
陽太が猫になった理由(13)
13.犬田が崩れて棚ぼた式⁈
空中戦が無効となった、横須賀ドッグランの裏をかいて、陽太が音もなく懐に入り込んだ。
そしてそのままの低い姿勢から、物凄い勢いでボールを奪った。
その一瞬の出来事は、焼いていた魚を、秒でかすめ取るような勢いがあった。
そしてキャプテンからの、「ちゅーる!」の掛け声に向かって、的確にパスを回した。
キャプテンに回って来たボールは、そのままキーパーの隙へと吸い寄せられた。
そしてそのまま、ボールはゴールポストに、あっさりと飲み込まれて行った。こうして1-0で、川崎キャッツアイは勝利をもぎ取った。
こうして、もっと苦戦を強いられる事を覚悟していた、キャッツアイ陣営は肩の荷が降りた。
どこか棚ぼた式とはいえ、奇跡の勝利をもぎ取った、キャッツアイのメンバー達を、フィールドに出て来た監督とコーチ陣は、暖かく迎えた。
早速、川崎キャッツアイの監督に、インタビューの時間が来た。
「そうですねぇ。私はいつも子供達からは、教わる事ばかりですよ。今回も、子供達だけで解決できたので、私から申し上げる事はありません。」
そして不思議そうな顔で、
「犬田君の調子が、どうして突然崩れてしまったのか?これが唯一の懸念点です。」
相手の選手を気遣う監督に、インタビュアーも不思議な気持ちになった。
なのでつい、振った質問。
「そのコメントは、敵に塩を送る気持ちという事で良いですか?」
監督は誤魔化すように述べた。
「そうとも言うでしょう。この気持ちは、勝者の余裕ですかねぇ。」
あまりにあっけなかったので、何だか居たたまれなくなった監督。
「今できる事は、こんな時こそ平常心を大切にするのみです。」
大人の使う綺麗事は、いつだって保身の為にあるようで・・・。
「早いとこ、ここをサッサと引き上げて、焼き肉でも食べて、風呂に入って歯を磨き、さっさと寝るまでです。」
誰も関心のない監督のルーティンで、全ては誤魔化された。この戦いが、どこか棚ぼた式の勝利だっただけに、監督はこれしか言えない。
これが、大人の事情というやつです。放っておいてあげましょう。
一方、横須賀ドッグランの活躍を期待して、”#私の彼氏のミラクルプレイ♡”と、インスタで自慢するために、試合見学に来ていた明美。
しかし、「自称:私の彼氏犬田きゅん♡」の体たらくぶりは、明美には心底カッコ悪く見え失望した。
「私がレギュラーに育ててあげたのに、何て恩知らずなの?」
という、痛い勘違いぶりは、もはや清々しいまでの神レベルだった。
単純に中身が愛犬・揚げ玉君だという事実には、全く気が付いていない明美だった。
良い人アピールの為に、噛まれてでもわしゃわしゃした後、犬田に向かって、
「痛~い♡ でも、犬田君のワンちゃんだから、明美、許すよ♡」
と、涙ぐんでじっと犬田に目で訴えて、手当てしてもらった時のあの包帯も、明美にとってはお守り代わりであり、恋人の証明でもあった。
しかし、態度だけは体育会系の明美は、帰りのバス乗り場で待ち伏せをしていた。
そして帰って来た犬田に、ビンタを喰らわせようとして、振り上げた明美の手首を、犬田は力強く握り返した。
そして、心の中で思った。
(僕、こんな凶暴な女は嫌いだワン。)
そして、その後は両リーグとも快進撃で勝ち進んだ。
結果、川崎キャッツアイも横須賀ドッグランも「ルーキー死のグループ」から、トーナメント戦へと進出した。
「人の不幸を祈らずに、勝ち上がれたのは清々しいな。」
と、川崎も横須賀も、誇らしく思った。
他のチームの不幸を祈るしかない、勝ち上がりパターンから、今回は両チームとも抜け出せた。
それだけに、自力で掴み取った勝利が、元気とスタミナと勢いを、チームにもたらした。
しかし、人間として生活を送る事になった、陽太も犬田も実は人間が、いかにうまい物を食べているかを知った。
そして彼らは、元の姿に戻る事に抵抗感を示し始めた。
いつも、毒だから食べちゃダメ。死んじゃうから食べちゃダメ。と言われ続けた食べ物達。それが愛情なのは理解している。
しかし、ネッコもイッヌも、身体に悪いとか、死んじゃうとかで、食べさせてもらえない物を堪能。
それが入れ替わる事で、様々な美味を味わいつくした二人。
「人間の食べ物が、死ぬほど旨いのは何故だ~!」
と、思った。
それに、元の姿では味わえない甘い味。その、未知の領域の美味しさは、ちゅーるを越えた。
脳みそが元気になる快感の味は、
「人間ばかりが狡過ぎる。」
と思った。
ただ、二人共学校では赤点だらけで、それぞれの担任から呼び出され、
「プロになれなかったなら、力仕事が出来るように、先生が手配するから安心しなさい。」
と、情を掛けてくれた。
令和の世界では、怒られる事はなく、多様性が重視されてはいる。
それでもこんな風に同情されると、流石に早く元に戻って、この屈辱から抜け出したいと願った。
そして、時が経つのはあっという間で、地区大会の決勝戦では、またしても横須賀ドッグランと戦う事になった。
このジュニアユースの決勝戦は、地元で大きな話題になった。そして、地元ケーブルテレビとネットのサブスクで、視聴可能になった。
陽太は猫として、美月の隣にちょこん座りして、成り行きを見守っていた。犬田郁夫は、家族に囲まれて秋田犬の姿で実況を見ていた。
しかし、彼らの本音はやっぱり、モヤっとする気持ちを拭えなかった。
日常から少しだけヒーローになれる、あの桧舞台にいるのは、本物の自分達ではないのだ。
本物の中身は、それぞれのペットの中にいるという現実。
陽太も犬田も、
「このままでいいのか?俺。」
という本音がやっと出て来た。
見た目は本人だが、プレイしているのは自分ではない。
なので、彼らは遂にアクションに出た。陽太はおもちゃで、犬田はフリスビーで圧を掛けた。
これをやられたら、飼い主は断れない。この瞬間、自分の息子の晴れ姿<愛猫、愛犬達のおねだりへ。
ペットってどうしてこんなに罪深いんでしょうかねぇ。
両家の言い分は冷たいようだが、それだけ我が子を信頼しているのだ。
「我が子の試合は、録画して後で観ればいいけど、この仔の人生は短い。だからすまん、許せ。」