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10幎経っおも、私はピル゚ット䞀回転すらきれいに回れない

    レッスンが終わるず着替えを枈たせ、先生に挚拶しお、重い足取りでスタゞオを埌にする。
    䞀歩倖ぞ螏み出すず、 午埌の日差しが容赊なく降り泚いでいた。
    䞖界はこんなにも明るいのに、私の心には今日も、小さな敗北感が居座っおいる。

    今日も、回れなかった。

    ピル゚ット。
    バレ゚を習っおいない人でも䞀床は目にしたこずがあるだろう、片足で立っおクルリず矎しく回る、あの回転技だ。
    先生がお手本で芋せおくれるそれは、たるで最初から重力など存圚しないかのように軜やかで、䞀瞬だけきれいに静止したかず思えば、ピタリず着地する。

    ひるがえっお、私のピル゚ットはどうか。
    回ろうずする前から、䜓はガチガチに固たっおいる。
    軞足に重心が乗り切らず䜓がグラ぀き、途䞭でドタッず床に足が着く。
    先生の矎しい残像ずは、䌌おも䌌぀かない代物だ。

    ため息を぀きながら、自転車のペダルを螏む。

    気が付けば、私はバレ゚を10幎も続けおいる。
    10幎だ。
    生たれた赀ん坊が小孊4幎生になるだけの歳月を、私はこの習い事に費やしおきた。

    ここで、䞀぀癜状しおおきたい。
    私は、バレ゚を「楜しい」ず思ったこずがほずんどない。

    「10幎も続けおるんだから、きっず楜しいんでしょう」
    そう聞かれたら、私は党力で銖を暪に振る。
    毎週、思うようにできない自分に打ちのめされながら垰るのだ。
    レッスン䞭は、楜しさより悔しさの方がずっず倧きい。

    それなのに、なぜか私は続けおいる。
    倧人の習い事なんお、嫌ならい぀でも蟞められるはずなのに、来週もたたスタゞオぞ向かっおしたう。

    どうしおだろう。
    䞊手くもならない、楜しくもないものを、なぜ私は10幎も手攟せずにいるのだろうか。
    その問いを抱えたたた、私の泥臭くお愛おしい苊行の10幎間を振り返っおみたい。


    40代、未就孊児クラスに攟り蟌たれる 

    40代に入った頃、私は自分の䜓に明らかな衰えを感じおいた。
    階段を䞊ればすぐに息が切れ、い぀も䜕ずなく䜓が重い。
    「さすがにこのたたではマズい」ず危機感を芚えた私は、䜕かに突き動かされるように、運動系の習い事やゞムの情報をネットで持り始めた。

    そんな時、家の近くで偶然芋぀けたバレ゚教宀。
    「バレ゚か 」
    その文字が目に飛び蟌んできた瞬間、私の頭の䞭で、忘れおいた蚘憶が䞀気に繋がり始めた。

    私がただ地元で暮らし、満員電車に揺られお通勀しおいた頃のこず。
    線路沿いに倧きなバレ゚教宀があり、電車の窓から朝晩、芋るずもなくそこを眺めおいた。
    レオタヌドを着お、髪をきゅっずシニペンお団子に結った女性たちが、軜やかに螊っおいる。

    「玠敵だなあ。でも、私には䞀生瞁のない䞖界だなあ」
    圓時はただの遠い䞖界だった。

    䞀方で、同じ頃に通っおいた敎䜓院の先生からは、斜術のたびに「あなたは䜓が柔らかいから、倧人バレ゚やっおみたらいいのに」ず勧められおいた。
    もちろん圓時は「できるわけないでしょう」ず笑っお受け流しただけだったけれど、今思えば、あれは䞀皮の「䌏線」だったのだろうか。

    忘れおいたはずの「電車の景色」ず「先生の蚀葉」。
    二぀のピヌスが、時を超えお今、目の前の看板ず䞍意に重なった。
    これはもしかしお、運呜が私に「䞀床くらい扉を開けおみろ」ず促しおいるのではないか。
    そんな郜合のいい解釈が頭をよぎった。

    ずはいえ、バレ゚未経隓、䜓型もバレリヌナの芁玠など1ミリもない40代の私が、いきなり飛び蟌んでいいものか。
    気埌れしながらも、ずりあえず䜓隓レッスンの申し蟌みをした。
    倧人の初心者がどれくらいいるのか、たったくの未経隓である自分でも倧䞈倫そうか、たずはこの目で確かめようず思ったのだ。

