
陽太が猫になった理由(18)
18.エピローグ
美月は福耳をリュックに背負って、定期健診の為に、動物病院へと向かっていた。
その途中には、川崎キャッツアイのグラウンドで、また新しい選手が入って来たようだ。
(こうやって、人も季節も流れて行くんだなぁ。私の未来には何が待っているんだろう。)
一つの物語が幕を閉じたような寂寥感に、美月は無常を感じていた。
動物病院に着くと、犬田がいた。秋田犬を連れていた。
「横須賀からわざわざここまで来るなんて、大変だったでしょう。」
「今日は陽太の家に、こいつと一緒に遊びに行った帰りです。丁度、検診の時期だし、このクリニックに電話したら、OKを貰えたので。」
「ワンちゃん可愛いですね。名前は何て言うんですか?」
「"揚げ玉"って言います。親父の好物が天ぷらそばで、そこから来てます。」
「この子に合った名前ですね。揚げ玉ちゃんか。可愛い。」
「あの、実は僕、こんな風に普通に、女性と話なんて出来なかったんですよ。」
「え?明美の彼氏だったんじゃ?」
犬田はその言葉には、怪訝そうな顔で反応した。
「そうなんですか?あの人は、僕を利用しようとした女性としか、認識がなかった。」
「それなのに彼氏だなんて・・・困りますよ。」
と言って、犬田は顔をしかめた。
「だけど、周囲からはそう見られていたんですね・・・。」
犬田は深いため息を吐いた。
それを受けて美月が言った。
「少しは免疫を付けないと、そういう女性に狙われますよ。」
「そうですね。反省します。僕は揚げ玉と魂が入れ替わってから、色々な事を学びました。今までいかに、肩ひじついて生きて来たかと。」
「犬も猫も甘える天才ですからね。私もそういう柔らかさを、身に着けたいです。」
と、美月は愛猫が、陽太と入れ替わっていた頃を、懐かしく思い出した。
「陽太君は今、どうしてますか?彼はサッカーは趣味で続けるけど、レシピはもういいと言われて、それっきり会ってないんです。」
美月は明美の事もあって、陽太とは距離を取る事を選んだ。
「勉強の方が忙しいだろうから、仕方もないです。」
「彼は僕と一緒に勉強一直線です。今はサッカーではなく、受験という新しいチーム戦に取り組んでいます。」
「二人共努力家だから、絶対に報われますよ。陰ながら応援します。」
「目白さんだって、努力家じゃないですか。」
「私の場合、人よりも早くやりたい事が見つかっただけですよ。後は、自分で見つけたレールを、淡々と歩み続けていくだけです。」
「僕たちも、進学だけが人生じゃないのは、分かっているけど、サッカーの夢が潰えた今、やる事を見付けるための、受験勉強なので。」
「うーん。なんとなくだけど、陽太君と犬田さんは、赤い糸で結ばれていそうですね。」
「男同士ですか?なんかそれも複雑です。」
「私の赤い糸は福耳と結ばれているので。」
「多様性っていうやつですか?」
「そうかもしれませんね。幸せの形はそれぞれでしょう。」
「それを考えると、明美さんは古き良き時代の、いい女だったのかもしれませんね。」
「そうかもしれませんね。結婚に夢見る気持ちがある事自体は、本当は誇っていい生き方なはずなのだから。」
二人はこうして話しているうちに、明美の選択もまた、応援したくなっていったのだった。
今度こそ本当におしまい。
(了)