
⑬長女の役割って!?子どもは私だけじゃないねんけど
【2026年3月】
医師の死亡宣告後、看護師さんによるエンゼルケアを受け、父はきれいに横たわっていた。
痩せてはいたが、最期は本当に苦しくなかったようで、穏やかな顔をしていた。
エンゼルケアを担当してくれた看護師さんとは、普段から話をしていて、「最期にお父さんをきれいにできて良かった。もこさん、これからはがんばり過ぎないでね。」と言ってもらった。
ありがたい言葉をかけてもらえて、とてもほっとした。
この後、さまざまな手配に追われることになったが、事務的なことやフォローは私がやるとして、弟にはこの先動いてもらうことにした。
この言い方は語弊があるかもしれないけど、「生きている間のことは全部やったから、この後のことは母と弟にしてもらう。」というのが私の本音。
この一年半、母や弟には「もこちゃんに全部任せる。」とばかり言われていた。
主治医とのやり取り・治療方針の決定、ケアマネさんや訪問看護師さんとの連携などはいいとして、何だか父の寿命まで私が握っているような気がしていた。
でも、父と一緒にがんばっていると思うことにして、生きている間のことは結果的に引き受けていた。
父の最期、お通夜、告別式、初七日法要などをすべて終えるまで、なぜか一度も涙が出なかったが、参列してくれた親戚の前で最後に挨拶をするときには、通院の時の父の様子や緩和ケア病棟で過ごす父の様子を思い出し、自然と涙が出てきた。
何の涙だったのかは分からないが、一年半、私なりに張り詰めた状況から解放されたような気持ちだったのかもしれない。
長女の役割を少しは果たしたのかもしれない。
何が正しかったのか、抗がん剤治療方針の選択のつど迷ったこともあったが、父はボケているなりに、「やってみる。」といつも言っていた。
抗がん剤の種類によっては、便秘になったり下痢になったりすることがあったが、対症療法を併用しながら父なりに乗り越えようとしていた。
他の大きな副作用はでなかったのが救いかもしれない。
どちらかと言うと嫌いな父だったけど、最期までがんばろうとしていた父の姿を見ることができたことは、「どちらかと言うと嫌いな父」を見直すことができ、私にとってはよかったのかもしれない。
ここまで父を支えてくれた消化器主治医、脳外主治医、緩和ケア主治医、それぞれの看護師さん、ケアマネさん、訪問看護師さん、定期巡回スタッフさんには感謝している。
また、近所のおばちゃんたちにも感謝。
みなさんを頼ることができて本当にありがたかった。
最後に…。
「長女だからしっかりしている。」と思われがちだし、多分、しっかりしている。
でも、どれだけしっかりしていても、くじけそうになるし、「何で私だけ?」と思うことも多々ある。
もしかすると世の中には同じような経験をする人がたくさんいるかもしれない。
一人の負担が減るためにも、家族や外部サービスなど、頼れる人を周りに少しでも多く持つことが大切。
ただ、家族だけを頼りにすることはオススメできない。
感情が先に出てしまって、現実的な判断が鈍る。
なので、外部サービスも利用し、冷静な判断ができるようにすることが大切。
別途、訪問看護師さんたちとやり取りした連絡帳を記録しておこうと思う。
何が起きて、どう対処していったか、記録をほぼそのまま書こうと思うし、リアルな感じが伝わる気がする。
興味があればぜひご一読を。