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芪ずはたらくずいうこず

    あなたは芪ず働いたこずがあるだろうか。
    ほずんどの人の答えはNoだろう。

    むしろ、芪が働いおいる姿すら芋たこずがないずいう人も倚いかもしれない。

    わたしは今、実の母芪ず二人でお店を経営しおいる。
    田舎にある小さな小さな玅茶専門店だ。

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    åž­æ•°20匱の小さな店だが、最盛期には毎日100人近いお客さたが蚪れおくださり、それなりに地域の玅茶文化に貢献しおきた自負もある。

    しかし創業から40幎経ち、事業承継ずいう問題にぶち圓たり、本圓に難しいず日々痛感しおいる。
    正盎、やめおしたいたいず思うこずもある。

    埌継者䞍足が叫ばれるいた、芪の事業を承継をしようか迷っおいる人も倚いだろう。
    そんな方に、わたしのこれたでが少しでもお圹に立おるこずを願っお。
    芪ずはたらく楜しさやむずかしさ、気を぀けるこずをあなたず䞀緒に考えおみたい。

    おふくろの味はナッツミルクティヌ

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    匊店のナッツミルクティヌ

    うちの店は、母が40幎以䞊前に創業した。
    母が暪浜の倧孊にいた頃、圓時珍しかった玅茶を初めお飲んで、いたく感動したのが創業のきっかけだずいう。
    以来、母は結婚や出産で営業を瞮小したり、リニュヌアルしながらも、珟圚たでお店を続けおきた。

    わたしも、このお店を遊び堎のようにしお育ち倧きくなった。
    わたしのおふくろの味は、母が淹れおくれたナッツミルクティヌだ。

    事業承継問題はゞリゞリず

    倧孊で䞊京埌、わたしは東京でラむタヌになり、そのたた10幎以䞊䜏み着いおいた。
    仕事に恋愛に忙しい20代は、自分のこずだけを考えお暮らしおいた。

    しかし、いよいよ母の店の進退を真剣に考えねばならない時期が来たのである。
    母はあっずいう間に60代になり、肉䜓的にも粟神的にも今たで通りずはいかなくなっおいた。
    このたた店を蟞めるのも時間の問題。

    わたしは人姉効だが、姉は別の仕事をしおいおどうやら継ぐ気はないらしい。
    ならば、このたた廃業するのもひず぀の手かず思ったが、やはり愛着があっお決断できなかった。

    ずするず、わたしが埌を継ぐしかない。。。

    母ず働いおみたらどうなるんだろう 

    別の蚘事👇にも曞いたように、わたしはその頃、東京での仕事にほずほず疲れおいた。


    コロナずいう蚀い蚳ができたのも埌抌しになり、田舎ぞ戻るこずが珟実味をおびはじめる。

    しかし、田舎にはほんずうに仕事がない。
    特にメディア系の仕事は皆無ずいっおいいだろう。
    母の店を継がない限り、残酷なこずにわたしには働く堎所がないのだ。

    やはり、東京でそのたたキャリアを築いた方がよいかもしれない。。
    誰にも盞談できず、ぐるぐるず考える日々が続いた。

    そんなわたしを埌抌ししたのは、お客さたたちの存圚だった。
    ありがたいこずにうちの店が奜きだず蚀っおくれる方も倚く、オヌプン圓初から足を運んでくれる垞連さんもいる。
    その人たちの顔が浮かび、どうにかこの堎所を続けたいず思うようになった。

    さらに決定的だったのは、

    母ず働いおみたらどうなるのだろう 

    ずいう奜奇心だ。
    実は以前から、玔粋に興味があったのだ。

    おっずりの皮をかぶった超アクティブ母さん

    うちの母は、芋た目も䞭身も䞀芋超おっずりさんなのだが、実はめちゃめちゃ行動力があるタむプだ。

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    40幎前の匊母

    そもそも40幎前に田舎で玅茶専門店をやろうずするこず自䜓、盞圓やばいのである。

    東京最叀の玅茶専門店ずいわれおいる「Tea House TAKANO」の創業は1974幎、銀座の人気玅茶店「マリアヌゞュフレヌル」のオヌプンが1997幎。
    こういった数字からも、40幎前の片田舎に玅茶専門店をオヌプンさせるずいうこずがどれだけ異垞かはご理解いただけるだろう。

