
仕事ができないと思い続けた私が、自分に合う生き方を見つけるまで
はじめに
「努力が足りない」と思い続けていた
「努力が足りないだけ。」
私はこの歳になるまで、本気でそう信じていました。
仕事ができないのは、自分の努力が足りないから。
人間関係がうまくいかないのも、自分に原因があるから。
そうやって、自分を責め続けていました。
学生時代は勉強が好きで、看護学校の成績も悪くありませんでした。
医療のことを知るのが純粋に楽しくて、もっと知りたい、その気持ちだけで教科書を読み続けていました。
だから私は、「努力すれば報われる」と信じていました。
けれど、看護師として働き始めると、その自信はあっという間に崩れていきます。
忙しくしている先輩に話しかける勇気が出ず、報告や相談がうまくできない。
相手の言動に振り回され、人間関係で何度もつまずく。
何回転職しても、また同じことで苦しむ。
いつしか私は、「仕事ができない人間なんだ」と自分を責めるようになりました。
そんな私が35歳で発達検査を受けたとき、初めて自分の生きづらさに一つの理由が見つかりました。
安心しました。でも同時に、「もっと早く知っていたら」という悔しさもありました。
この記事は、「努力が足りない」と自分を責め続けてきた私が、本当は自分に合わない場所で必死に頑張っていただけだったと気づくまでの記録です。
もし今、「何をやってもうまくいかない」「自分は仕事ができない」と苦しんでいる人がいるなら、この先の話が、自分を少しだけ優しく見つめ直すきっかけになれば嬉しいです。
好きだから、夢中で勉強していただけだった
「看護師になるために、相当勉強したんでしょう?」
そう聞かれると、私はいつも「はい」と答えます。
実際、看護師になるまでの道のりは決して簡単ではありませんでした。
分厚い教科書を何冊も読み込み、膨大な知識を覚え、緊張の連続だった実習を乗り越え、国家試験に合格して、ようやく看護師という国家資格を手にしました。
でも今振り返ると、「必死に頑張っていた」というより、「夢中になっていた」という表現のほうが近い気がします。
私は昔から、興味を持ったことを深く調べるのが好きでした。
病気の仕組みや体の働きを知るたびに、「人間の体って本当に面白い」と感じて、時間を忘れて教科書を読んでいました。
どんな小さな知識でも曖昧なままにはしたくなくて、納得できるまで何度も調べ直していました。
勉強が苦痛だった記憶は、あまりありません。
好きだから自然と続けられた。
そして気づけば、テストでは良い成績を取れるようになっていました。
最初は点数なんて気にしていませんでした。
けれど、成績が上がるたびに先生から認められ、周りから「すごいね」と言われるようになると、それが少しだけ自信になりました。
勉強をしている時間だけは、「私にもできることがある」と思えたのです。
あの頃の私は、看護師という仕事に憧れていると同時に、勉強を通して自分の居場所を見つけようとしていたのかもしれません。
勉強ができても、学校では居場所がなかった
勉強は好きでした。病気の仕組みや体の働きを知ることが純粋に面白くて、「もっと知りたい」という気持ちが止まらなかったのです。
だから、実習が終わって家に帰っても教科書を開き、分からないことがあれば納得するまで調べていました。
私にとって勉強は、努力というより楽しみでした。
けれど、その姿は周りには違って映っていたようです。
実習中、「何そんなに必死に勉強してるの?」と陰で笑われることがありました。
勉強を頑張っていることを、からかわれる理由が私には分かりませんでした。
好きだから学んでいるだけなのに。
もっと知りたいと思っているだけなのに。
それだけで、どうして悪口を言われたり、距離を置かれたりしなければならないのだろう。
そんな疑問を抱えながら、私は少しずつ周りと関わることが怖くなっていきました。
最後の卒業論文では、ゼミの仲間が私だけを残して教授へ修了の挨拶に行っていたことを後から知りました。
