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Photo bysoeji

車にひかれて、逆プロポーズした

    4回、死にかけたことがある。

    1回目は、1歳のとき。父とお風呂に入っていて、浴槽で溺水しかけたらしい。母が助けてくれなければ、その時点で私の人生は終わっていた。

    2回目は、5歳のとき。サルに襲われた。
    旅行先の駐車場にいたサルに、私を背負った父が近づいた。車の上でぼんやりしていたサルは、突然「シャー」と歯をむいた。
    驚いた父が後ずさりして、なんと縁石につまずいたのだ。背中にいた私はそのまま地面に落ち、頭を打ってしまった。
    幸い、大きなケガにはならなかったが、なかなかのたんこぶを作った。
    しばらくサルが嫌いになった。サルが悪いのではなく、父が悪かったのに。さらに言えば、申年なのに。

    3回目は、16歳のとき。高校のスキー合宿で、山の斜面から滑落した。
    柵のすき間から、10メートル下へ落ちたらしい。らしいというのは、気がついたら、知らない真っ白い天井だったから。記憶は、そこからしかない。
    脳震盪を起こすほど頭を打ったとはいえ、全身打撲ですんだのは奇跡だと医師に言われた。「落ちる直前にスキー板が外れていたからだろうね。外れていなかったら、足は複雑骨折だったよ」と。
    少しだけ身震いした。

    そして4回目。車にひかれた。
    1月1日の夜に。


    仕事終わり、疲れた体にムチを打ち、自転車をこぐ。薄暗い道を半分くらい進むと、一気に明るい建物がいくつも見えてくる。
    「ケーキ食べたい。デパート……はもう閉まっているから、コンビニで買おう」
    そう決めて、横断歩道を進んだ。その時。

    世界がスローモーションになった。
    左折してきた車のボンネットが、ゆっくりと、自転車の前輪にぶつかる瞬間を見た。

    ドンッ。

    スローモーションが終わる。
    体が前に投げ出され、ハンドルに左胸を打つ。バランスを失った自転車は為す術もなく傾き、私はそのまま道路に叩きつけられた。

    一瞬だった。

    左足を自転車にはさみ、道路に横たわる姿は、テレビで見る映像とは違いだいぶ地味だった。

    「大丈夫ですか!?」
    知らない男の人の声が聞こえた。痛みにうめく体を起こし「大丈夫です」とにへらと笑みを作る。
    「大丈夫だとしても病院に行くのよ!」
    後ろから知らない女の人が声をかけてくる。そのまま何人かの手に支えられ、縁石に座らされた。

    遠くからチカチカ見える赤いランプ。
    「ウーウー」
    「ピウォーピウォー」
    何重に聞こえてくるサイレンの音。
    「事故?」
    「えっなに」
    ざわざわしている人たちの声。

    地味だと思っていた世界が一変、騒がしくなった。

    「あぁ、私、車にひかれたんだ」
    自覚した瞬間、心臓がドクンと動いた。

    1月1日、夜7時31分。
    27歳、最後の日の夜だった。


    救急車のなかは、思っていたよりも慌ただしくはなかった。
    体温、血圧、怪我の確認。矢継ぎ早に質問が飛んでくるけど、救急隊にとってはいつものことなのだろう。頭を打っていなかったことも幸いした。自分で自分を見ても、緊急度は高くない。

    ボーッとしていると、
    「どなたか、迎えに来てくださるご家族はいらっしゃいますか?」
    救急隊の一言で、急に現実に引き戻された。

    この程度の怪我だと入院はしない。それだと迎えが必要になる。実家は栃木。ここは千葉。電車でも車でも3時間。しかもこの時間。
    誰も、来れないかもしれない。

    そう思いながら母に電話をかけると、「父さんが今ちょうど東京にいる」と言われた。東京の祖父母の家に来ているらしい。そこからなら車で1時間くらいだ。父に電話をすると、少し慌てた声で、それでも「すぐ行く」と言ってくれた。
    お迎え問題は、拍子抜けするくらいあっさり解決した。

