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怒りは、どこまで正義たりうるか





    <ご案内>


    いつもありがとうございます。

    本作は、第21回「文芸思潮」エッセイ賞にて、佳作を受賞いたしました。
    (2026年9月19日選出)

    なお、こちらに掲載する本作品が<完全版>となります。

    受賞した応募原稿では、実在の地名や関係者の氏名を
    意図的にすべて伏せました。

    実際に発生した凶悪事件の性質と社会的な影響を鑑み、被害に遭われたご遺族ならびに捜査機関への、最低限の配慮としてそのようにいたしました。

    一方、この<完全版>こそ、わたしが本来お届けしたかった内容です。

    実在の関係者の氏名、そして当時配信された記事を本文と並置することで、事件の事実がより具体的に立ち上がり、作品そのものにも、より強い迫真性が生まれると考えたためです。

    ぜひ、最後までご一読いただければと思います。
    追記:2026年9月21日








    怒りは、正義のふりをして人を盲目にする。


    フリードリヒ・ニーチェ
    「善悪の彼岸」 (1886)
    (意訳)








    怒りは、どこまで正義たりうるか






    2024年の暮れに、わたしは海外から本帰国して実家のある福岡に戻って来た。こうして帰国した際はいつも、すでに老齢になる母が手料理を振舞ってくれる。定番のメニューとしては、白米、お新香、豚汁、卵焼き、焼き魚
    などの素朴な家庭料理だが、もちろんどれも余さずに食べている。しかしながらここ数年は、そうした母の手料理よりも、やはり、自分で食べたいものを自分で調達して食べることに、本当の帰国を感じるようにもなってきた。

    それはやはり海外での一人暮らしが長かったせいなのだろう。今年73歳の母が今でも現役で働いている、近所の高台の頂上にある、天然温泉の受付の仕事に出たのを見計らって、その日、わたしはスーパーを梯子してすき焼用の具材、お刺身の盛り合わせに缶ビール、安価なワイン、最後にクラッカーを買い足して、夕方のまだ明るいうちから、ひとりでビールを飲み始めた。

    円形のダイニングテーブルの中央に陣取り、対面のチェアにだらしなく両脚を投げ出して、料理を少しずつつまみながら夜のNHKのニュースをぼんやりと観ていると、唐突にニュース速報のテロップが流れた。それは、同じ県下の北九州市で通り魔事件が発生したことを伝える第一報で、それからほとんど間を置かずに、ニュース番組は事件現場からの中継に切り替えられた。次第に明らかになってきたその事件の全貌とは、中学三年生の男女が学習塾から帰宅の途中で立ち寄ったファストフード店の店内で、レジの長い列に並んでいたところを外部から侵入してきた男に突然腹部を刺され、すでに女子生徒は息を引き取ったという、極めて陰惨で凶悪な事件だった。これがいわゆる「北九州中学生殺傷事件」で、その夜の報道番組はNHK以外もこの事件の詳報にほとんど全てを塗り替えられた。だから、この唐突で凄惨な事件発生その明瞭な現実は、この夜、日本社会に衝撃という亀裂を発生させたのだ。



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    翌朝、この衝撃はまだ日本列島から脱しきれずに、全国の朝の報道番組でも繰り返し取り上げられたが、特に印象的だったのは、同じ福岡県下のローカル局のニュース番組では、さらに過熱した報道合戦が繰り広げられたことだった。それはこの時点でまだ犯人が捕まっていないことを念頭に、各社がスクープ合戦をするためではなく、キャスターや現場のレポーターを含め、この報道に関わる者たちからの怒りの声といった方が正しいのかも知れない。

    絶対に赦さない、絶対に逃がさない。トップ扱いで連日連夜派手に報道を続け、必ず犯人を追い詰める。いち視聴者として、少なくともわたしはそのような心象を持ち続けていた。なぜならばこの事件はまだ未成年の、しかも中学生が刃物をもった男に襲撃されて命を落としたのだ。同じ県下に住む者として、わたしも彼らと等量のやり場のない、激しい怒りを覚えていたのだ。

    そしてわたしは、その怒りとは相反する静かな諦観のようなものも感じていた。この事件の犯人は捜査機関をはじめ日本全国の国民、そしてメディアを敵に回したのだ。逃げ切れるものではない。だから捕まるのはもはや時間の問題だという自明の諦観で、実際に事件発生から五日で犯人は確保された。

