
陽太が猫になった理由(4)
4.人が変わったサッカー少年
陽太の幼馴染みの目白美月も、小さな頃からサッカー大好き少女だったが、途中で自分の限界を知り、女子サッカーは辞めた。
そして、”スポーツ栄養学”に関心を持ち、彼女はそちらの道に進んだ。
今では、スポーツフードマイスターとして、色々な選手のレシピを担当。
「だけど、サッカーをしていて良かった。選手の立場に立って、組み立てられるから。」
と、早くもやり甲斐を感じていた。
そして、幼馴染みのよしみもあって、美月は陽太の一か月のレシピも担当している。
陽太の良い所は、自分の成績とレシピを混同しないところだ。理不尽な注文を付けない選手は、それだけでありがたい。
そして今日も基礎練習後に、補欠同士の紅白戦が行われた。
今日から暫く陽太の中身は福耳な訳だが、中に猫が入った途端、とんでもない神業を連発した。
まず、動きのキレがまるで違う。
その走法は、大きなストライドで尚且つ早い。その上動きに無駄がなく、音もなく走る。プレイ中の相手のチームは、そのステルス走法に驚いた。
知らぬ間にボールを奪取されて、一瞬唖然として立ち尽くした。その神業ぶりは、”いつの間にここに?”としか言いようのない衝撃を受けた。
しかもハートが強い。イエローカードすれすれのところで、強く当たりボールを奪い、そのまま巧妙に転がして、ボールを支配し続ける。
そして、ボールが弾んだ瞬間、陽太は地面を蹴る前に一度だけ低く重心を落とした。まるで猫が獲物に飛びかかる直前の、あの独特な身のこなしだ。
「え、今の溜めは何だ?」
相手DFが混乱する間に、陽太は最短距離で、ゴールキーパーの隙をついてシュートを決めた。
試合後5分も経たずに、相手から奪ったボールで、早くも一点を奪取した。
そんな人が変わったようなプレイに、
「陽太!お前何がきっかけで、覚醒したんだ?」
と、周囲が声を掛けて来た。
今までの陽太は、真面目さだけが取り柄だった。昨日までの陽太は、言われた事だけを淡々とこなしていた。
なので、
「この子にはサッカーを通じて、思い出作りをさせれば良いよな。スポーツはプロになるばかりが、目的じゃないしな。」
という扱いをして来た陽太の、恐るべき覚醒。
まさか思い詰めて、何か変な薬に手でも出したのか?
一周周って心配になった監督は、尿検査をした。しかし怪しい成分は、何一つ出て来なかった。
まさか陽太の体の中に、福耳が入っているとは、誰も気が付かないだろう。
美月の横でちょこんと座り、陽太のプレイを見せつけられた福耳。
(俺が俺じゃないだろうが・・・。どうなってるの?俺?正直言って、天才なんですけど。)
しかし、飼い主の観察眼は鋭かった。まるで福耳に話し掛けるように、解説してみせた。
「福ちゃんは本来あんな感じの、やんちゃな子なのよね。今の陽ちゃんの動きは、福ちゃんそっくりだわ。」
「陽ちゃんのあの動きや足捌きは、マジで福ちゃんそっくり。」
流石飼い主。目の付け所が違う。
「まるで、中身が入れ替わっているみたい・・・。」
「なんてね。」
「いや・・・そんな、コメディドラマみたいな現実、ある訳がない。」
「うん。あり得ないよね。あり得る訳がない。」
美月は思わず何度も思考を反芻してしまった。
そして、
「猫とはいえ、やんちゃな子よりは、静かな子の方が、楽ではあるけど・・・。」
と本音を漏らしつつも、キャラ変よりも体調不良の方が、流石に心配になった。
あの夜以来、借りてきた猫状態になってしまった福耳。
何もなければ良いが、この様子はもしかしたら、メンタル疾患なのではと、思ってしまった。
これは、猫の我慢強さが原因かと、急に心配になり、動物病院に電話で相談してみたが、医師の回答。
「異常なしですね。」
の一言で終わった。