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「正解」に飽きたら、一度「やけ」になってみる。

    ロジックを捨てた瞬間に、本当の余白が生まれる

    私たちは正解の奴隷になっていないか?

    デザインやコピーの現場で20年以上を過ごしてくると、ある時期から奇妙な閉塞感に襲われることがあります。それは仕事がうまくいっていないからではありません。むしろ逆です。打合せはスムーズに進み、クライアントからの信頼も厚く、提出したクリエイティブは論理的に完璧で、納得する。そんな順風満帆な日々のなかに、ふと息が詰まるような感覚が忍び寄ってくるのです。

    原因は分かっています。私たちはいつの間にか、正解を出すことの奴隷になっているのです。

    クライアントへのプレゼンでは、なぜこの色なのか、なぜこのフォントなのか、なぜこのレイアウトなのかという説明責任が常に求められます。ロジック(論理)は、アイデアを突破させるための武器であると同時に、自分たちの身を守るための盾でもあります。しかし、理詰めでガチガチに固めて作ったものは、どこか予測可能で行儀が良いものに収まりがちです。

    効率や正解、そして確実な成果ばかりを求めすぎるあまり、自分自身がシステムの優秀なオペレーターに成り下がっていないか。そんな強い焦燥感や閉塞感を感じた時こそ、私はあえて、やけになるという選択肢を自分に許すようにしています。今回は、クリエイティブにおける自棄が持つ、破壊ではない突破の力について、私の生々しい実感とともにお伝えしたいと思います。


    ロジックは天井を作る

    プロとしてキャリアを積めば積むほど、私たちはロジックの組み立てが上手くなります。マーケティングデータを分析し、ターゲットのインサイトを突き、競合との差別化要因をあぶり出す。そこから逆算して、これしかないというクリエイティブの着地点を導き出す。このプロセス自体は決して間違っていませんし、ビジネスとしてデザインや言葉を扱う以上、不可欠なステップです。

    しかし、ロジックには決定的な弱点があります。それは、過去のデータの集積や既存の文脈からしか組み立てられないということです。つまり、ロジックを突き詰めていくと、どうしても過去の延長線上にある正解にしかたどり着けません。ロジックは作品のクオリティの底辺を支えてくれるセーフティネットになりますが、同時に、それ以上のジャンプを阻む天井にもなってしまうのです。

    私が以前、ある企業のブランディングを手がけたときの話です。徹底的なリサーチを行い、完璧なポジショニングマップを作成し、誰が見てもぐうの音も出ないほど論理的なデザインシステムを構築しました。社内プレゼンでも好評、これでいこうと満場一致で決まりかけました。

    ですが、その時の私の心境はひどく冷めたものでした。確かに美しい。確かに正しい。でも、これを見て誰の心が震えるのだろうか。そこにあるのは、破綻のない綺麗なグラフィックと、耳障りの良い言葉だけでした。誰も傷つけない代わりに、誰の記憶にも残らない。そんな行儀の良い優等生のようなアウトプットを前にして、私は猛烈な物足りなさを感じていたのです。

    私たちはいつから、失敗しないための言い訳としてロジックを弄するようになったのでしょうか。予測可能な未来をなぞるだけの仕事に、クリエイターとしての魂はあるのか。そう自問自答したとき、私の中にふつふつと、すべてをぶち壊したくなるような、やけくそな衝動が湧き上がってきたのを覚えています。


    もう、どうにでもなれという名の解放

    やけになるとは、決して仕事を投げ出すことでも、無責任に逃げ出すことでもありません。それは、これまで自分が血のにじむような思いをして積み上げてきた計算や、プロとしてのプライド、そして失敗への恐怖を、文字通り一度手放す行為です。

    これを格闘技に例えてみましょう。 私は長年、武道や格闘技の稽古を続けてきましたが、ここにはクリエイティブと全く同じ構造があります。

    試合やスパーリングの際、頭の中で綺麗に技を決めよう、相手の攻撃を完璧に捌こうと考えているうちは、身体がワンテンポ遅れます。ロジックで動いているからです。相手がこう来たらこう返す、という思考のフレームワークに囚われている間は、相手にとって予測しやすい動きしかできません。

    しかし、体力が尽きかけ、息が上がり、もうどうにでもなれと半分やけくそになった瞬間、頭のノイズが消えることがあります。綺麗にまとめようという執着を捨て、失敗したらどうしようという恐怖を無視し、がむしゃらに一歩を踏み込んだとき、思いもよらない角度から攻撃がヒットしたり、相手の隙がはっきりと見えたりするのです。

    クリエイティブにおけるやけになる瞬間も、これと全く同じです。

    • 綺麗にまとめようという執着を捨てる

    • 失敗したらどうしようという恐怖を無視する

    • クライアントの顔色を伺うのをやめる

    この捨て身の状態になったとき、初めて私たちの脳内には、本当の余白(ヨハク)が生まれます。ロジックという名のグリッドで埋め尽くされていた脳に、ぽっかりと空き地ができる。その空き地にこそ、計算外のアイデアや、野生的な直感が猛スピードで滑り込んでくるのです。

