
週に一回、六十分。(10)
先生に転勤の話をして、眠りについて。
翌朝は、何も変わらずいつものレッスンをしてくれた。これが最後のレッスンだね、とは二人とも口には出さなかった。
それから結城先生は、しばらくレッスンにつけない間の課題をくれた。
わたしは引越しが落ち着いたら、向こうで新しい先生をあらためて探す、という話をしていた。
だけど、帰り際に。
わたしはどうしても、耐えられなくなって。
「先生」
レッスン室のドアの前で、わたしは先生に向きなおる。
「こんなこと言って、ごめんなさい。ずっと……好きでした」
声が震える。足がガクガクして。
コンサートのときの比じゃないくらいで、笑ってしまいそうなほどで。
「会えなくなっちゃうって思ったら、言わなきゃって思って」
だけど言いながら、涙がこぼれる。
先生に会えなくなるのが、もうレッスンを受けられなくなることが、身を切られるほどに辛くてたまらなかった。
「美玖ちゃん……」
「ほんとはずっと、一緒にいたかったです。先生のレッスンじゃないとやだなって思っちゃって、ほんと……ダメですね、わたし……」
「ごめんなさい」と言って、ドアノブに手をかける。言い逃げみたいになっちゃうけど、答えなんて聞くだけ無駄だとわかっていたから。
だけど、結城先生はまっすぐこちらを見て、言った。
「美玖ちゃん、そんなこと言わないで」
先生は声を震わせながら、そう言う。
「私、行くから。どんなに遠くても、行くから」
「でも、そんな……交通費だってかかるし」
先生の申し出は嬉しいけど、そこまではさせられない。
「交通費なんていらないよ」
「え、だって、そんな……」
「その代わり」
先生は小さく息を吸って、それからささやくように言った。
「美玖ちゃんを、ちょうだい。私に」
そう言うと、先生の目からも涙がこぼれた。
わたしは先生に抱きつく。愛しくてたまらなくて。信じられなくて。どうしたらいいかわからなくて。
先生は、わたしの顎に指を乗せて、言う。
「クリスマスプレゼント、もらうね」
そう言って先生がくれた唇は、わたしの唇とお揃いの味がした。
週に一回、六十分。
その約束はもう、必要なかった。