
バリアフリートイレという名のダンジョンを乗り越えて
「もう少し右。あと一歩。あぁ、もう行き過ぎだって!ちょっとだけ左に戻って!」
「こ、このあたり?」
「そうそう、そこ。で、一歩前へ。でも前に進みすぎないでね。ズボンが汚れるから。うん、そのあたりかな……」
「ここでいい?いいね?じゃ、行くよ、ロックオン!」
ジョジョジョ……
「あ!ちょっと前すぎた!淵が汚れるから、もう少し角度を下げて!」
「そんなこと言われても、わかんねーよー!!」
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「多機能トイレ」「みんなのトイレ」などと呼ばれるバリアフリートイレ。
視覚障害者のオットと外出するたびにお世話になっている、大切な場所。
まだまだ数は足りないと言われているけれど、それでも以前より増えてきたという実感はある。まったく、ありがたいことだ。
一般の方にはあまり縁のないバリアフリートイレ。今日は、視覚障害者にとってこの場所がどんな空間なのか、介助する側の視点から書いてみようと思う。
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まずはバリアフリートイレについて、簡単にご説明。
一般のトイレより広めで、車イスの人も利用しやすい。手すりが多く、足の悪い人も安心だ。
オストメイト対応のシンクも設置されている。腰の高さにあるのでストーマ(人工肛門・人工膀胱)の管理がしやすく、洗浄用の温水シャワーも備わっている。
さらに、おむつ交換用の折りたたみベッドもある。百貨店や大型商業施設には授乳室も増えてきたが、駅ではまだ少ないので、小さな子ども連れの方にも心強い存在だろう。
でも、視覚障害者にとっては、そのすべてがバリアになる。誰かにとって便利なものは、視覚障害者にとって障害物になることが多い。
バリアフリートイレを利用するたびに、「ここを設計した人は、視覚障害者の利用なんて想定していないんだろうな」と思ってしまう。
いや、本当は「考慮したいけどできない」のかもしれない。それくらい、「見えない」ことへの対応は難しい。
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たとえば、扉の開閉。
古いタイプなら、開閉レバーがドア本体の手すりの真下に付いていることが多く、触れば見つけられる。

ところが最近は、赤と緑のボタン式が主流だ。しかもドア本体ではなく、壁に設置されている。

視覚障害者は、まずそのボタンを探すところから始めなければならない。
見えない人は壁やドアを手探りで探すしかない。でもボタンが右側にあるのに、もし左側ばかり探していたら……?永遠にたどり着けない。
取っ手の真下と決まっていればもっと見つけやすいのに、なぜ?
トイレに入る前から、すでにダンジョン。
ようやくドアが開き、中へ入る。
今度は「閉める」ボタン探し。
これも右なのか左なのか分からない。
しかも限られたスペースにさまざまな設備があるため、ボタンがドアの近くではなく離れた場所に付いていることも珍しくない。
個室のはずがオープンエア状態って……もう泣けてくる。
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やっとドアを閉めた。
さて、便器はどこでしょう。
はい、わかりません。
一歩歩けば手すりにぶつかり、もう一歩でおむつ交換台にぶつかる。
足元は白杖で避けられても、高い位置にある手すりは身体をぶつけて初めて気づく。
「手で触ればいいじゃない」と思うかもしれない。
でも、公衆トイレの壁や手すりは、できるだけ触りたくないと思うのが人情でしょう?
お掃除の方がきれいにしてくださっていても、それでも触らずに済むなら、そのほうがいい。
あぁ、大変。
さまざまなダンジョンをクリアして、ようやく便器にたどり着く。
でも便座が汚れていることもある。
見えないと、お尻が悲しい結末になる。
やっと用を足しました。
さて、流しましょう。
どこ?
ボタン?
レバー?
え?「ここをタッチ」?
だから、その「ここ」が見えないんだって!!

……落ち着こう。深呼吸。
今度は手を洗おう。
また手すりにぶつかりながら洗面台へ向かう。
水栓は右?左?中央?
レバー式?センサー式?
センサーの感度が悪く、いくら手をかざしても水が出ないこともある。
そんな時のために「水を出す」「止める」のボタンが付いているのだけれど、それにも気づけない。
むきーーー!!
そしてまた開閉ボタンを探し、ようやく外へ。
視覚障害者あるある、本当に大変。
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「そんなに大変なら、普通のトイレを使えばいいんじゃない?」
ですよね。
でも一般のトイレだって、個室がどこにあるのか、使用中かどうか、便器はどちらを向いているのか、排水ボタンはどこなのか分からない。
狭い分、迷いは少ないかもしれない。
それでも、やっぱりダンジョンには違いない。
一緒に入って説明してあげられたら……それでは警察沙汰なりかねない。
でもね。
私にとって大切なのは、他人の目よりオットの膀胱。
周りのオジサンが「なんだ、この女」という顔をしても気にしない。
もう二度と会わないであろう他人の冷たい視線なんて気にしてたら、異性の障害者の介助なんてできないから。
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というわけで、我が家はバリアフリートイレを利用する。
目が見える私でさえ「開閉ボタン、どこやねん」と思うあの個室で、数々の障害物を避けながら、オットを便器へ誘導する。
まずはトイレットペーパーを使って便座を上げる。
裏が汚れていることも多く、正直泣きそうになる。
でも見えないオットは平気な顔。
なんなんだ、この理不尽な状況は!
オットの立ち位置を正確に指示。
優しさではない。
でないと、私が彼のそそうを始末する羽目になるから。
「もう少し右!」
「行き過ぎ!半歩左!」
「立ち位置はオッケー!でも身体が左向きすぎ!」
「あっ!左にこぼれそう!あと10度右!」
私も必死。
オットも必死。
「ここでいいね?行くぞ、ロックオン!発射!」
だから、いちいちロックオンって言うなー!🤣
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きれいな弧を描く黄色い放物線が、便器のど真ん中へ吸い込まれていく。
縁も床も汚さない、完璧な排泄。
介助冥利に尽きる……いや、そんな言葉では足りない。
達成感。
オットのトイレ介助をするたび、私はなぜかガッツポーズをしてしまう。
もはや変態妻である。
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視覚障害者とひとことで言っても、人それぞれだ。
生まれつき、あるいは幼い頃から見えない人は、もっと自在に動けるかもしれない。
青年期に視力を失い、厳しい訓練を乗り越え、社会で活躍している人も大勢いる。
でもオットは壮年期に発症し、しかも少しずつ進行した。
だから、見えていた頃の感覚を手放せない。
わずかに残る視野に頼ってしまうため、聴覚や触覚、エコーロケーション(反響定位)を使いこなすのも簡単ではない。
「見えないんだから、そういう感覚を鍛えなきゃダメじゃない」
私もそう思っていた。
洋服の裏表も、Tシャツとタオルの違いも分からないオットに、イライラしたこともある。
でも、足が二本あるからといって、誰もが100メートルを10秒で走れるわけじゃない。
見えなくなったからといって、五感が鋭くなるわけでもない。
努力や根性だけでは越えられない壁は、確かにある。
そんな当たり前のことを理解するまで、私もずいぶん時間がかかった。
今だって、やっぱり、イライラしてしまうけれど……。
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視覚障害者にとっては、バリアだらけのバリアフリートイレ。
それでも個室があるのは、本当にありがたい。
でないと、オットが男子トイレに入るたび、私は外で祈ることしかできないから。
もしバリアフリートイレのない男子トイレの前で、中を覗き込もうとしている不信な中年女がいたら、それはたぶん私。
「もしかして、ももんさん?」
そんなときは、気軽に声をかけてね😆