
陽太が猫になった理由(11)
11.注目の地区予選
陽太が所属しているクラブチーム、川崎キャッツアイ。
そこに陽太が、新レギュラーとして加わり、戦力強化された事は、いつの間にか有名になっていた。
しかし、横須賀ドッグランにも、新兵器が現れたという。そこの新しい選手もレギュラー登録された。
2チームが初めの総当たり戦で、同じグループに入った。
このグループは、「死のルーキーグループ」と呼ばれて、強豪チームが霞むほどの注目を集めた。
その横須賀ドッグランの、ルーキー犬田郁夫は、とにかく監督の指示に忠実で、仲間同士の信頼関係の構築が、しっかりしているらしい。
特技はヘディング。
ボールを見ると、どんなにイレギュラーなボールでも、反射的にヘディングする。
そして、チームメイトを纏める協調性も高く、自分がゲットしたボールは、百発百中味方に渡す。
特に、勝機の波を掴むと、そのパスワークは正確無比で、一人一人の特性に合わせて、取り易い角度で渡す。
更には、誰にどうパスすれば、効率よく得点に結び付くかを、直感的に理解していた。
「犬田のヘディング掴みはOK。」
「犬田のパスは勝利のサイン。」
「もはや玉突き事故でしょう。」
「犬田警戒注意報。」
横須賀ドッグランが勝利する度に、クラブの機関紙には、こんな見出しが躍った。
彼をレギュラーに入れる決断をした、監督のインタビュー記事が載っていた。
インタビュアー:以前の犬田君はどんな選手だったんですか?
「以前の犬田は一匹狼タイプで、能力は高かったんですが、使いにくくてねぇ。それが何故かある日突然、穏やかで気配りをする人間に、生まれ変わったんですよ。」
インタビュアー:どういう経緯で横須賀ドッグランへ入ったんですか?
「彼のご両親が、我が子の将来を考えて、うちに入れる事に決めたそうです。補欠でも良いから、社会人として、上手くやれるように成長させたいと。」
インタビュアー:なるほど。ではどこから犬田君は変わりましたか?
「それはもうある日突然、彼は何かに目覚めたようです。私も正直、彼のいきなりの変化には、驚くばかりです。」
という、プレイやキャラが急変した陽太とは、真逆のコメントが書かれていた。
はい。そこの勘のいい皆様なら、もう分かると思う。もう犬田という苗字からして、何をかいわんや。
彼も、陽太と同じ課題を抱えて、心の中に自分の愛犬が入っている。理由は、天が彼を成長させるため。
本来の犬田は、周囲と距離を置きがちな少年だった。
そんな彼に、強い関心を寄せて来たのが、川崎キャッツアイのレギュラーメンバーの明美。
犬田の雰囲気が、世の中を斜に構えて見ている、陰のある大人びた雰囲気に、明美には見えてしまった。
明美
「クールでワイルドでカッコいい!」
と、目の中には♡が。
犬田に近づく作戦として、明美はまず家族と仲良しになる事にした。
その手口は、自分が既に川崎キャッツアイの、レギュラーメンバーでありながら、犬田を応援し、そのポテンシャルをプロっぽく分析。
犬田の家族は、他のクラブチームとはいえ、女子サッカーのレギュラーメンバーである明美の事を、段々と信頼できる人間だと思い込むようになった。
こうやってじわじわと、犬田家に浸食した明美は、自分がレギュラーメンバーである事を利用し、犬田の良き理解者を演じる事にした。
明美は犬田の、レギュラーに入れないスランプを、黙って聞いてあげる事で、犬田との信頼関係を作っていった。
その後の明美は、犬田の行動を細かく観察し、気になることがあればすぐに声をかけて来た。
しかしその距離感は、普通の“気遣い”とは少し違っていた。
練習後に突然現れて「今日の動き、全部見てたよ」と言う。
試合の映像を勝手にチェックして「あなた、ここで迷ったでしょ」と指摘する。
犬田が一人になろうとすると、なぜか必ず近くにいる。
明美は悪気があるわけではない。
むしろ本人は「支えているつもり」なのだが、犬田にとっては――
“ありがたいけど、正直ちょっと疲れる”
そんな存在だった。
犬田は明美に好意を持っているわけではない。
ただ、明美の押しの強さと観察力に押し切られ、距離を取るタイミングを失ってしまったのだ。
話を戻そう。
こうして「死のルーキーグループ」に入った川崎キャッツアイは、横須賀ドッグランと初戦で当たった。
しかし、犬田攻略法について、大人達はありがちな指示を伝えた。
「犬田の事はカボチャだと思え。」
「彼だって素顔は同じ中学生。」
「今こそ基本に立ち帰れ。」
「相手のペースに飲まれるな。」
「ぶれないハートと団結力。」
「自分達には負けちゃダメ。」
「初心を絶対忘れるな。」
「原点回帰。」「投げ出さない事。」
「それが一番大事。」
などと、本当に困難を抱えている当事者には、絶対に刺さらないスローガンを並べた。
しかし、チームメイトは違った。
「ちゅーるって、犬用もあるよねぇ・・・。」
「犬田のペースって、案外ちゅーるの合言葉で崩せるかも。」
”ちゅーる”で人格が崩壊するのは、イッヌも一緒ではあるが・・・。
「ダメ元でやってみる価値はあるよな。」
と、全員の意見が一致した。