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ゆめとルナの旅・幕間「女帝」押し花と、まだ実らない種|ショートショート

これは、ゆめと月の精霊ルナが、タロットの世界を旅する物語の、あいだにある小さな夜の話です。

タロットカードから生まれた、ショートショート。
ゆめの手帳「月の栞」に挟まれた、一夜のページをどうぞ🌙


一


森には、まだ光が残っていました。

葉のあいだから、金色の粒みたいな夕陽。
風が通るたび、草の匂いがやわらかく揺れます。

足元では、次の世界への扉が
もう淡く光り始めていました。

「ゆめちゃん、次の扉、開いてるよー!」

「うん。……ねえルナ、少しだけ待ってね」

ゆめは切り株に腰を下ろして、
手のひらを、そっと開きました。

小さな花が、ひとつ。

さっき女帝が、
何も言わずに手渡してくれたものです。

——あなたが丁寧に育てているもの、ちゃんと見ているよ。

うれしかった。
とても、うれしかったのに。

「……この子、枯れちゃうね」

持って帰りたい。
でも、この花は今がいちばんきれいで、
明日には、たぶんもう違う。

「押し花にしたら?」

ルナが、ひょいと覗き込みました。

「本にはさむの。ぺったんこになるけど、ずーっと残るんだよ」

ゆめは花をそっとつまんで、
夕陽に透かしてみました。

そのときです。

花の付け根に、
小さな粒がひとつ、ついているのが見えました。

種でした。

「……ルナ、見て」

「わっ、たね!」

ゆめは立ち上がりました。

「聞いてくる。……これ、わざとかもしれないから」


二

女帝は、大きな木の根元にいました。

足元の花をひとつずつ眺めては、
ときどき指先で葉に触れています。

急いでいる気配が、まったくない人でした。

「あの、……これ」

ゆめが手のひらを差し出すと、
女帝は種を見て、うれしそうに目を細めました。

「気がついたのね」

「わざと、ですか」

「そうよ。咲いているものだけ渡したら、
今日でおしまいになってしまうでしょう」

女帝は、隣の草の上を手で示しました。
座って、という意味でした。

ゆめが腰を下ろすと、
ルナもすとんと隣に座ります。

「実るのか分からない、って顔をしていたから」

「……はい」

言い当てられて、
ゆめは少しうつむきました。

「丁寧に育てているつもりなんです。でも、育っているのかどうかは、外から見えなくて」

「見えないわね。土の中だもの」

女帝は笑って、
それから、ゆっくりと話し始めました。


三


◆

——この森もね、昔は違ったのよ。

わたしが来たころは、
石ばかりの、乾いた場所だった。

種をまいても、芽が出ない。
出ても、すぐに枯れてしまう。

三年くらい、なにも実らなかった。

近くを通る人たちは、
「ここは無理だよ」って言ったわ。
たぶん、正しかったのだと思う。

でもね、育てるのをやめる理由には、
どうしてもならなかったの。

芽が出ない土に水をやるのは、
ばかみたいでしょう。

毎日、答えの出ないことをするの。
今日も何も起きなかった、を繰り返すの。

四年目の春に、
ひとつだけ花が咲いた。

それだけだったけれど、
その花には、ちゃんと種があった。

だから、わたしは知っているのよ。

実らない時間は、
何もない時間じゃない。

そこは、
まだ見えていないだけの場所。

◆


四


ゆめは、手のひらの種を見ていました。

まだ誰にも読まれなかった頃のことを、
ふいに思い出していました。

書いても、書いても、
画面の向こうは静かなままだった夜。

意味があるのか分からないまま、
それでも次の夜も書いていた時間。

あれも——

「あれも、育てていた時間だったのかな」

つい、声に出ていました。

女帝は、うなずきもせず、
ただ、ゆめの手ごと種をそっと包みました。

あたたかい手でした。

「答えは、あなたの土の中にあるわ。
わたしが決めることじゃないの」

「……はい」

「ひとつだけ言うとしたら」

女帝は、いたずらっぽく笑いました。

「三年って、思ったより短いわよ」

ルナが、ぷっと吹き出しました。


五


ゆめは手帳を開いて、
花を、そっと挟みました。

咲いた分の証と、
まだ咲かない分の約束を、いっしょに。

ページの上で、
花はもう揺れません。

それでいい気がしました。
揺れない形で残るものも、あるから。

ゆめはペンを取って、
今夜のページに書きつけました。

——実っていない時間は、
何もない時間じゃなかった。
土の中は、外から見えないだけ。

「ねえゆめちゃん、その種、どうするの?」

「……植えたい。旅が終わって、部屋に帰ったら」

「咲くかなあ」

「わからない。でもね、」

ゆめは立ち上がって、
スカートについた草をはらいました。

「わからないまま育てるの、私、けっこう得意になったみたい」

女帝が、木の根元から手を振っています。

ルナが笑って、
光の扉へ駆けていきました。

森の匂いを、もう一度だけ吸い込みます。

いつか咲いたら、
この夜のことを話そうと思います。

次のページは——
4番、「皇帝」の世界です🌙


この夜の話、どうだった?

・続きの幕間も読みたい
・女帝の森の話をもっと聞きたい
・ゆめとルナの掛け合いをもっと見たい
・今回の読み切りで満足

あなたの一票が、次のページになります🌙

📚 この旅のアニメ本編はこちら

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