
エッセイ|おばあちゃんの日記はブルーブラック―新しいノートを前に迷う私
祖母は毎日、ツバメノートにPILOTの万年筆で何かしら書いていた。
日付と、彼女だけに読める文字で書いた数行。
小学生だったゆらは、読みたくて「見せて」とお願いしたけど、「人に見せるものではないから」と断られた。
実は、祖母の留守中にそのノートを盗み見しようとしたことがある。
でも、草書らしき文字は小学生には解読不能だった。
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学校の先生たちは、無責任に日記をつけろと迫る。
日記を書いたら、誰かに読まれる危険性がある!
小学生のゆらがやったみたいに、ね。
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中学の3年間、同じ誕生日の子と交換日記をした。
他愛もない話題。
先生や先輩への愚痴や読んだ本や好きな人の情報交換。
高校を卒業する際、「コピーしたいから貸して」と言われ、半分ずつ所持してたノートのゆらの分を手渡した。二度とそのノートは帰ってこなかった。
正直に、処分したいとか言ってくれたらよかったのにな~
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社会人になって語学を頑張っている時には、英語や韓国語で日記を書いてた時期もあった。
3行の短い日記。ネイティブの友人に見てもらっていた。
誰かに見られる前提の日記にはどこかよそ行きの文章が並ぶ。
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とあるテレビで鹿児島の女性のことを見た。
大正15年生の彼女は16歳の誕生日から1日も欠かさずに80年以上、日記を書き続けている。
鹿児島が空襲に見舞われたときでさえ、防空壕の中で空襲のことを1行書いたらしい。
彼女は誰にも日記を見せない。
ご家族でさえ見たことがないという。
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ジャーナリングを知ったとき、葛藤した。
ジャーナリングは日記とは目的や手法が違うらしい。
日記:
その日に起きた出来事や行動を記録するもの。後から読み返して、”過去"を振り返るために書く。
ジャーナリング:
頭に浮かんだ感情や考えをすべて書き出すもの。「書く瞑想」とも呼ばれ、"今"の自分の心を整理してスッキリさせるために行う。
素直に、自分の考えをアウトプットしたいけど、誰かに見られるかもという考えがどうしてもよぎる。
どんな形でジャーナリングをするか迷う私が居る。