
議事録の下書きを、関西弁で書いていた女 。
数年前、半年だけの期間限定で事務をしたことがある。
何年かに一度の重要会議のお手伝いであり、議事録の作成も含まれていた。
以前、営業会議の議事録を2年ほど担当していたこともあり、「なんとかなるかな〜」と軽く思っていた。
ところが、この企業の議事録は、後に一般公開される可能性があるものだった。
そのため、誰が何を発言したのかを正確に記録しなければならない。
そのための議事録だった。
「水森さん、会議の発言内容を、パソコンにそのまま打ち込んでいってくださいね。」
(えっ!なんですとっ?!)
そんな瞬時に全部入力できませんけど?
しかも当時は、今みたいにAIが手軽に文字起こしをしてくれる時代でもなかった。
録音はするので、あとで聞き直せるのが救いだ。
ひとまず、誰が何を話したかだけを簡単にメモすることにした。
が!!!
当たり前だけど、みんな喋るのが早い。
その頃は、コロナの余波もあり、会議はマスク必須だからモゴモゴ聞こえる。
白熱してくると、専門用語も相まって呪文のように聞こえる。
これは…
非常にまずい。
初回は、ほぼ聞き取れず。
入力はぐだぐだ。
録音があって本当によかった。
…と思った、その時。
「水森さーん、ごめんなさい!最初の15分、録音ボタン押し忘れてた!」
終わった。
しかも、その最初の15分は、本部のやんごとなきお方のご挨拶ではないか!!
そんなこんなで、第1回の会議は撃沈。
でも、2回目の会議でふと思った。
上司に提出するまで、誰も見ない。
だったら、まずは自分だけが分かればいいのでは?
…生まれも育ちも関西女の指が動いた。
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進行役 「今日は○と□決めるで」
(本日は、○と□について候補を決めます。)
課長 「これどう?図いいやん」
(こちらはどうでしょうか。図解が非常に丁寧で分かりやすいです。)
部長 「まじで?これ、16、見にくいやん」
(そうでしょうか。16を見てください。文字が多く、少し分かりにくい印象です。)
本部長 「もっと分かりやすいのないん?」
(一見して、誰でも分かりやすいものはありませんか。)
主任 「こっちの20、○○から見たらカラフルでええやろ」
(こちらの20は、○○の視点から見ると、色使いも良く、言葉もシンプルで分かりやすいです。)
一同「ほんまや」
(そうですね。)
進行係 「候補やな」
(それでは候補に入れましょう。)
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こんな感じで、とにかく関西弁。
時には単語一つだけを入力しながら、話の流れだけを残していく。
そして後で録音を聞き、資料と照らし合わせながら正式な議事録へと仕上げる。
この方法が、意外とうまくいっていた。
だが、ある日。上司が言ってきた。
「水森さーん!昨日の議事録さ、まだ仕上がってないのは分かってるんだけど、下書きをちょっと見せてくれないかな?」
(えっ?あれ…を?)
「えっと……今の段階では、全く分からない文章なのですが……。」
「あ!大丈夫、大丈夫!どんな流れだったか確認したくて。」
(じゃあ録音聞いてくださいっ!)
…とは言えず。
「ほんとすみません……。ちょっと、関西風です。」
自分でも何を言っているのか分からなかった。
でも、それ以外に説明のしようがなかった。
その上司は、表情を1ミリも変えることなく
「……ありがとう、水森さん。」
とだけ言って返却してきた。
余計に気まずかった。
せめて何かひとこと言うか
“バカだなぁ“みたいな眼差しでもいいから欲しかった。
あの日の下書きは、たぶん私以外、誰にも解読できなかったと思う。
それでも私は、そのまま半年間を無事に走り切った。
そして上司は、あれ以来、提出前に
「ちょっと見せて」
と言うことは、一度もなかった。
今思えば、あれは上司なりの優しさだったのかもしれない。