    ほっと息をついて、次は職場に連絡を入れる。看護師として勤めていた休日救急診療所は、絶賛繁忙期の真っ最中。少数精鋭で回しているのもあり、ここで1人抜けるのは、わりと致命的だ。

    「すみません、帰りに事故にあってしまって——」
    そうメッセージを打ちながら、ふと気づく。

    顔を救急隊に向ける。
    ——あれ? この人たち。さっき、職場で会っている……よね?
    「……あ」
    小さく、声がもれた。どうか気づかれませんように、と顔を伏せる。けれど、その願いはあっさり打ち砕かれた。

    「身分証、ありますか?」
    バッグをあさる。出てきたのは、大学院の学生証だけだった。看護学研究科、としっかり書かれている。
    うげ……バレる……。そう思いながら手渡すと、
    「あ、看護師の方なんですね。あれ、もしかして……」
    そこで、すべてがつながった。看護師であることも、休日診療所で働いていることも。

    ——終わった。きっと、あとで噂になる。

    気まずい空気のまま、救急車は病院へ向かっていた。できれば自宅の近くがよかったが、「頭を打っていないなら別のところで」と断られてしまった。まあ、そうだよな。1月1日だし。受け入れたくない気持ちも、わかる。
    でも、夜間当番病院は、区をまたいだ先、ほとんど山のなかにあった。「父さんが来てくれなかったら、帰れなかったなぁ」と思いながら運ばれる。

    到着した病院は、元日という特別感なんてないように、ある意味「いつも通り」だった。
    「はい、じゃあこちらどうぞ〜」
    迎えてくれたベテラン風の看護師は、やけにテンポがいい。

    身分証として出した学生証をちらりと見て、
    「あっ、同業者! 仕事終わり?」
    「あら、災難ねぇ」
    間を置かず、
    「えっ、明日誕生日なの!? つくづく災難ねぇ」
    ぽんぽんと言葉を重ねながら、手は止まらない。血圧計を巻いて、私に問診票を差し出して、救急隊への対応をする。
    あざやかな手さばきに、思わず見惚れる。

    「痛いところ、全部言って。レントゲン撮るから」
    どこか面倒そうな声に顔を上げる。
    「先生、お疲れ様です。お仕事を増やしてすみません」そんなことを考えながら、痛む場所を一つずつ伝える。
    ここは遠慮してはならない。

    「事故にあったら、ちょっとでも痛むところは検査しておくこと。じゃないと、事故との因果関係がわからなくなっちゃうから」
    そう教えてくれた外科の先輩の言葉を思い出す。先輩ありがとう。ここで使いたくなかったけど。

    アスファルトに叩きつけられた左側は全部痛かったが、特にハンドルに打ち付けた左胸が痛かった。肋骨、絶対に折れてる。
    そう確信していたのに、レントゲンに映っていたのは、拍子抜けするほどきれいな肋骨だった。
    「どこも折れてないね」
    先生の声に、安心より先に「え、こんなに痛いのに?」がきた。

    念入りのレントゲン撮影でどこも折れていないことが証明された私は、乗っていた車椅子からしずしずと降り、父を待っていた。
    交通事故は、いったん私が全額を払う必要があるらしい。が、財布のなかには千円しかなかった。
    あわてて父に連絡すると、なんとこの事態を予想して現金を持ってきてくれていた。「こういうときのために、一万円は財布に持っていろと言っただろう」と説教がついてきたが。ごめん。今日から入れる。

    「あぁ、そういえば連絡してないや」

    付き合って半年の彼氏。1月4日に成田山に初詣に行こうって言っていたんだった。
    メッセージアプリを開いて、朝の「あけおめ。お仕事いってらっしゃい」で止まったメッセージを動かす。

    「家に帰るときに車にひかれちゃったよ、と」
    すぐに既読が付いた。

    「えっ」
    「どゆこと?」
    「無事なの?」

    ポンポンと矢継ぎ早に送られてくるメッセージが、彼の焦りを感じさせる。いつも飄々としていてつかみにくいけど、こういうときはわかりやすいな。

    「大丈夫。どこも折れていなかった」
    「ならよかった。お大事にね」
    「ありがとう」
    「4日は延期しようか」

    ポンポンとスマホをタップしていた指が止まった。
    延期……? いや、行きたい。初詣も大事だけど、初めて「誕生日おめでとう」と言ってもらえる日だもの。当日じゃなくても、近い日がいい。

