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モンスター部下とブルーチーズ。

    グレーのカーペットには、よく見ると不規則な濃淡があった。コーヒーをこぼしたシミなのか、それとも最初から汚れが目立たないように計算されたデザインなのか。私はそんなことをぼんやりと考えながら、ひたすら頭を下げていた。

    「あなたが彼女の上司ですよね。だから責任はあなたにありますよね」

    全くもって正しい。ぐうの音も出ないほどの正論である。だから私は「申し訳ありません、私の監督不行届きでした」と、あらかじめ用意してきた定型文を繰り返す。

    心の中では(知らねーよ、あいつだってももういい大人だろうが)と毒づきながら。しかし上司は私だ。部下が会議で失言して、部署を超えた炎上案件になった。だから責任は引き受けるしかない。

    まるで学校に呼び出された親である。他人の粗相の尻拭いをするために、自分で会議室を予約して頭を下げる。空調の効きすぎた小綺麗なオフィスの片隅で、私の心だけが汚濁していくのを感じていた。

    その部下はちょっとした有名人だ。過去に数名の上司がメンタルを崩している。一緒のチームで働いて、その理由がよく分かった。指示には、反論しないと気が済まない。チーム会議ではすぐに喧嘩腰になる。「でもですね」と彼女が口を開くと、10分で決まるはずの議題が1時間コースになる。無駄な資料作成のために定期会議が設定され、過去のチャットを掘り返しては、「あの時、こう言いましたよね」と重箱の隅をついてくる。

    なにが「後学のために教えてください」だ。1ミリもチームの助けになっていない割に、自己主張だけは誰よりもする。しかし、最悪なのは、彼女を管理しなければならないのは、この私だという事実だ。

    最近、会社という場所が動物園に見えて仕方がない。私はさしずめ、その動物園の飼育員だ。檻の中の動物たちに餌をやり、汚物を処理する。小競り合いがあれば仲裁に入る。芸を仕込み、会議という名のショーを開く。観客からクレームが入れば謝罪する。全員、アフリカの大地に連れていって解き放ちたい。

    このプロジェクトを成功させれば、もっと上のポジションを用意してやる。

    上層部は発破をかけてくるが、動物園の園長になったところで、得体の知れない憂鬱の総量が増えるだけだ。もう誰の管理なんてしたくない。

    それなのに、管理職の配役を与えられ続けている。会社はお遊戯会の舞台だから、お利口にしている。そして台本通りにセリフを読み上げる。「心理的安全性」「主体性」「自責思考」「生産性」「最適化」。ビジネス書から借りてきた言葉を並べて、チームを鼓舞する。

    この社会に、他人の心が想像できない人間が、一定数存在する。人を傷つけていることに無自覚なまま、ただ己の自尊心を満たすことだけを目的に生きている人たち。自分が賢いという気分に浸るために、他人を引き立て役にすることに躊躇がない。

    彼女の得意げな表情と、私を見下す視線。自分がまるでしゃぶしゃぶの出汁にされているような気分になる。彼女が食事を楽しむための、昆布出しでいることが私の価値。お前を気持ちよくさせるために、存在しているわけじゃないと叫びたくなる。

    そんな彼女にとっても、立派な管理職でいよう。愛のある言葉で叱咤激励しよう。話せば分かる。そんな思いを抱いていた時期もあった。しかし、そんな理想は自分を苦しめるだけの呪いになることに気づくのに、時間はかからなかった。期待するから腹が立つ。だったら、最初から期待しなければいい。期待することのない自分になれるように、期待することすらやめよう。

    駅へ向かう帰り道。立ち寄った書店の入り口で足が止まった。自己啓発コーナーには、「人はいつだって変われる」といったタイトルの本が平積みされていた。不正確だな。人は変わらない。変えられるのは自分だけだ。

    教祖の言葉を有り難がる信者のように、今日も誰かがこんな本を買って帰るのだろう。そんな本を読んで立派な社員になろうとするくらいなら、さっさと家に帰って家族とサイゼリヤでミラノ風ドリアでも食べていた方が、よっぽど人生は有意義だ。意識高い系のネタなんて、マルチ商法と同じなのだから。

