
陽太が猫になった理由(12)
12.猫vs犬
死のグループ初戦が、早速決まった。川崎キャッツアイvs横須賀ドッグランだ。
ジュニアユースのグループ戦ながら、会場は異例の観客動員数を記録した。
地方ケーブルテレビのスタッフが、観客にマイクを向けた。
「そりゃあ、青田買いですよ。未来の日本代表戦が、今から楽しみです。」
と、観客は老若男女共、信じられないほどの期待を、二人に寄せた。
その上どういう訳か、目黒陽太と犬田郁夫のグッズが、勝手に作られた。
そして、勝手にバカ売れした。しかし二人共心の中ではこう思っていた。
「元に戻ったら凡人なのに、どうなるんだろうか?」
という、大きな不安の影響で、猫の中の陽太や、秋田犬(名前は揚げ玉)の中の郁夫には、異変が起こった。
それぞれの肉球が冷や汗で、みるみるびしょ濡れになってしまった。
モフモフは肉球でしか汗をかけないので、両者は大量の汗で滑りそうになった。
「何で揚げ玉のお手手から、大量の汗が流れているんだろ。」
美月と違い、入れ替わりには全く気が付いていない、秋田犬・揚げ玉の飼い主は、驚いてしまった。
揚げ玉の飼い主は事情を知らず、心配そうに冷や汗を、フェイスタオルで拭っていた。
それぞれの体の中に入っている魂二人が、元に戻った時の心配にも気付かずに。
いきなり若手のホープとして持ち上げられた、目黒陽太と犬田郁夫。
その第一試合。運命のキックオフ。試合開始のホイッスルが鳴った。
キャッツアイのキャプテンが、ボールを先制するところから、ゲームは始まった。
しかし、蹴り上げたボールは、高く上がり過ぎてしまった。横須賀ドッグランは、犬田選手の影響で、チーム全体が強くなっていた。
チーム内の協調性の高さから、早速空中戦に持って行かれた。ドッグランの戦術に支配され、翻弄されるキャッツアイ。
こんな中でもやれる事をとキャッツアイのFWが、冗談で犬田の耳元に、
「ちゅーる」
と、囁いた。
「なんちゃってね・・・。」
と言う事で、平常心を取り戻したが、何と犬田が舌なめずりを始めた。
冗談半分で試しただけなのに、予想外のリアクションが出た。
実況席からは、
「どうしたんだ、犬田!大事な初戦でペースが乱れ始めたか!」
急に我を忘れた、謎の犬田のリアクション。ドッグランのチームメイト達は、焦って声を掛け続けた。
「いつまでも舌なめずりはヤメレ!」
「いつも通り、真面目にやれ!」
「普段はそうじゃないだろうが⁉」
と、無作為な方向にしか、ヘディングを返さない犬田に、チームは狼狽した。
ちゅーるはイッヌにとっても、麻薬的なおやつらしい。冗談で言った事が、効果的に嵌ってしまった。
そして試合の流れは、一気にキャッツアイ有利に転がった。
しかしそれでも、横須賀ドッグランは、犬田がいない前提のフォーメーションに、素早く切り替えた。
そのまま、一進一退で、0-0のまま、最後のアディッショナルタイムを迎えた。
川崎キャッツアイは、円陣を組んだ。キャプテンが陽太とメンバーに話しかけた。
「みんな、ここは取れるぞ。犬田の不調から、空中戦が効かなくなっている。ここはもう陽太、お前の出番だ。良いな。」
「おう!」
エース不在なら、実力的には勝ち筋を見込める、横須賀ドッグラン。
ここぞとばかりに、川崎キャッツアイのプレイが光を放った。