その話を聞いたとき、「私はここにも居場所を作れなかったんだ」と胸が締めつけられたのを覚えています。
そんな学生生活の中で、不思議と安心できたのは担当の患者さんと接している時間だけでした。
患者さんは私のことを、勉強ばかりする学生としてではなく、一人の人間として見てくれていました。
だから私は、患者さんと向き合う時間だけは心から好きだったのです。
教科書の中だけが、安心できる世界だった
学生生活が苦しくなるにつれて、私はますます勉強に没頭するようになりました。
人と話すことは緊張するのに、教科書を開いている時間だけは心が落ち着きました。
そこには、人間関係のような曖昧さはありません。
分からないことがあれば調べればいい。
理解できるまで何度でも読み返せばいい。
努力した分だけ知識になって返ってくる世界でした。
だから私は、本と向き合っている時間が好きでした。
人といるよりも、教科書と向き合っているほうが安心できたのです。
テストで良い点を取るたびに、「私にもできることがある」と思えました。
勉強ができる私は、少しだけ自分を好きでいられました。
今思えば、私は知識を身につけていたのではなく、自分の居場所を必死に守ろうとしていたのかもしれません。
だから私は、勉強をやめられませんでした。
教科書を開けなくなった日
看護師として働き始めた私は、「学生時代と同じように勉強を続ければ大丈夫」と思っていました。
分からないことは調べて、知識を増やしていけば、きっと少しずつ仕事もできるようになる。
そう信じていたのです。
でも現実は、その時間すら与えてくれませんでした。
毎日遅くまで働き、家に帰る頃には心も体も限界でした。
教科書を開こうとしても、文字は頭に入ってきません。
気づけば、そのまま眠ってしまう毎日でした。
学生時代、私にとって勉強は安心できる場所でした。
けれど、その場所を仕事は奪っていきました。
勉強の仕方がわからない。現場で求められる知識や技術は教科書に載っていません。
だから仕事が覚えられない。
仕事が覚えられないから、「まだ一人では任せられない」と言われる。
その言葉を聞くたびに、「私はダメなんだ」と自分を責めました。
ナースステーションに立つだけで息が苦しくなり、先輩に話しかけられるたびに頭の中が真っ白になりました。
耳に入ってくる音が遠のき、時間だけが止まったように感じることもありました。
周りの看護師は忙しく動き回っているのに、私だけがそこに取り残されているようでした。
あの頃の私は、「仕事ができない」ことよりも、「自分が自分ではなくなっていくこと」が何より苦しかったのです。
「どうしたら普通になれるんだろう」
気づいたら転職回数は7回と増えていました。
転職する度に、今度こそうまくやれるかもしれない。そんな小さな期待を抱いて、新しい職場へ向かいました。
「今度こそ、やっていけるはずだ」と思っていました。
けれど、その思いは長くは続きませんでした。
私はいつも、自分の判断に自信がありませんでした。
勉強が足りないから、まだ分からないことが多いから。
そう思うたびに、「これで合っているのだろうか」と立ち止まってしまうのです。
ある日、廊下を歩いていると、私のことを話している声が聞こえました。
「あんなことも判断できないなんて。」
その一言で、時間が巻き戻ったような気がしました。
新卒の頃と同じだ。
また私は、「仕事ができない人」として見られている。
そう思った瞬間、胸の奥で何かが音を立てて崩れていきました。
私は誰もいない部屋へ駆け込み、頓服薬を飲みました。
めまいがひどく、体に力が入りません。
耳は遠くなり、空気を吸おうとしても、うまく息ができない。
周りの世界だけが動いていて、自分だけが取り残されているようでした。
あの感覚は、新卒の頃とまったく同じでした。
「また繰り返してしまった。」
「私は、どこへ行っても変われないのだろうか。」
そう思うと、胸の奥がじわりと熱くなりました。
そして、そのとき頭に浮かんだのは、一つの言葉でした。
「どうしたら、普通になれるんだろう。」