
「粋」なデザインに、デザイナーのエゴはいらない。
20年やって見えた「仕事の作法」
デザインの現場で20年以上向き合ってきて、今、かつてないほど強く実感していることがあります。それは、デザインだけを突き詰めても、本当の意味で価値のあるものは作れない、という事実です。
かつての私は、美しいビジュアルや完璧なタイポグラフィ、計算し尽くした余白こそがデザイナーの正義だと信じて疑いませんでした。
1pxのズレを許さず、行間を0.5刻みで調整し、色味は数値で管理する。
深夜の静まり返った事務所で、モニターの光だけを頼りに正解と呼ぶものを探し続ける。そんな日々でした。
もちろん、造形美への執着は今でもプロとしての基礎です。
ただ、それだけでは届かない領域があることに、独立して初めて気づきました。
株式会社オンド(ond)を立ち上げ、案件の川上から川下まで責任を持つようになってから、私の視点は大きく変わりました。
なぜ、デザインスキルだけでは足りないのか。
その理由を、自身の実体験をもとに整理します。
相手の「商い」の構造に潜り込む
クライアントがデザイナーに求めているのは、単に綺麗なロゴや整ったWebサイトではありません。
その先にある、事業の継続、売上の再現性、ブランドとしての信頼の積み重ねです。
例えば、過去に関わった案件で、見た目としては非常に完成度の高いブランドがありました。ロゴも美しく、パッケージも洗練されている。SNSの反応も悪くない。
しかし、半年後には撤退しました。
理由は明確でした。
・原価率が高すぎて利益が残らない
・流通導線が弱くリピートが生まれない
・顧客との接点設計が浅い
つまり、「デザインの外側」が設計されていなかったのです。
自社ブランドであるYOGŪ(ヨグ)の運営を通じて、
この構造を自分ごととして痛感しました。
・1個あたりの原価はいくらか
・送料を含めた利益構造は成立しているか
・初回購入から2回目に繋がる導線はあるか
・お客様はどのタイミングで離脱するのか
これらを無視して、いくら“良いデザイン”を作っても、ブランドは持続しません。運営側の体力も続きません。
ビジネスの構造を理解し、経営者の隣で同じ温度感で並走する。
この視点があって初めて、デザインは装飾ではなく、経営の意思決定に関わる機能を持ち始めます。
表面的な形を作る前に、まずは相手の商いの心臓部に触れること。
そこからしか、必然性のある形は生まれません。
共創パートナー(拡張知性)というギルド
一人で完結できる仕事には、明確な限界があります。
むしろ、一人で完結しようとするほど、アウトプットは閉じていく。
デザイナー、フォトグラファー、エンジニア、イラストレーター。各分野のスペシャリストを、単なる外注ではなく「共創パートナー」として捉えています。
ときに思考を拡張し、ときに意思決定に寄り添う存在。企画段階からラフを持ち寄り、互いに違和感を投げ合う。「それは本当に必要か?」という問いを、遠慮なくぶつけ合う。
例えばある案件では、当初こちらが想定していたビジュアル案を、フォトグラファーが真っ向から否定しました。代わりに提示されたのは、より生活感に寄った粗い表現。
一見すると完成度は低いかもしれない。
しかし、ターゲットの購買心理に対しては圧倒的に届く。
この経験から確信したのは、「正解は一人の中にはない」ということです。
それぞれが自律した視点を持ち、提案し合う。
その関係性が、個の枠を越えたチームを生み出します。
エゴは、可能性を細くする
ただしこのとき、デザイナーとしてのエゴに固執しすぎると、すべてが崩れます。
「自分の方が分かっている」
「このバランスが正しい」
「この美しさが最適解だ」
その“正しさ”が強くなるほど、他者の視点は入り込む余地を失い、結果としてアウトプットは痩せていく。
実際に、過去の自分もそうでした。自分の美意識に固執した結果、チームの提案を潰し、最終的に誰の記憶にも残らないプロジェクトになったことがあります。
大切なのは、自分とは異なる専門性を受け入れ、
それぞれの視点を、より高い次元で統合することです。
ディレクションとは、判断ではなく編集に近い行為。
素材を並べ替え、関係性を整え、最も純度の高い状態に引き上げる。
すべてを自分で描く必要はありません。
重要なのは、どんなチームを組み、
個々の才能をどう解放するかです。
これからのデザイナーに求められるのは、
プレイヤーとしての技術だけではなく、
オーケストラの指揮者のように全体を導く力です。
生活の規律が、美意識をつくる

私がデザインの核に置いている「粋」や「余白」という概念は、
ツールの使い方だけでは決して身につきません。
これらは、日々の生き方から滲み出るものです。
朝、湯を沸かし、茶葉の開き具合を見ながらお茶を淹れる。
コンビニで済ませず、栄養バランスを考えて食事を選ぶ。
普段の何気ない一言に立ち止まり、意味を考える。
一見、仕事とは無関係に見えるこうした行為が、
思考を整え、美意識を静かに更新していきます。
逆に、生活が荒れていると、アウトプットもどこか粗くなる。
情報は多いのに、芯がない。そんな状態になります。
生活者としての実感が伴わないデザインは、空虚です。
表層は整っていても、人の心には深く残らない。
長く愛されるロングライフデザインは、
生活の解像度が高い人間からしか生まれません。
だからこそ、まず自分自身の生活をデザインする。
これは遠回りのようで、最も確実な近道です。
筆を置き、一歩外へ
これからの時代、デザインの領域はさらに拡張していきます。
AI、テクノロジー、流通、コミュニティ。
関わる領域は、もはや画面の中には収まりません。
だからこそ、モニターに向かう時間と同じくらい、
あるいはそれ以上に、社会や人と関わる時間が重要になります。
市場の声を聞く。
仲間の知恵を借りる。
自分の生活を整える。
その積み重ねの中で得た、血の通った視点だけが、
小手先のテクニックを超えた表現に繋がっていく。
デザインだけをやらない
デザインだけをやっているデザイナーにならないこと。
これは、20年という時間をかけて、
遠回りしながらたどり着いた結論です。
デザインは、手段です。
価値をつくるための、ひとつの方法に過ぎません。
だからこそ、その外側にあるものに触れる。
人と、事業と、生活と、向き合う。
その先にしか、
本当に意味のあるデザインは存在しないと、今ははっきりと言えます。
PHILOSOPHY
温度をもった生きたデザイン
ディレクションで音頭をとり、デザインで温度をあげる。
私たちは、ブランディングやビジュアルデザイン、コミュニケーションを通して、見た目以上に“伝わる”もの、“残る”ものをつくり続けます。
もし、さらに知りたい方がいらっしゃいましたら、私たち株式会社オンド のウェブサイトもご覧いただけると嬉しいです。ぜひお立ち寄りください。

PROFILE
折尾祐希 yuki orio
クリエイティブディレクター|コピーライター
株式会社オンド 代表取締役
大阪・梅田を拠点に、事業とブランドの軸を骨太にする。導き手&伴走型。デザイン業界20年以上。粋や引き算の美学とその裏側の泥臭い思考プロセスを綴っています。
HP:https://ond-ond.com
EC:https://yogu.jp/
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