    「䜓隓時は、動きやすい服で倧䞈倫ですよ」
    電話口での先生の優しい蚀葉に胞をなでおろした。
    良かった。
    いきなりレオタヌドを着おこいず蚀われたら、その時点で心が折れお逃げ出しおいただろう。

    圓日、緊匵でガチガチになりながら幎季の入ったスタゞオのドアを開けた。
    そこにいたのは、おそらく3歳から5歳くらいの子どもたち。
    倧人の姿は、䞀人も芋圓たらない。
    「あれ 私以倖に倧人は 」
    嫌な予感が頭をよぎったが、時すでに遅し。

    どうやらその教宀には「倧人の初心者クラス」ずいうものは存圚せず、未経隓者が始めるなら、幎霢に関係なくこの「幌児・未就孊児クラス」から、ずいうシステムだったようだ。

    なるほど。
    道理で、私以倖に倧人がいないわけだ。

    いや、玍埗しおいる堎合ではない。
    完党に堎違いである。
    しかし、ここたで来お垰るわけにもいかない。

    私は腹をくくり、平均幎霢4歳、身長は私の腰にも満たない子どもたちに混じるこずにした。

    レッスンが始たるず、私の戞惑いは混乱ぞず倉わった。
    先生の蚀葉が、䜕䞀぀分からないのだ。
    「はい、1番。アン・バ、アン・ナノァン 」
    聞いたこずもない呪文のような蚀葉ず先生の動きに合わせお、子どもたちは無邪気に䜓を動かしおいる。

    私はずいえば、頭の䞊に巚倧な「」を浮かべたたた、ずにかく芋様芋真䌌で手足をゞタバタさせるしかなかった。
    ただ、そんな混乱の䞭で、䞀぀だけ匷烈に焌き付いた光景がある。

    先生が、異様に矎しいのだ。
    生たれお初めお間近で芋たバレリヌナ。
    圌女はただそこに立っおいるだけで、スタゞオの空気をピンず倉えるような圧倒的なオヌラず華を持っおいた。

    すっず䌞びた銖筋、指先たで神経の通ったしなやかな動き。
    「幎霢は私ずそう倉わらないはずなのに、同じ人間ずは思えない 」
    40代の私がバレ゚ずいう底なし沌に足を螏み入れたのは、たぶんこの瞬間だった。


    平均幎霢4歳、理解力は私が最䞋䜍 

    結局、勢いのたた正匏に入䌚し、私のバレ゚生掻が始たった。
    ずころが、埅っおいたのは高揚感よりも、䜕ずも蚀えない「気恥ずかしさ」だった。

    想像しおみおほしい。
    3歳5歳の子どもたちに玛れお、40代の未経隓者が䞀人、汗だくであたふたず動いおいる図を。
    レッスンを始めた頃は、スタゞオの鏡にその䞍栌奜な姿が映るたびに、胞がチクリず痛んだ。

    しかし、その気恥ずかしさは、数ヶ月もするず消えおいた。
    理由はシンプル。
    そんな䜙裕など、これっぜっちも残っおいなかったからだ。

    ただ、眮いおいかれたいず必死だった。

    たずはバレ゚の基本的な動きず甚語。
    1番から5番たでの足のポゞション。
    自分の䜓が向く方向を瀺す、1番から8番たでの番号。
    そしおバレ゚甚語は、基本的にフランス語である。
    バットマン、グリッサヌド、アッサンブレ 。
    たるで戊隊ヒヌロヌの技名か、RPGの必殺技のようなカタカナ甚語が、先生の口から容赊なく飛び出しおくる。

    先生がその呪文を唱えた瞬間、頭で理解しお即座に䜓を動かさなければならない。

    もちろん、先生も必芁に応じお甚語や動きを説明しおくれる。
    けれど、レッスンは埅ったなし。
    聞き慣れない蚀葉が飛び亀い、理解の远い぀かない動きが次々ず繰り出される。
    そのたびに立ち止たっお、解説しおもらえるわけではないのだ。

    週䞀回、わずか60分のレッスンだけでは、脳が完党にフリヌズしおしたう。

    最初は途方に暮れたが、い぀たでも「分かりたせん」では枈たされない。 「こうなったら意地だ。自分で調べお、自力で芚えおやる」ず、半ば開き盎るように考え方を切り替えた。

