
短編小説:思い出が流しそうめんになる日
「おばあちゃんの家にはね、思い出が流れる竹があるんだよ。」
小学三年生の芽衣(めい)が、そんな不思議なことを言ったのは、梅雨が明けたばかりの給食の時間だった。
「それって……なに? タイムマシンみたいなもの?」
隣の席の翔太が冗談めかして笑うと、芽衣は少し得意そうに口角を上げて言った。
「違うよ。思い出が、流しそうめんになって、竹の上をすうっと流れていくの。」
その言葉は一瞬だけ教室をざわつかせたが、やがて忘れられ、夏休みが始まった。
芽衣の家族は、例年どおり山あいにある祖母の家を訪れた。
裏庭には清らかな小川が流れていて、そこで流しそうめんをするのが夏の恒例行事だった。
けれど芽衣が「思い出の竹」と呼ぶのは、流しそうめん用の竹とは別のものだった。
それは裏山の奥、人目につかない場所に立てかけられた、一本の長い竹だった。
風鈴がひとつ吊され、足元には苔むした石が静かに並んでいる。
芽衣はその竹に、母と一緒に冷やしたそうめんを流し始めた。
すると、白く細い麺に混じって、金色の小さな粒がいくつか流れてくるのが見えた。
それは光の反射ではなく、明らかに何かの“かけら”だった。
芽衣はそれをすくい上げ、口に入れてみる。
次の瞬間、耳元に懐かしい声が響いた。
「おかあさん、だっこー」
「ねえ、もう一回、あの絵本読んで」
かつて自分が発した声だった。
母の笑い声、父の手のぬくもり。
今ではもう遠い、幼い日の記憶。
「思い出って、食べると泣きたくなるんだね。」
芽衣は小さくそうつぶやき、箸をそっと置いた。
その夜、彼女は母に尋ねた。
「おばあちゃんも、あの竹で思い出を流してたの?」
母は静かにうなずいた。
「おじいちゃんが亡くなったあと、毎年流してたのよ。ふたりで笑い合った日の記憶を、もう一度感じたくて。」
思い出は、すくうことはできる。
けれど、握りしめてしまえば壊れてしまう。
流れていくからこそ、美しい。
夏の終わり、芽衣はひとりで竹の前に立ち、そっと最後のそうめんを流した。
流れてきたのは、小さな手と手が重なる記憶。
祖父の温かい手に自分の手を重ねた、あの日の光景。
「ありがとう、じいじ。」
静かに流れる水音と風鈴の音だけが、山の奥に響いていた。