
探偵は電話の中 10
朽木ビルは相も変わらず閑散としている。廃ビルなのだから当然で、休日の午前に来訪したからではないのは明らかだ。平日に訪れてもこの静けさである。
以前よりも軽い足取りで階段を昇る。この先に化け物や幽霊がいないとわかっているからだ。
四階に着き、例の扉の前で例のパスワードを唱える。
扉を開けると、やはり黒電話があった。雨寧さんは今日もいない。指示通り、昨日まで借りていたイヤホンとスマホをその台に置く。
そのまま立ち去ろうとしたのだが、どうしても聞きたいことがあって黒電話のダイヤルを回した。コール音三回以内に電話口から応答があった。
『もしもし。那月ちゃんだね。イヤホンとスマホは返してくれたかな?』
「はい、返しました」
『その報告の電話までしてくれて関心するよ。中にはいるんだよね、無言で返すのが。まあ、いいんだけどさ』
「そうなんですか?」
『そうなんですよ。こっちが顔を見せないことをいいことにね』
フェイストゥフェイスより電話のほうが気が緩むのは誰にでもあることか。存在感とは存外大事なのだろう。
『これで依頼は終了となるけれど、どうだった? 今回の事件は』
「いじめが起こす負の連鎖がどれほどの悲しみを生むかを思い知りました。ニュースやドラマでも見ますが、脅迫させ、刃物を向けさせるまでの行為に至らせるなんて、当時は考えてもいませんでした」
『そりゃあそうさ。当時中学二年生の転校生が自分が生き延びるすべしか考えられないのは、生物学の観点から見ても必然なのさ。人間は集団の生き物だから。那月ちゃんだって被害者なんだよ』
被害者と言われても未だに腑に落ちない。
腑に落ちないが、先日のテルさんの一言はそんなわたしの命を救ったのは事実だった。
テルさんは話を続ける。
『きみのX子たちに感じた恐怖心は普通のことなんだ。普通で不断のものだ。だけど一方で罪は罪だ。言っていることが矛盾しているかもしれないけれど、きみが加害者の側面を持っているのは事実だからね。被害者であり、加害者だ。罪滅ぼしをしなくてはならない』
「罪滅ぼしって何をすればいいんですか?」
『困っている人を助けるのさ。被害者でも加害者でもなく、探偵側になるんだ』
探偵側。
いまいち要領を得ない提案だった。
『言いかたに語弊があったかな。これも申し訳ないね。ボクは口下手で説明下手だからさ。つまり、昨日みたいにボクがオペレートするのさ。ボクがきみの脳となり、きみがボクの口となる。先週のようにボクに事件を持ってくればいいんだ。持ってきてくれるだけで手助けになる』
それで探偵役か。
実際に探偵能力を磨くのではなく、代弁者になるわけか。
これからもテルさんの手となり足となり――口となる。
「わかりました。なりましょう、あなたの生声の代わりに」
『よし、契約成立だね。よろしく、那月ちゃん』
電波と電波のやりとりなのでハンドシェイクはできない。
しかし、それでもわたしはテルさんと堅い契約を結んだのだった。