    それからずいうもの、家に垰るずすぐにネットやYouTubeを開き、昌間に聞いた甚語を怜玢しお埩習するようになった。
    「アン・ドゥオヌルは倖回りで、アン・ドゥダンは内回り」
    呪文を必死に頭に叩き蟌み、動画を芋ながらリビングの床で足の圢を真䌌る。

    呚りの子どもたちは、ステップを間違えおも甚語が分からなくおも、楜しそうに笑い合っおいる。
    それが本来の習い事の姿なのだろう。
    その暪で私䞀人だけが、般若のように血県になっお、家で芚えおきたこずを䜕ずか圢にしようずしおいた。

    甚語ず基本的な動きを、頭の䞭で䞀臎させるだけでも、䞞䞀幎近い歳月が必芁だった。
    理解できたからずいっお、動けるかどうかはたた別の話だ。
    頭では分かっおいるのに、40代の䜓は驚くほど蚀うこずを聞かない。

    それでも、ずにかく必死に食らい぀いおいった。
    出来ないたた終わるのが悔しかった。
    分からないたた諊めるのは、もっず悔しかった。

    そもそもは、運動䞍足を解消するために始めたはず。
    軜い気持ちで䜓を動かそうず思っただけなのに、い぀の間にか甚語を調べ、動画を芋お埩習し、自分でもあきれるほど本気になっおいた。

    「こんなはずじゃなかったのに」

    そう思いながらも、気が぀けば倧人の意地だけを握りしめお、私はその底なし沌の奥深くぞず匕きずり蟌たれおいた。


    先生、「倧䞈倫」っお蚀いたしたよね 

    子どもたちに混ざり、倧人気なく必死のレッスンを続けおから、確か34幎ほどが経った頃。

    その日は突然やっおきた。
    レッスン埌、先生が私を呌び止め、埮笑みながらこう蚀った。
    「そろそろ倧人クラス、どうですか」

    䞀瞬、耳に届いた蚀葉が理解できなかった。
    「え 私が、ですか 」
    ようやく蚀葉の意味を咀嚌したずき、胞の奥からじわじわず湧き䞊がっおきたのは、蚀葉にならない嬉しさず「やっずここたで来た」ずいう達成感だった。

    倧人のクラスがあるこずは、もちろん知っおいた。
    だがそこは、子どもの頃からバレ゚を習い、䞀床離れたあず倧人になっお再開したような、いわゆる「倧人リヌナ」さんたちの䞖界。
    スタゞオの片隅から芋る圌女たちの螊る姿はしなやかで矎しく、「私なんかがあの䞭に入れるわけがない」ず半ば諊めおいた堎所だ。

    誰にも蚀えなかったけれど、心の片隅でずっず憧れおいたステヌゞ。
    そこぞの切笊を、先生が今、手枡しおくれた。

    「私、倧䞈倫でしょうか」
    䞍安を口にする私に、先生は笑っお「倧䞈倫」ず背䞭を抌しおくれた。
    そしお、「良かったら、この埌の倧人クラス、䞀緒に受けおみる」ず。

    お蚀葉に甘えお、私はその日、倧人クラスの䜓隓レッスンに臚んだ。
    そしおレッスン開始からわずか15分埌。
    私の目の前は真っ暗になっおいた。

    先生、党然倧䞈倫じゃないです。
    たったく、これっぜっちも付いお行けたせん。

    鏡に映る先茩方の動きは、流れるように滑らかで優雅そのもの。
    䞀方の私は、テンポの速いステップに足がも぀れ、手も足もどこぞ出せばいいのか分からないたた、たるで盆螊りの途䞭で迷子になった人のようになっおいた。

    倧人クラスに䞊がれた嬉しさず、あたりのレベルの差に叩き぀けられた絶望。
    その二぀の感情が心の䞭でグツグツずないたぜになったたた、私は逃げるように垰路に就く。
    やっず憧れの堎所にたどり着いたず思ったのに、ただスタヌトラむンにすら立おおいなかった。


    倧人になっおも本気で叱られる堎所 

    私の通う教宀では、幎に䞀床の地域の舞台ず、二幎に䞀床の倧きな発衚䌚がある。
    倧人クラスに䞊がった私は、呚りのレベルの高さに圧倒されながらも、ある時「舞台に出おみたいです」ず先生に申し出た。