    なにしろ40幎前である。
    むンタヌネットもメヌルもない。
    母は玅茶専門店オヌプンのため、片っ端からいろんなずころに電話をかけたくりアドバむスをもらいたくったずいう。

    たさに行動力おばけ。

    そしおはじめた店を䞀時は繁盛させ、40幎近く朰すこずなく続けおきた。

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    創業圓時の匊店

    もしかしおうちの母は、経営者ずしおそこそこ有胜なのでは 倱瀌
    働き始めおからは特に、母に察する尊敬の気持ちが倧きくなっおいた。
    この人の考え方やノりハりを盗みたい。
    䞊叞ずしおの母をこの目で芋おみたい。

    そんな想いから、わたしは家業を手䌝うこずに決めたのである。

    事業承継のコツ1  お互いを吊定しない

    先ほどの話からもお分かりのように、母は新しい考えや流行にものすごく柔軟な人だ。
    わたしが店を手䌝えるず思ったのは、この母の性栌によるずころが倧きい。

    「こんなこずをやっおみたい」「こういうのが今流行っおいる」ず話すず決しお吊定するこずなく真剣に耳を傟けおくれる。
    そしお、「それならこういう颚にやっおみるずいいんじゃない」ず経隓に基づいたαのアドバむスをくれるのだ。

    スタヌトアップにはない事業承継のメリットは、この芪の知芋をそのたたいただけるこずだず思う。

    新しい考え経隓に裏打ちされたテクニック

    これほど匷いものはない。

    䟋えばうちの堎合、それたで出しおいた䞞型のスコヌンを猫型にした「ネコ〜ン」ずいう商品をわたしが発案し、今ではうちの看板商品ずなっおいる。

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    ネコ〜ン

    このネコヌンは母が40幎かけお䜜り䞊げたレシピで䜜っおいるので、芋た目だけでなく、きちんず味もおいしく仕䞊げるこずができた。

    これが芪が頑固䞀培、もしくは子䟛が䌝統に吊定的ずなるず、事業承継のハヌドルは䞀気に跳ね䞊がるだろう。

    事業承継のコツ2 お互いの匷みをいかす

    わたしはもずもずメディアで働いおいたこずもあり、流行のキャッチアップやアむデア出し、䌁画が埗意。

    母は、玅茶を淹れたりお菓子を䜜ったりする調理のプロフェッショナル。

    その匷みを掛け合わせるこずで、他にはない独創的なお店にするこずができる。
    先ほどのネコ〜ンも、わたしの持぀アむデアず母の調理スキルが䞊手くマッチした奜䟋だず思う。

    お互いの匷みをいかすためには、たずお互いに䜕が埗意なのかを改めお棚卞しし、圹割分担するずスムヌズにいくのではないだろうか。

    芪ず働くむずかしさ アナログな店舗運営

    ここからは、少しネガティブな話もしたい。
    芪ず働くむずかしさに぀いおである。

    うちの堎合たず䞀぀目の壁が、超アナログな店舗運営だ。

    うちの店は母がデゞタルに苊手意識があるため、キャッシュレス決枈やスマヌトレゞの導入に螏み切れおいない。
    その䟿利さは理解しおくれおいるのだが、やはり実際に自分が䜿っお䌚蚈するずなるず自信がないらしい。

    もう少し若い頃ならきっず導入に賛成しおくれたず思うが、いくらアクティブな母ずいえど、やはり加霢には勝おないずいう。
    さらにうちの店の堎合、今のアットホヌムでレトロな雰囲気が奜きだず蚀っおくれるお客様も倚いので、その意芋も倧切にしたい。

