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Photo byoyobare33

陽太が猫になった理由(8)

    8.シン目黒陽太

    「食べ物だけであんな風に、天才になれる訳ないのに・・・。」

    SNSのお勧め動画に映る、陽太の動画を見ながら美月は呆れた。

    クラブチームでの陽太の活躍は、SNSを通じてあっという間に拡散されて行った。

    更に、美月は陽太とフォローし合っていた為、美月のレシピまでが過大評価された。

    中には、
    「1か月10万円でどうだ?」
    という不届きな運動部顧問まで現れた。

    無論、美月はこの手の誘惑を丁重にお断りしていた。しかし、彼女がインスタに挙げた、レシピに付いたイイねの数は、凄まじい事になっていた。

    美月は既に確信していたが、言わぬが花だと気付いた考察があった。

    「恐らく猫の福ちゃんの中身は陽ちゃんで、今一世風靡している『にわか天才サッカー選手』の正体は恐らく、福ちゃんが入っている陽ちゃん。」

    「うん。間違いないと思うけど、騒ぎをこれ以上広げない為には、黙っている事が一番ね。」
    と、福耳と一緒に居る時だけそう話し掛けていた。

    福耳は眠たそうな顔で、「にゃあ。」と鳴いた。
    「もう、福ちゃんったら、可愛いわねぇ。」

    福耳が尻尾を立てて近づき、美月の膝の上に乗った。そのまま座って全身をゴロゴロ言わせお腹を密着させた。

    こうして美月の疲れた心身が、癒されて行った。
    ただ、これが長時間続くと、足が痺れて来たり、トイレに行くのが大変だったりする。

    そして、その内飼い主も一緒に、気が付いたら熟睡している事すらある。しかも、一切態勢を崩さないままにだ。

    心は癒され体は疲れる。猫って本当に不思議な生き物です。

    「福ちゃん、ちょっと起きてくれない?足が痺れたわー。」

    内心気の毒だが、飼い主にも人権がある。

    陽太も陽太で福耳の身体の中で、お気楽極楽のバカンス気分を楽しんでいる。

    学校もない。宿題もない。受験の心配もしなくて良ければ、将来の事を心配しなくていいんだ。猫って良いなぁ。このまま食っちゃ寝していたい。

    陽太にとって、元に戻るという事は、周囲をガッカリさせる事だと思ったので、もういっそこのままでも良いと思ってしまった。

    しかし、このままで行くには、最大の懸念点が2つあった。

    懸念点1
    現在の猫の平均寿命は大体15年から16年。

    しかしこれからは、猫の心身のケアについての正しい情報やインフラが、以前よりも格段に整いつつある。

    そうした動きから、いずれは平均寿命ももう少し延びて、20歳まで生きて当たり前な日が来るだろう。

    それにインターネットで簡単に、猫関係の物を入手しやすくなったので、数年前よりも、更に行き届いたケアが可能になった。

    猫砂など重たい物は宅配にでOKだ。

    なので猫の平均寿命は、もっと延びると考えられるが、陽太の同級生達が社会人として、一角のスキルを身に付ける頃・・・。

    陽太だけが猫の身体で、老後のご隠居生活を送る事になるのだ。

    人と比べるのも不毛な話だが、それでも普通に考えれば、周りの同級生達の人生は概ね、仕事を通じて各分野で活躍するフェーズを迎える。

    それなのに自分だけは猫として、ご隠居生活を送る事に抵抗を感じた。

    懸念点2
    そして、このまま猫ライフが続いて行くと、人間にとっては実に味気ない食生活が一生続くのだ。

    猫は食生活も含めて、生活の変化をとことん嫌う。特に猫と人間では、食への嗜好が全く違うのだ。

    猫にとっての幸せは、単純な予定調和が続いてくれる事である。

    なので主食は、一番味気ないカリカリ・・・。
    猫にとっては、これが正解の味な訳だが、人間にとっては修行の味である。

    ドッグフードに比べれば遥かにマシだが、やはり毎日は辛過ぎる。

    テレビCMでは、猫がカリカリに寄って行き、それはそれは美味しそうに、目を細めて、とても良い音を出して食べている。

    それは決して誇張ではなく、陽太も猫の細く尖った歯で食べているので、歯触りの絶妙な良さは認めるが・・・。

    その歯触りの良さを追及するなら、ポテチやお煎餅の方がやっぱり旨い。

    それにハッピーターンや柿の種も、食事のローテーションに入れて欲しい。

    もっと理想を言えばナッツ類。それならどこまでも飽きることなく行けるのだが、それを猫が口にすればタヒぬと言うのだ。

    カリカリの味は、アミノ酸系の旨味があるし、獣医師推奨の物を食べているが、やはり人間的には飽きる味なのである。

    これがあと少なくとも20年弱は続く。美月が食のスペシャリストを目指している以上、強制的にでも長生きする為に、この食生活を強いられるだろう。

    ここに来て陽太は、美月が言っていた事を思い出した。

    「猫は同じ物を、毎日同じ時間に出す方が、安心するのよ。」
    と話していたっけ・・・。

    という訳で福耳は、にゃあとしか鳴けない前に、はなから話し合い不可能である事を思い知った。

    平和にやり過ごし長生きを目指すなら、この食生活を受け入れ続けるしかないだろう。

    それでも、福耳の中に入った陽太の魂は、こう叫んでいた。
    「早く人間になりた~い!」

    その心の叫びは、
    「うんごろにゃあぁ~~~~!」
    と、美月達人間には聞こえたようだ。

    「福ちゃん。一体何が気に入らないのかな?」
    「遊び足りないのかな?」
    「それとも、もふり足りないの?」

    と、目白家の人々が、心配して話し掛けて来た。

    美月に至っては、
    「ご飯は決まった時間に、決まった分しか食べさせられないからね。」

    そして、うっすらと涙を浮かべ、
    「福ちゃんが肥満が原因で、虹の橋を渡るなんて、私が許さないんだから。」

    陽太の中身が入った福耳は、そのまま黙ってふて寝を決め込んだ。

     
     
    面白い事、音楽の事、シリアスな話が好きです。埼玉県と栃木県のハーフです。 好きなアーティスト:エド・シーラン、シズクノメ。 好きな小説家、ライター:星新一、バカリズム。

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