    今思えば、ずいぶん身の皋知らずだったず思う。
    トりシュヌズを履く必芁もないし、䞀曲だけなら振付も䜕ずか芚えられるだろう。
    そう高を括っおいたのだ。

    案の定、先生は少し困ったような顔をしお、「結構倧倉だよ」ず苊笑い。
    それでも、私の無謀な願いを受け止めおくれた。
    たさかその先に、いい倧人が子どものように震え䞊がる䞖界が埅っおいようずは、圓時の私は知る由もなかった。

    普段のレッスンの先生は、厳しいけれど優しい。
    しかし、舞台に向けた合同緎習が始たるず、その顔぀きは䞀倉する。
    挔者ずしお、お客さんに芋せるに倀する䜜品を䜜らなければならないずいう気迫が、スタゞオに満ちるのだ。

    私のような初心者のテクニック䞍足に぀いおは、先生も割り切っおいるのだろう。
    あたり现かくは指摘しないおそらく、蚀っおも無駄だず目を぀ぶっおくれおいる。

    しかし、舞台は10人前埌のグルヌプで螊る「矀舞」だ。
    党員の手の角床、足を䞊げるタむミングを完璧に揃える必芁がある。
    それが揃わないずき、あるいは揃えようずいう意識が欠けおいるずき、先生から鋭い声が飛ぶ。

    「䜕回同じこず蚀わせるの」
    スタゞオの空気が䞀瞬で凍り぀く。

    倧人になるず、本気で叱られる機䌚は驚くほど枛る。
    仕事でもプラむベヌトでも、幎霢が䞊がれば呚囲は気を遣っおくれるし、自分も波颚を立おずにやり過ごす術を身に぀けおいるものだ。

    それなのに、ここぞ来るず、私はいい幎をしお子どものように先生の迫力に気圧され、心臓をバクバクさせおいる。

    ピンず匵り詰めたスタゞオの隅で、息をひそめお冷や汗を流しながら思う。
    「私、50前にもなっお、䞀䜓ここで䜕やっおるんだろう 」
    自分でも解せない戞惑いず情けなさを芚えるこずが、䜕床もあった。

    それでも䞍思議ず、その居心地の悪さは嫌いではなかった。

    むしろ、芁領よく立ち回るこずも、幎霢を蚀い蚳にするこずも蚱されない堎所に身を眮いおいるず、自分の䞭の䜕かが詊されおいるような気がしたのだ。


    私はただ「バレ゚を習っおいたす」ず蚀えない

    気づけば、そんな日々を重ねお10幎が経っおいた。

    䞀番驚いおいるのは、ほかでもない私自身だ。
    けれど、その歳月を重ねた今でも、私は呚囲の人にあたり「バレ゚を習っおいる」ずは蚀わない。
    職堎の同僚や、新しく知り合った人から趣味を聞かれおも、適圓に濁しおしたう。
    なぜなら、私が思い描く「バレリヌナ像」ず、鏡に映る自分がどうしおも結び぀かないからだ。 

    10幎やった。
    けれど、私はトりシュヌズなんお䞀床も履いたこずがないし、履けもしない。
    ピル゚ットは䞀回転すら満足に回れないたただ。
    鏡に映る姿は、バレ゚特有のあの「優雅さ」ずは皋遠く、い぀だっお硬くおぎこちない。

    私がやっおいるのは、ただの「なんちゃっおバレ゚」なのではないか。
    そんなこず、呚りからすればどうだっおいいこずなのは分かっおいる。

    けれど私は、劙なずころでおかしな自意識が顔を出す。

    「バレ゚やっおたす」ず口にした瞬間、なぜか先回りしお「なんかすみたせん」ず謝りたくなっおしたうのだ。
    10幎続けた今でも、私はただ堂々ず「バレ゚を習っおいたす」ずは蚀えないたたでいる。 


    楜しくないのに、なぜ続いおいるのか

    以前、気心の知れた友人ずカフェで話しおいたずき、趣味の話題になり、぀い口を滑らせお「バレ゚習っおるんだよね」ず蚀っおしたったこずがある。

    友人は「え、それっお球技の方たさか螊る方」ず聞き返す。
    それはそうだろう。
    どちらかず蚀えば、私の䜓栌からするず球技の方がしっくりくる。

    そこで「螊る方のバレ゚」ず答えるず、友人は心底驚いた顔をした。
    「すごいじゃん。ねえ、バレ゚っお楜しい」
    そう聞く友人に、私は迷わず答える。
    「ううん、ちっずも楜しくない」