    先ほどの企業の案件で、私は最終プレゼンの前夜、やけくそになって全く別の案を作りました。それまで積み上げてきた緻密なロジックをすべてゴミ箱に捨て、自分が直感的に美しいと思うビジュアルと、心から湧き出た生々しい言葉だけで構成した、きわめて情動的な案です。

    翌日のプレゼンで、私はそのやけくそ案をあえて本命としてぶつけました。クライアントの担当者は最初、あまりの豹変ぶりに絶句していましたが、最終的にはその案が持つ圧倒的な熱量に押され、そちらを採用してくれました。もしあのとき、私がロジックの天井に安住していたら、あのブランドの進化はなかったと確信しています。


    最後の一押しは、人間味(ノイズ)にある

    今の時代、AIを使えば、それなりのクオリティのビジュアルやコピーは瞬時に、しかも大量に生成できます。AIのアウトプットは、膨大な学習データに基づいた超高度なロジックの結晶です。破綻がなく、最適化されており、ある意味で完璧な正解を提示してくれます。

    だからこそ、これからのクリエイティブにおける人間らしさとは何かが、今まさに厳しく問われています。私は、その答えの一つが、論理を超えた瞬発的な熱量や、計算できないノイズにあると考えています。

    完璧なグリッドを、あえて手癖や衝動で崩してみる。 丁寧でわかりやすい説明を、あえて突き放したような、一行の強い言葉に変えてみる。 それは一見すると、プロとして磨き上げてきたセオリーに反する、やけくそにも似た決断かもしれません。しかし、その歪みやノイズこそが、受け手の心をざわつかせ、動かすための隙や味になるのです。

    AIには、やけになることができません。なぜなら、AIは常に確率の最も高い正解を演算し続けるシステムだからです。自らの計算を否定し、あえて非合理的な選択をするというバグのような跳躍は、人間にしかできません。

    私たちが作るものに、血を通わせ、魂を宿らせるための最後の一押し。それは、ロジックを極限まで突き詰めた先で、最後にそれを自ら引きちぎるような、人間的な葛藤の跡なのだと思います。


    良いやけと、悪いやけ

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    自棄には、明確に良い自棄と悪い自棄が存在します。

    ここで明確にしておかなければならないのは、ただの放棄や怠惰は、プロの仕事におけるやけではないということです。自棄には、明確に良い自棄と悪い自棄が存在します。

    悪いやけ

    • 考えるのが面倒になり、途中で思考を放棄して投げ出すこと

    • 締め切りに間に合わせるためだけに、適当なアウトプットで妥協すること

    • クライアントやユーザーへのリスペクトを欠いた、ただの自己満足の暴走

    これは単なる職務放棄であり、プロのクリエイターとして最も恥ずべき行為です。ロジックを組むのが面倒だからといって、最初から感覚だけで作られたものには、人を納得させるだけの強度がありません。

    良いやけ

    • 脳がちぎれるほど考え抜き、ロジックを限界まで組み立てた上で、あえてそのハシゴを外すこと

    • 完璧な正解が見えているにもかかわらず、その先にある未知の可能性を信じて、安全な道を捨てること

    • 自分自身のこれまでの成功体験やスタイルを破壊し、新しい自分に生まれ変わるための跳躍

    良いやけとは、徹底的な思考の飽和状態のあとにしか訪れません。ロジックの限界まで達して、それでもなお満足できない。そのギリギリの極限状態で発動するやけっぱちこそが、私たちを新しいステージへと連れて行ってくれる招待状なのです。


    優等生を黙らせる勇気を持とう

    20年以上、この業界の荒波のなかをサバイブしてきて実感するのは、長生きするクリエイターや、時代を切り開く表現者たちは皆、どこかでこの良いやけの感覚を飼い慣らしているということです。彼らは決して、最初から最後までスマートで論理的なだけの優等生ではありません。むしろ、ロジックの限界を誰よりも理解しているからこそ、ここぞという場面で、確信犯的にやけになってみせるのです。

    もし、あなたが今、自分の作るものに飽きているなら。あるいは、誰からも文句は言われないけれど、自分自身がちっともワクワクしない正解ばかりを出しているなら。

    たまには、自分の中の賢しい優等生を黙らせてみてもいいのではないでしょうか。

    積み上げたロジックのハシゴを、思い切って蹴り飛ばしてみる。その瞬間の恐怖と、その後に訪れる圧倒的な解放感の先にしか見えない、素晴らしい景色が、クリエイティブの世界には確実に存在しています。


    PHILOSOPHY
    温度をもった生きたデザイン
    ディレクションで音頭をとり、デザインで温度をあげる。

    私たちは、ブランディングやビジュアルデザイン、コミュニケーションを通して、見た目以上に“伝わる”もの、“残る”ものをつくり続けます。
    もし、さらに知りたい方がいらっしゃいましたら、私たち株式会社オンド のウェブサイトもご覧いただけると嬉しいです。ぜひお立ち寄りください。


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    PROFILE
    折尾祐希 
    クリエイティブディレクター・コピーライター

    株式会社オンド 代表取締役
    大阪・梅田を拠点に、事業とブランドの軸を骨太にする。導き手&伴走型。デザイン業界20年以上。引き算の美学とその裏側の泥臭い思考プロセスを綴っています。

    HP:https://ond-ond.com
    EC:https://yogu.jp/

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