    それはまさに一閃即至の逮捕劇でもあったのだが、あくまでわたしの内部では、この事件はここでは終わらなかった。まだ続きがあったのだ。近年では稀にみる、これだけ日本中を震撼させた重大事件の性質を鑑み、実際に捜査の指揮を執った福岡県警がメディア向けの会見を開いたのだ。この会見がわたしの心に鋭く残った。それ以前にも、同様の会見を観たことはあったはずだが、不思議と記憶には残っていなかった。だがこの会見だけは別だった。








    会見場に現れたのは、小倉南警察署・持丸宗徳署長と福岡県警 捜査1課・橋本浩輔課長の二名だった。まず署長が事件の概要と容疑者の身柄を確保したことを広報的に淡々と告げると、次にメディアからの質疑応答に答えたのが実際に捜査を指揮した橋本課長だった。わたしはこの会見を中継で見ながらこの橋本課長から目が離せなくなった。異様な雰囲気をもつ男だとわたしに映ったからだ。それはなにも彼が前時代的な、今では珍しいポマードで頭を固めリーゼント風に整えているからではなかった。質疑応答が始まると、この会見場を掌握しているのはこのひとりの男だと気づいたからだった。彼はメディアから質問が挙がると、マイクをもち相手の目を見据えながら、ひとつひとつを丁寧に答えていった。そのときの、まるで一羽の猛禽もうきんのような鋭い眼光と、一言一言を選びながら静かに話す姿は印象的だった。終始、仏頂面の鉄仮面で、今後確実に訴追されるであろう被疑者の裁判を念頭に「開示できる情報だけ」を、不器用で朴訥に、そして静かに丁寧に回答していた。



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    福岡県警 捜査1課・橋本浩輔課長
    (当時)





    15歳の将来のある中学生を殺傷に巻き込んだ、許しがたい卑劣極まりない犯行です。私以下の捜査員はこの5日間、不眠不休で必ず捕まえるという意気込みを持って、きょうまで取り組んでまいりました。



    福岡県警 捜査1課・橋本浩輔課長
    webより引用


    この「五日間不眠不休」という点は、多くのメディアに引用されて全国に大きく報道され賞賛を集めることになるが、わたしの心の深くまでは到達しなかった。逆に、このことを「当然」とまでは考えないが、捜査の段階ではまだ無差別殺傷事件の疑いが残ったはずだから、第二の犯行を防ぐためには捜査機関の「不眠不休」にどうしても頼らざるを得ないという、警察と市民の間での、決して避けることができない矛盾が明確に存在しているからだ。しかしながらこの鉄仮面の、橋本課長が会見で繰り返した以下の言葉とそのときの表情にわたしはほとんど震えるような思いをもって聞くことになった。




    ひとつだけはっきりと、繰り返して強調しておきたい事実は
    二名の被害者の方には一切の落ち度がなかったということです。

    福岡県警 捜査1課・橋本浩輔課長
    webより引用



    彼が語ったこの言葉は、加害者を非難するというよりかは、被害者を護るという彼自身の矜持に、深く根付いて発せられたと解してよい。今の時代では
    曖昧な情報はすぐに二極化されてしまい、あるいは被害者側に事件の何らかのきっかけがあったのではないかと誤解が生じ、そうして生じてしまった疑念とは、一夜で全世界を駆け巡り、被害者に二次被害を与えかねないのだ。

    加えて今回の、日本社会を震撼させたこの事件の衝撃性とは、その傾向をより顕著にさせる性質を秘めていた。そしてなにより、そのときすでに、一部のSNSを中心に、事実を誤認した情報が急速に拡散し始めていた矢先だったのだ。だから、この橋本課長は、実際に捜査の指揮を執った者として、大勢のメディアを前に繰り返しこの事実を語り、被害者をさらに護り続けるという立場を明確にしたのだ。そしてこの言葉を語ったときの、この男の表情には紛れもない本物の「凄み」があった。少なくともわたしにはそう感じられた。それはまるで、彼の鉄仮面に一瞬だけ亀裂が入って、仮面の裏に隠されている本当の貌かおが垣間見え、そしてそれは、憤怒する鬼の形相でもあった。



