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「曲がったキュウリに、まっすぐ学ぶ。」

    ―規格外野菜は、デザインにも効く。―

    スーパーに並ばない、ちょっと曲がったキュウリや、サイズが不揃いのにんじんたち。

    通称「規格外野菜」と呼ばれる彼らは、形や大きさ、色が「基準」に合わないだけで、市場からはじかれてしまう。販売されず廃棄されることもある。

    でも私は、この“はじかれた野菜たち”を見るたび、デザインの仕事に似てるな、と思うのです。


    曲がったキュウリは、デザインの初稿みたいなもの

    デザインの仕事も、最初の提案ってだいたい「曲がってる」。
    いや、本人は大真面目に“イケてる”と思って出してるんです。でも、先方から返ってくる言葉はこう。

    「ちょっと冒険しすぎかもですね」
    「ターゲットに合わないかなぁ」
    「もう少し整えてもらえますか?」

    なんて言われてしまいます。ああ、これは規格外野菜なんだな、と。

    決して不味くはないし、むしろ素材の味は出てる。だけど、棚には並べにくい。そうやって、企画は整えられていきます。まるで、まっすぐなキュウリに矯正するかのように。


    誰かの「規格外」は、誰かの「ちょうどいい」

    でも、最近こんなことも増えてきました。

    「そのちょっとクセのある案、逆にいいですね」
    「他にはない感じがして好きです」
    「むしろ、曲がってる方がいいかも」

    時代は確実に変わっています。SNSが普及した今、“らしさ”や“個性”が大きな武器になりつつあります。大量生産でみんなが同じものを選ぶのではなく、その背景にあるストーリーや“違い”が大切にされる時代です。

    そう考えると、規格外野菜ってまさに時代の象徴なのかもしれません。

    曲がっていても、サイズがバラバラでも、食べれば美味しい。むしろその個性ゆえに愛着が湧く。私たちの仕事にも、そんな“規格外の魅力”が必要なんだなと思います。


    規格外が生む、仕事の“うまみ”

    私たちの仕事も、時に「基準」から外れた発想が、一番リアクションを生んだりします。

    たとえば、あるパンフレット制作の案件。
    クライアントの要望通りに「きれいに」「見やすく」「分かりやすく」整えた初案は、“正しいけど普通”でした。

    でも、バリエーション案として出した、少し遊び心を加えた“ちょっと脱線したE案”に思いがけずOKが出て、そのまま正式採用。

    まさに、曲がったキュウリが看板商品になった瞬間でした。


    「整っている」ことへの過剰な信頼

    私たちは、いつの間にか「整っているもの=正解」と信じ込んでしまっているように思います。履歴書のフォーマット、プレゼンの構成、写真の構図、SNSの投稿タイミングまで。効率よく、伝わりやすく、見栄えよく。

    でもその「整いすぎ」こそが、熱や感情をすり減らしてしまっていることもあるのではないでしょうか?考えることを止めているのではないでしょうか。

    もちろん、整っている、整えることは必要です。でも、それがゴールではない。届けたい思いや、伝えたいユニークさを削ってまで“均一”を目指す必要はないはずです。

    むしろ少し乱れていた方が、人は立ち止まり、目に留まり、想像し、感情が動く。整っていないからこそ、共感が生まれる。そんな場面が、デザインの現場にも、きっと誰の毎日にもあると思うのです。

    現場には“整いすぎない余白”がいる

    規格外野菜の中には、皮にキズがあったり、形がいびつだったりするものもあります。でもそれは「不良」ではなく、「自然のまま」であるということ。

    デザインの仕事でも、“完璧”に整いすぎた案は、ときに無難すぎて刺さらない。むしろ、ちょっとした引っかかりとか、違和感のようなものが、心をつかむきっかけになったりします。

    整いすぎた世界より、余白がある方が、想像力は広がるんです。

    POPに書いてますよね。「形や色は悪いですが、味も栄養も同じです」って。それと同じで、企画やアイデアの“見た目”に引っ張られすぎると、真価を見誤ってしまうことがあります。


    野菜も、デザインも、“まっすぐじゃない”のがいい。

    私たちはつい、「正しさ」や「基準」に合わせようと頑張ってしまいます。
    でも、ときにはその“基準そのもの”が、古くなっていることもある。

    曲がっていることが悪いんじゃなくて、曲がっていることが面白い。
    まっすぐじゃないほうが、目に留まる。
    ちょっとズレた方が、記憶に残る。

    「曲がっている」って、欠点のようでいて、実はその人やそのアイデアだけが持っている“意味”や“物語”でもあるんですよね。

    誰かに「普通じゃないね」と言われたとき、ちょっと落ち込んだり、不安になったりするかもしれません。でも、それは悪いことではなくて、“その人にしか出せない形”を持っているということ。

    まっすぐじゃなくていい。むしろ、まっすぐじゃないからこそ、おもしろい。

    だから今日も、曲がっている自分を、ちょっとだけ誇らしく思ってみてください。デザインに関わる者として、これほど勇気づけられる視点って、なかなかありません。


    まとめ:今日も少し、曲がっていこう。

    「規格外=使えない」ではなく、「規格外=工夫のしどころ」
    そこにこそ、発想の自由や、余白がある。見た目の整いより、思いや意味の濃さが、今の時代には響きます。

    今日、もし自分の案が「ちょっとズレてる」と言われたら、“あなたにしかない視点”がちゃんと存在している証拠。その瞬間こそ、面白いものが生まれるサインかもしれません。

    曲がったキュウリに勇気をもらいながら、今日も少し、規格外でいこうじゃないですか。

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