    友人は持っおいたコヌヒヌカップを萜ずしそうになりながら、爆笑した。
    「じゃあ、なんで続けおるのよ」
    至極真っ圓な突っ蟌みだった。
    本圓に、蚀われおみればその通りなのだ。

    考えおみれば、続ける理由より蟞める理由の方がずっず倚い。

    芪に無理やり通わされおいるわけでもない。
    蟞めるも続けるも100パヌセント自分次第。
    ここで身を匕いたずころで、誰に迷惑がかかるわけでもない。

    い぀でも蟞められる。
    そう思うず、皮肉なこずに、蟞める決定打が芋぀からないのだ。

    「たあ、別に今でなくおもいいか。もうちょっず続けおから考えよう」
    そうやっお、䜕床も蚪れた「蟞め時」をのらりくらりず躱し、気づけば10幎。

    なぜ私は、この苊行のような堎所から足が掗えないのか。
    友人の䜕気ない䞀蚀が、その埌もしばらく頭から離れなかった。 


    芁領のいい倧人が通甚しない堎所  

    50代になった今、改めおその理由を深く芋぀め盎しおみる。

    私は普段の生掻においお、それなりに「芁領のいい倧人」だ。
    仕事では倱敗をしないようリスク管理をし、人間関係では角を立おず、うたく折り合いを぀ける。
    幎霢ずずもに「ほどほどの劥協」を芚え、傷぀かない方法も、コスパのいい生き方も身に぀けた。
    だいたいのこずは、それなりにこなせるようになったず思う。

    でも、バレ゚だけは、そんな私の凊䞖術が䞀切通甚しない。
    どれだけ効率を考えおも、動画で予習しおも、できないものは、できない。
    付け焌き刃のごたかしも、倧人の小现工も、 あのスタゞオの鏡の前では䞀瞬で芋砎られ、剥ぎ取られおしたうのだ。

    そんな、自分の思い通りにならない堎所に身を眮いおいるずき、私は䞍思議ず、吹奏楜郚で過ごした孊生時代を思い出す。
    倏のコンクヌルに向けお、ただ「金賞を取りたい」ず必死だったあの頃を。

    そこにはコスパもタむパもなかった。
    ただ玔粋で、䞍栌奜なひたむきさだけがあった。
    そんなものは、ずっくに眮いおきたず思っおいた。

    けれど、どうやら違ったらしい。
    噚甚に生きられるようになった今でも、心の奥底には、あの頃の「青臭い熱」が静かに燻っおいたようだ。

    成果が出なければ䟡倀がないずされる倧人の䞖界。
    䜕䞀぀成果が出なくおも、ただ「䞊手くなりたい」ず願い、䞋手でも泥臭く足掻き続ける。
    そんな自分を、私は嫌いになれなかった。
     
    私が手攟せなかったのは、バレ゚そのものではない。
    バレ゚を通しおしか出䌚えない、「䞊手くできない、䞍噚甚なたたの自分」だったのかもしれない。


    来週もたた、私はスタゞオにいる 

    今日も、スタゞオからの垰り道。
    ペダルを力いっぱい螏んで坂を登りながら、レッスンを振り返る。

    軞足がブレた理由、匕き䞊げが足りなかった瞬間。
    今日もピル゚ットは回れなかった。

    来週も、再来週も、たぶん私が蟞めるたで、ピル゚ットを満足に䞀回転できる日は来ないだろう。
    劇的な䞊達も、分かりやすい成果も、この先きっず私を埅っおはいない。

    それでも来週になれば、私はたたクタクタになったレッスン着に着替え、自転車を挕いでスタゞオに向かう。

    なぜバレ゚を続けるのか。

    10幎経った今も、ただうたく説明できない。
    ただ䞀぀確かなのは、来週も私はスタゞオにいる、ずいうこずだけだ。

     
     
    「いい塩梅」の明日を暡玢䞭の瀟䌚犏祉士です。 50代、倉わりゆく働き方や人間関係、生き方に぀いお。 専門職の芖点ず詊行錯誀を亀え、自分らしく進むヒントを綎っおいたす。 ひず息぀ける堎所になれたら嬉しいです。 日々の蚘録はブログで🌿https://blog-wordnest.com

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