    ではその、「本当の貌」とは、いったいどのようなものなのだろうか。


    「市民の安全を護る」という警察官としての正義の貌だったのか。あるいは
    日々凶悪犯を追跡する捜査一課長としての、つまり仕事師としての貌だったのか。おそらくその両方の資質を内包するのは間違いないのだろうが、その奥にはさらに別の貌が、わたしには画面越しに一瞬だけ透けて見えた。それは絶命した十五歳の少女と同世代の娘をもつ「親」としての貌であり、だからひとりの人間としての、抑えようとしてもどうしても抑えきれない、怒りを源泉にもつ、複雑な感情が渦巻く鬼の姿を借りた貌であったに違いない。




    そしてこの会見でわたしが抱いたこれらの鋭利な印象は、被疑者が逮捕されてからちょうど一年の節目を迎える2025年の初冬に、予期せずメディアが証明してくれることになった。この事件に対して、追跡の手を緩めなかったのはTBS系列の、福岡のRKB毎日放送のジャーナリストたちだった。わたしは学生時代から彼らが単独で発信するドキュメントには、深く心を動かされることが多くあった。それは何も彼らの作品が内閣総理大臣賞を受賞したからというわけではない。彼らは「本物のジャーナリスト」の集団で独自の着眼点をもち、独自の切り取り方で世に問い続ける。何より、対象の本質に真っすぐ踏み込む清潔さと、丈夫な健脚があった。そしてそのジャーナリストの先鋭なひとりが鬼の貌を合わせ持つ橋本課長へ単独のインタヴューを試みたのだ。そこには様々な理由があったに違いない。ひとつは近年では稀にみるような極めて凶悪な事件が県下で発生したということと、この事件によって生み出される結果となった、地域の警戒、そしてこれから、未成年をどのようにして護っていくのかの防犯意識の喚起、監視カメラやドライブレコーダーの重要性、しかし直接的にインタヴューに踏み込んだ最たる理由とはおそらくはこの橋本課長の人間性であることに、ほとんど間違いなかった。


    それはこの橋本課長が事件後に定年を迎えて勇退し、すでに市井の人間のひとりに身を置いていることと無関係ではなかったはずだ。あの凄惨な事件の陣頭指揮を執った捜査一課長として、当時の捜査本部の内幕では何が語られてどのような方法で容疑者に迫ったのか。その単独のインタヴューで橋本浩輔はまず始めに、「裁判がまだ進行中のため、詳細は語れない」と前置きをしている。それは勇退後も守らなければならない捜査機密や、すでに被告人と名を変えた当時の被疑者の権利を損なわない為だという、かつての実務家としての、高い遵法精神なのだろう。だから逆にこのインタヴューの性質と本質はまさに、ひとりの人間としての橋本浩輔に、インタヴュアーはほとんど間近まで肉薄していると言い切れる、きわめて優れた内容の記事だった。



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    そこで語られた内容とは、現役の警察官としてはほとんど原則上、公表できないような苛烈な言辞げんじが、橋本浩輔の内奥から少しずつ引き出されていた。事件発生の第一報を聞き、捜査本部を立ち上げるために署に急行する車内ですでに女子中学生が絶命したという事実を報告として受けた際には、未だ顔のわからぬ犯人に対して、「この野郎」と、感情を先行させた言葉が漏れ出たという。この発言は、これから捜査指揮を執り九十名の捜査官を率いる司令官として、つまり誰よりも冷静さを求められる立場の人間として、あまりにも純化された人間的な言葉であったように、わたしには思えている。そして彼は霊安室に安置された少女の遺体と対面した際には涙を流し、犯人に対しては、「見とけよ、貴様」と、粗暴ともとれる決意を新たにしたという。



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    正直言いましてこの時は憎みましたね、犯人のことをね。
    先ほども言いましたけど、やっぱり『この野郎』と思ったですね。
    『見とけよ、貴様』と思ったですね。



    元福岡県警 捜査1課・橋本浩輔課長
    webより引用


    橋本浩輔が語ったこれらの言葉は、ひとりの警察官としての「正義感」では到底収まりきれない人間的な烈はげしさが秘められている。それを言い換えれば犯人に対する呪詛や憎悪、執念といった禍影まがかげめいた言葉がどうしても思い浮かんでくるからだ。そして彼がインタヴュアーに語ったこれらの言葉は、事件発生直後は決して誰にも触れることができない超高温で熱せられていたに違いない。だから、捜査指揮を執る司令官のこのような烈しい怒りは、部下でもある捜査官にも、正確に波及していたことがこの取材で判明している。