    もっとむき出しの言葉で、腹の底から喋れよ。

    ジョブズやガンジーや稲盛和夫のパクリみたいなスローガンに食傷気味だ。美術館に額縁で飾られた芸術作品よりも、ガード下の壁にスプレーで殴り書きされたグラフィティの方が魂を揺さぶられる。五つ星レストランのコース料理より近所のもんじゃ焼き。ブランド物より友達の古着屋で服を選びたい。誰かに承認されることで、私という人間を定義したくない。愚かで、非効率で、不合理な存在。間違った振る舞い、適切じゃない言動、誤字脱字も含めて私だ。ありのままでいさせろ。

    気づけば私自身が、自己啓発本の帯みたいなポエムを脳内で垂れ流している。よっぽど疲れている証拠だ。立派な人間になんて、そう簡単になれるわけがない。

    いっそ出家して、悟りの道を歩くか。宇宙の中心は自分だと言う。それなのに、私の世界にあの部下が侵入してきている。部下を成長させることが上司の仕事らしい。自分の聖域を土足で踏みにじられても、お前は、その台詞が吐けるのか。

    冥王星の裏側くらいまで逃げ切れたら、私の魂は救われるのかもしれない。お釈迦様がお城を飛び出して菩提樹の下で悟りを開いたように、私も八正道を説きながら、全国ツアーして観客をロックしたい。そして最後は三途の川をバタフライで渡りたい。でもその頃には肩が上がらないだろうから、平泳ぎにする。

    降格の日が待ち遠しい。私をとことん、落ちこぼれにしろ。


    そんな妄想をしながら、満員電車に揺られる。あいつが飛ばされるか、自分がチームを去るのが先か。パンク寸前の風船みたいに、今日もフワフワと浮いている。

    「ただいま」
    玄関のドアを開けると夕飯の匂いがした。

    「おかえりー」
    リビングから子供たちの声がする。ダイニングに向かうと、食卓には妻が作ってくれた料理が並んでいた。豆腐ハンバーグ、鯵の南蛮漬け、サーモンマリネ。

    子供たちが、小さな包みを差し出してきた。そういえば父の日だった。プレゼントを開けると、ブルーチーズが入っていた。赤ワインをあけて、クラッカーにチーズを乗せる。

    目の前には、妻が作った晩御飯と、はしゃぐ子供たち。私の脳裏にはまだあの部下の顔がこびりついている。彼女の言葉がリフレインしている。

    そうだ。残りの会社員生活、徹底的にオレの足を引っ張ってみろ。そしてオレをどん底に突き落とせ。「もう管理職は出来ません」と言わせろ。それが出来たら、お前の勝ちだ。

    いっちょ前にブルーチーズを食べ、大人の味が分かる年齢になったのに、私の内面は、自分を小馬鹿にする部下に腹を立ててキーキーと喚いている小学生のままだ。



    「くさい?」

    長女が顔をのぞきこんで笑う。目の前には、ブルーチーズの乗った食べかけのクラッカーと私のリアクションを待っている家族の顔が並んでいる。

    「いや、大人の味だね」とひとかけら口に放り込んだ。強烈な香りが口いっぱいに広がる。私は部下の顔を噛み潰すように、ゆっくりと咀嚼した。

    明日になればまた日常が始まる。 自分の機嫌くらい自分でとる、なんて約束はできないけど、それでもまた、与えられた役割を全うするしかないのだろう。残りの会社員生活がどれだけ続くのかは分からない。

    だからとりあえず今は、ブルーチーズの余韻だけを、ワインと一緒に胃の奥へ流し込んだ。


    #創作大賞2026 #エッセイ部門

     
     
    二人娘のパパ。お散歩の達人を目指しています。会社員からエッセイストへの転身を狙っています。家族、会社員生活、人生後半について書いています|note毎日投稿、基本は朝、その他は不定期|英検1級・IELTS 7.0

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