
陽太が猫になった理由(7)
7.大事な場面で猫の性
想定外の発言に監督は、一旦席を外して屋外に出た。
(平常心を取り戻すんだ!)
と、心に言い聞かせた監督は、深呼吸を何度も繰り返した。そうやって頭をリセットさせてから、面談の席に戻った。
(まさかこの親達、おかしな流行に流されているのか!?)
その時監督の脳裏に、SNSで拡散されている、過激な必勝法の数々がフラッシュバックした。そして念のために尋ねた。
「普通に質問です。今、猫のご飯必勝法が、ネットミームだったりします?」
監督は、陽太のカオスな発言に、びっくりしたが、取り敢えずここは冷静に、尋ねてみる事にした。
まるで都市伝説のような質問を、
大の大人である監督が、
真顔で質問する姿・・・。
その姿に呆れた、
陽太ママは苦笑してしまった。
「まさか・・・。
そんな可笑しなゲン担ぎなんて、
する訳ないでしょう。」
プライドが傷ついたのか、
ママは少しキレ気味に言い放った。
「私達はちゃんとまともな食事を、
普通に提供しています。」
更に言葉を重ねた。
「流行りの必勝法?そんなものは知りません。
そんな”儀式”めいた事、コスパ悪過ぎますから。」
そう言って、ママは肩をすくめ、不思議そうに陽太を見た。
「陽太もいきなりどうしたの?その変な発言。」
「・・・。」
陽太はただ、言葉を濁すだけだった。
監督は、この両親なら、例えば受験生の頭が良くなるように、魚の目玉を食べさせたりする事はないだろうと思った。
更に例えれば、緊張感の強い受験当日の朝に、とんかつを出すような親ですらないと思った。
なので、この両親なら大丈夫。ちゃんと話し合える人間だと理解した。
陽太パパもここは信頼回復の為に、ここのクラブ界隈では有名な、目白美月の名前を持ち出した。
「食事虐待どころか、アスリートフードマイスターに転身した目白さんから、毎回陽太用のレシピを届けてもらっています。」
この発言は、もはや”水戸黄門の印籠”くらいの威力を持つようになっていた。
「一家で使うようになってから、私たちの身も心もすっかり楽になりましたので。」
それを聞いた監督が、目白美月のバックヤードを思い出した。
陽太の幼馴染みで、将来のなでしこジャパンを夢見ていた目白美月は、このクラブチームのかつての生徒だった。
しかし、小学校5年生の時に靱帯を断裂した。
手術とリハビリにより、怪我は完治したが、彼女はサッカーに対するモチベーションを失っていた。
美月の両親も、多くの家庭と同じく共働きで、家事は美月がしていた。
とはいえ練習疲れした彼女は帰りにコンビニで、弁当や唐揚げなどを買って済ませていた。
食事は命を繋ぐためのもので、それ以上でも以下でもないと思っていたが、靱帯断裂を機に、思う事が色々と変わった。
美月はリハビリ時間以外の、死ぬほど退屈な入院生活を、スマホ動画で埋めていた。
思いのままにインスタをチェックしていたら、年齢不相応に綺麗な女性が出て来た。
他にも、もうアラフィフなのに、青年のようなカッコいい男性の動画で、”食事の大切さ”を情報発信している事も知った。
まだ中学生の美月には、縁がないと思っていたそれらの動画たちだった。
しかし普通の中学生と違って、スポーツで夢を叶えるなら、もっと栄養について真面目に考える事が必要だと思った。
自分の子供の将来に投資する為に、共働きが当たり前の現代では、親に頼れない同世代のアスリート志望者達が、プロ・アマ問わずに普通にいるのだ。
美月はそれまで苦手だった、読書もするようになった。病院を歩き回って、栄養に関する書籍を見つけた。
始めは子供でも分かるような、可愛いイラストで書かれたものがあり、美月にとってはこれが入り口になった。
それから先はほぼ独学で、自分の両親を実験台にして、色々と食べさせてみた。
そして美月はこのジャンルを、唯一無二のシステムに確立させれば、AIから淘汰される事もないという、確信を持つに至った。
わざわざ一から材料を揃えて、AIの言う通りに献立を組むのではなく、もっと実践的に、その家庭に合ったレシピ作りに軸を置くことにした。
例えば冷蔵庫や食料の棚に、何があるのかをチェックしてもらう事で、そこから臨機応変にレシピを組み立てていく事にした。
こうした仕組みを確立して、
「この人に頼む事が、一番無理がない。」
という実績を積んでいった。
新しい自分自身の夢の為に、それまで大嫌いだった勉強をするようになった。そんな中で、美月自身も認めたくない事を認めた。
「サッカー選手になりたい!」
という、願いの裏に隠れた動機は、勉強嫌いが本音にあった。美月は、そうした自分の正直な気持ちに、気付いてしまった。
つまり自分は、勉強をする事から逃げる為に、サッカー選手を目指していただけに過ぎない事を、自己理解した。
そして人が変わったように、真剣に勉強に取り組んだ。彼女は栄養士他、食に関する資格を沢山持つ事で、唯一無二の存在になった。
まだ中学生なのでお金は貰っていないが、食育系の資格を通して仲間のサポートをする事が、自分の人生の生き甲斐になって行った。
中学一年生の彼女の事を、世間は「スーパーキッズ」と呼ぶのかもしれない。
しかし、あの時の靱帯断裂がなかったら、ここまで必死に勉強する気にはならなかったと思う。
サッカーに対しては、やる気を失った美月だが、彼女はこの挫折を乗り越えて、若い才能を存分に開花させる事になった。
なので、大人達からの信頼も篤く、
「バックに彼女がいるなら安心です。」
と、監督も納得した。
「しかし・・・。陽太もTPOを考えようね。大人同士が真剣な話し合いをしている時に、その冗談は、言っちゃダメなやつだから。」
監督はそう言って陽太を諭した。
変な疑惑から冷や汗をかいた陽太パパも、ふざけるなと思ったので、ここは大人の意見をした。
「お前の進路に関わる、真剣な話し合いの場で、腰を折らないでくれよ。」
陽太ママも、美月との信頼関係が心配になった。
「陽太の献立に、”ちゅーるを入れろ”とか言い出したら、お母さんは死ぬほど恥ずかしいんだからね。」
と言った。
陽太は、言葉は理解できないが、大人達のざわつきは理解した。
なので、不思議そうな顔で目を泳がせた。
それを見た監督___。
「大人同士の話し合いに、疲れてしまったのかな?」
と、監督は陽太をフォローした。
「取り敢えず、レギュラーメンバー同士の紅白戦に、入れてみてから考えましょう。」
と、監督は妥協案を提案。
「書類上は補欠のままで。それならダメージも最小限で済むでしょうし。」
監督はこうして落としどころを見つけ、それを受けた陽太の両親も、その決断に同意した。
その日の帰り道、陽太は呑気にポケットに手を突っ込んで、リフティングをしながら、
「♪ちゅーる、ちゅーる♪、ちゅーる見つけた~、♪並んだ~、並んだ~♪ かつおにまぐろ♪ ♪どれを舐めても~♪ 美味しいニャー♪」
という、変な替え歌を歌いながら、家路に辿り着いた。
(元歌:童謡・チューリップ。)