    「ううん、大丈夫。行こう」

    あと2時間で28歳になる私は、結構乙女だった。

    痛み止めを飲んで、湿布を貼って、父に「本当に行くのか」と呆れられながら、それでも私は4日の予定を手放したくなかった。
    あのときはまだ、数日もすれば普通に戻れると、思っていた。


    異変が出たのは、事故にあった6日後。
    落とし物を拾おうと下を向いた瞬間、グラッと視界がゆがみ、せりあがってくる吐き気に襲われた。ひどいと、座っていたとしても10分ほどで吐き気がでていた。

    整形外科を受診しても、画像的な異常はない。首のむちうちによるものではないかと言われた。処方されたのは、首のこわばりをとる薬だけ。対処法は、ただ、安静に寝ること。

    修了をひかえた大学院では、論文審査委員会、論文発表が予定されていた。しかし、外出はおろか、起き上がってパソコンを開くこともできない。ベッドに横たわるだけの日々が続いた。
    「これ以上悪くなったらどうすればいいのだろう?」
    「このまま起き上がれなくなっちゃうのかな」
    「みんなと修了したいのに、できないかもしれない」
    悪い想像だけがグルグルと頭のなかを巡っていた。

    「外でデートできない? じゃあ、ゆうこさんのお家行くよ」
    そんな思考を一瞬でも忘れさせてくれたのは、彼だった。
    「お家デートだね」なんて言って、おすすめのDVDを持ってきてくれた。
    予定がない日は泊まりにきて、ベッドから動けない私のそばにいてくれた。

    「そういえば、事故に遭った日。もし、ゆうこさんが連絡できない状態だったら、俺、なにも知らないまま、ゆうこさんと連絡取れなくなってたんだね」

    DVDから流れる音楽が、急に遠くなった。

    そうだった。
    私と彼は、婚活パーティーで出会っている。
    共通の知り合いはいない。親にも紹介していない。彼は、この家に来るまで私の住所も知らなかった。

    もし私があの事故で死んでいたら、彼に連絡がいくことはなかった。

    付き合って半年の彼女が、ある日突然、既読もつけずに消える。彼から見た私は、急にフェードアウトした女になるところだった。

    胸の奥が、ヒュッと縮んだ。

    逆だったら、どうだろう。
    もし彼が事故に遭ったら、私には連絡がこない。だって、誰も私の存在を知らない。

    最期に、私は会えない。

    「えっなんで泣いてるの」
    目を大きくしながらティッシュを差し出されて、自分が泣いていることを知った。

    「ずっと、そばにいて。け、結婚、しよ」
    グスグス泣きながら途切れ途切れに言う私に、彼は困ったように額にしわを寄せながらも、よしよしと抱き寄せる。
    体の痛みで弱気になっているのだと思ったのだろう。
    返事は、なかった。

    それから5年後。
    私の右手の先に、彼はいない。代わりに、彼そっくりの顔をした、小さな女の子の手をひいている。
    その女の子の右手の先には、あの、彼がいる。

    あのときの逆プロポーズの答えは、今でもない。

    むしろあの日を覚えているか彼に聞いたら、「え、そんなこと言ってたっけ?」と言われた。
    全然、覚えていなかったのだ。

    私としては人生の大事件だったのに。
    彼にとっては、むちうちで弱った彼女が泣いていた夜、くらいの認識だったらしい。

    それでも、今、私たちは3人で手をつないでいる。


     
     
    「ママだから無理」と向き合い、自分らしく輝く一歩をお届け。 自己肯定感ゼロの専業主婦から、オンラインショップ×Kindle執筆×からだケアの3軸で挑戦中。 ママだって、自信がなくたって、動けば変われる。 「私なんて」を卒業し、自分らしく輝く一歩を踏み出すきっかけをお届けします。

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