精神科医と関わることになるとは。あの頃の私に伝えたら目を輝かせるのだろうか。それとも少し困った顔をするのかな。
最近は将来の夢を聞かれることはなくなった。だって大人だから。
将来はいつの間にか現在になっていた。
それでも、あの頃と同じように私はまだ考えている。
私は今でも本にはなりたくないけれど、本が大好きだ。