    匿名のある捜査官のひとりは、署内の階段にある掲示板に激しい殴り書きで
    「絶対捕まえてやる」という決意堅固の思いを書き留めたのだ。


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    そして、この事件は被疑者の身柄確保という最終局面で、日本では稀な対凶悪犯専門の特殊部隊を投入する強硬策が断行され、それは窓ガラスを破砕し容疑者を一気に制圧する判断だった。その決断を下したのは他の誰でもない橋本浩輔だった。そこには、一体どのような思いが込められたのだろうか。









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    冒頭に掲げたニーチェの「善悪の彼岸」の一節では、怒りは正義のふりをして人を盲目にするという。本当にそうなのだろうか。今回のまだ幼さが濃く残るひとりの少女が犠牲となってしまった凄惨な事件の内幕では、警察官という職業倫理とは全く別の、根源的な人間の「怒り」が正義を起動させたかのように、このわたしには思えてならない。そして、怒りを完全に排除した正義など、この世界に存在しうるのだろうか。あるいは逆に正義とは、怒りを排除することで、そこではじめて正義として成立するのだろうか。ニーチェは決して怒りを否定していない。しかし、その怒りに神の仮面を被せ、怪物と戦う者が怪物にならないようにと、「深淵をのぞくとき、深淵もまたこちらをのぞいている」と言い換えた鋭い反問の刃を突きつけた。そしてその刃は、犯罪者だけでなく、正義を語るわたしたちにも向けられているのだ。

    わたしは橋本浩輔のことを「鬼」と評した。鬼とは、古代からの伝承では必ずしも「悪」の対象とはされていない。「境界を護る者」として人々から崇拝され、だからこそ畏怖されるのだ。つまりわたしが感じた橋本浩輔とは正義に携わる、感情の臨界点を護る男を差し、それは同時に「正義を体現する者」と言い換えて過不足がないはずだ。「正義を体現する者」。では「正義を体現する者」はどこまで人間でいられるのだろうか。怒りを捨て去ったときに正義は空洞化し、怒りに身を委ねたときに正義は暴力へと転じる。その鋭く危うい両義性の狭間で、かれらは常に綱渡りを強いられている。橋本浩輔が会見で放った「被害者に一切の落ち度はなかった」という言葉は、世論への配慮であると同時に、自らの内で燃え上がる烈はげしい怒りを、正義というの名の下もとで制御し続けるための、ぎりぎりの自己拘束だったのではないか。

    「正義を体現する者」は、怒りを持たない存在ではない。むしろ誰よりも深く怒り、誰よりも人間的な感情に引き裂かれながら、それでも一線を越えないことを求められる者たちなのだ。その姿は決して美しい英雄像ではない。
    それは、時に激しく胸を搔きむしるような強烈なジレンマを抱えるひとりの煩悶はんもんする人間の姿で、かれらが怒りを自覚し、それを言葉と制度の中に封じ込めることができたとき、正義はかろうじて人間の形を保つことができる。



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    彼らは、今日、今この瞬間も境界線上に立っている。



    人間であることを決して捨てずに、そして、鬼になることもできないまま
    足元に広がる深い亀裂を、たったひとりで、じっと見つめているのだ。




    了










    この事件で被害に遭われた、重傷を負い心身共に深い傷跡が残ってしまった
    当時十六歳の男子中学生の方の、一日も早い快復を強く願い続けています。

    そしてまだ十五歳の若さだったにも関わらず、唐突に命を奪われてしまった中島 咲彩さあやさんに対して、言葉を超えて、深い祈りの中でご冥福を祈ります。








    怒りは、どこまで正義たりうるか

    終
    (6,130字)



     
     
     
    第21回「文芸思潮」エッセイ部門 佳作受賞(2026) 『怒りは、どこまで正義たりうるか』 季節を問わず、眠れない夜に、じっくり読んでもらえるようなエッセイを。 もっと言えば、何度も読み返してもらえるような。 仕事と執筆の両立が難しく 不定期に凍結期間を設けています。

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