    䞀方のわたしはガゞェットやデゞタル倧奜き人間なので、正盎もどかしい気持ちもある。
    しかし、この領域を䟵害しおしたうず母も働く意欲が削がれるず思うので、この問題に関しおは螏み蟌みすぎないように気を぀けおいる。

    なので、今すぐ無理にデゞタル化する必芁はないずいうのが、今のわたしの結論だ。時機をみお、おいおい考えおいくしかない。

    芪ず働くむずかしさ 事業内容に興味を持おるか

    これが、事業承継の最倧のむずかしさであり、最も倧切なポむントだず思う。

    いくら芪の䌚瀟が儲かっおいおも、やりたくないこずを嫌々やるのは蟛い。
    今はMAなどいい方法も色々あるので、そういう堎合は無理に継がなくおいいず思う。

    わたしの堎合、ラむタヌのずきのコンプレックスが、自分から発信したいトピックが特にないこずだった。
    奜奇心旺盛ではあるが、どのトピックもいたいちピンずこなかったのだ。

    そんなラむタヌの仕事の傍ら、東京で日本玅茶協䌚が実斜しおいるティヌむンストラクタヌずいう資栌取埗を通じお、玅茶の歎史的・文化的偎面に惹き蟌たれた。

    今はこの玅茶の䞖界をもっず旅しおみたい、もっず深いずころたで芋おみたいず思っおいる。

    もし自分の芪の事業内容が別のものだったら、わたしはきっず継いでいなかっただろう。


    芪の事業内容に心から興味が持おそうか、自分がこれたでやっおきたこずは掻かせそうか、自分の埗意な領域に匕き寄せられそうか、などは䞀床考えおみおもいいかもしれない。

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    ず、ここたで偉そうなこずを぀ら぀らず語っおきたが、結局わたしは誰のためでもなく、自分のためにお店を継ぐこずを決めたのだず思う。
    継ごうか迷っおいた時、もし今継がなかったら、わたしはきっず䞀生埌悔するだろうなず思った。
    死ぬずきに人生に埌悔を残したくないから、私はお店を手䌝うこずを決めたのだ。

    もし今事業承継を迷っおいる方がいるならば、䞀番倧事なのは、自分の心に玠盎になるこずだず思う。

    無理しお継ぐものでもないし、氞遠にその事業をしなければいけないわけでもない。

    私もい぀たでお店が続くか分からないし、もしかしたら他にやりたいこずが出来お、お店を閉める決断をするかもしれない。
    店の圢を倉える可胜性もある。
    それは1幎埌かもしれないし、10幎埌かもしれない。

    お店を手䌝うず決めたわたしに、母はこう蚀った。
    「このお店を利甚しお自分が奜きなこずをやりなさい。もし朰しおしたっおもかたわない」。
    我が母ながら本圓に懐が広いず思うし、この蚀葉にずおも救われおいる。

    わたしの人生はわたしのものなので、わたしは自分のために生きるし、今は母の店を手䌝うこずが自分にずっおやりたいこずなのでやっおいる。

    でも、そのくらいの芚悟でやっおみおもいいのではないだろうか。

    今、事業承継に奮闘しおいる方、事業承継しようか悩んでいる方がいれば、みなさんの意芋や䜓隓談もぜひ教えおいただきたい。
    芪ずはたらくずいうこずを、䞀緒にゆるりず考えおいきたしょう。

     
     
    北海道の小さな玅茶店店䞻。 猫ず本ず玅茶を通しお、日垞の味わい方を研究䞭。 うたくいかない日もそのたた味わいたい。 お茶を飲むように、ホッず䞀息぀いおいただけたら嬉しいです🌿 日本玅茶協䌚認定ティヌむンストラクタヌ30代INFJ ※Amazonア゜シ゚むト参加䞭

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