
陽太が猫になった理由(15)
15.伝説は終わるが、人間の物語は続く。
今回のジュニアユース戦の視聴率は、なんと10.4%という化け物級だった。
あれっていつもなら、関係者くらいしか見ないでしょう。しかも、全国区ではないのにである。
いや、全国区じゃないからこそ、あのエリアの住民の娯楽って、何なんだろうと問いたくもなるが。
都市化されているエリアが多いので、当然他にも、死ぬほど娯楽のある地域だ。
しかも視聴者は誰一人として、実はメンバーの心の中に、猫と犬がいたなんて知らない。
しかし、伝説級の名試合になった事だけは確かだ。
そんな成功者の名を嗅ぎつけて、送迎バスの前で、犬田の帰りを待つ明美がやって来た。早速、小ぶりのブーケを渡そうと、犬田をまちぶせていた。
その手渡し方も、鏡の前で何度も練習し、どんな風に渡せば自分が可愛く見えるのかを、何度も自撮りしてやり直すという、物凄い根性だった。
決勝戦を盛り上げて、話題をさらった新レギュラー同士、すっかり打ち解け合った陽太と犬田は、時間がない中で少しだけ話した。
そして、
「これからも頑張ろうな!」
と、どちらともなく言い合って、LINE交換をした。
陽太はそのまま横須賀ドッグランの、送迎バスから立ち去ろうと思っていたら、いきなり明美がしゃしゃり出て来た。
そして陽太をスルーして、犬田への愛の花束を、本人的な最適解で、犬田に渡しに近づいて来た。
陽太は同じクラブチームとして、女子サッカーのレギュラー昇格戦を見ていた。
なので明美がどんな風にレギュラーを獲得したのか、そのえげつないラフプレイを見ていた。
美月はそれが原因で、サッカー選手の生命を絶たれたが、美月は人のせいにはしなかった。
そして強靭な肉体を作るには、毎日の食生活が一番重要だという事を、再認識してリスタートを決意した。
そして人生の目標を、アスリートフードマイスターとして、出直す方向に舵を切り直して新しいステージにいる。
対照的に、折角レギュラーの座を獲得したのに、ろくに練習もせず逆ナンに夢中の明美。
こんな奴が自分のクラブに所属する、女子チームのレギュラーメンバーだと思うと、キングカズを恨みたくなった。
明美の口癖も酷い。
「J-リーグ創始者のカズさんだって、”俺たち、チャラいけど強いよ。”って言ってるし、私はカズさんをリスペクトしてるだけ。」
そして、こうも言っていた。
「サッカーって、想像していたのと全然違うじゃん。」
↑だから何⁈
「どんなに酷い雨が降っても、いつも通りに練習があるし、ユニフォームどころか、爪の中にまで泥が入り込んで、ネイルがダメになる。」
それに、こうも言っていた。
「だから、彼氏でも作らないとやってられないのよ。”私、チャラいけど強いよ。”ってね。」
バカは字面だけで判断し、裏のメッセージを読めない。
「それがカズさんの掲げたモットーなんだから、別に罰は当たらないよね。」
↑本人が聞いたら泣くだろうなぁ。
しまいには、
「野球チームの方が良かった。ドームもあるし、周囲がちやほやしてくれるし。」
野球の方は多分、いや絶対にネイル禁止なはずだが。まあ、勝手にすればいいんじゃないの?
しかし明美のブーケを、犬田が受け取る事はなく、黙ってバスの中に消えて行った。
明美は、横須賀ドッグランのLINEに、自分の言い分を打ち込んだ。
「私たちは、特別な関係だよね。」
「二人の思い出の写真を、SNSにUPして良いかな?」
犬田は、バスの中で五月蠅く鳴っている、明美のLINEをブロックした。
しかし明美は振られたところで、切り替えだけは早い。
「だったら、陽太君を狙えばいいだけじゃん。」
こうして、明美の下らない茶番劇は、まだまだ終わりそうになかった。
一方、誰も予想しなかった決勝戦の内容は、マスコミ関係者がYoutube動画としてうpしたが、コメ欄の殆どが外国語だった。
時に、国内の人間よりも外国人の方が、目が肥えていたりする。そんな事例は、Youtubeの世界では日常茶飯事である。
そんな外の騒ぎには目もくれず、新たに体得した素晴らしい動きで、今日も陽太と犬田は、練習に明け暮れている。
そして彼らのパフォーマンスやメンタルを、引き出したペット達は・・・。
「人間は大変だにゃ。僕はこの生活が一番だにゃ。」
と、福耳。
一方犬田家の秋田犬、揚げ玉ちゃんも、
「やっぱり家族と、お散歩やボール遊びするのが、一番だワン。」
二人の魂は、無事に元の猫と犬に戻り、家族と共にのんびりと暮らしましたとさ。
めでたしめでたし・・・などと終わっている場合ではなく、人間のステージはまだまだ続く・・・。
その翌年の、ジュニアユースサッカーの地区大会・・・。
その後の研究と奮闘で、前年の屈辱を本気で払いに来た、強豪チームがあった。その名も横浜レッドブリックス。
レンガの建物のような頑丈さ。絶対にばらけないチームワーク。
陽太も犬田もこのチームから、攻略法を完全に研究され尽くされていた。
監督がどうしても倒したかった、手も足も出ない強豪チーム、横浜レッドブリックス。
去年の予選ブロックでは、トーナメント戦の常連チーム、横浜レッドブリックスを相手に、横須賀ドッグランがグループ戦で辛勝した。
犬田(揚げ玉ちゃん)の力で奇跡を起こし、トーナメント戦のチケットを手に入れたのだ。
つまり、犬や猫が入っていた選手を相手に、屈辱の予選敗退を喫したのだ。
自信のあるチームが、選手の耳元で「ちゅーる」と囁くとか、そんな姑息な事は思いつかなかった。
しかし、本当に強いクラブチームは、負けてからが強過ぎた。
奇跡の決勝戦を戦った両チームが、敵情視察で横浜レッドブリックスの紅白戦を見学したが、その内容は、まるでプロのJリーガーのようだった。
陽太も犬田も、その手も足も出そうにない、レベルの高さと迫力に圧倒された。優勝常連チームは、流石に物が違う。
そんな、常に優勝候補と言われる強豪チーム、横浜レッドブリックス。
そこに2年連続で、同じブロックに入ってしまった、川崎キャッツアイと横須賀ドッグラン。
二度目の横浜レッドブリックス戦は、川崎キャッツアイと、横須賀ドッグランに、容赦ないダメージを与えた。
「ここが俺の限界だ・・・。」
と、悟った陽太。
そして同じように、犬田郁夫も、
「サッカー選手になるのは諦めよう。」
と思うのだった。
しかしこの物語には、まだ負けられない一方的な、女の戦いがあった。
そしてその戦いを終わらせるために、福耳が完全な終止符を打つのだった・・・。