
陽太が猫になった理由(8)
8.シン目黒陽太
「食べ物だけであんな風に、天才になれる訳ないのに・・・。」
SNSのお勧め動画に映る、陽太の動画を見ながら美月は呆れた。
クラブチームでの陽太の活躍は、SNSを通じてあっという間に拡散されて行った。
更に、美月は陽太とフォローし合っていた為、美月のレシピまでが過大評価された。
中には、
「1か月10万円でどうだ?」
という不届きな運動部顧問まで現れた。
無論、美月はこの手の誘惑を丁重にお断りしていた。しかし、彼女がインスタに挙げた、レシピに付いたイイねの数は、凄まじい事になっていた。
美月は既に確信していたが、言わぬが花だと気付いた考察があった。
「恐らく猫の福ちゃんの中身は陽ちゃんで、今一世風靡している『にわか天才サッカー選手』の正体は恐らく、福ちゃんが入っている陽ちゃん。」
「うん。間違いないと思うけど、騒ぎをこれ以上広げない為には、黙っている事が一番ね。」
と、福耳と一緒に居る時だけそう話し掛けていた。
福耳は眠たそうな顔で、「にゃあ。」と鳴いた。
「もう、福ちゃんったら、可愛いわねぇ。」
福耳が尻尾を立てて近づき、美月の膝の上に乗った。そのまま座って全身をゴロゴロ言わせお腹を密着させた。
こうして美月の疲れた心身が、癒されて行った。
ただ、これが長時間続くと、足が痺れて来たり、トイレに行くのが大変だったりする。
そして、その内飼い主も一緒に、気が付いたら熟睡している事すらある。しかも、一切態勢を崩さないままにだ。
心は癒され体は疲れる。猫って本当に不思議な生き物です。
「福ちゃん、ちょっと起きてくれない?足が痺れたわー。」
内心気の毒だが、飼い主にも人権がある。
陽太も陽太で福耳の身体の中で、お気楽極楽のバカンス気分を楽しんでいる。
学校もない。宿題もない。受験の心配もしなくて良ければ、将来の事を心配しなくていいんだ。猫って良いなぁ。このまま食っちゃ寝していたい。
陽太にとって、元に戻るという事は、周囲をガッカリさせる事だと思ったので、もういっそこのままでも良いと思ってしまった。
しかし、このままで行くには、最大の懸念点が2つあった。
懸念点1
現在の猫の平均寿命は大体15年から16年。
しかしこれからは、猫の心身のケアについての正しい情報やインフラが、以前よりも格段に整いつつある。
そうした動きから、いずれは平均寿命ももう少し延びて、20歳まで生きて当たり前な日が来るだろう。
それにインターネットで簡単に、猫関係の物を入手しやすくなったので、数年前よりも、更に行き届いたケアが可能になった。
猫砂など重たい物は宅配にでOKだ。
なので猫の平均寿命は、もっと延びると考えられるが、陽太の同級生達が社会人として、一角のスキルを身に付ける頃・・・。
陽太だけが猫の身体で、老後のご隠居生活を送る事になるのだ。
人と比べるのも不毛な話だが、それでも普通に考えれば、周りの同級生達の人生は概ね、仕事を通じて各分野で活躍するフェーズを迎える。
それなのに自分だけは猫として、ご隠居生活を送る事に抵抗を感じた。
懸念点2
そして、このまま猫ライフが続いて行くと、人間にとっては実に味気ない食生活が一生続くのだ。
猫は食生活も含めて、生活の変化をとことん嫌う。特に猫と人間では、食への嗜好が全く違うのだ。
猫にとっての幸せは、単純な予定調和が続いてくれる事である。
なので主食は、一番味気ないカリカリ・・・。
猫にとっては、これが正解の味な訳だが、人間にとっては修行の味である。
ドッグフードに比べれば遥かにマシだが、やはり毎日は辛過ぎる。
テレビCMでは、猫がカリカリに寄って行き、それはそれは美味しそうに、目を細めて、とても良い音を出して食べている。
それは決して誇張ではなく、陽太も猫の細く尖った歯で食べているので、歯触りの絶妙な良さは認めるが・・・。
その歯触りの良さを追及するなら、ポテチやお煎餅の方がやっぱり旨い。
それにハッピーターンや柿の種も、食事のローテーションに入れて欲しい。
もっと理想を言えばナッツ類。それならどこまでも飽きることなく行けるのだが、それを猫が口にすればタヒぬと言うのだ。
カリカリの味は、アミノ酸系の旨味があるし、獣医師推奨の物を食べているが、やはり人間的には飽きる味なのである。
これがあと少なくとも20年弱は続く。美月が食のスペシャリストを目指している以上、強制的にでも長生きする為に、この食生活を強いられるだろう。
ここに来て陽太は、美月が言っていた事を思い出した。
「猫は同じ物を、毎日同じ時間に出す方が、安心するのよ。」
と話していたっけ・・・。
という訳で福耳は、にゃあとしか鳴けない前に、はなから話し合い不可能である事を思い知った。
平和にやり過ごし長生きを目指すなら、この食生活を受け入れ続けるしかないだろう。
それでも、福耳の中に入った陽太の魂は、こう叫んでいた。
「早く人間になりた~い!」
その心の叫びは、
「うんごろにゃあぁ~~~~!」
と、美月達人間には聞こえたようだ。
「福ちゃん。一体何が気に入らないのかな?」
「遊び足りないのかな?」
「それとも、もふり足りないの?」
と、目白家の人々が、心配して話し掛けて来た。
美月に至っては、
「ご飯は決まった時間に、決まった分しか食べさせられないからね。」
そして、うっすらと涙を浮かべ、
「福ちゃんが肥満が原因で、虹の橋を渡るなんて、私が許さないんだから。」
陽太の中身が入った福耳は、そのまま黙ってふて寝を決め込んだ。