
陽太が猫になった理由(5)
5.暫定レギュラーへの道
陽太の通うクラブチームの、ジュニアユースの監督は、陽太の見違えるようなプレイに驚いた。
その突如変貌した、紅白戦でのプレイスタイル。監督が魅了されてしまうのも、仕方がないほど素晴らしかった。
「思い切って、目黒陽太をレギュラーに入れて、シャドーストライカーとして、成長させたい。補欠同士の紅白戦で魅せた、あのポテンシャルが欲しい。」
しかし、補佐するコーチ陣は、口々に問題点を挙げた。
コーチAは、
「確かに彼の動きは、一流選手の動きに近い。
なので監督の仰る通り、あのポテンシャルは、認めざるを得ないでしょう。」
と、一旦肯定した上で、懸念点を伝えた。
「しかし、スタンドプレーが目立っていたのが、懸念されます。」
コーチBも、
「一見、華やかでおしゃれだという誤解が、まだまだ根強いこの業界。」
↑うん。レジェンドのキングカズが罪深いよねー。
「俺達、チャラいけど強いよ。」
という、半分本音で半分嘘の、キャッチコピーを引っ提げて、J-リーグを誕生させた。
しかし、強く見せたいからと自ら丸坊主にする選手も、多いのが実情。
ドーム設備なんてほんの少ししかなく、殆どが雨ざらし。これが現実。
高校球児だって卒業すれば、坊主頭も同時に卒業できる訳で。
キングカズが言う「チャラい」の本質とは?
惚れた女にきちんと向き合う事。そして振られても立ち直るメンタルが、サッカーには必要。物は言いよう。
作者の割り込み解説後、
「実際はどこまで行っても、野球と大して変わらない、泥臭さや地道さが必須の、11人の団結力によるチームプレイです。」
と、芯を食った意見を述べたコーチBだった。
そしてコーチCの指摘。
「相手選手の死角を狙って、静かに、且つ力強くボールを奪う、彼の技術は、確かに美しかった。」
と、一旦持ち上げるが、
「シャドーストライカーは基本、仲間同士の地道な連携が要です。」
そしてコーチDが、
「彼の得点パターンは、レギュラーの世界では厳しいでしょう。」
と、軽快にぶった切った。
「一人で奪って、一人で走って、一人で得点のワンパターンです。」
そこまで説得力のある言い方をしなくても・・・。
それでも食い下がる監督。
「彼が、それだけ努力して身に着けた、人並み外れたポテンシャルが、やっと開花したのかもしれないじゃないか。」
過去を振り返る様に、目を閉じた監督。
「以前の彼にはあの脚力と、思い切りの良さが、不足していたんだ。」
そして、胸を張り、
「彼は、凡庸で爪の甘いプレイを、努力して克服したんだ。それもこれも君たちのお陰だ。」
更に、経営者目線で語る監督。
「本格的なクラブチームは、プロになる為にのみある訳ではなく、条件の良い大学に、スポーツ推薦狙いで投資する親も多い。」
そして、社会的意義を語る監督。
「公立中学の部活と違って、セキュリティの側面から言っても、クラブチームの方が、圧倒的に信頼度が高い。」
更には世知辛い現実を、語る監督。
「スポーツ推薦枠で、MARCHレベルを狙う場合、学校の部活動では弱過ぎる。」
格差社会の嫌な未来すら語る監督。
「教師の威厳が損なわれた昨今、部活の顧問が教師の片手間なので、管理やケアが行き届かずに、親御さんが不信感を募らせている現実。」
そして遂に今までの、本音を語る監督。
「なのでわざわざ、お金を掛けてでも、見栄えのいい内申書と履歴書の為に、本格的なクラブチームに所属させる家族達。」
「目黒陽太もそのタイプだと、ずっと思っていた。」
監督の、私はまともアピールに、思わず熱が入った。
熱弁を振るう監督に、水を注ぐコーチA。
「しかし、あんな化け物級の派手なプレイは、補欠同士の紅白試合だからこそ、光っていただけです。」
現実を指摘するコーチB。
「彼のミラクルプレイが、大きな大会でも通用するのは、少年漫画の世界だけです。」
更に現実を突き付けるコーチB。
「彼の勝ちパターンがあれだけだと、今後は厳しいです。試合の規模が大きくなればなるほど、スタミナ切れは必須です。」
「分かっているよ、そんな事は。」
監督も人間。あんなものを見たら、夢も見る。
「補欠陣の技術を遥かに超えてしまった。そういう可能性もあるだろう。」
はい。粘りたくもなります。
「一度、レギュラーに入れてみて、それでも協調性に欠けるなら、また補欠に戻せば良いだろう?」
監督が、昭和・平成なら普通の判断を、述べてみた。
「今時の感じやすい年頃の子供を、そんな風に試すのは気が引けます。」
監督の昔ながらの決定に、日和るコーチ陣。これが令和の現実だ。
叱らない教育を、受けて来ている子供達の扱い辛さに、大人達は今日も胃が痛い。
監督も、
「確かに、今の子供達は繊細だからなぁ。失敗した時が怖い。サッカー嫌いになるだけなら良いが・・・。」
他のコーチも、最悪の懸念点を挙げた。
「もしも、悪い仲間達と一緒に、繁華街でたむろするようになり、彼があの運動神経の高さを、悪用するようになったら・・・。」
スポーツは、折れない心を作るという、健全化だけとは限らない。むしろ悪い組織との繋がりが、出来てしまうケースもある諸刃の剣。
「一度、目黒さん一家を呼び出して、話し合ってみませんか?」
コーチ陣はどうにか妥協点を見い出した。
「そうだな。本人の性格を知るには、まず家族を知らないとな。」
という事で監督は、陽太の両親に連絡し面談日を決めた。
しかし、猫と人間の心が入れ替わっただけで、ここまで大事になるとは。
そんな風に、人聞きの悪い事態を、懸念される陽太の両親って一体・・・。
そんな時に、人の良さそうな男女が、別々の場所で、くしゃみを連発していた。
ごく普通に結婚して、ごく普通に陽太を育てた、ごく普通の陽太の両親だった。