
「両親は毒親だー!!!」と妊娠中に思っていた🙇♀️
私は妊娠中、自分の親を「毒親だー!!!」と思っていた。(笑)
いや、軽く言ったけど、笑い話じゃない!!!
まじで辛かったww
妊娠中は、夫と義母の配慮が支えになっていた。
それもあって比較してしまった…
自分の親が
友だちみたいな距離感なのか、干渉なのか、
よく分かんない微妙さが超絶嫌になる。
けど言えなかった。
妊娠中の体やホルモンバランスの変化もあるのかもしれない。
言える余裕もない。
言ったところで負担になるのが見えていた。
なんなら、親だけでは無くて、
実家側がみーーーーんな嫌になったwwwwww🙇♀️
落ち着かないソワソワが無理すぎた。
つい最近まで「娘」「姪っ子」「孫」だったのに、
急な「ママ」という扱いに違和感を感じるようになる。
そう思っていたのは、
小さなきっかけが始まりだった。
私の初めての妊娠を両親に報告すると、
父は何故か子どもの名前を付けたいようで、
顔を見て名前を考えると言い出した。笑
正直がっかりだ。
私と夫で名前を付ける気でいたので、
丁寧にお断りする。
今思えば、私の名前の漢字は祖母がつけていた。
だから両親からすると、親族も一緒になって名前を提案するのは普通の流れだったのかもしれない。
だが、妊娠が分かった当時、父が名前を決めたくて面倒なことになったらどうしようと怖かった。
また母は、「妊娠中は仕事を辞めなさい。働くな。」が止まらない。
しかもお金の補助無しに言うのだ。
コロナ禍だったので心配していたのはわかるが、
私が泣いているのはお構い無し。笑
考えた末、大好きで人気の職場を辞めた。
体と赤ちゃんを優先した。
悔しさはあったが、選んだのは私だ。
辞めて安静にでき良かったが、
あの圧には酷く削がれた。
もう関わるだけで負担。
静かに両親と距離を置くことにした。
私は仕事も辞め、
かなりゆったりのマタニティーライフ。
しかし、まさか自分の親が嫌になるなんて予想外。
「優しい義実家側と夫がいて安心だからいいや〜」と、振り切れたら良かったのだが、
勝手な期待をしてしまったからか、
ショックを引きずってしまう。
昔の嫌な記憶をめちゃくちゃ思い出し、
「私の両親は毒親だったんだーーー!!!」
って、
流行りの親ガチャに崩れたりもした。
流行りの自己理解系にも沢山呑まれた。(笑)
仕事を辞めた暇さが不安増加に影響をしていたのは
すぐに分かり、
ネガティブは胎児に悪そうだからと、
気をそらしていく。
この際、体調をみながら
とことんマタニティーライフを楽しむようにした。
オリンピックは全部リアルタイムで観れるなんて最高に勇気が湧き、
スイカゲーム、フォールガイズも挑戦する。
マイペースな散歩、胎児に定期的に話しかけ、音楽も色々聴き、胎教、妊婦講座、zoomでお茶会、マタニティーヨガ、妊娠中のグッズや、出産や育児の準備等もワクワクした。
ポイ活や断捨離でメルカリ、記事の案件等もやって少しでもお金の足しにしようとする。また、働きたい欲を解消する。
コロナ禍マタニティーライフは、
塔の上のラプンツェル。
私はプリンセス。そう思う事にした。笑
しばらくすると、
親との状況を察した親戚からLINEで連絡が来た。
悩みを聞き出したと思ったら、
「そのうち親の気持ちが分かるようになる」
の返信だった。
また気持ちが掻き回される。
私には甘えられる味方が、
実家側に居ない気がして悲しくなった。
ムカついたがこれ以上関わるのは面倒で
適当に流す。
普段ならきっとそうは思わない。
敏感になっていることも分かっている。
そして、両親だけではく親族とも距離をとる必要があると強く感じていた。
もうこれ以上悩みたくないが、
嫌でも落ち着かない。
子どもを産んだ後も、
社交辞令の付き合いになるだろうと悟る。
妊娠前は、素直さ全開の私でいられた。
子どものままで居させてくれた両親も親族も、
今はもう100%ではない。
あの頃とは違って、
新しく家庭を築く立場であるということが、
強く認識できる。
この際、「親不孝でもいい」とさえ本気で思っていた。
出産前に整理できたのはありがたい。
あれから5年。
たまに顔を出しにいく程度の付き合いだけで流してきたが、
一昨年、大好きだった祖父が亡くなり、
実家側と腹を割って関わるべきだったと後悔する。
子育てをしていくと、自分自身の幼少期を振り返ったり、
両親の立場を想像したりすることも増えた。
あの時ムカついてた、
「そのうち親の気持ちが分かるようになる」
もようやく分かるようになる。
「親はもっと苦労したんだろうな」
「あの時は迷惑かけたな」
「あの時は当たり前だと思っていたけれど…」
と、子育てを通して
両親に感謝する気持ちが沢山持てた。
「叔母や祖父母もそういえば…」と、
同じ様に考える気づきもある。
親族にも感謝している。
コロナ禍も終わって時代が進んだ。
時代が変わる実感をすると、
両親や祖父母の世代の時代背景や、
生い立ちも想像して価値観を見つめられるようになった。
会ってコミュニケーションをとれば、
認知のズレや誤解があったとも感じる。
素直さ100%のずっと子どもだった私は、
今では“ママ”になったのだろう。
あの時は嫌な事ばかり思い出して悲しんだけど、
嬉しかったことや、大切な記憶もよく思い出すようになった。
それは、遠い記憶の幻想や美化だったとしても有難い。
きっと、今は、
妊娠中より気持ちの余裕がある。
だからか、はっきり言えた。両親は毒親ではない。
毒親とかのジャンルに両親を当てはめると、
過去の素直な子ども前回の私を泣かせてしまう。
悔しいけど、
両親は、何かのジャンルや型、
マイナス枠や、プラス枠にも偏って収められない。
それほど、唯一無二の存在になっていた。
実家側は、みんな「ママ」という部分を含めた関係性に変わった。
きっと、私の「子ども時代」が、
あのコロナ禍出産と共に終了した。
過去からも、今からも、
良くも悪くもいつも沢山の気づきをくれる。
これからも、両親も親族も愛する気持ちでいたい。
私は妊娠中、「毒親だー!!!」と思っていた。
けれど、それはそれで、いい!
むしろ、本当によく頑張った。
あの時の自分は、
今のちょっと余裕ある5年後の私が
「頑張ったね」と抱きしめていると、
過去に戻って伝えてやりたい。
そして今の私の困難は、
未来の私が寄り添ってくれていることを願っている。